ルフナ 味 5/19お昼御飯~
アレンさんと、姉さんと、わたし。おまけのヴァレンに加えて、更に大工さん達八人の合計十二人分。これは、しばらく毎日用意する、お昼御飯の量を意味している。そして今日、何を作るのか。それはなんと、わたしの手に委ねられていた。今朝はその買い出しも兼ねて、大市に来たのだ。
だから服を買った後、わたし達はもちろん、乾物屋さんへと立ち寄った。そこに改めて見えたのは、宝の山だった。あれこれと目移りする中で、本日のお品書きは、煮干しと乾麺を見つけた瞬間に決まった。露店では、いつものトマトとレタス、そして、ある思いつきでレモンを買って、わたし達は教会へと帰ったのだった。
「こりゃあ冷たくてありがてぇ!」「酸っぱい!うまい!塩気も身体に染みるなぁ」
「おかわりもありますよ~」
今日のお昼御飯は、冷製のサラダうどんだ。煮干しで取ったおダシにレモンを搾ったスープ。そこに細うどんのような麺を浮かべたら、あとはトマトとレタスを乗せるだけだった。薬味として、窓辺で育てていた、やけに太いカイワレ大根も添えた。汗をたくさんかいたであろう大工さん達の分だけは、塩味を強くしておいた。
大工さん達が外で口々に歓声を上げる中、わたし達は、サラダボウルに入ったうどんを、フォークとスプーンで頂いている。わたしはすごく変に感じるものの、ヴァレン達はそうでもないみたいだった。
「なんだ、意外と悪くないな。いや、美味い」
「良かったー。今日はとっても暑いから、冷たいのかー、酸っぱいのかー、しょっぱいのがいいかなって思ったんだけど。迷ってる内に、全部になっちゃったの」
「あんなものを着ていたからだろう。魚でとったダシにレモンを搾った時は、どうなることかと思ったぞ」
わたしの可愛いポンチョは、今は部屋で陰干しされている。
わたしは、もやしみたいなカイワレ大根をかじって、スープを飲んだ。やっぱり、とっても美味しくできていた。
「あはは。実は、わたしもなの。露店でレモンを見た瞬間に、これを入れなきゃって思ったんだけど、最後まですっごく迷ったんだよ。でも、食べ物のことだったから、きっと間違いないんだろうなぁって。前はわたし、料理人だったりしたのかなぁ」
うどんを口にいれて、こっそり最後に、ちゅるんとすすると、奇妙な満足感を得た。ところがそれを、アレンさんに見られていたことに気が付いて、わたしは慌てて口元を隠した。
「あなたは、あちらの世界で農業をしていたと、以前。。。確か、こちらに来て2日目ぐらいに言っていましたよ」
「え?」
わたしが下品な仕草をどう弁明したものかと焦っていると、アレンさんは、わたしの忘れていた記憶を知らせてくれた。
「あ!そっか。前世の記憶で、しかも2日目のことだから、忘れちゃってたんだ!ありがとうございます、アレンさん!またひとつ謎が解けました!」
日記を取り出して、ちょこっとだけ記録しておいた。
わたしは今まで、ハゼット達が毎日、農園に行っていたから、転生したての自分も一緒になって農園で仕事をしていたのだと勘違いしていた。
「一応しっかりした理由があったんだねぇ、わたし。。。こっちでやりたいことは。。。農業だったのかなぁ。勇者って、変なの」
日記を撫でながら、昔のわたしに語りかけた。要は、一人言かもしれない。ただ、やっぱり誰かに相談したいという気持ちはあったから、一人言じゃないのかもしれなかった。
「あなたが好きなことをやればいいのよ。誰も、あなたを咎めないわ」
ところが、姉さんがさらっと、信じられないことを言った。レタスをかじりながら、世間話するみたいに、だ。わたしが言い出したにしても、姉さんの言葉には違和感を感じた。
「え!?わたしは孤児院の先生になるって、皆の前で言ったよね?」
「咄嗟にそんな言葉が出るなら、やっぱりあなたは迷っているんでしょう?」
それはわたしの迷いに、とっくに気付いていた人の言葉だった。さっきから姉さんが、何段飛ばしかで話を進めるから、わたしは答えを考えるどころか、自分自身の気持ちを追いかけるのに必死になっていた。
「ちょ、ちょっと待って!なんで知ってるの?」
「それは、私があなたの友人で、姉さんだからよ」
姉さんは真面目な顔で、今度はトマトをかじった。
「わ、わたしは先生になりたくないなんて、言ってないし、思ってないもん」
「じゃああなたは、先生になりたいのかしら?私はなりたいの。だからあなたがもし、今ここで先生になりたいと宣言して、後で簡単に投げ出すようなら。。。私はあなたを許さないわ」
姉さんは、わたしをきつく睨み付けた。その目は優しさに満ちていても、奥に灼熱の炎を宿しているように見えた。
何も考えずに駆け上った、階段の先の踊り場には、わたしが気づけなかった答えが落ちていた。
わたしはこの世界で、孤児院の先生になる以上に、したいことができてしまったのだ。
好きな人ができてしまったから。
どこかへ行こうとする、その背中を追いかけたくなってしまったから。
孤児院の先生を、重荷だなんて、思いたくないから。
「うん。。。わたし、孤児院の先生に。。。なれないや」
「そう。なら、好きなことをやればいいのよ。誰もあなたを咎めないわ。私はそれを、見守っていてあげるから」
姉さんはフォークを置いて、もう一度応援してくれた。その目の炎は、わたしを責めるものではなくなって、わたしを優しく照らしてくれている。
10日ぐらい前に、わたしはいくつか決意したことがあった。
ひとつ目は、ロレアさんを姉さんって呼ぶこと。これだけは実行できた。
ふたつ目は、失われる日々の記憶を、恐れないこと。これは挫折もあった。
みっつ目は、なんでも相談すること。これは、ほとんどできていなかった。色恋の相談なんて、恥ずかしくてできないことだけはよく分かった。
最後は、自分の好きな、やりたいことをやるっていうこと。また、後押しされてしまった。
姉さんは自分の言ったように、干渉しなかった。ただ、確認だけをしてくれた。
お腹はまだまだ空いているはずなのに、胸がいっぱいになって、口を閉じてしまった。
「私も好きにやるわ。あなたに、今日まで孤児院について話さなかったのも、私の勝手よ。ちゃんと自分で決めて、好きなだけ結果を味わうといいわ。自分で決めた未来なら、きっと、なんてことないわ」
姉さんはスプーンを持って、スープを口にした。
「うん。冷たくて、酸っぱくて、しょっぱくて、でも、とっても美味しいわ。上手に作ったわね」
鼓舞するような、その言葉に、わたしは応えないわけにはいかなかった。
それでも言葉は詰まって、出てこなくて、どうしようなくて。
だからわたしは、返事の代わりに、好きにしてみせた。
後押しされた決意を込めて、細いうどんを大きくすする。
カイワレ大根のかけらがピリッとした。




