ルフナ お肉 5/18 夜明け~
(注意)
「誰!!?」
首筋がぞわぞわした。夢の中なのに、布団の中なのに、耳元ではっきりと誰かの声が聞こえた気がした。暗闇が怖くて、身だしなみなんて構わずに部屋から飛び出した。
明かりが灯された礼拝堂には、姉さんとアレンさんの姿があった。わたしは震える体で姉さんに抱きついた。
「姉さぁんっ!」
「あなた、どうしたの?!。。。寝ぼけてるの?」
わたしは寝間着のままだった。でもそんなことは、どうでも良かった。
「お化けがでたの。。。話しかけられたよぉ。。。」
「はいはい。。。怖かったわねぇ」
当然、信じてもらえなかった。それどころか、小さな子供にするみたいに、背中を優しく撫でられてしまっただけだ。そんなことで少し安心してしまう自分が悔しくて、思い切って、姉さんの腕の中から抜け出した。
「ほんとに声がしたんだよ?お布団の中にいたのに~!」
「夢よ、きっと。よっぽど疲れてたんじゃないの?いつもならもう、お祈りしてる時間よ?」
「"ちゅうい"ってだけ、女の子の声で聞こえたんだもん。。。」
神様に誓って、空耳や夢じゃなかった、と思う。それでも、言えば言う程、自分でも夢だったのかもしれないと思ってしまう。
段々と、わたしに向けられる二人の視線が痛くなってきた。二人に謝ってから、礼拝堂を出た。夜が明けているはずなのに、雲っているせいか、外はまだ真っ暗だった。離れにある自分の部屋の前で立ち止まって、そのまま慎重にドアの取っ手に手をかける。
ドアを開けるのが怖いだなんて、さすがにお子様過ぎるかもしれない。覚悟を決めて、ドアを開いた。
「もちろん、お化けなんていなかったんだけどね。。。」
隣で、わたしと同じように箒を手にしているヴァレンに呟いた。
朝御飯を食べ終えて、今、わたしはヴァレンと表の掃除をしている。いつもよりずいぶん早い時間に掃除を始めたのに、わたしが落ち葉を集め始めると、ヴァレンはすぐに現れた。それがやけに嬉しくて、わたしはちょっぴり元気を取り戻した。
そして、今朝あった奇妙な現象を念のため、ヴァレンに報告していた。
「。。。またイタズラでもされたんじゃないのか?」
「姉さんは礼拝堂にいたんだよ?というより、知らない女の子の声だと思うんだよねぇ。やっぱり夢を見てただけなのかなー」
外が明るくなったおかげか、さっきまでの恐怖は無くなった。起きた時は真っ暗だったから、余計に敏感になってしまっただけかもしれない。そう考えると恥ずかしさだけが残って、箒を動かす手は乱暴になった。
ところで隣のヴァレンは、さっきからずっとモジモジと箒の動きが散漫で、ほとんど落ち葉も集まっていない。わたしの妙な話を聞いて、また呆れているのかと思っていたけれど、そんな感じでもなさそうだった。
「おまえにやった指輪だが。。。」
わたしがヴァレンをちらちら見ながら考えていると、ヴァレンはこちらを見ずに話を始めた。
「俺は求愛の意味があるなど知らなかったし、そういうつもりで渡したわけではない。大切に身に付けてくれるのは嬉しいんだが、あまり吹聴されると困る」
ヴァレンが来るなり、変な話を始めたわたしが言えたことじゃないけれど、その話はあまりにも唐突だった。求愛されたなんて全く思ってなかったし、というよりも、ヴァレンにもらった指輪だなんて、誰かに打ち明けたことはなかった。それを知っているとすれば、あの時、その場にいたアレンさんぐらいだった。
「うん?誰にも、ヴァレンにもらったなんて、言ってないよ?」
「本当か?大男が俺を見て。。。色男と言っていたが、何かその。。。指輪に関して話していたんじゃないのか?」
胸がドキンとした。ガルシアに指輪探しを手伝ってもらったことが、ヴァレンにばれちゃったのかと思うと、今朝のお化けが霞むぐらいに恐ろしかった。
「そ、そんな話、してないよ!貰い物だとは言っちゃったけど、ヴァレンの名前は、絶対に出してないし。。。ていうか、そんなに見られることもなかったよ?腕輪をしっかり見たのなんて、ヴァレンぐらいなんだから!うん、そう!そ、それも、腕まで掴んで、じっくりと。。。!」
思い出したらまた、どきどきしてきた。ハゼットだって眺めはしたけれど、そんなのは別に良かった。それより、ヴァレンがあんな無頓着に体に触るなんて、やっぱりわたしは、ただの子供だと思われているのかもしれない。わたしが自分から言ったことだけれど。
