ルフナ お肉屋さん 5/18 7:50~
朝のこんな時間に、大市に来るのは初めてだった。のんびりした空気の漂う昼間とは違って、お店の人もお客さんも、活気と熱気に満ちていた。
そしてそれは、大市を行き交う人達の歩く速さに表れていた。
中央大通りの両脇に並ぶ露店に近付く程に、人の流れは速さを増していく。小さなわたしの足では、これはほとんど走っていると言ってよかった。
「お肉屋さんってどこだっけ?!」
「おい!あまりそっちに寄るな!流されるぞ!」
おまけにこの人出の中では、わたしの視界は完全に塞がれてしまう。だからわたしは、前を行くヴァレンの外套をこっそり掴んで、迷子にならないようにするのに精一杯だった。
ヴァレンの背中を追いかける。
必死に追いかけているはずなのに、大変なはずなのに、精一杯なのに、なんだかちょっと嬉しくなった。
「あはっ!いいね!なんだか楽しいねぇ。えへへ!」
「これがか!?俺には全くわからん!」
わたしは、気付けば笑いが止まらなくなっていた。夏至祭りも凄かったけれど、朝の大市の人波は、わたしを興奮させるには十分なものだった。辺りのざわめきに、自然と声だって大きくなる。
「ヴァレンはここがどこか、分かってるの?わたしはもう、全然わかんないや!」
「肉屋はこの辺りのはずだ!!頼むから、後ろから離れないでくれ!」
昨日も同じような言葉をかけられた気がして、余計に嬉しくなった。
「うん!ちゃんと後ろにいるから、心配しないでね!」
右手で外套をちょこっと引っ張って、ヴァレンの背中にしっかりと合図した。
お肉屋さんは、本当にすぐ近くにあった。露店の手前だけは、人の流れが落ち着いている。ヴァレンは、わたしの方へと振り向いてほっと息をついた。
「ほれ。念願の肉屋だぞ。じっくり選ぶといい」
「うん!どれにしようかなぁ」
朝のお肉屋さんの品揃えは、やっぱり凄かった。羊肉と豚肉は、大きく切り分けられて、きちんとお肉として並んでいた。お店の右手側には、まだ生きている鴨や鶏がカゴにいれられて、蛇や蛙の入ったカゴと共に地面の上に並べられている。鶏には6500リン、小振りな鴨には2000リンの値札がつけられていた。
普段の買い物では有り得ない、桁違いの数字が並んでいて、お財布を握る手がぷるぷると震えた。
「あ、そっか。。。まだお肉じゃないコ達もいるんだよね。。。そうだよね」
「そのまま持って帰っても構わんが、絞めるのはウチでやるよ?なんなら、捌くところまでやろうかい?」
わたしが鴨と目を合わせていると、お店のおじさんに声をかけられた。今日はまだ、そういう覚悟ができていなかった。
「きょ、今日は、もう既にお肉になってる方にします!」
「そうかい。急かしてるわけじゃないから、ゆっくり選びなよ」
「ありがとう」
わたしは今日の夕食の候補から、鴨と鶏を外した。いっそ鶏の丸焼きを、なんて考えていたけれど、それは今後、しっかりと覚悟を決めてからにしようと思う。
「となると、やはり豚か羊か?」
「そうだねぇ。羊肉はクセが強いって言うし、豚肉がやっぱり無難なのかなぁ」
お肉とは言っても、まだ骨のついた状態の部位も多かった。台の上に並べられているのは、調理しやすくて、食べやすい部位であるというのは、なんとなくわかった。
他にも天井から吊り下げられた、脚や胴体の形がはっきり分かる状態のものもあった。わたしはそちらが少し、気になっていた。ただ、それらがどなたのモノかは、わたしにはさっぱり分からない。
「この立派な脚は、なんのお肉でしょうか?」
「そいつは牛の脚だよ。もう食べやすいところは大方売れちまってね。スジの多い所が残ってるから、残りは酒場にでも引き取ってもらおうと思ってたんだが。。。あぁ、もちろん水牛じゃない方だ」
確かに太ももがあったであろう所は、ほとんど剥ぎ取られて骨だけになっていた。
「おまえが食べたかったやつか。。。?惜しかったな」
