アレックス 初恋 2日目
あれから私は、この首都タハルマの教会に来ることが少しだけ多くなった。この初恋らしきものが、本当に恋というものなのか。体験の無いことであるからして、私にはどうにもよく分からない。
ただ、私はカレンに会いたかった。この目で見たいと思った。できることなら、声の一つもかけられれば良いと思った。
そう思って教会に通うこと、4度目の日のことだ。
ようやく彼女を瞳に捉えた私は、胸が高鳴るのを感じた。しかし、同時に背筋が冷たくなるのも感じていた。もしも彼女が、私のことを覚えていなかったとしたら。それはもう、この世の終わりのようではないか。実際に彼女を目の前にして、その歓喜と恐怖はいよいよ高まり、私の頭を紅潮させる。近づく彼女に祈りを込めて。そのままどうすることもできずに、やはり、ただただ祈った。
「あら、アレンさん。お久しぶり!今日は暑いわね」
私は狂喜に震えた。あろうことか、カレンは名前まで覚えてくれていたのだ。
「やあ、お久しぶりですね。ここに来るまでに、随分汗をかきました」
今日の私の頭は、極めて異常であったが、幸運なことに舌は正常である。汗をかいたのは礼拝堂に入ってからだが、そんな嘘は、滑るように口から出てしまった。
「そうよね。さっきまで洗濯を任されていたんだけれど、いっそ水浴びしたい気分だったわ」
そうまで言ったところで、彼女は何かに気付いたのか、突如、口元を押さえた。その様子に不安になった私は、おずおずと声をかけた。
「どうかされましたか?」
「ごめんなさい。私ったら馴れ馴れしく話かけてしまって。。。お会いするのは二度目でしたね。ご無礼、お許し下さい」
彼女が慌てて謝るので、今度はこちらが面食らってしまった。私は自らの固い口調と表情を恥じた。これは私の、いわば処世術であったものの、彼女の前では必要のないものだった。
「いえいえ!どうかそのまま。その方が嬉しいで。。。嬉しいよ!」
思いきって、慣れない口調で話したせいか、声が上擦ってしまった。彼女がそれに気付いて笑い声を漏らす。私は更に顔が熱くなるのを感じながら、彼女の笑顔に見とれていた。この舌にもう一度感謝しつつ、そのまま勢いに任せて、私は再び思い切ることにした。
「あの、教会の外でお会いするのは、迷惑でしょうか?。。。いや!迷惑だろうか?」
だが、やはりこの利口な舌にも限界が来ていたようだ。肝心な所で再度誤り、内心、荒れ狂う思いだった。
「いいえ。大変光栄ですわ」
ところが、彼女が笑みをそのままに、物語の貴族のような口ぶりで言うので、私は気持ちの全てをこめて笑顔になった。久しく笑い声まで上げた。ここが礼拝堂でなければ、大笑いしていただろう。
「あぁやっぱり!あなた、笑顔が素敵だわ」
しかし、その彼女の言葉に、私の笑い声はぴたりと止んだ。私のこの厳めしい顔が、素敵なはずはなかった。
「私の顔が?」
「あ、駄目よ。笑顔でなきゃ。せっかくのハンサムが、ただの怖い顔に見えるのよ」
彼女の言葉を疑うのは本意ではない。けれども私は、到底、彼女の言葉を信じることができなかった。とはいえ彼女が、このようなお世辞を言う人間だとは、全く思えない。私は彼女が隠さない、額の傷痕を少しだけ意識した。
私は父親に似た、この厳めしい顔が嫌いなのだ。笑顔などでは誤魔化せるものではないと、人前で愛想笑いすることもなかった。
「ほら、笑ってみてよ」
だけれど、そう言って自ら微笑みを浮かべる彼女を見て、
「そうそう。その顔ならいいわ」
私は自然と笑顔になっていたようだった。
「上手くできていたなら良かったよ」
そこで彼女は突然、私に背を向けた。彼女の表情が、気持ちが分からなくなって、幼い頃に迷子になった時のような、とてつもない不安に襲われた。
「外で会うなら、笑顔でなくては駄目よ?お約束は、いつになさるの?」
「来週の同じ時間は駄目かい?この時間なら、その、凄く助かるんだ」
彼女は振り向かない。私の不安が加速する。冷たい汗が2粒、背中を伝う。
「ええ、楽しみにしてるわ」
彼女はそれだけ言うと、そのまま振り返らずに行ってしまった。喉の詰まりが解けて、止まっていた心臓が呼吸を始める。
彼女の最後の行動の意味は分からなかったが、とにかく今は、約束を取り付けた事実を味わっていたかった。
礼拝堂から出て少し歩くと、人目など構わずに、私は歓喜の雄叫びを上げた。
初めてのことだった。




