ルフナ ステータス 5/18 お腹がそこそこ満たされた頃~
「そういえば、ステータスは見たのかい?」
お鍋がほとんど空になった頃、ハゼットがグラスを手にしながら尋ねてきた。わたしは今まさに、お口に入れようとしていた真っ赤な貝を、一旦お皿に戻した。ステータスと言われてやっと、ハゼットとの約束を思い出した。
「忘れてた!今朝はお化けが出るし、夕食会の準備もあるしで。。。自分でもまだ見てないんだよね」
「お化け?君はまた、子供みたいなことを言うんだな。。。」
「本当にいたんだから!でももう、お化けはいいよ。。。噂して、また出てこられても嫌だから」
そう言った時には、既に左耳の辺りがぞわぞわしていた。それが気持ち悪くて、耳をごしごしこすりながら、赤貝の身を口に放り込んだ。美味しいものを食べていると、少しだけお化けが怖くなくなる気がする。
「なんだ、まだ確認していなかったのか?俺はてっきり、今朝にはもう、解決したものかと思っていたぞ」
そこで、ロレア姉さんと話していたはずのヴァレンが、話に飛び入りした。ヴァレンがいつもよりも鋭い感じの横目を向けながら、いつもよりもツンとした声で話すから、ヴァレンの表情も感情も全然読み取りきれなくて、わたしは少しだけ言葉に詰まった。
「。。。うん。せっかくだから、わたしの喜びを、皆で共有できたらなぁって。スキルについても、大体予想はついてたし」
「それなら早く見てみろ。今日は俺ばかり、秘密を暴かれてしまったからな」
わざわざ急かさなくても、もちろん見てみるつもりだった。でもその前に、ヴァレンの勘違いを正して、シエラさんの名誉を回復しておく必要性を感じた。
お昼に話していた時には、ヴァレンは自分のクラスを、しゅごしゃ、と言っていたはずだった。それは多分、守護者というクラスだろうと見当をつけている。
「あ、でもわたし、ヴァレンのクラスは知らなかったんだよ?シエラさんだって黙っててくれたのに、自分でさらっと言っちゃうんだもん。びっくりしたよ」
「なんだ?ヴァレンはクラスを知られるのが恥ずかしいのか?さては、ドラゴンナイトだろう?」
「違う!!俺のことはいいんだ!」
そこでヴァレンは、ワインをぐいっと飲み干すと、お行儀悪く左肘をテーブルに乗っけて、自分勝手にふいっと背中を向けてしまった。そうまでされると、わたしは肩をすくめるぐらいしかできなかった。
わたしは話の途中なのに、ハゼットの言うドラゴンナイトというクラスが気になって仕方なくなっていた。わたしの想像では、凄く格好いい職業のはずなのに、それがどうして恥ずかしいのか。とっても不思議に思えた。
「ほら、早く見てしまえ」
「い、言われなくても。。。い、今から!ステータス開きます!!」
それでもヴァレンがあっちを向きながら、やたらと急かすから、わたしもそろそろ覚悟を決めた。まさか、壊れたままではないと信じたい。ただ、やはりステータスを開くとなると、思わず手に力が入って、だからついでにお腹にも力を込めた。
「ステータス!」
『名称:ルフナ 職業:勇者
筋力:10 体力:30
魔力:34 器用:23
耐久:12 敏捷:22
集中:33 反応:10
スキル:攻撃魔法』
「どうだ?直ったのか?」
「うん、大丈夫そうなんだけど。。。あれ?なんか色々変わってる?増えてる??予想とも違う!ちょ、ちょっと待ってね?」
ステータスの項目の数や、表記が微妙に変化しているという気がした。内ポケットから日記を取り出してこっそり確認すると、やっぱり思った通りで、この変化が正常なものであることを祈るしかなかった。
「とりあえず、わたしのクラスは、勇者という謎のクラスであるっていうことで、間違いないなさそうかな」
『ゆうしゃ?』
アレンさん以外の、皆の声が重なって聞こえた。これは日記にも何度か出ていた単語だった。以前のわたしは、もしかしたら、その意味までも理解していたのかもしれない。でも今、わたしがこの二文字から感じるのは、ただの勇ましい人という、なんだかよく分からないものだった。
「アレンさんも聞いたことないって言ってたから、皆もやっぱり知らないのかな?」
「。。。知らないな。やっぱり壊れたままなんじゃないのか?」
皆が首を振ったり、それぞれに反応をくれる中、ヴァレンが声を上げた。わたしもそれを少しは疑っているものの、表記が直っているんだから大丈夫だろう、というぐらいの楽観的な考えを持っていた。
「うーん、昔のわたしは、勇者っていう職業を知ってたみたいだから、向こうの世界ではそんな人がいたのかもね??」
「スキルはどうなんだい?その感じでは、水魔法とかではなさそうだね」
「ふふふ、そうなの。ハゼットの予想は外れだったね。実はわたしの予想とも、違ったんだけど。攻撃魔法、っていうスキルみたい。これって、どういう魔法なの?」
てっきり風を操れるとか、そういう分かりやすそうなスキルだと思っていた。
