ルフナ 5/18 月が綺麗に見える頃~
空に星が無数に輝きだして、ランタンに明かりを灯した後も、わたしはご馳走に夢中だった。お酒が入っていつも以上に明るく、騒がしくなった皆とのおしゃべりも、もちろん楽しんだ。
そうしてお鍋がすっかり空になった頃、アレンさんと姉さんが後片付けを始めると、サリムとサリードもそれに続いた。わたしも手伝おうと立ち上がると、アレンさんから残るふたりの子守りを命じられた。
「ハゼットは飲み過ぎで、起きないかもしれない。帰りは俺が付き添う。そっちの男は、そろそろ酔いもさめる頃だろう。すぐ戻る」
並べるみたいに言うと、サリードはお鍋をひょいっと持ち上げて洗い場へ向かった。
鍋やお皿のほとんどがなくなって、広くなったテーブルに唯一残る小さなお皿には、たっぷりのソースの海に浮かぶたったひとつの小島のように、名残惜しく、最後のお肉が浮かんでいる。そこに蒸した人参がみっつと、チーズの欠片がよっつ。それらが寄り添うみたいにお皿の縁に乗っていた。お皿の横には、パンの入ったカゴと半月みたいなチーズも、どでんと取り残されている。
わたしは眠るふたりに挟まれながら、急に静かになった食卓で、お皿の上に残ったこのコ達を、どういう順番で食べてあげようかと真剣に悩んでいた。
右隣のヴァレンは、いつの間にか机に伏せるみたいにして、静かに寝息を立てている。わたしがまずは人参を、とフォークを突き刺した時、お皿とフォークがぶつかる高い音が食卓に小さく響いた。左から聞こえる、小さなイビキに変化は無かった。ただ、その耳につく音に、ヴァレンは身じろぎすると、しばらくしてからむっくりと頭を上げた。
「こんばんわ」
状況が分からないのか、それともまだお酒が残っているのか。わたしが声をかけてもヴァレンは前を向いたままで、ぼーっとした顔をしている。
「月がキレイだよ」
自分の口からふいに出たその言葉は、なんだか不思議な輪郭をまとっているような気がした。ようやく、わたしの声に気付いたのか、ヴァレンは顔をこちらに向けた。
「。。。そうか、夕食会の最中だったな。すまん。俺はどうも、酒を飲むと、眠たくなってしまうんだ。あまり、飲まないようにしていたんだが。。。」
寝ている間にすっかりお酒が抜けたみたいで、ヴァレンの話す声からは、眠りの余韻のぼんやりした気配しか感じられなかった。でも、そのゆっくりとした喋り方が印象的で、わたしは胸がいっぱいになってしまった。
「確かに美しい月だ。ちょうどそこの、チーズみたいだな」
「。。。もうちょっと、格好いいセリフが良かったなぁ」
その通りではあるものの、わたしはもう少し気の利いた言葉を期待していた。夜にふたりっきり、と言えるかは少し微妙なところだ。それでも、こんな状況は初めてだった。
だから、余計にドキドキしてしまうのだ。ヴァレンの気持ちは分かっていても、期待のひとつやふたつぐらい、抱いたっていいじゃないか。
わたしはお月様を見ながら自分に言い訳をして、こっそりと慰めた。
「なんだ、おまえの好きそうな表現じゃないか。腹がいっぱいだから、受け付けないだけだろう?」
「そうかもねぇ。。。ヴァレンはちょっと、お腹空いてるんじゃないの?」
フォークに刺さったまま、しょんぼりとしていた人参に、ワイン煮のソースをちょんと付けた。たったそれだけで、蒸しただけの人参はご馳走になってしまった。でも、わたしはそれを、自分の口には運ばなかった。
「このコ達、食べる?」
わたしは右肘を曲げたまま、遠慮がちに見えるように、ちょこんとフォークを右隣に差し出した。
勇者なるものにふさわしい、勇気にあふれた行動のはずだった。なぜならそのフォークは、わたしが今まで使っていたものなのだから。
それでも、ヴァレンは躊躇うこともなく、そのままフォークを口にした。フォークを受け取ることすらしなかった。
「うまい。やはり、そのワイン煮込みは凄まじいな。ただの人参とは思えない味わいになったぞ」
ヴァレンは全く気にする素振りもなく、のんきに味の感想までくれた。それはそれで悪い気分じゃない。悪い気分ではないけれど、わたしばっかりドキドキさせられて、いい加減、胸が苦しかった。やっぱり、わたしに恋は早すぎたのかもしれない。
わたしはお皿をヴァレンの方に、そっと移動させた。
「わたしはもうお腹いっぱいだから、食べられるなら食べてあげて。ソースだけはいっぱいあるから、パンにつけても美味しいよ?」
「あぁ。実を言うと、少し食べ足りなかったんだ。。。まったく、寝てしまうとはな」
ヴァレンはチーズをつまみながら、パンに手を伸ばした。
さっきまでに山ほどのご馳走を頂いたわたしとしては、なかなか耳に痛い言葉だった。一旦、心と心臓を落ち着けて、普通にヴァレンと話をしたくなった。
「ふふ。いつでも作れるよ。スジの多い所なら、きっと美味しくできるから。それにさ、安いっていうのがいいよねぇ」
「こんなに美味いなら、店を開けるんじゃないのか?十分、金をとれる一品だ」
「駄目だよ!そんなことしたら、美味しいって皆にばれて、スネ肉だって安く買えなくなっちゃうよ?」
「。。。食い意地の張ったやつだな。料理で稼いだ金があれば、肉だっていくらでも買えるじゃないか」
確かにヴァレンの言う通りだった。そうすれば、わたしはこの異世界で居場所もできれば、誰かに頼らずとも生きていけるだろう。ただ今日、この料理を一から作って、皆に食べてもらって。そうしたら、わたしの頭の中にはひとつの願いが生まれていた。
「えっとね、ロレア姉さんがこれから、孤児院を運営しなきゃならないでしょ?そこでね、こういう安くて美味しいものを、子供達がお腹いっぱい食べれたらなぁって。わたしが自分で稼いだお金は、きっと、姉さんは受け止ってくれないと思うから」
その孤児院に、わたしの居場所があるのか。わたしの本当にやりたい仕事なのか。近頃、そういうことをよく考えてしまう。
ヴァレンは何度か頷いてから、わたしの頭を軽く撫でた。
「そうか。おまえがやりたいと思うなら、それがいいだろう」
そこまでふたりでお喋りしたところで、洗い物を終えた四人が早くも戻ってきた。ヴァレンがすぐに食事の手を止めて、立ち上がった。
「まさか寝てしまうとは。。。面目ない」
「気持ちよく眠れたなら、良かったじゃない。こんなに素敵な夜だもの。私はもう一杯だけ、ワインを楽しむことにするわ」
ヴァレンがぺこりと頭を下げると、姉さんが小言も言わずに、もう一度、席についた。アレンさん達も椅子に座ると、残されていたそれぞれのグラスに、ヴァレンはワインを注いでいった。
そして、皆で乾杯してから、わたし達は夕食会の余韻のような一時を過ごした。




