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ルフナ 大事な一着 5/19 7:00ぐらい~

「あぁ。いいんじゃないか?おまえのはどれもブカブカというか、大きさが合ってないだろう」

「え!?で、でも可愛いでしょ?」

確かにわたしの服は、どこか大きめではある。それでも誰かが買ってくれたはずのこの服に、文句なんて無かった。問題点を上げるとすれば、細身のわたしには胸元や裾が大変涼しく感じることに、多少の違和感があるぐらいのものだった。

ワンピースというには短いチュニックに、ハーフパンツというには長い七分丈のパンツ。それに革靴。これがわたしの毎日の服装だった。下半身は薄茶色、上半身は淡黄色。3着あるチュニックには、襟元と広い袖口にだけ、それぞれ染色が施されている。その色合いの他に、日々のわたしに違いはなかった。

「。。。俺には分からん」

わたしが両手をぐいっと広げて桃色の袖口を見せてみても、ヴァレンの顔は仏頂面に一歩、近づいただけだった。どうしようもない悩みは一旦忘れて、自分の戦いに専念しようと思う。

「じゃあ、ヴァレンはどんなのがいいの?」

「それこそ、もっと分からん!」

男の人にするべき質問ではなかったかもしれない。わたしは面倒な質問をしてしまったことを早くも後悔した。生まれ変わりたてのわたしは、当然、恋愛にも不慣れなわけで、道のりの険しさに涙が溢れ落ちそうになった。

「ドレスのような豪奢なものは、俺は苦手なんだが。。。それ以外に、女性らしい服装というのがよく分からないかもしれない。。。スカートか?それともヒラヒラがついていればいいのか。。。??いや、もしや色合いか?」

ところがヴァレンはあごに手を当てて、真剣な面持ちでぶつぶつと呟きだした。どうやらヴァレンは本気で考えて、本気で答えてくれているらしかった。どうしてヴァレンがそこまで思い詰める程に、わたしの問いかけに反応してくれたのか、全く分からない。

「わたしも服を選ぶのなんて、初めてだからねぇ。何着か見てみて、少しだけでも感想をくれたら。。。嬉しいかなぁって」

分からないままに、わたしのお願いを素直に伝えてみると、ヴァレンは何度も大きく頷いてみせた。

「分かった。極力、真面目に答えると誓おう。。。だが、あまり期待してくれるな。姉さんにも、散々呆れられたんだ。。。」

ヴァレンは前髪から汗を垂らしながら、虚ろな目を浮かべる。さすがのわたしも、ぼんやりとヴァレンの過去の事情を察した。

「服屋なら、おまえが嫌いな方の通りで見かけたぞ。本屋の何軒か隣だ」

しかしそこで、本屋の通りと聞いて、わたしは乾物屋さんを思い出してしまった。そしてすぐに、わたしの意識と無意識はそちらへと大きく傾いた。可愛い服と干物、それらふたつを秤にかけると右側に傾きそうになったものの、天秤の片側に手をかけて、危ういところで正気に戻った。

「そ、そうなんだ!掃除が終わったら、行ってみようね。実はー、皆にはもう、言ってあるんだ~」

「そうか。それなら、今日はまずは服屋だな」

「うん、服屋さんの辺りに行ってみよう!」

誘惑はあれども、わたしは今日、なんとしても服屋さんに行かなきゃならないのだ。



 だが果たして、乾物屋さんは凄かった。漁村と直接契約というだけあって、魚の種類は計り知れなかった。スルメのようなものが、表に見えるように陳列されているのも確認できた。ガルシアが持っていた丸干しだけでなく、開き干しまできちんとある。どれももちろん、わたしの前世の記憶をどうしようもなく刺激した。磯の香り。風に揺られた干物同士が立てる軽い音。舌の上に、あるはずのない海の恵みを感じる。

それらの食べ物達は、お店の前を通り過ぎるたった数秒間の内に、極めて立体的に、わたしの記憶に刻み込まれた。

「どうした?顔が赤いぞ?服を買うのに、そんなに張り切ってどうする」

「そうだね。ちょっと意気込み過ぎちゃった」

驚くなかれ。わたしの理性はきちんと働いて、無事に乾物屋さんを通り過ぎた。その三軒隣に、服屋さんはあった。

「あ、ほんとだ。こんな所にあったんだねぇ。露店でも少しだけ置いてあったんだけど、こっちの方が服の種類も生地も、色々あるね」

その服屋さんは、わたしの感覚では生地屋さんに近いものだった。お店に並ぶ半分以上の品物は、まだ服になる前の布で、それはそれで眺めるのが楽しくなるものだった。そして更に、このお店は仕立て屋さんも兼ねているみたいで、こうなるともう、服の何でも屋さんといった風情が漂っている。