魔獣に襲われた時にも、わたしにはあの恐ろしいものを討ち倒すというイメージが、どうしてもはっきりと思い描けなかった。だから、わたしはあの時、魔獣が吹き飛ぶという結果を求めていた。そして、実際にその通りになったのだから、風魔法で間違いないだろうと考えていたし、この推理にはとても自信があった。
見事に間違っていたけれど。
「。。。またもや知らない物が出てくるとはね。これはお手上げだな」
「あれ?また誰も知らないものなの?」
攻撃、なんて物騒な名前が付くものは、できればその効果や仕組みみたいなものぐらいは知っておきたかった。
目の前のステータス画面を押したりすれば、何か分かるだろうかと、色んなところを押すようにしてみたものの、何も変化は無かった。
「うーん、まぁ。。。わたしの中では風を押し出すものっていう認識でいいや。それならできたし。それに、危なそうだから、人前では使わないようにする。。。ね?」
誰に、というわけでもなく、呟いた。そこでわたしが、助けを求めてヴァレンを見ると、ヴァレンはまだ、こちらには目もくれず、再びワインで満たされたグラスをゆらゆらさせていた。
「まあいいや!能力値的には体力と魔力と集中っていうのが30ぐらいあるね。他の5つはまぁ。。。平凡じゃないかな!」
「わはは!全部言ってしまうんだな。数値ぐらい、秘密にしておいても良かったんじゃないかい?」
「えへ!皆にならいいかなって」
わたしはちょっとだけ嘘をついた。能力値を明かした一番の理由は、生命という表記が体力に変わったことや、能力値が全部で8つになったことが、正常なのか確かめたかったからで、皆に知られてもいいっていうのは二番目の理由かもしれない。
「あとね、すっごく気になってるんだけど、さっき言ってたドラゴンナイトってなんなの?なんで恥ずかしいの?」
ステータスの公開がとりあえず済んでしまうと、好奇心がむくむくと顔を出した。ハゼットはグラスを空にすると、ワイン色に染まり始めた顔をこちらに向けた。
「ルフナは、どんなクラスだと思っているんだい?」
「うーん、竜に騎士だから、竜みたいに強いのか、それとも、竜に乗れるとか?」
「おお、正解だ!騎竜というスキルを持つらしい。強いかどうかは、竜に乗ってみないと分からないだろうなぁ」
やっぱりどう考えても強そうで、格好良い感じがした。ただ、少し空想を膨らませて、仏頂面のヴァレンを竜に乗っけてみると、それは近づいてはならないような雰囲気をまといだした。
「とんでもなくアブナイ人ってこと?うーん、恥ずかしいとは違うよねぇ」
「わはは!ルフナのいた世界では、竜なんてものがいるかもしれないが、こっちの世界に竜はいないんだよ。物語の中の生き物だ」
はっきりとは思い出せないけれど、前の世界でも竜はいなかったような気がする。それでも竜と言われて、わたしは翼の生えたトカゲみたいな姿を想像できたから、身近な脅威であった可能性も否定できない。
「え?いないの?じゃあドラゴンナイトの人はどうするの?竜を召喚したりするの?」
「できないよ。どうしようもないんだ。いないものには、乗れない。だから笑い者にされるのさ。その上、空想癖のあるやつを空想野郎と呼んだりするから、ドラゴンナイト本人は、たまったもんじゃないだろうなあ」
「ひ、ひどい。。。」
あまりにも酷すぎる話に、会ったこともないドラゴンナイトさんの幸福を願わずにはいられなかった。
この哀れみ混じりのモヤモヤを、さっきから黙り込んでいるヴァレンの背中にぶつけた。あんまり怒られないぐらいの強さで、ぽかぽかと。
「ヴァレンは、ドラゴンナイトさんが可哀想だと思わないの?!ねえ!」
「さっきから寝てるわよぉ、この男」
姉さんがなんだかドキドキする眼差しで、わたしを見つめながら教えてくれた。わたしが立ち上がって、ヴァレンの顔が見える方へと回り込むと、確かにヴァレンは心地よさそうに肘をついて居眠りをしていた。その右手の先にはグラスが見える。わたしはそれを慎重に、こちらへと避難させた。
「せっかくだから、あなたに教えておいてあげるわ」
姉さんはチーズを左手に持ちながら、にっこりと笑っていた。その見たこともない満面の笑みに、勝手に恐怖を覚えたわたしは、何か粗相をしただろうかと戦慄した。
すぐに背筋を伸ばして、神妙な面持ちを心がける。それが、わたしの精一杯だった。
「この男はねぇ、何故だか私に、あなたの日常を聞いてきたのよ。さっきまでずっとよ?その後もこの男は、あなた達の話に聞き耳を立てながら。。。いつだか、こんなに満足した顔で、居眠りしてしまったわ。そうねぇ。。。」
どうしてヴァレンが、姉さんからわたしの話なんかを聞いていたのか。それを考えると、頭が沸騰しそうになる。そんなことをわざわざ話す姉さんに、どんな顔をしたらいいのかも分からない。
そうして結局、わたしは目を泳がせて、なにも返事できずにいた。
「まるで、父親みたいだったわ」
その時、姉さんの目は赤くなっている気がした。姉さんはその後すぐにグラスを手にすると、少しだけ残ったワインをきれいに飲み干した。




