ルフナ 乾杯 5/18 夕方涼しくなった頃~
食堂の引き戸は、今は取り外されている。さすがに、あの大きいテーブルを、わたし一人で表に出すのは無理だから、それだけはヴァレンとハゼットの手を借りた。でも、自分一人でできる準備は、なんとしてもやりたかった。
義務なんかじゃない。恩返しという思いも風化した。それは、ただただ幸せな時間だった。
長方形のテーブルには、真っ白な布をかける。椅子の数はいつもより、ひとつだけ多い。テーブルの横には、同じぐらいの高さの台を設置した。そこには炭壺をひとつと、チーズをたっぷり用意しておく。
テーブルの真ん中に置いた素っ気ない器には、大きさも種類も雑多な、色とりどりの切り花をできるだけ優しく、丁寧に盛っていく。綺麗に丸く飾り付けた装花は、それだけで食卓を特別なものに変えた。その作業は楽しくて、このままいくつも作りたくなったけれど、ご馳走を乗せる場所がなくなるといけないから、ひとつだけで我慢した。
次に、装花を挟むように、まだ蓋をかぶせたままの大きな鍋をふたつ、どかんと配置した。続いて、ロレア姉さんと作った干しブドウの入ったパウンドケーキと、ヴァレンの買ってきたグミの実を。それにワインの入ったボトルをいくつかと、蒸し野菜の大皿を両脇にふたつ並べると、机の真ん中はほとんどいっぱいになった。
そして、それぞれの席に取り皿と、ナイフやフォークを置いていく。ここまでならまだ、ぎりぎり日常的に思えたかもしれない。
最後に、ワインを入れるためのグラスを慎重に並べる。実は、ワインが大好きだというサリードから借り受けたもので、小さな可愛いらしい作りのそれは、ガラスでできていた。
それらをきちっと並べて置いていくと、夕食というよりも最早、晩餐という風情が漂いだした。しかし、そこにはやはり、生活感漂う大鍋がふたつ並んでいた。装花もちんまりと恥ずかしそうに隠れている。それでも、そのちぐはぐな感じが、わたしにはとっても面白く感じられた。
「お待たせしました!準備できたよ~」
皆の待つ礼拝堂には、普段にはないざわめきがある。ヴァレンがそこでどうしているのか、なんとなく不安だった。でも、わたしの心配をよそに、ヴァレンは皆の輪の中に入って閑談していた。
「ご苦労様でした。結局、主賓のあなたに、準備をほとんど任せてしまいましたね」
「いえいえ!わたしとしては、アレンさん達へのお礼がしたかったから、これでいいんです。任せてくれて、ありがとうございました」
料理が冷めてしまっては大変だから、と早速、皆を案内した。
席順なんて決めてなかったけれど、ひとつだけあったお誕生日席には、サリムが一番に収まった。その後は端から順に、サリードとハゼットが向かい合わせに座って、サリードの隣にアレンさんが座ると、わたしはその正面の席を促された。それからロレア姉さんがアレンさんの隣に腰掛けると、残っていたわたしの右隣の席に、ヴァレンが収まった。
「それでは主賓であり、主催者でもある、ルフナから一言どうぞ!」
「え!?」
皆が席に着くと、サリムが突然、とんでもない一言を放った。わたしはもう、お腹がぺこぺこだったから、気にせず食べ始めてしまおうか、なんて思ったものの、皆がわたしの言葉を待つような視線を向けてくる。仕方なく立ち上がって、短い挨拶、のようなものをする覚悟を決めた。
「えーっと、本日はお日柄も良く。。。やっぱりわかんないや。えっと!この20日間近く、お世話になりっぱなしだった皆にお礼がしたくて、今日まで準備してきました。冒険までしたけど、結局、そんなに高価なお肉は買いませんでした。だから、気兼ねなく、美味しく食べてもらえると嬉しいです」
わたしはそれだけ言って、一礼してから席に着いた。ハゼットがやけに大きく拍手をすると、皆もそれに続いて拍手をくれた。それが途切れるとすぐに、サリムが前のめり気味に立ち上がった。
「で!どういう料理なのさ?!」
「あ、そうだね。水牛じゃない方の牛の、スネのお肉をね、野菜と赤ワインで煮込んだものなの。向こうの世界の料理だよ!あとはー、皆が食べ慣れてるー、蒸し貝と、蒸し野菜なんだけどー、野菜にはあっちの台にある、チーズを溶かして一緒に食べたりしてね。あとは甘い物かな。姉さんと一緒に作った干しブドウのケーキと、ヴァレンが用意してくれたグミの実だよ」
わたしが蓋を取って、赤みをわずかに残した濃い黒色の中身を見せると、いつも騒がしいはずのサリムは声を失った。そういえば、シエラさんもこの見た目には驚いていた。わたしとしては美味しそうでも、皆にとっては違うのかもしれなかった。左隣のハゼットに至っては、必死に笑顔を作っている感じがした。
「香りは良い。。。が、凄い色をしているね。こ、焦げてしまったのかい?」
「うーん、そんな風に見えちゃうんだね。。。煮詰める前は、わたしも、すっごい色だと思ったんだけど、これでも駄目なんだねぇ。。。」
食卓に漂う芳香には皆が興味を示したものの、その色彩を前にして、二の足を踏んでいるという感じがした。わたしが食べてみせれば、皆も食べてくれるだろうかと考えていると、鍋に伸びてくる手がふたつあった。片方はヴァレンで、もう片方はアレンさんだった。
