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ルフナ 感触 5/19 頭を撫でられちゃった後~

 遠く、ざわめきが聞こえ出した時、まだ夕方の4時には早いはずなのに、鐘の音が響いた。その鐘の音は常より長く、大きいような気がした。

「あぁ、なるほど。エレスの水軍が、西の湖から帰ってきたんだな。これは恐らく、帰還を知らせる鐘の音だ」

「へー。。。ん?今まで湖の上にいたの?」

わたしはてっきり、兵士の皆さんは、町の南にある兵舎にいるものだと思っていた。湖の上と聞いたら、ぷかぷかと、ここちよさそうで、すこしだけ、うらやましくなった。

「夏至の時期は、水軍のほとんどが湖にいるんだ。船を浮かべる水面が、町の周りから消えてしまうためだ。それ以外の時期でも、半数近くは湖上にいる。あちらも防衛線の一部だからな」

ヴァレンは、おおもんのほうへ体をむけて、わたしには背中をみせていた。みえるわけもないのに、へいしのひとを、むかえるように、敬礼をしているみたいだった。

「へー。。。ヴァレンも、一緒に、くんれんしてた時期が、あるんだよ、ねぇ。」

「いや、俺はエレス軍に所属していたことはないんだ。初めから国軍に志願して、4年程前からは王城だ。"名門"姓を名乗る者の生業は様々だが、自分達が守護するべき場所に一度も来ることなく、それを名乗った大馬鹿者は俺ぐらいかもしれないな。。。」

「うー。そんな風に、いっちゃ。だめだよ~。」

「いや、自分のことながら、物凄い度胸だと思ってな。ティオンという称号のようなものを頂いてからは、何事にも、がむしゃらになりすぎた。普通は。。。。全く。。考え。。。だ。。。。」





「。。。?」

何かの気配に、うっすらと目を開けた。ぼんやりしていると、頭をゆらゆらと、地面に揺さぶられた。

「そろそろ起きてくれ。背中が限界だ」

体の下の地面が揺れているのかと思ったら、わたしは座ったまま何かに寄りかかっているだけで、その寄りかかっている何かとは、ヴァレンの背中だった。

「ん?!」

わたしは少し体を起こして、すぐにヴァレンの背中から離れた。状況が全く分からなかった。

「な、何が起きたの!?」

ヴァレンはすぐには答えずに、肩を回しながら立ち上がった。そして、体を思いっきり伸ばすと、じっとりとした目をこちらに向けた。

「おまえが居眠りしてただけじゃないか。。。おかげでこっちは、体が痛くてたまらん」

「う、嘘。。。こんな所で。。。背中で!?」

わたしは謝るべきなのか、それとも、苦し紛れに怒って誤魔化すべきなのか分からずに、とにかく立ち上がった。

しかし、状況をゆっくりと飲み込むと、もう一度気絶しそうなぐらいに恥ずかし過ぎて、そのまま身動きが取れなくなった。見えなくなるぐらいに、小さくなってしまえばいいのに。もういっそ、消えてしまいたくて。頭の中で、言い訳だけがたくさん通り過ぎて。でも、それはあまりに早すぎて、わたしの口から出てくることはなかった。

「大丈夫だ。イビキは小さなものだったぞ」

頭に、ぴしりとヒビが入る音がした。

「全然大丈夫じゃないし!てゆーか、き、聞いてたの??私、イビキなんてしてたの!?あ、やっぱり何も言わないで!お願いだからすぐに忘れて!!」

「お、落ち着け!俺は、おまえの醜態など見慣れている」

「ひ、ひどい。。。」

わたしは、へにゃへにゃとその場にへたり込んだ。確かにヴァレンの前では、泣いて喚いたり、恥ずかしい姿は何度も見せている。それにしてもそれは、あんまりな言い様だった。

でも、ちょっぴり悔しくて、どこまでも悲しいだけで、何故だか少しの怒りも湧いてこなかった。それがさらに悔しくて、わたしは怒ったふりをしてみせた。

「醜態だなんて、ちょっとひどすぎじゃない?」

座ったままそっぽを向いて、声を徐々に低くする。すると、項垂れるわたしの隣に、ヴァレンがもう一度、腰を下ろした。

「いや、気にするなと言いたかっただけで。。。」

顔を見られたら、嘘だってすぐにばれてしまう。絶対にこっちの顔は見せられないから、ヴァレンの顔色は分からない。分からないけれど、その声だけで、どんな表情をしているかは想像できた。

