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ルフナ 序曲 5/20 箒を手にした時~

 日常の幸せ。わたしにとって、これからの時間がそれに当たる。

「はい!じゃあ今日もよろしくね」

ヴァレンに箒を手渡して、もはや、わたし()の日課である、朝の掃除が始まった。

困った木は、今日もたくさん落ち葉を散らかして、わたし達を出迎えてくれた。この気の利く木のおかげで、わたしは今日もヴァレンとふたりで、箒を奏でることができるのだ。その上、特別な日である今日の調べは、始まりからデュエットだ。熱くなりだした地面の上に、涼しげな音色がふたつ重なった。


「たった1日で、もうこんなに進んでいるのか?えらく早いじゃないか」

表の掃除を済ませて、裏庭を掃き始めた頃、ヴァレンは講堂周りの変化に気付いたみたいだった。昨日、工事が始まったばかりの講堂の裏手には、それに張り付くようにして、既に新たな小屋が建っている。まだ骨組みと屋根だけのものでも、わたしもこんなに早く、建物が建つとは思っていなかった。

「びっくりだよね。ここは院長室になるみたいなの。こっちのドアは勝手口だよ」

「院長室?子供らのための部屋じゃないのか?場所も限られているだろうに」

ヴァレンの疑問は、分からないでもない。でも、子供達の部屋は、もっと素敵な所にできるのだ。

「それにしては小さいでしょ?子供達の自室、というか寝室はねぇ、屋根裏にできるんだって。そっちの工事も、同時に進んでるみたい」

講堂には、これまで教室がふたつあった。これからは、手前のひとつはそのまま教室として、奥のひとつは孤児院の子供達の、主に、遊び部屋になる。屋根裏へは、今はハシゴを使ってしか入ることはできない。

昨日、わたしが屋根裏に入った感じだと、高さはそれほどないものの、わたしぐらいの背丈なら、全く問題は無かった。ただ、広さだけは十分にある。今は柱だけのその空間に、子供達の部屋ができるなんて、それはまるで魔法みたいだと思った。

「屋根裏の真ん中に廊下を作ったら、両脇が子供達の寝室になるんだよ。その全部に、窓も作ってもらえるんだって。そこがちょっと大変みたいなんだけど」

子供達が、そこで協力し合って暮らしていくと思うと、わたしがそれを支える道もあるのだと思うと、昨日の決断が少しだけ揺るいだ。ゆらゆらとして、それでも、その決断が折れることはない。

「なるほど。となると、調理場は教会のものを使うのか?」

「そうそう。火は危ないから、孤児院とは分けておくみたい。だけど、今のままだとちょっと小さいから、調理場も、これから手を加えるのかも?食べる時は。。。教室になるのかなー」

食堂のテーブルは、大人が八人も席につけば、いっぱいになってしまう。部屋の広さとしても、それ以上は微妙なところがある。

と、そこまで考えて、小さな笑いが漏れた。子供達がやってきた後のことを、姉さんが考えていないはずがなかった。中途半端なわたしが、心配する必要なんてないのだ。


 そうやって、掃除をしながら喋っていると、今日も大工さん達がやってきた。挨拶と一緒に、今日のお昼御飯はお弁当を用意してあると伝えておいた。今日のも期待していると、棟梁さんに笑顔で返されてしまって、わたしの頬は緩みに緩んだ。

「。。。昼食まで作っていたのか」

「うん。実は、昨日の夜に頼まれてたの。アルスダム修復の行きと帰りにね、道中の食料なんかが支給されたらしいんだけど、あんまり日持ちしない野菜とか、調理法が分からない物もあるから、是非使ってくれって」

今日のお弁当には、そういった食材達をたくさん使った。お弁当とはいっても、器にひとつひとつ詰めていく時間は、さすがに無かったから、大皿3枚に盛り付けただけだ。そこばかりは、大目に見てもらいたい。

ちなみに、つい、お弁当と言ってしまったのは、わたしとヴァレンの分を、本当にお弁当として用意していたからだ。

もちろん、食材を頂いた大工さん達には、きちんと許可をもらっている。

「なんだ?やけにニヤニヤしてるじゃないか」

その中身を思い出していたら、ヴァレンと目が合った。わたしがニヤニヤするのは、それはもう、仕方のないことだった。

「えへへー。だってね、今日のお弁当は、おにぎりなんだもん。わたしの欲しいお米は、カリマヤ米だったんだよ!」

大工さん達のいう、調理法がイマイチ分からない食材というのは、カリマヤで作られているお米のことだった。わたしは、そのお米の形を見た瞬間に、記憶の奥底から調理法を釣り上げた。

