ルフナ 名前 5/18 13:30~
願いは叶うのだ。わたしの大切な願いは、たゆまぬ努力によって、その実を結んだ。
「味見もしましたけど、ちゃんと美味しくできましたから!シエラさんも、夜に食べて下さいね」
わたしは結局、シエラさんと一緒に作ったお昼御飯までご馳走になりながら、ようやく今晩の主役を作り終えた。煮崩れもなく、柔らかく煮込まれたスネ肉は、会心の出来と言えるだろう。
せめてものお礼に、シエラさんには小鍋に移したものをお裾分けした。
「ええ。今日は夫のラガルも、街まで帰ってくるかもしれないから、丁度良かったわ。ありがとう」
「お鍋と、ヴァレンをお借りしますね」
「うふふ。仲直りできたみたいで良かったわ。頑張ってね」
「はい!お邪魔しました。ディール君も、またね~!」
ディール君と、ちょんと手を合わせてから、わたし達はシエラさんのお家を後にした。
ヴァレンは残りの食材を、わたしはお鍋を抱えながら歩き出すと、その両脇を、子供達が大騒ぎしながら駆け抜けて行った。
「元気だねぇ。ヴァレンにもディール君や、あの子達みたいな頃があったんだよね。シエラさんが、ディール君と小さい頃のヴァレンがそっくりだって言ってたよ?素直で、可愛かったって」
「あまり思い出させないでくれ。姉さんめ。。。やはり二人で、そのような話ばかりしていたんだな?」
ヴァレンはディール君が起きると、お姉さんから子守りを任されていた。途中、ディール君が散歩に行きたいと言いだして、二人で外に出かけたこともあった。その時間はもちろん、ヴァレンの昔話を聞くことに費やされた。
「教会から急いで帰ってきたのに、残念だったねぇ」
「にやにやしながらこっちを見るんじゃない!鍋は俺が持って帰るから、おまえはあの家に近付くな」
「嫌だよ!シエラさんとはもう、お友達になったんだから」
わたしが胸を張って宣言すると、ヴァレンはげんなりとした表情を見せた。このままだと、ヴァレンが怒って黙りこんでしまうだろうというのは、さすがのわたしでも予想ができる。調子に乗って、今までの繰り返しをしていては意味がなかった。
特別なことは難しい。当たり障りのない会話でもいい。きっと何かのきっかけになるから。今は、もっとヴァレンと話していたかった。
だから、鼓動に急かされながら、ちょっぴり、話の角度を変えてみようと目論んだ。
「シエラさんって、初めは、おっとりした人なのかと思ったけど、凄く芯のしっかりした人なんだね」
「そうなんだ。。。俺には特別優しかったんだ。だが、あれに騙されて、なめてかかる男共には、姉さんは容赦しなかった。。。あの頭脳で翻弄して返り討ちにするんだ。ラガル義兄さんと結婚するまで、俺は何度もそれを見てきた」
ヴァレンの年上の女性に対する畏れみたいなものは、恐らくそこから生まれたんだと、すぐに想像できた。わたしの場合、幸か不幸か、このちっちゃな容姿では、逆立ちしたってヴァレンに年上扱いされることはないはずだった。喜ぶべきことのはずだ。
早くも前向きな情報を手にしたはずなのに、ちっとも嬉しくない。
「それじゃあ、その夫のラガルさんは、とっても凄い人なんだね?」
「もちろんだ。元々、アルスダムの鉱として才覚を認められ、10年も前に、アルスダムの名乗りを許された人物だ。。。俺なんかとは、まるで出来が違う」
ヴァレンの表情と声からは、自らへの落胆が感じられた。
ヴァレンは何故か、アルスダム家の話になると、自分を卑下する言葉を使うような気がする。偉そうな言葉を使うヴァレンには慣れたけれど、こっちは絶対に我慢ならなかった。
「駄目だよ。そんな自分を貶めるみたいな言葉。ヴァレンが言っちゃやだ!昔はもっと、自信があったんだよね?クラスやスキルのことで色々言われても、負けなかったって。。。」
「そんな話まで聞いていたのか。。。あの頃は守護者のスキルを、卑怯などと言われるのが許せなかっただけだ」
聞き慣れない単語に理解が追いつかなくて、ただ曖昧に頷いてしまった。少ししてから、しゅごしゃのスキル、とは、魔獣を受け止めたスキルのことなんだろうとは思った。
「その気持ちは。。。今も変わっていないがな。だが、俺の実力不足は痛感してるんだ。俺にはやはり、アルスダムの姓は荷が重い」
しゅごしゃ、については気にかかったものの、微妙に聞き出し難い雰囲気になってしまった。これは当たり障りのない会話なんかじゃなくて、極めて特別なものだ。
恐ろしい。恐ろしくても、自分がこれから発する言葉に、今のわたしの全てを乗せる覚悟を決めた。
口と耳、それに目を。全てをヴァレンだけに集中させた。
