ルフナ 胸のドキドキ 5/17 16:10~
わたし達が紹介所へ戻ってくると、ハゼットは再び、冒険者達に揉みくちゃにされる羽目になった。
「うわ!やめろ!!男は下がれ!」
嘆きの声を上げるハゼットから、わたし達三人は素早く距離を取った。
「頑張ったのはあの男だけだ。なにせ、一撃で仕留めたのだからな」
それでも興味深そうにこちらにやってくる冒険者達には、ヴァレンが雑に説明して追い払うようにしていた。わたしはもちろん、ちゃっかりとその後ろに隠れている。
「はっはっは!私の言った通りになっただろ?」
この状況を予言していたガルシアは、自慢気に大笑いした。ついさっきまでは、わたしはただの冗談だと思って聞いていた。
「あの時、応援にきたパーティーのやつらが、先に噂して回っていたんだな。栄誉を讃えるための、冒険者流の親切なんだが。。。まあ一人で魔獣を相手にしたんなら、こんな騒ぎにもなるだろ!」
その噂には、ずいぶんたくさんの尾ひれがついているような気がする。ハゼットに向けられる怒号のような称賛の声から察するに、3メートルを超える魔獣を単独で討ち取ったという話になっているみたいだった。
冒険者の集団はハゼットに任せて、三人で依頼完了の報告に向かうことにした。わたしの両肩には今、忘れずにきっちりと交換してきたタブレットが10個掛けられている。
「839番パーティーです!巡回の完了を報告しに来ました!」
パーティーを代表して、紹介状とタブレットの束を受付のおじさんの前に差し出した。魔獣の討伐については、もちろんその噂を耳にしていたみたいで、おじさんは少し渋い顔をしながらそれらを受け取った。魔獣については知らんぷりするつもりでいたから、おじさんの責めるような視線が痛かった。
「ルフナを担いで逃げる必要もなかった。あの男が、一人で大活躍するもんでなぁ」
ガルシアが、今は胴上げされているハゼットを指差しながら、しれっと大嘘をついた。わたしは視線をさ迷わせながらも、なんとかおじさんの前からは逃げ出さずにいた。
「いや、冒険者としての義務を果たしたんだ。責めてはいない。ただ、今回のことで、嬢ちゃんが無茶をするようになってしまわないか。。。それだけが心配だ」
しかし、強張ったわたしの肩が、ふんわりと暖かなもので包まれたような、そんな気配がした。その言葉に吸い寄せられるようにしておじさんと目が合うと、ずきんと鋭く胸が傷んだ。せめてこれ以上、嘘のないように話すのが礼儀だと思った。
「今のわたしには、無茶な依頼だったということは、身にしみて分かりました。今回は、たまたま上手くいったんです。次も大丈夫だなんて、到底思えませんから」
正直に、今の気持ちをおじさんに伝えた。わたしはそれを伝えながら、教会で待つ皆にも心配をかけちゃったなぁとか、自分だけじゃなくて、他の三人の命を危ぶませてしまったんだとか、つまりは、周りの人達に与えた影響に気が付いた。今さら謝るだけで済むとは思わない。今日の自分勝手は、きちんと記憶と心に留めておこうと思った。
「そうだ。それでこそ、経験というものだ。。。それとだね、あの噂の中には、嬢ちゃんがパーティーを見事に統率していた、というのもあるんだが、本当なのかい?」
わたしが密かに反省していると、おじさんが苦笑いを浮かべながら、恐ろしい噂の存在を知らせてくれた。心当たりが無いこともないけれど、きっぱりと否定しておいた。
その後、依頼完了の手続きを進める内に、依頼の報酬とは別に、討伐報酬というものが出ることを知った。それについては勝手に三人で話し合った結果、称賛も報酬も、ハゼットに任せてしまうことにした。
「私は巡回の報酬だけで十分だ。今日は楽しかったぜ!」
三人で、報酬の話し合いが終わると、ガルシアが退散する素振りを見せた。唐突だとは思ったけれど、昨日出会ったばかりで、だらだらと引き留めるのも変な気がした。それでも、再会の約束もなく、せっかく出会ったガルシアと別れるのは嫌だった。余りにもたくさんの恩ばかり残していくのは、ずるいとさえ思った。
「待って!もう行っちゃうの?」
早くも背中を見せるガルシアを呼び止めると、ガルシアは振り向いて、歯を見せて笑った。
「なんだぁ?もしかして、寂しくなっちまったのか?」