「ほう。良かったじゃないか。おにぎり、というのは初めて聞くが、向こうの世界の料理だな?それなら確かに期待できる」

「んー、そうとは言い切れないかも?多分、カリマヤにもあるんじゃないかな?作るのも簡単だしねぇ。そういえば、首都にはカリマヤ米があるって聞いたんだけど。。。」

気付けば、わたしの頭はお弁当のことでいっぱいになっている。その特別なお弁当より、今日という1日が特別であることを忘れそうになっていた。

「って、そうだ!早く掃除終わらせなきゃ駄目なんだよね!」

さっきから掃除は片手間になり、落ち葉もほとんど集められていなかった。しかし、わたしが周りを見渡すと、そこに落ち葉は全くなかった。

一方、ヴァレンは大きなちりとりに、落ち葉を山盛りにして、ゴミ穴へと向かおうとしている。

「あれ!?ヴァレン、速くない?わたし、まだ、半分ぐらいなのに。。。」

とりあえず、ちりとりに落ち葉の小山を押し込んで、ヴァレンを追いかけた。ヴァレンが早足で歩くから、わたしは子鴨みたいにその後ろをちょこちょこ走ることになる。目の前を行く背中は何も語らないけれど、その足取りは、どこか弾んで見えた。

「もしかして、今日は、すっごくうきうきしてる??」

わたしが声をかけると、その背中がピンと伸びたのが分かった。

「。。。おまえだって、そうだろう?」

それは、聞くまでもなければ、言うまでもない。言っちゃうけど。

「わたしは、もちろん楽しみだよ!ヴァレンもおんなじで良かった~。向こうでわたしだけが、はしゃいじゃってたら恥ずかしいもんね」

「大丈夫だ。今日早速、水上に行くやつらなんぞ、一人残らずはしゃぎ回っているに違いない」

「そうだよね~。ほんとに、晴れてくれて良かった」

わたしの提案にヴァレンがここまで乗り気なのは、もしかすると初めてかもしれない。

ゴミ穴に落ち葉を放り込むと、穴の中はいっぱいになった。調理場から火打石を、と思って走り出そうとするも、ヴァレンは早くも自分の火打石を手にしている。

その段取りの良さは、ヴァレンのうきうき加減を表していると見て間違いなさそうだった。ヴァレンが火打石で手早く火を起こす後ろで、わたしはこっそり歯を見せた。

「掃除もこのぐらいでいいんじゃないか?」

静かになった教会で、今度は金づちが打ち鳴らされて、それに負けじと落ち葉も音を立てて燃え上がる。わたしは一度、笑顔を引っ込めた。

「そうだね。お出かけの前に準備があるから、ちょっと待ってて欲しいんだけど。。。いいかな?」

「あぁ。早く行ってくるといい。火は、俺が見ててやる」

そう言われても、もう少しだけ伝えたいことがあった。

今日は、わたしの中ではデートなのだ。

「えっとね、火が消えたら、大通りに出た所で待っててほしいんだ。すぐに行くから」

デートというからには、待ち合わせをしたかった。

ヴァレンが振り返って、何か言おうとするのが分かった。わたしは、それに先手を打つ。

「みかん!昨日買ってくれた果物がね、露店にあったらね、買ってきてほしいの。似たようなのでもいいから。ね?」

ヴァレンは、一度出そうとした言葉を引っ込めたのか、少し思案顔になった。どきどきしながら返事を待っていると、ヴァレンはひとつ、頷いた。

「それなら少し、ゆっくり来い。すぐ見つけられるか分からん。ちょうど良いから、寝癖をしっかり直しておけ」

「うん!それじゃあ後で!」

わたしはすぐに駆け出した。しかし、そのまま部屋には行かずに、先に礼拝堂へ立ち寄った。入ってすぐの所に、姉さんがいた。

「準備ができたら、行ってくるね」

「ええ。行ってらっしゃい」

わたしが小声で言うと、姉さんはふんわりと笑って、小さく返事をした。そうしてすぐに、姉さんは目を閉じて、お祈りを再開する。わたしもすぐに、礼拝堂を出た。

皆に張り切った姿を見られるのが恥ずかしくて、先に出掛けの挨拶を済ませたけれど、それでもやっぱり少し、照れ臭くなった。

わたしは照れ笑いをぐっと噛み締めて、自分の部屋へと逃げ込んだ。

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