「そんなに、アルスダムの名前って重いものなの?」
「。。。重い。アルスダムの名乗りを許され、それを名乗るということは、次期当主に立候補するようなものだ。その覚悟が無い者は、名乗るべきではないんだ」
わたしが何か言えば言う程、ヴァレンの言葉は深く沈んでいってしまう。
だけど、わたしは、ヴァレンの横顔を見ていた。不思議なことに、その陰鬱な言葉を発する毎に、その顔は徐々に晴れやかなものになっていた。それは凄く小さな変化だったかもしれない。それでも、わたしの目には、確かにそう映った。
間違いじゃない。大丈夫。
「そっか!ヴァレンは何か、きちっと自分のやりたいことがあるんだね?」
わたしだって、好きな人の背中ぐらい、押してあげられるはずだ。
「なっ。。。何故わかったんだ?姉さんか?。。。いや、姉さんにも言った覚えはない」
ヴァレンは立ち止まって、目をぱちぱちさせた。
それはもちろん、わたしがヴァレンをよく見るようになったからだ。わたしが、恋をしてしまったからだ。それはまだ言えないけれど、今の素直な気持ちだけは伝えたかった。
「ヴァレンの顔は、意外と分かりやすいんだね!えへへ」
これぐらいなら本気では怒られないはずだと、どきどきしながら口にした。
「こら、誤魔化すな!俺の顔は、おまえのもの程、正直ではないはずだ!」
「誤魔化してないよ~。分かっちゃったんだもん」
「くっ。。。屈辱だ。。。10日間も毎日一緒にいたから、うつってしまったのか?!」
冗談のような言葉を、きっとヴァレンは本気で言っている。彼は本気です、と、わたしの目と耳が告げている。本当は怒らなきゃ駄目なんだろうけれど、頭をバリバリかくヴァレンを見ていたら、自然と頬が緩んだ。
「えへへ。うつってたらいいねぇ」
「。。。まったく、調子がおかしくなるな」
「わたし、変かな?」
自分では、心底、変だと思っていた。こんなにちゃんと見えるなんて、きっちり聞こえるなんて、奇跡みたいだと思った。
「いや、泣かれるよりはよっぽど良い」
その答えには、崩れ落ちそうになるぐらいに安心した。間違ってなくて、本当に良かった。
恋に気付く前みたいな反応は、もう、できなかった。頭の中だって、冴えてるようで、こんなにフワフワしている。
きっと、さっき頑張り過ぎたから、今はもう、きちんと考えて喋るのが難しかった。
「おまえにやった指輪だが、」
わたしはもう、指輪という言葉だけでドキっとした。
「そこまで気付いたようなら、一応はっきり言っておいてやる。あれは俺の勝手な、決意の形だ。俺はもう、アルスダムを名乗るつもりはない。覚えておいてくれ」
当然、そうなんだろうとは思った。本当にやりたいことがあるなら、必要のない重荷は下ろすものだろう。わたしは、ヴァレンの重荷にはなっていないだろうかと、自問するのは恐ろしい。
ヴァレンは言うだけ言って、黙りこむつもりのようだった。わたしが覗き込んだその瞳は、揺れているように見えた。その視線を振り切るみたいに、ヴァレンは一人、前を向いて歩き出した。
わたしはその背中を見て、思いっきり息を吸い込んだ。まだ終わりじゃないと、もう一度、自分に鞭を打った。
「名前ぐらい、好きにしたらいいじゃない。自分の名前を与えられて、どうするか決めるのなんて、わたしなんて何回もしたもん。何回も後戻りして、わたしはちゃんと、ただのルフナを選んだんだよ。最後は誰かに、後押しされちゃったけどね?」
そのまま走り出すかに思えた背中は、ふいに立ち止まると、小さく肩を震わせた。
「ははは!そうか、そうだったな」
ヴァレンの聞いたこともない大きな笑い声に、今度こそ、わたしの全力は眠りについた。
「その指輪は、俺達二人が、自分の名前を決めた瞬間の証でもあるのだな。そう思うと、やはりなかなか価値のある指輪じゃないか」
さっと振り向いたヴァレンは、無邪気で、気持ちのいい笑顔をしていた。こんなに愉快そうに笑うヴァレンを、わたしは初めて見た。胸は苦しくても、この苦しみをいつまでも味わっていたいと思う程、達成感で一杯だった。
「まいったな。近頃なかったぐらいに気分が良い!何か食べたい物はないか?。。。そうだな。甘い物で、だ。その料理の邪魔をしたくない」
「えぇっ!?えーと、うーんと。。。ヴァレンの好きな果物がいい!一緒に、皆で食べたいの!」
ヴァレンを知れるなら、それが一番良かった。今はその笑顔で、お腹がいっぱいになってしまったから。
「分かった。こいつを置いたら、ひとっ走り行ってこよう」
力の抜けた足に、お疲れ様、と声をかけたいぐらいだった。教会は、すぐそこだった。




