ルフナ 現実 5/19 みかんが半分の時~
「アルスダムみたいに、フィオニス家にも何か元になるものがあるの?」
みかんをちょうど半分食べた時、わたしは予習の大事さを思い出した。明日、フィオニス家の人達が襲来するとして、その人達の前であれこれ聞こうものなら、ちょっぴり優しくなったヴァレンだって怒りだすだろう。
「意味ならある。ただ、アルスダムは少し特殊なんだ。他の三家はフィオニス家、イドニス家、アニス家といってな。全て古語由来だ。現代語に訳せば、お前もよく知るものだぞ」
「他のみっつの名前には、ニスが付くんだね?」
ヴァレンがわたしの答えを待つように、腕を組んで、ニヤリとした。ニスという共通するところは、同じ意味なことはさすがに分かったものの、他の部分からは何のひらめきも得られない。
それでも、栄養の行き渡った頭をぐるぐる回転させていると、名門の人達がつける指輪の宝石の色が、どうにも引っ掛かった。ガルシアの指輪の宝石は赤色だった。ヴァレンは、わたしがよく知るものだという手掛かりをくれている。
わたしのよく知る赤いものと言われれば、それはもう、ひとつしか思い浮かばなかった。わたしは胸を大きく張ってヴァレンを見た。
「フィオニスのフィオは、トマトっていう意味だね?!」
わたしはトマトが大好きだった。わたしの予想は、フィオニスだ。
「。。。全然違う。フィオは火の意味だ」
ヴァレンは、がっくりと首を曲げて、淡々とした声で告げた。ヴァレンの反応にも、その答えにも、全く納得がいかない。
「火のことなんて、わたし、全然詳しくないんですけどぉ??」
「ニスは叩いたり、強く撃つという意味だ!どうだ?何か思いつかないかっ?!」
うつ、というところで、ヴァレンは妙に力を入れて、訴えかけてきた。わたしはそれでようやく、ヴァレンの最初の言葉の意味が理解できた。
「あぁ、魔法が由来なんだね?フィオニスは火撃っていう意味?」
「そうだ!あとのイドニスは雷撃、アニスは土撃だ」
ヴァレンは、なんだかとても大きな息を吐いた。それはさておき、いずれも勇ましい名前だった。でも、こうなると、アルスダム家だけが可哀想な気がしてならない。魔法が由来なら、残るは水撃が妥当なはずだ。水に当てはまる古語があることを、わたしは既に知っている。
「それじゃあなんで、アルスダム家はスニス家じゃないの?」
非常に単純な疑問だけれど、これは聞かずにはいられなかった。わたしの質問の程度がお気に召したのか、ヴァレンは満足げにひとつ頷いてから口を開いた。
「元々はスニス家と名付けられるはずだったんだ。しかし、マハルジオン様が願い出て、初代国王様がお認め下さったんだと聞いている」
「国王様にお願いするなんて凄いね。よっぽどアルスダムが誇らしいものだったんだねぇ」
ようやく明日、マハルジオン様達が作ったという本当のエレスの姿を見れるのだと思うと、少し感慨深かった。
「。。。そうだな。四家の役割は覚えているのか?」
ヴァレンの返事には微妙な間があって、ちょっぴり不思議に思った。それが気になりつつも、わたしは以前の授業の記憶を呼び覚ました。
「えーっと、確か、四方の脅威からの守護、だよね。。。?」
四方の脅威と自分で言ってみて、このジュラの国にとっての脅威が、魔獣だけではないことに初めて意識がいった。他国からの脅威。北方では人と人とが戦っているんだと思うと、胸が重たくなった。
「どうした?突然、小さくなるんじゃない」
ヴァレンは冗談っぽく言ってから、わたしの頭を緩く、ぽんぽん叩いた。
「。。。人間同士で戦ってるんだなって、気付いてびっくりしてるだけだから。授業で聞いてたはずなのにねぇ」
「。。。仕方のないことだ。この国を興せたのも、そして今、存在するのも、戦いに生き残ってきたからだ。これからも、この国が生き残っていく為に、"名門"が戦いを捨てることはないだろう」
分かってはいても、やりきれない話だった。向こうの世界は、なんとなく平和だったと覚えている。何か良い方法があったのか、そんなものは幻想だったのか、今はもう分からない。
「アルスダム以外の三家の人達は、今も戦ってるの?」
「いや、ここ5年は、大きな侵攻は受けていない。。。そういえば、おまえは、この守護の意味については、きちんと分かっているのか?」
「守護の意味?」
私の中で守護といえば守護者で、正直に言ってしまえば、それはヴァレンだった。それ以外では、守る、という当たり前の答えしか用意できなかった。
「ニスとはついているが、攻撃のためのものではないんだ。フィオニスもイドニスもアニスも、彼等が司るのは、国境警備だ。決して他国を、侵犯しないんだ」
初めて聞いたはずなのに、似たようなものを知っているみたいな気がした。
「建前のように聞こえるかもしれないが、軍ではない。国境警備隊と呼ばれている。国軍は王の指揮下であるのに対して、国境警備隊は、王の指揮下にないんだ。この大陸全体でみても、そんなものは他にない」
「へぇ。。。なんだか凄いね。名前も、その役割も、初代国王様が決めたんだよね?」
「俺は、そう習った」
たまたま降り立った国が、戦に明け暮れるような国じゃなかったことは、きっと幸運なことだ。他にないはずのその思想は、とても馴染み深いものとして、わたしの記憶を小さく刺激した。
「北方三国で、ジュラの国と仲のいい国はないの?」
200年近くに渡って、他国を侵犯していないというのなら、北方三国全てと仲良しじゃないのかと思ったりもする。でも、現実が優しくないことも知っている。
「あるぞ。カリマヤという国だ。リルハとカーンの間にある、唯一友好的な国だ。アニス家が国境警備にあたるわけだが、今やまるで、街道警備隊のようだと、アニス家の者が言っているのを聞いたことがある」
「カリマヤって、コピチの国だね!そっかぁ、あのコ達ふたりは、仲良しな国から来たんだねぇ」
「そうだ。おまえの好きな、餅もあるんだろうな」
ひとつしか国の名前が出てこなかったことに、本当は落胆していた。それでも、予習をやめるつもりはない。声に不安が漏れてしまわないように、ゆっくりとした呼吸を心がけた。
そうしてわたしが黙り込んでいる間、ヴァレンは食べ終わったみかんの皮の匂いを嗅いだりして、じっと、わたしの出方を待ってくれている。その不器用な優しさには、気付かないふりで返礼した。
「フィオニス家は、リルハとカーン、どっちとの国境の警備を任されてるの?」
「東のカーンだ。こっちは大きな侵攻は少ないが、小競り合いが多いんだ。あとはリルハだが。。。関係は極めて悪い。度々侵攻を受けるんだが、こちらはさすがに国軍が守備に出ることも多い」
そういった争いは、ジュラの国の勇気ある思想ですら防げないらしい。わたしは長く、息を吐いた。
「そっか、ありがとう。今はこれぐらいにしとくね。また悩み事が増えたら大変だから」
わたしは半分残っていたみかんを、丸ごと口にいれた。胸の中は、もやっとしても、お腹の具合はちょうど良かった。お腹が空いていないおかげで、それほど悩みは深くないのだ。そう、自分に言い聞かせた。
「そうか。気になったことは、いつでも聞けばいい」
ヴァレンが優しい顔で、わたしの頭を撫でた時、大通りの方が突然、騒がしくなった。




