ルフナ つむじ風 5/19 7:00前~
今朝の掃除は、昨日までとは一味違う。掃除だからもちろん、箒は持っている。ただし、左手だけで、だ。箒が機能することは、残念ながら無い。
「えい!。。。あれ?弱かったかな。。。」
わたしは右手を地面の落ち葉に向けて、攻撃魔法を発動した、つもりだった。ところが、落ち葉が動くことは無い。腕が痺れることも無かった。
わたしは魔法の練習も兼ねて、攻撃魔法を掃除に利用できないかと考えていた。何度か繰り返すうちに、例の風は、手のひらのほんの少し先から出ることが分かった。反動みたいなものは、やっぱり無い。だけれど強くやり過ぎると、手の周りに吸い込まれるみたいな空気の動きが生まれて、髪の毛がめちゃくちゃになることはよく分かった。
「あれ??え?強いかも。。。」
ハゼット達から聞いていた通り、魔法の威力調整は難しい。その上、不思議なことに、攻撃魔法と意識してしまうと魔力の収束は起こらなかった。でも、風を起こすことや、昨晩までの誤った認識であるはずの、風撃魔法と意識すると、魔力を収束させることができた。
たった今も、わたしは落ち葉が"風"で吹き飛ぶという結果を求めていた。しかし、予想よりも強い魔力の収束を感じて、わたしは右手を空へと向けた。
「なんだこれは?挨拶か?」
「うわ!危ないよ、急に!魔法の練習中なんだから!」
練習に夢中になり過ぎて、わたしはヴァレンの到着に気付かなかった。すぐに、右手を誰もいない左上へと向けたものの、手遅れだった。ヴァレンはさっと飛び退くと、顔をひきつらせたまま、わたしを睨み付けた。ヴァレンの次の行動に備えて、わたしは頭を引っ込めた。
「そんなもの、人に当たったらどうするんだ!。。。いや、というよりも、もっと人目につかない所でやれ!」
「ごめんごめん!ちょ、ちょっと悪いんだけど、右手が痺れてきたから!怒るのは後にして。。。ね!!」
最後に強く意識を集中させると、右手が、すっと楽になった。それに少し遅れて、予想通りに風が吹き上がる。
「あー、びっくりしたぁ」
「まったくおまえは。。。なんだったか、確か。。。ゆうしゃ、のスキルか」
「うん、私は"風"って呼ぶことにしたの。その方が怖くないし、不発も防げるみたいだから」
攻撃魔法は長ったらしいし、可愛いさのカケラもない。ヴァレンが守護者のスキルを"守り"と呼ぶのは、きっと同じような理由で、本当は別の名称があるんだろう。"風"は、それを真似た形でつけた、愛称みたいなものだ。
ふと、右手がなんだか重たく感じることに気付いて、わたしは拳を握ったり開いたりを繰り返した。
「ちょっとこっちへ来い」
仏頂面のヴァレンに逆らうのは不可能だった。手の平からヴァレンへ視線を移すと、ヴァレンは呆れ顔で手招きしていた。わたしが言われた通りに近寄ると、ヴァレンはわたしの頭の方へ、すっと手を伸ばしてきた。また叩かれたり、はたまた撫でられたりしてしまうのかと、わたしは再び首を引っ込めた。
ところが、ヴァレンはわたしの左耳のあたりの髪に、そっと触れると、そこに引っ付いていたらしい落ち葉を取ってみせた。
「練習するなら、もっと真面目にやれ」
「。。。わたしとしては、大真面目だったんだけど。ついでに掃除もできたらなぁって」
そうは言ったものの、掃除は全く進んでいなかった。というよりも、今、"風"で吹き散らかした分、余計に散らかっているとさえ言えた。
「ううん、ごめん。ちゃんと箒でやるね。今日も本当は、急いでやらないと駄目なの」
「なんだ?また何か、やる気になってしまったのか?」
