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行商人B 法螺吹き男の話 さる晩

 ジュラのエレスからの帰り道、俺はここ、タハルマで一泊して帰ることに決めていた。行商仲間のズィーから聞いた小話にあった、ある酒場に興味が湧いたからだ。妙な男が訪れるという、その酒場までは、あと少しというところだろう。

ズィーは人が良すぎるのだ。あいつの料理の腕は、王宮料理人のような凄まじいものがあるのだが、絶望的なまでに商人には向いていない。のんきな上に、情に流され過ぎる、大馬鹿野郎だ。

ただ、あいつの人の良さに、行商仲間の俺達でさえ、手を貸してやりたくなるから不思議なものだった。あいつが行商なんてものを続けられるのは、俺達の助けがあってのものだ。そうに違いない。

今回の行商でもあいつは、エレスで泳いでから帰る、などと間の抜けたことをぬかしやがって、ひとりエレスの大門で、帰りを急ぐ我々に手を振っていた。ほとほと呆れたものだが、驚くべきことに、今回の祭りではあいつの成長も垣間見れたのだ。

というのも、あいつは餅とかいう訳のわからない物を作っていたのだが、仲間の予想を裏切って、どうやら大儲けしやがったらしいのだ。実際に俺が心配して見に行った時には、赤い頭の小娘が、店先で餅をいくつも貪り食っていやがった。あの小娘がうまそうに餅を食らう姿を見て、通りかかったやつらが列をなすまでには、そう時間はかからなかった。あいつもサクラを雇うぐらいには、行商人として立派になったのかと、俺まで嬉しくなったものだった。


 ズィーを思い返す内に、(くだん)の酒場にたどり着いた。緑色の暖簾(のれん)に触れぬよう、低い姿勢でくぐると、そこには果たして、噂通りの男がいた。吟遊詩人風の、つばの広い帽子を被った初老の男は、自らも赤ら顔で、酔客数人に絡んでいた。決して、ヤツと関わり合いになりたくなかった俺としては、丁度良かった。ヤツがカウンター近くに居座っているのも好都合だった。俺はカウンターで一杯やりながら、聞き耳を立てることとした。


「おめぇはカーンの()だとか言ってたな?ちょいと昔の、ありがてぇ話を聞かせてやるから、よぉっく聞け!」

カーンはジュラの北東の国だ。俺の生まれであるカリマヤの東隣で、利に聡いやつらの多い国だ。ただし、近年まで、ジュラに異教徒狩りをしかける奴等までいた、厄介な国とも言える。

「おめぇらの国には、信じねぇ奴等が増えてきたようだからな。今一度、俺様が語ってやらぁ!エレスのアルスダムは、流石におめぇもよぉく知ってるだろう?"名門"じゃねえぞ!防御兵器の方だ」

「当ったり前だ!馬鹿にするな!」

カーンの奴等はいい加減、ヤツの絡みにうんざりしているようだ。店主がヤツを追い出さないのが不思議なくらいだった。

「ふん!じゃあアルスメテオについてはどうだ?若ぇおめぇらは、この言葉すら知らねぇだろう?俺様がわざわざ教えてやるんだ、黙って聞け!ジュラの国の成り立ちぐらいは知ってるだろう?魔獣が闊歩する、この土地を治められたのは何故だ?!大型の、10メートル程ある魔獣がいくらいたと思う?十や百じゃ収まらねぇぞ。数千といたんだ。それを討伐し尽くしたのが、アルスメテオだ。対魔獣専用と銘打ってあるが、実際はどうだろうな!」

我が国カリマヤにおいても、もはや物語と呼べるようなものの話だ。アルスメテオとかいうおとぎ話よりかは、アルス様について、俺は聞きたかった。はるか昔、ジュラから訪れたというアルス様であれば、我が国にも逸話が残る程だったのだ。