ヴァレンは、わたしを気遣うように声を落とした。でも、わたしは気落ちなんかしていなかったし、それどころか少し、ひらめくところがあった。
「スジが多いって、そのスネの所のお肉ですか?」
「そうだよ。焼くと固くてなぁ。煮込めば良いダシが、出るには出るんだが、固くなったり、煮崩れたりで人気がなくてね。正直、初めて扱うんなら、おすすめしないよ?」
「うーん。。。お値段によっては考えてもいいかなぁ。シチューになら悪くないでしょ?」
口ではそう言いながら、このスネ肉を絶対に買おうと決めていた。あとは、いかにお安く買い取れるかの交渉だった。
「おや、作った経験はあるのかい?クセは強いし、ぐずぐずになっちまうよ?」
おじさんは人がいいのか、買い手のわたしの心配をしてくれた。少し心が痛む。
「うん。大丈夫だと思います。それに、教会で皆にご馳走するなら、高いものより手をかけたものがいいかなって」
わたしは半ば、正直に白状しつつ、値段交渉も心がけた。そうやって素直に話すと、おじさんは表情を明るくした。
「あぁ、あんたが最近、教会でよく見るっていう嬢ちゃんか!なるほど、確かに赤くて小さいな」
その噂については聞きたくなかった。あまりにも、わたしの容姿を的確に表現してしまっている。わたしはいっそ、開き直ることにした。
「は、はい。。。だから早く大きくなれるように、お肉が食べたいなって」
「ははは!そいつはいいな。それじゃあこいつを全部持ってくかい?1キロは十分あると思うんだが、安くしとくよ。1500リンでどうだい?」
「も、もう一声。。。?」
怒られちゃうかな、と思ったけれど、むしろ、おじさんは笑みを深くした。
「よしよし。1400リンで勘弁しておくれ。酒場への卸値がこれぐらいなんだ」
「買います!お肉の部分だけ、切り取ってもらえますか?」
「あぁ。ちょっと待っておきな」
満足のいく交渉を終えてヴァレンを見ると、顔に戦慄を浮かべて、わたしを覗きこんできた。
「だ、大丈夫なのか?!豚肉の安い所でも、同じぐらいあれば20000リンはするぞ?。。。安過ぎるのは、まぁ良いとしても、本当に調理できるのか??」
「大丈夫だよ。実はスジ肉って聞いてから、もう、これしかないっていう料理が浮かんじゃって、頭から離れないんだ!きっと、美味しくできるから」
不安がないわけじゃなかった。それでも、自信満々にヴァレンに答えてみせた。
わたしの頭に浮かぶのは、シチューに似てるけど、ちょっと違う。それはお祝いに相応しい、高級感に溢れていた。ハゼットの赤ワインという言葉も、この料理にぴったりとはまった。
「お?もしや、以前の記憶のものか?」
「そうなの!さすが食べ物の記憶だよね!料理の名前が分かったら、作り方もほんのり思い出せたの」
日記を取り出して、記憶が飛んでいかないうちに、作り方を記録していく。調味料だけは、なんだか思い出せないものもあったけれど、全体の味わいの記憶は、くっきりとしている。
「赤ワインで煮るだと?どんな味になるんだ、それは?」
「それはそれは、美味しい味になるー。。。はず!」
ヴァレンは、わたしのメモを横から食いつくように見ていた。
それにしても、まったくの予想外に、出費は少なく済みそうだった。他にももうひとつ、ワインが美味しくなりそうなものを作って、あとは付け合わせにもなるような一品を作る予定をしていたものの、それらを含めた残りの食材を買っても、残り1000リンもあれば事足りるだろう。
なんと、わざわざあんな冒険をした分が、ほとんどそのまま残る計算だった。
「。。。シジミとりだけで、良かったんじゃないか。。。」
「本当だねぇ。。。わたしも今、同じこと考えてた」
わたし達は顔を見合わせて、二人で苦笑いした。
その後も、わたし達は、他の食材を買い求めて大市を走り回った。途中、知らない女の人に見られているような気がしたけれど、わたしが大きなチーズに気を取られている内に、その人はどこかへ行ってしまった。