ヴァレンの言いようにはムッとしたけれど、とにかく箒を動かした。今日は教会に、知らない人がたくさんやってくるはずなのだ。
「そういうわけじゃないんだけど。。。わたしも今朝、初めて聞いたんだけどね、今日から講堂の改築が始まるんだって。建て増しする形で、孤児院になるみたい。それで、今までの子供達の教室も共用になって、孤児院の一部になるんだって」
「なんだ、ずいぶん急な話だな」
「えっとねぇ、わたし達がシジミとりとか、冒険してる間に、ベンさんが何度か来てくれてたみたいなの。あ、都市長様のエンダーさんも」
ヴァレンも立て掛けてあった箒を手にして、落ち葉を集めだした。そうして砂を掻く音が重なると、わたしは今日も、こっそり幸せな気分になった。朝の掃除は元々、好きだったけれど、ヴァレンがいつものようにふらっと現れて、ふたりで掃除をするのはもっと好きだった。
「それでね、今ってね、アルスダムの修復のために、首都からたくさん大工さんが来てるんだって。その中に、本当は家を建てるのが専門の人達もいたみたいで、首都に帰る前にって、引き受けてくれたらしいの」
「そういえば、俺がこの街に来たときも、どこの宿屋も大工と、あとは夏至祭り関係の行商人でいっぱいだったな。良かったじゃないか」
「うん。。。ちゃんと、綺麗にしておかないとねぇ。。。」
しかし、その幸せな気持ちは、孤児院の話をしていると小さくしぼんでしまった。決して、孤児院ができるのが嫌なわけじゃない。そこで働くのが嫌になったわけでもない。ただわたしは、その孤児院ができた後のことを考えると、どうしても不安になってしまうのだ。
「これでおまえも、焦って何かに手を出さずに済むな。俺としては大助かりだ」
「えへへ。。。孤児院の先生になっても、たまには依頼とか受けて、冒険しに行っちゃおうかなぁ。。。」
本当は巡回依頼に行きたいなんて、これっぽっちも思ってなかった。そう言ってしまえば、もう少し猶予をもらえるんじゃないかと思っただけだ。ヴァレンが本当にやりたいこと。それを始めるまでの、わたしがヴァレンと一緒にいられる、残り時間の猶予と。
「やめておけ。エレスの周りが穏やかなのは、恐らく明日までだぞ。それを過ぎれば、ここの外は、魔獣が蠢く危険な世界だ。おまえが巡回したあの道も、命知らずと呼ばれる者達の狩場になるんだ。もちろん、エレス軍も展開される」
「うん。。。わたしだって、あんな命懸けの依頼は、もう受けられないかな。自分のも、仲間の皆の命だって、懸けたくないもん」
ヴァレンはきっと、わたしの生活が安定してしまえば、護衛の必要が無くなったと判断するんだろう。そうじゃなくても、護衛するのは自分じゃなくても大丈夫だと、決断するに違いない。誰か別の人に引き継いだり、ロレア姉さんに全てを任せてしまうことも、十分可能なのかもしれない。
前にヴァレンが言ってたみたいに、わたしはただの町娘だった。今までだって、わたしが危ない行動をしなきゃ、護衛としての仕事なんて無かった。これからもきっと同じだ。
「そうだ。街の中にいれば、軍やアルスダムが守ってくれるんだ。ラガル義兄さんだっている。無茶はもう、やめておけ」
「は~い。。。」
ヴァレンとそんな話をするのは怖かった。王様の命令があったから、わたし達は出会えたのだ。いつまで一緒にいられるのかなんて、知りたいけれど、知りたくない。
いつまでも一緒にいられると思っていたかった。でも、友達なのかすら怪しいわたし達の関係は、風が吹くだけで壊れてしまうだろう。
「きょ、今日はね!服を買いに行こうかなぁ!」
だから今は、無理矢理、元気な声を出した。