「いや、そうか。。。疑って悪かった。ガルシアの言い様が気になったんだ。あいつはどこか俺を、面白がって見ている節があったような気がしてな。。。本当にすまない」
ヴァレンは箒をがさがさと乱暴に扱いながら、言い訳のようにぼそぼそと話していた。だけどその最後には、ヴァレンはくるりとこちらへ振り向いて、しっかりと頭を下げた。
指輪を一度無くしたわたしとしては、そこまでしっかり謝られてしまうと、肩身が狭くなる感じがする。
「ええっと、そんなに謝ることじゃないよ!わたしが変に目立つ、付け方をしちゃったせいもあるんだし。。。」
なんとか話題を変えようと、頭を巡らせた。でも、それほど考える必要もなく、大事な話題をすぐに思い出した。
「そうだ!ヴァレンは嫌いなお肉とかないの?今日の夕食会のために、朝から皆に聞いてるんだ~」
「肉?。。。肉といえば、豚や鳥の類いのものをよく食べてきたが、駄目なものといえば、馬だな。あとは、できれば、蛇は避けてほしい」
「蛇、ね。。。大丈夫。それは私も同じだから!」
以前行ったお肉屋さんでは、価格の違いはあるけれど、それはそれは様々なお肉が、並べられたり、吊り下げられたりしていた。
その時のヴァレンの説明では、エレスでは野生の蛙や蛇、ウサギなんかも一般的な食材らしい。野鳥の中でなら鴨が好まれていて、それに加えて、家畜である豚と鶏と羊が、エレスではよく食べられるらしい。
ただし、家畜のものは高価であり、酒場や食事処へ卸されることが多いのだ、とも言っていた。
「今のところ、駄目そうなのは、蛙と蛇でしょ、それに馬と、一応ロバも。羊は食べたことがないって人が多いみたいだねぇ」
羊のお肉は、中でも高級な部類だった。蛙はわたしが無理だし、蛇もさっき否決された。
馬に関しては、姉さんも嫌がっていた。きっとこれは好き嫌いじゃなくて、馬を食べるのが可哀想だとか、そういう感じの拒否感だと思う。元々、馬は食用の家畜じゃないから、それは当然なのかもしれない。それに似た感覚なら、わたしはウサギが駄目だと言える。
「エレスの周りには、熊や鹿はいないらしいな。害獣とも言われるが、俺は割りと好きだったんだ」
「熊。。。は、どう料理するのかも知らないなぁ。。。」
羊を保留すれば、残る候補は豚か鶏か鴨だろうか。でも、わたしとしては、もうひとつ候補があった。
「この前はお肉屋さんに無かったけど、牛も一応、食べるんだよね?」
「そうだな。しかし、肉屋に出回るような牛は、搾乳のための家畜のものだぞ?エレスから北西に1日ばかり、馬で進んだところにある高地で飼われているんだが、乳の出が悪くなると、エレスに運ばれてくるそうだ。エレスでも食べられる肉牛といえば、やはり水牛だな」
水牛は農園でも見たことがあった。わたしとしては、畑を耕してくれる友達という感じだった。
「そうなんだよねぇ。。。でも、とっってもお高いんだよね。羊よりも!」
水牛は、最高級の、お肉様だった。水牛1頭と、羊20頭とで交換されるなんてこともあるらしい。さすがにそんなものは、買おうとも思わなかった。というよりも、そもそもお肉屋さんに並ぶことはないという話だった。
「あれは祝いの品とはいっても、少し度が過ぎているな。おまえは気付いていないかもしれんが、祭りの時に食べたんだぞ?ほんの一切れだが」
「うそ!!!?い、いつのまに。。。」
あの日に食べた串焼きの中でも、何か名前の長いお肉があって、それがすごく美味しかったのだけは、はっきり覚えている。
思えば、わたしがお肉に取り憑かれたのは、あの夏至祭りからかもしれない。
「なんだかごめんね?やっぱりあの日は食べ過ぎだったし、いっぱい贅沢させてもらったよね。。。」
「気にするな。王命だからな。多少、贅沢するぐらいの小金は、持たされてきた」
王命だから、という言葉がチクリと小さく心に刺さった。知っているのに、なんでこんな言葉ひとつで傷ついてしまうのか、フシギだった。
わたしはちょっとだけ強がりをして、笑顔を作った。
「ごめん。じゃぁないよね。。。ありがとう!今日は、わたしが美味しいご飯を作るからね」
「あぁ。掃除を終わらせたら、まずは大市だな」
しっかり頷いてから、掃除に集中することにした。落ち葉と一緒に、さっき刺さったトゲまで、ゴミ穴に放り込むつもりで箒を動かした。