「司祭殿からどうぞ。味は保証します」
「では、遠慮なく。。。私は味の心配など、していませんからねぇ」
アレンさんは言葉の通り、なんでもない様子で、お皿にたっぷりとスネ肉をよそった。そして、アレンさんは、しっかりとその香りを楽しんでから、大きめに切ったそれを食べてみせた。
「あぁ。。。」
アレンさんは、ため息と共に、一見、苦しそうに眉間にしわを寄せた。
「いやはや、これは素晴らしい!城で食べていた、どんな物よりも美味しい。誓って、嘘や誇張ではありません」
アレンさんをじっと見ていたサリムが、すぐにお玉を握った。
ヴァレンは既に自分のお皿に盛り付けていて、今は目を閉じて、幸せそうに咀嚼している。
「味見の時も思ったが、本当にこれはよくできている。あの固いスネ肉が、このようになるとはな。ナイフやフォークより、スプーンがいるんじゃないか?」
「これが本当に、あの廃牛の肉なのかい?口の中で溶けちゃったよ!?」
サリムが驚いて声を上げる頃には、鍋の中を見る、皆の目の色が変わっていた。わたしは、ほっと息をついて、皆がお玉を取り合うようにするのを眺めていた。お腹はぺこぺこなのに、お腹の底はどこまでも温かい。
サリードが大きな口で、フォークから流れ落ちそうになるスネ肉を口に運ぶと、すぐに目を見張った。そして、その余韻を楽しむように、ワインを一口含んだ。
「まいったな。飲み過ぎてしまいそうだ」
「ワインならまだまだあるぞ!今日は一緒に、浴びる程飲もうじゃないか!」
「飲み過ぎて暴れないでよ?酔うと、どこに石が飛ぶか分からないんだから」
ハゼットがテーブルの下からワインをいくつも取り出すと、姉さんが、とろんとした目で注意した。
おたまが一周したところで、わたしもお皿に大きなスネ肉をふたつと、蒸し野菜をたくさん盛り付けて、まずは念願のお肉を口いっぱいに頬張った。
「んーー!!やっぱり美味しい!覚えてて、ほんとに良かったぁ!」
「ワインで煮込んで、それを肴にワインを飲むとは。。。素晴らしい趣向だ!」
サリードが、目をキラキラさせて、こちらに手を差し出してきた。わたしは立ち上がって、握手に応えた。
「えへへ!ハゼットのおかげなんだよっ。昨日、ワインって言ってくれてなかったら、この料理は絶対に思い出せなかったからね!」
「わはは!そうか、そいつは良かった。で、ルフナは飲まないのかい?」
「え?。。。飲んでいいの?」
なんとなく飲酒は駄目な気がして、自分のグラスは伏せて置いていた。おかげでさっきは、乾杯の言葉を飲み込む羽目になった。ワインに興味がない訳じゃないし、気にはなる。そもそも飲んではいけないと思う理由が、自分でもよく分からなかった。
「駄目なんてことはないだろう?普通は12才の誕生日にでも、薄めたワインを飲んで、大人の仲間入りをするものじゃないのかい?」
「へー、そうなんだ。まぁわたしが何歳なのかっていうのは、永遠の謎なんだけどね」
「やめておいた方がいいんじゃないか?暴れられても、かなわん」
ヴァレンの言葉は胸に刺さった。向こうの世界では、一体いくつになったらお酒を飲むものだったのか。そればっかり気にしていたけれど、わたしがなんとなくお酒を拒絶するのは、確かにそういう側面があるのかもしれなかった。
わたしはグラスに伸ばしていた手を、すごすごと引っ込めた。
「こら!それこそ無責任というものだろう?!これから先、ルフナが劣情を隠そうともしない愚か者共と、酒席を囲む機会ができたらどうするつもりだ!自分が酔っ払うと、どうなるのか。それを知らずに、ルフナが危険に晒されてもいいのか?もっとルフナのことを考えて話してやれ」
ハゼットの真剣な意見にドキっとした。
そういう危険については、これまで全く考えてこなかった。日記にあった、わたしは生まれ変わる前は男だったかもしれない、というおぞましい文言を思い出してしまうからだ。わたしの精神も、体も、間違いなく女性だと思うから、そういった気をつけなきゃいけない点は、しっかり学んでいくべきかもしれない。
ごくりと喉を鳴らしてから、わたしはグラスを手に取り、飲み口を上にした。
「ありがとう!そうだよね。知らないと、危ないよね!」
「そうだ!幸いにして、この場は紳士淑女の集いだ。安心して試すといいだろうね」
ハゼットは、わたしのグラスに赤い雫を半分程注いでくれた。わたしはそれをしっかりと、高く、掲げてみせた。皆もいつの間にか、グラスを手にしている。
「親切で紳士なハゼットに、乾杯!」
なんとなくそれっぽいセリフを言ってから、グラスを口にして、ちびっとだけ傾けた。
すると、途端に口の中を、渋味と酸味が支配する。この感覚には覚えがあった。つい昨日、口にした記憶があった。杯を干すことなんて、到底できなくて、わたしは机の端に突っ伏した。
「ううぅー!。。。黄色の木の実の、味がするよぉ。。。ハゼット、ひどい。。。」
「そ、そんな馬鹿な!!あれはもっとひどい味じゃないか!」
ハゼットが、水を片手に叫んだ。叫びたいのは、わたしの方だった。
わたしは、この失敗を忘れない。黄色の木の実とワインは、わたしの舌には合わない。




