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ルフナ 視線 5/20 おめかしした後~

 ワンピースは膝下までしっかりと長さがあるのに、動くと足が涼しくて、歩くのは自然とゆっくりになった。

ゆっくり来いと言われたから、それで良いはずなのに、気持ちだけは先へ先へと行こうとする。そこへ再び、ワンピースがひらひらとして、お上品に歩きなさい、とわたしを牽制してくる。両者の言い分を平等に聞いて、どちらも必死に宥めながら、ぎこちない動きで通りを歩き始めた。

ただし、姿勢だけは良いはずだった。水に入っても緩まないようにと、胸のさらしを、いつもよりしっかりと締めている。おかげで背筋がピンと張っている感覚もある。焦りさえしなければ、美しく歩けるはずだった。


 わたしが無言の戦いを繰り広げながら大通りに出ると、ちょうど左手にあった背の高い街路樹に、ヴァレンが背中を預けるようにして立っていた。それに気付いて手をふると、ヴァレンは目を細めて、じっとこちらを見つめてくる。そして、わたしが近づく毎に、頭だけをゆっくり前に出して、警戒する猫のような眼差しでわたしを射抜いた。

「そ、そんなに見られると恥ずかしいんだけど。。。」

ヴァレンの少し前で立ち止まると、苦し紛れにそれだけを言った。もっと見てという気持ちと、もう見ないでという気持ちの間を、わたしの心は振り子のように行ったり来たりしている。

「あぁ、そうか!何処かで見たと思えば、エビの尻尾だな!赤くてそっくりだ」

ヴァレンは、わたしのサイドテールを散々見た後、ぱっと表情を明るく輝かせて、そのように評価した。突然横合いから弾かれた、わたしの心の振り子は喜怒の間を細かくさ迷った。

それでも結局、わたしはヴァレンの見せた笑顔に負けてしまった。笑いが堪えられなくなって、口を押さえた。

「。。。あは!なにその言い方?ハゼットはね、人魚の尻尾だって言ったんだよ~?褒め言葉としては、人魚の勝ちだけど、えへへ!いいね!変だけど面白いね」

「人魚なんて言葉、どうやっても出てくる気がしないな」

ヴァレンは低く、平坦な声を出した。怒らせてしまったかとヒヤッとしたけど、その口元は柔らかく開かれていて、ただの軽口なんだと分かった。

「ふふ。分かり易さならヴァレンの勝ちだね。わたしは人魚なんて見たことないし。ヴァレンの好きなエビに見えたんなら、それはそれで嬉しいかな」

そうだ、誰かの言葉と比べる必要なんてなかった。ヴァレンがわたしの新しい髪型に感想をくれた。それだけで、十分過ぎる。満足だ。

「うん!すっごく嬉しい。ありがとう!」

「そ、そうか。。。しかし、本当にエビでいいのか?!言っておいてなんだが、俺は別に、褒めようと思って言ったわけじゃないんだ。単なる見た目の感想だ」

エビなんて言っておきながら、今更うろたえるヴァレンを前にしても、わたしの気持ちは動じなかった。

「いいよ。無理して思ってもないこと言われるより、ずっといいの」

ヴァレンは不器用な分、正直なんだと思っている。可愛いらしいことに、そこに悪気なんてないのだ。その素直な言葉を否定するのは、ヴァレンを否定することになる。

「そういうものなのか?」

「そういうものじゃないかな?」

笑顔と共に返すと、ヴァレンは少し間を置いてから、一歩、わたしに近付いた。そして、腕を組んで、わたしの胸の辺りをじろじろ見たかと思うと、再びサイドテールを見る。そんな動きを何度か繰り返した。

胸元に視線を感じる度に、顔から火を吹いた。ヴァレンは何をそれほど確認しているのか、本当に何度も何度も視線を上げ下げした。

「よく、似合っている。おまえにぴったりだ」

「え?」

その動きが止んで、ふいに目が合った時、ヴァレンは全く表情を崩さずに言った。

「その新しい服のことだ。大きさも色も、おまえに似合っていると思う」

まさかこんなに大真面目な顔で、ワンピースについて語っているとは思わなかった。

「あ、ありがとう」

ワンピースを選んだ時は、透けないことを第一に考えていたから、これが似合っているかは、よく分からなかった。でも、ヴァレンのその飾り気のない言葉は、やっぱり嘘も感じられなくて、わたしは素直に受け入れることができた。

「今日は、あの焦げ茶色の上着は、羽織らないで良かったのか?」

「ポンチョのこと?あれはまた今度、かなぁ。。。」

本当は今度のデート、と言いたかった。わたしがもじもじとした気持ちを抱えたまま、上目遣いでヴァレンを見ると、ずいぶんしっかりと目が合った。

「フードを被ってしまうと、おまえの髪が見えないからな。勿体ない気がしたんだ。昨日は、そう言いたかったんだ」

目が合ったまま、ヴァレンは今日もわたしの頭を撫でた。本当に勝手な想像だけれど、フードをかけてしまえば、頭を撫でることができないと言われている気がした。褒めてもらえた赤髪を見てもらえないのも寂しいし、頭を撫でてもらえないのは、もっと困る。

「そっか。それじゃあヴァレンの前では、フードは後ろに垂らしておくね」

お出かけ前のヴァレンにも驚かされたけど、デートの始まりは最高だった。こんなにばっちり、ヴァレンがわたしを見てくれるなんて思ってもいなかった。

しかし、こんなに素敵な気配が漂っているのに、油断はできない。フィオニス家の人が来る前に、なんとしてでも水上に逃げ込む必要がある。

「それじゃあ行こうよ!遊びに行く前に、邪魔が入ったら大変だからね」

「そうだな。連中もわざわざ、遊びの最中に声をかけることはしないだろう」

「あ、ちょっとだけ、ゆっくり歩いてね?今日は絶対に走れないから!」

早速、前を歩こうとするヴァレンに、ワンピースの裾の辺りを、ちょんと摘まんでみせた。歩くのは慣れてきたけれど、今日はどうせなら、女の子っぽくお上品に行動しようと思う。わたしの意外な一面とでも、ヴァレンに印象付けられたら合格だ。

「わかった。船着き場まではそこそこあるはずだ。のんびり行くか」

ヴァレンはわたしの右隣に来ると、こちらに合わせて歩き出した。前を行く背中が見れないのは、ちょっぴり寂しい気もしたけれど、特別な今日だからこんなのも良かった。

背筋を伸ばしてゆっくり、可愛らしく歩く。ヴァレンがちらちらとこちらを見て、わたしの歩く早さを確かめている。その瞳に、わたしが何度も映されて、そのままヴァレンの頭も、それでいっぱいになってしまうことを願った。

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