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ルフナ 匂い 5/19 早めのおやつの時間~

 お腹の虫まで飢えだして、その鳴き声に元気がなくなりだした頃、両手に大きな茶色い物体を抱えたヴァレンが、ようやく姿を見せた。ガルシアに会えたことで、少し元気を取り戻したわたしは、ヴァレンとオヤツを見つけて、それはもう、元気一杯に手をあげた。

「おかえり!ずいぶん遅かったね!」

「なんだ?しょげかえっているかと思えば。。。相変わらず、食べ物を見たら元気になるんだな、おまえは。。。」

「ち、違うよ!。。。違わないけど、それだけじゃなくって。。。」

ヴァレンはわたしが口ごもるのを見て、大きなため息をついた。気を抜く度に、腹ペコ娘としての悪名ばかりをどんどん高めてしまう。わたしがヴァレンに印象付けたいのは、そういう残念な自分じゃなかった。

「とりあえず持ってくれ。身動きがとれん」

「あ、ごめんね」

ヴァレンは砂糖のたっぷりかかった揚げパンを両手で持ちながら、みかんみたいな果物を2つ抱えていた。わたしが受け取った揚げパンからは、それはそれは甘い、魅惑的で罪深い香りがした。

「これでも食って、元気を出せ。。。と言うつもりだったが、いらぬ心配だったな」

「だから、これにはちゃんと理由があって。。。ガルシアに会ったんだよ。それで、なんだか不思議な忠告をされたから、悩みは一旦、お休みしてるだけなの!」

わたしは早速、揚げパンをひとかじりした。見た目通りのその甘さは、頭と身体に染み込んでいく感じがする。悩むと腹ペコになるのか、腹ペコだから悩んでしまうのか、わたしにはその相関性について、きちんと調査する使命があるのかもしれない。

「おい。まさか、紹介所がらみじゃないだろうな?」

「違う違う!えっと、()()()()()()?っていう人達がくるんだって」

「フィオニス家だと?どこからそんな情報を?いや、というより。。。」

ヴァレンは揚げパンをかじろうとして、動きを止めた。そのまま軽く腕を組んで、何か考え込んでいるみたいだった。

右手に揚げパン、左手にみかんを持って思案するヴァレンの姿は、どちらを食べようかと大真面目に迷っているみたいで、一度そう思って見てしまうと面白くて仕方がなかった。

「他には何も聞いていないのか?」

しかし、冷静なヴァレンの声に、わたしは揚げパンに奪われかけた緊張感を取り戻した。

「。。。まだあるんだけど、わたしが知らないこととか、気になった部分もあるから、先に教えて欲しいの。まず、フィオニス家?って何なの?」

さすがのわたしも、なんとなく、フィオニス家ではないかという予想ぐらいは立てていた。ただ、そうしたところで、何かが解決したわけでもなかった。

「ふむ、その方が話が早そうだな。フィオニスは、"名門"の家名のひとつだ。アルスダムと似たようなものだと思えばいい」

「あ、やっぱりそうなんだね。じゃあ指輪も同じなのかな?今日はね、ガルシアも指輪を付けてたんだよ」

ガルシアの指輪についていた赤い宝石は、独特の形をしていて、強烈に印象に残っている。そして、わたしはその宝石の形を、どこかで見たような気がしていた。

「ま、まてまて!ガルシアはフィオニス家の者なのか?指輪に、何か石はついていなかったか?」

わたしが宝石の形について考えていると、ヴァレンが突然、落ち着きを無くして、ぐいぐい顔を近付けてきた。

「うん、青じゃなかったけど。ガルシアのはね、赤い宝石だったの」

「やはりフィオニス家の者か。。。まったく、どういうつもりで接触してきたのやら。。。」

そこで、ヴァレンの顔が険しくなるのを見て、わたしは少し、事情を察した気になった。本当はヴァレンに確認してみようかと思っていたことも、その必要は無さそうだった。わたしはいっそ、自分の考えを先に言ってみることにした。

「あとね、わたしは伝えてないはずなのに、ヴァレンティオンっていう名前とか、わたしが転生者だっていうのを知ってたみたいなの。だから、わたし達に会うよりも前に、フィオニス家の人達から聞かされてたのかなって」

「間違いないだろうな。密偵。。。にしては、あの大男は目立ち過ぎるか。となると、俺達に何か、用があるだけなのかもしれんな」

ヴァレンは大きく口を開けて、ようやく揚げパンにかじりついた。わたしももう一口頬ばって、そのまま口を閉じた。その甘さに再び酔いしれることはなくて、わたしはもう一度、ガルシアの言葉を噛み締めた。一応は納得してしまったヴァレンに、ガルシアの語ったもうひとつの事柄について、どのように話すべきだろうか。

フィオニス家を追い返せというのは、わたしだけに指示されたものだと思っていた。しかし、ヴァレンと話す内に、フィオニス家の人が、こっそりとわたしにだけ会いに来るのではなくて、わたしとヴァレンの二人に会いに来るという可能性もあることに気付いた。