「じゃあ、そう言ってくれたら良かったのに」

「昨日は俺が居眠りしたんだ。これでお互い様じゃないか」

顔を覗かれちゃったら困るから、ひょいっとヴァレンの後ろに回り込んだ。そうして返事の代わりに、右手でヴァレンの背中をぽこんと叩いた。外套の下にある、盾の硬い感触が手に響く。

ヴァレンの心無い悪口で、元気をなくしたけれど。ヴァレンに意地悪をし返して、元気になったけれど。起きた後に生まれた胸のどきどきだけは、ずっとそのままだった。

それは大きな恥ずかしさの中に、ちょっぴり喜びを秘めたどきどきだった。だってわたしは、そっと触れてみたかっただけのヴァレンの背中に、なんと体を預けていたのだから。

けれどもやっぱり、その背中は外套と盾とにしっかり守られていて、これでは触れたと言っていいものなのか。それは、よく分からない。

「なんでこんなに急に、寝ちゃったのかなぁ。。。」

わたしは恥ずかし紛れに、もう何度か、ヴァレンの背中の盾を叩いた。その奥にある背中に、この温かなどきどきが伝わってしまえば良かった。

「頭を使い過ぎたんじゃないのか?」

「頭は毎日使ってるもん!ヴァレンが思ってるより、わたしの頭は毎日、大忙しなんだから」

忙しくさせているのは、あなただと言ってしまいたかった。その気持ちを込めて、わたしは最後にもう一度だけ、優しく握った手を、愛しい背中に向かって振り下ろした。するとそこには、盾の感触は無かった。

「どうせなら、その辺りを強めに叩いてくれ。同じ姿勢を続けていたら、凝ってしまった」

ヴァレンは盾の位置を、少しだけずらしたみたいだった。ヴァレンに言われるがまま、同じ所をちょっぴり強く叩いた。少し弾むような、しっかりとした筋肉の感触にドキドキした。そこに触れる度に、わたしの心は温度を上げる。

できることならもう、ずっと、こうしていたかった。

「おまえの眠気だが、朝に魔法の練習をしていたからじゃないか?」

今や、わたしの意識は両手に集約されている。ヴァレンの声に合わせて、ヴァレンの背中とわたしの手が、一緒に小さく振動する。そんなつまらないことに、わたしは大きな感動を覚えていた。

だから、ヴァレンに何か聞かれたところで、考えるのも面倒だった。

「どういうこと?」

「要は運動するのと同じだ。魔力を大きく消耗すれば、疲労という形で表れる」

「へー。これからは気をつけるね」

「まぁ一度、限界まで魔力を消費させて、その状態を知っておくのは大事だがな。ただ、一人でやるのは。。。おい!また寝てるんじゃないだろうな?」

わたしが背中を叩かずに、じっと手を置いたままにしていると、ヴァレンに不審がられてしまった。

「大丈夫!えへへ、もっと喋っててよ。背中が震えるのが面白くって」

「。。。嫌だ。人の体で遊ぶな」

ヴァレンの気持ちは知らないけれど、わたしにとっては、今、こうしている時間が幸せそのものだった。こんなに幸せなどきどきを、ヴァレンが全く感じていないなら、なんだか可哀想にさえ思えた。

ヴァレンは誰かに対して、こんな気持ちを抱いているんだろうか。最近よく、頭を触られてしまうけれど、その時のヴァレンの気持ちが、もしも今のわたしと同じものだったら。そうだとしたら、それ以上に幸せなことなんてあるんだろうか。

「ヴァレンは。。。」

好きな人はいないの、と言ってしまいそうになった。

「ヴァレンも!せ、背中、触ってみて?低い声だと、ぶるぶるってするから!」

「俺はやめておく」

誤魔化そうとして、とんでもないことを口走ってしまった。ヴァレンが断ってくれなかったら、わたしの心臓は危なかったかもしれない。

「そっか」

本当はもっと触れていたかったけれど、このあたりで手を離すことにした。このまま会話を続けたら、もう、気持ちを抑えられなくなりそうだった。

この幸せな時間を忘れてしまわないように、こっそり最後にヴァレンの背中を撫でてから、その右の手のひらの温もりを、左手でしっかりと包んだ。

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