ガルシアは、わざと茶化すように言ったように感じた。もちろんそれは、図星だった。でも今のわたしのは、そんな軽口では怯まない。
「そうなの!このままお別れしたら、わたし、きっと後悔すると思うから」
自分の子供っぽさは、わたしが誰よりも理解していた。友達とは、きちんと再会のお約束をしてからバイバイするものだ。
「えらく素直だな。こっちが照れるじゃねえか」
「明日ね、教会で夕食会があるから、ガルシアも来てみない?」
非常に勝手なお誘いだった。突然、こんな大きな人がやってきたら、教会の皆もびっくりするだろう。あの可愛らしくも小さな食堂に、ガルシアが入りきるのかも怪しいところだ。それでも冒険者のガルシアに、冒険以外の何かを約束する口実なんて、これ以外、とっさには思い浮かばなかった。
「そいつは止めておく。ルフナの、大事な食事会なんだろう?大丈夫だ。俺はまだまだ、この町にいるつもりだぜ?」
ガルシアの目をしっかりと見た。太い眉毛の下で、力強く開かれた眼は、ぴくりとも動じない。
「分かった。変なこと言ってごめんね」
わたしがちょこっとだけ頭を下げると、どういうわけか、ガルシアは肩をすくめてみせた。
「はっはっは!。。。そろそろ色男が怒り出しそうだからな。またな!」
ガルシアはわたしの頭の少し上に視線をやってから、それだけ言い残すと、大きな足音を立てて紹介所の外へと飛び出して行った。最後の言葉だけはよく分からなくて、色男の方を見ると、女の人に話しかけられていて、見たこともない嬉しそうな顔をしていた。
「あんなに嬉しそうなのに、あれって、怒ってるの??」
ハゼットの方を見ながら、わたしは後ろで静かに佇んでいたヴァレンに話しかけた。ところが、なかなか返事が返ってこない。不思議に思ってそちらを見ると、さすがに疲れているのか、ヴァレンは久しぶりに見せる仏頂面をしていた。それを見て、今日はなかなか大変な1日だったことを思い出した。
「今日もありがとう!ヴァレンのおかげで、なんとかなったよ」
「。。。ああ、構わない。明日も早いんだろう?お前も早く帰るんだ」
心なしか、ヴァレンの態度まで硬くなっているような気がした。
「やれやれ!ひどい目にあった。。。しかし、噂というものも、なかなか悪くはないものだなぁ!」
そこで、ようやくハゼットが冒険者達から解放されて戻ってきた、と、思ったら、また別の女の人に話しかけられている。
「すまない!もうちょっとだけ待っていてくれ!」
「丁度いいな。色男、今日はお前が、ルフナを教会まで送り届けてやれ。俺はあまり遅くなると、姉上が怒るかもしれん。頼んだぞ、色男!」
ヴァレンはハゼットに対して大声で言った後、すぐに駆けて行ってしまった。愛想なんてヴァレンに期待するつもりはないけれど、さすがに奇妙に思えた。
でも、大変だった今日という1日を思い返すと、ガルシアもヴァレンも、早く帰りたかっただけのような気もした。わたしはずっと、歩きやすい所ばかりを歩いていたから、皆よりは元気なのは当たり前だった。
一人ぼっちで少々手持ちぶさたではあっても、ハゼットの幸せな時間が終わるまで、壁にもたれかかって待つことにした。
ヴァレンとは、本当はもう少し一緒にいたかった。でも、ヴァレンとは今度の約束なんて必要ない。ヴァレンは、護衛だから、きっと明日も、ちゃんと会えるから。
でも、もしもこの先、護衛の終わりがくれば、ヴァレンとは、友達なのかも分からないわたし達は、きちんと約束しないと会えなくなるんだろうか。
それはなんとなく嫌だ。いや、すっごく嫌だ。
会えない時間は、一緒にいない時間は、凄く嫌だ。
どうしてだろう。
このヴァレンのいない時間の、不安なドキドキを、最近、いつからか、よく感じる。
わたしはどこかで知っている。この不思議で、不快なのに、不快なだけじゃないドキドキを。それはどこだっけ。
「あいつが私のことを、色男と言うのはいいのかい?!ひどいじゃないか」
「わ!?」
突然、ハゼットに声をかけられて、はっとした。ハゼットに昼間に注意した内容を思い出した。
「あ!ごめんごめん、明日、きちんと言っておくから。ヴァレンだけ許すのは、駄目だよね」
ぼんやりした頭に渇をいれて、ハゼットにちょこっとだけ頭を下げた。余計な考えは、一旦置いておく。考えると、ドキドキして頭が働かなくなるから。