わたし達の味方になる、というガルシアの言葉から考えれば、そちらの可能性の方が高いとさえ言えた。けれども残念ながら、フィオニス家の人達が誰に会いにくると教えてくれたのか、はっきりとは覚えていない。わたし一人に会いに来るんだろうという、さっきまでの認識は、単なる思いこみだったかもしれない。

そう考えると、ガルシアが忠告したかったであろう大事な部分の、焦点がぶれてしまう気がした。

ただ、わたしがフィオニス家の人達を追い返すようにと、ガルシアが言っていたのは、はっきりと覚えている。ヴァレンが直接何か言ってしまうと、わたし達にとって、良くないことが起きるのかもしれなかった。

「どうした?まだ何かあるのか?」

ヴァレンは揚げパンを、もう残りわずかというところまで、食べ進めていた。あれこれ考えていたわたしは、お腹が催促しているというのに、まだ2口しか食べていない。

「うーん。。。そうなんだけど、ガルシアが言った言葉をね、きっちり思い出せなくて、モヤモヤしてたの」

「なんだ?とりあえず、思い出せるだけでも言ってみればいい」

「うん。。。」

揚げパンを小さくかじりとって、自らの考えをもう一度、反芻する。しっかりと時間をかけて口の中のものを飲み込むと、わたしはそこでやっと、ヴァレンに目を向けた。

「フィオニス家の人達が来たらね、わたしが追い返せって言われたんだ」

「やつらめ。。。やはり、ろくでもない話か」

ヴァレンは腹立たし気に、最後の揚げパンの欠片を口に放り込んだ。ヴァレンとフィオニス家の人達の間には、何かしらの確執があるのは間違いなさそうだった。

「ヴァレンはあんまり、これに関わらない方がいい気もするんだよね。できるだけ、わたしがなんとかするよ。ガルシアにはね、味方になるから自分のことは知らんぷりしてくれ、って言われたから。きっと、こっそり助けてくれると思うんだよね」

「む。そうか。。。」

一通り話し終えて、わたしはようやく大きな口で、揚げパンにかじりついた。隣のヴァレンは、手のひらの上で、みかんをコロコロ転がして苛めていた。

「ならば、一応、聞いておけ。フィオニスとアルスダムは、あまり仲が良いわけではない。良いように言えば、ライバル関係だ。お互い、足を引っ張るようなことは滅多にないが。。。今回はどうだかわからん。フィオニスの者の中には、俺を目の敵にしているやつもいるからな」

何でもないようにそんな話をする、そのヴァレンの顔が少し、出会った頃みたいな仏頂面に見えた。わたしは口いっぱいに揚げパンを頬張っていたせいで、何も言えなかった。

「だが、当主同士の仲はいいんだ。だから、いざとなったら、俺が父上に泣きついてでも、何とかしてやろう。まずはおまえの好きにやるといい」

そして、妙にからっとした笑顔でそう言ってから、ヴァレンはみかんの皮をむき出した。

一部のフィオニス家の人との不仲は気になったけれど、それよりも、ヴァレンがお父さんに泣きつくという言葉に、わたしは驚いていた。どちらかと言えば、ヴァレンは人に頼るのを嫌がる人だと思っていた。でも、アルスダムの名乗りをやめたヴァレンは、もうきっと、そこまで自由な心を手に入れているのだ。わたしはその事実を、揚げパンと共に噛み締めた。

そしてその時、左手にあった真っ赤なみかんの尖ったヘタを見た時に、ふと、引っ掛かっていた問題のひとつが解決した。

「あ!そういえば、ガルシアの指輪の赤い宝石は、ガルシアの槍の形と一緒だったような?」

「あぁ、宝石の意匠のことか。色は家を表すが、その形は、指輪の持ち主を象徴するようなものであれば何でもいいんだ。ガルシアの槍、といえば、ハルバードのことを言ってるんだろう?ガルシアはやはり、武勇を見込まれたんだろうな」

「ハルバードっていう名前は知らないけど、そうだね」

武器の名前なんて、剣と槍と弓矢ぐらいしか、思い浮かばなかった。と、そこでわたしは、ヴァレンの指輪に目をやった。そこには、きれいな五角形の青い石がはまっている。それは、ヴァレンの持っていた盾と、ほとんど同じ形だった。

「それじゃ、ヴァレンの指輪の宝石の形って、もしかして、盾の形だったの?」

「そうだ。守護者を表してるんだ」

指輪をもらってからというもの、毎日眺めていたけれど、宝石としてすごく自然な形だったから、その形の意味までは考えたこともなかった。

「そっか、改めて、大事にするね」

「あぁ、そうしてやってくれ」

宝石を何度か撫でてから、みかんを半分に割った。すごく爽やかな香りが広がって、頭がすっきりとした。

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