実のところ、服は自分で作るものなのだという事実に、わたしはお店に来てみてから気が付いた。

「やっぱり自分で服を作ったりした方がいいのかなぁ。。。」

「作ったことはないんだろう?今回は、出来上がった物の方がいいんじゃないか?。。。どうしても作ると言うのなら、ロレアを連れて来た方が良いな。生地からとなると、俺はますます役立たずだ」

服の仕立てに関する記憶は、期待できそうもなかった。精々、服として出来上がった物の良し悪しが分かるぐらいのものだった。

「うん、そうだね。それは今後の課題にするよ」

「首都ならば、出来上がった服を並べた店も多いんだがな。いつか、行ってみるといい」

不穏な言葉は聞かなかったことにするに限る。とにかく首都には、わたしの知っている感じの服屋さんがあるのかもしれない。

ここの壁には、麻以外の素材でできた服が仰々しく飾ってある。でもその他の棚に並べてある服のほとんどは、麻でできた物のようだった。庶民に優しいお値段の麻の服は、エレスの暖かな気候にも合っているのか、とても着心地が良い。

まずは、と手近にあった麻でできたワンピースを自分の体に当ててみた。

「うーん、これはちょっと大きいよね?」

「かなり大きいな」

今度は隣にあったチュニックを広げて、ヴァレンの方を向いた。

「こっちはちょうど良いかも?」

(たけ)がよくわからんな。。。大きいような気がするんだが」

「これはこういうものだと思うんだけどなぁ。。。こっちのはやっぱり大きいし」

手に取った物は丁寧にたたみながら、とにかく次々に体に当ててみて、ヴァレンの反応を探った。でも、ヴァレンが自分で言った通り、感想は大きさに関することぐらいで、わたしの容姿に似合うかといった類いの回答は得られなかった。

そして、そうやっていくらか試したところで、わたしは絶望的な真実に気付いてしまった。

「わたしって、そんなに小さいの??」

「。。。なにを今さら言ってるんだ?」

ヴァレンは小さな服ばかりが並んでいる、ある場所から1枚のワンピースを持ってくると、わたしに向けて広げてみせた。そこは、わたしがあえて避けていた一画だった。

「大きさで言えばこれぐらいじゃないか?大人しく、こちらから選べ」

「大人しく、子供服から選べだなんて、ヴァレンは面白いこと言うね」

ヴァレンがわたしに押し付けてきた可愛らしい服は、どう見てもわたしにぴったりだった。

「ぴったりじゃないか。この間は、自分はまだ子供だ、とか言ってただろう?」

「。。。女の子は複雑なの」

「喜べ。恐らくそれは、子供服の中では一番大きい部類のものだぞ」

その慰めは全然嬉しくなかったけれど、ヴァレンが約束通りに、真面目に服選びに付き合ってくれていることは、とてもよく伝わったし、とっても嬉しかった。

いくつか、そのぴったりな大きさの服を流し見ていると、1着だけあった濃紺のワンピースに目が留まる。わたしはそれをそのまま、自らの髪に当てた。思ったよりも悪くない気がした。

「これだと、少しは落ち着いて見えるかな?大きさはぴったりでしょ?」

「あぁ。そうだな。似合っているんじゃないか??」

「じゃあ、これにしようかな」

わたしがその1着を選びとると、ヴァレンは露骨に、ほっとした顔を見せた。それほど時間はかけないように心掛けていたけれど、それでもヴァレンには大変な時間だったらしい。

わたしはワンピースを手に、お店のお姉さんのところへ急いだ。



 ほどなく、服屋さんを出たわたしは、濃いめの赤茶色のポンチョを身に着けていた。手にはもちろん、濃紺のワンピースを持っている。

「そんなもの、いつの間に目をつけていたんだ?」

「えへへ。目をつけるなんて言葉じゃ足りないかな~。お店に入った瞬間にね、出会ったんだよ!きっと運命だね」

お店の壁に並んでいた商品の中でも、それはひとつだけ輝いて見えた。ヤギの毛から作られたというポンチョは、濃い赤茶色に染められていて、わたしの髪色とも相性が良かった。それに、明るい赤で上下の縁に、ぐるっと一周、独特の刺繍がしてあるのもバツグンに良かった。

「すごく肌触りがいいんだよ~。触ってみてよ!」

渋々といった表情を丸出しにして、ヴァレンはポンチョの端っこを撫でるみたいにした。でも、目の前の仏頂面は深みを増しただけで、特に感動はないというのが大変よく伝わってきた。

「。。。それに!ほら、フード付きだよ!これは間違いないでしょ?」

「。。。」

フードまで被ってみせたのに、期待したような反応は無い。

「暑くないのか?」

「。。。ちょこっとね。でも、これから涼しくなったら、着る機会も増えるよ!とにかく、わたしは気に入ったの!」

それだけ言い切って、わたしはヴァレンの前を歩いた。

ほんの少しだけでも、その視界に、新しいわたしを映してもらえるように。

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