「今でもその攻撃兵器はエレスにあるんだ!歴代の賢明な王達は、戦にそれを転用しなかった!これまでも、これからも、ひた隠しにすることで、その恐ろっしい兵器が人間様に向けて使われねぇようにしてんだよ!タハルマ(紙きれ)だけが、ジュラの国の外交を支えてんじゃねぇんだ。てめぇらの国のお偉方は、アルスメテオの存在をきっちり信じてんだぞ?!エレスには、アルスメテオを探ろうとする密偵も、うようよいやがるからな。アルスダムとアルスメテオ。このふたつが!このジュラの国を!魔獣と大馬鹿野郎共から守ってんだよお!!恐れ行ったか!コンチクショウめ!!」

「いい加減にしやがれ!!」「放っておけ!こちらから手を出すと面倒だ」「おい!河岸を変えよう」「けっ。胸くそわりぃぜ」

さすがに喧嘩になるんじゃないかと、途中からニヤニヤしながら聞いていた俺としては、少し残念なものがあった。しかし、ヤツに直接絡まれるのだけは御免だ。店主には悪いが、俺も早々に店を出ようとした。

ところが、カーンの連中が店を去ると、ヤツはゆっくりと店内を見渡して、帽子を外し、深々と頭を下げた。

「すまねぇ!あいつらが、国王陛下の悪口まで言いやがるもんだから、つい荒っぽくなっちまった!!お詫びに、店主が一杯おごるってよぉ!なぁ?!」

「おいおい、俺のおごりなのかよ!仕方ねぇなあ」

店内からは種々の歓声が沸いた。意外にも、目の前の店主までもが、嬉しそうな顔で酒を配り出した。ヤツに向かって乾杯する輩も多かった。

俺にはさっぱり分からないが、どうやらヤツは、この酒場において、なかなかに愛されているジジイらしかった。

周りが浮かれ始める中、俺が妙な心地でグラスを傾けていると、店主がカウンターの下から、ボトルを取り出した。高級そうなそいつを俺の前に置くと、店主はひとつ、咳払いをした。

「悪かったね。こいつはあの男のボトルでね。迷惑をかけた詫びだってよ、好きなだけ飲むといい」

「こりゃどうも。マスターのおごりじゃなかったのか?」

「ははは!他のやつらは俺のおごりさ。安酒だがね。隣国からいらっしゃった、あんたには、良い酒をって言われてね。夏至祭りでは稼げたかい?」

「おや、では有り難く。。。ええ、今年はコピチ売りをやりましてね。大方売れたんで、助かったよ」

コピチはカリマヤの池や湖にいくと、どこにでもいる魚だ。器さえ用意してやれば、ジュラの国では珍しがって、買っていくやつも多かった。特にエレスなんかじゃ高く売れるが、仕入れ値はほとんどゼロの、ボロい商売だった。

「そいつは良かった。また面白いものを持って、ジュラに来ておくれよ」

「あぁ、そうするよ。。。あの男は、いつもあんな調子なのかい?」

「いや、今日のあれは特別なんだ。あの男と俺は、同じ村の出身でね。昔、カーンの連中に村を焼かれたのさ。。。あぁ、だからって、カーンのやつら皆を恨んでるわけじゃないよ?ただやっぱり、陛下の悪口まで言われるとね。そういう時だけは、あの男が大暴れするのさ。いつもはただの歌が下手くそな、そこそこ気のいい親父なのさ」

この国のやつらの国王贔屓は筋金入りだ。ジュラに度々、商売に訪れる俺は、それをよく知っている。ここの店主もなかなかで、表の暖簾ひとつで、国王への敬意の度合いはよく分かった。

「ははぁ、なるほどなぁ。色々腑に落ちたよ。それであの程度なら、むしろ親切な部類だな」

「あれで行商人や旅行者に絡まなきゃ、もう少し助かるんだがねぇ。まぁ、あんたも絡まれないように、ゆっくり飲んでってくれ」

そう言うと、すっと頭を下げてから、店主はグラスを磨きだした。

俺はヤツからの上等な酒を舌の上で転がしながら、後ろで始まったアルス様の物語に、とっくりと耳を傾けることにした。

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