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ルフナ 魔獣 5/17 お昼、お腹がいっぱいになった後~

 ぺしゃんこになった鞄を背負いながら、わたしは右側に広がる草原を警戒している。遠く視線の先には、エレスの遠見櫓が見えている。お昼御飯の前には、巡回の工程的には帰り道に入っていたから、夕方ぐらいには教会へ帰れそうだとか考えながら、意気揚々と歩いていた。

「疲れてないか?」

ヴァレンが、左奥にある林の方を見ながら声をかけてきた。お昼前にはちょっぴり足が重たい気がしていたけれど、お昼御飯を挟んだ今は絶好調だった。

「大丈夫!なんなら走って帰れそうなぐらいだよ」

残るタブレットの交換は、あと3回だけだった。気力も体力もまだまだ十分残っている。

わたしが喋りながら、おどけて走り出そうとすると、ヴァレンは手を振ってそれを制した。

「元気なのは分かったが、まだ緊張感を保っておけ」

元気さを示そうと思って、つい能天気にやり過ぎた。ヴァレンに対するこの辺りの匙加減が、わたしにはなかなか難しい。

「あそこに見える林は、小型の魔獣が潜んでいてもおかしくない。さすがにこの時期に、大型のものはいないだろうが」

だから緊張感を忘れるな、ということだろうか。夏至の前後は、何故か魔獣が非常に大人しくなる、というアレンさんの言葉を思い出した。

「魔獣は南の森から出てくるんじゃないの?」

夏至から数日経った今なら、この辺りに魔獣がいたとしても、もう退治されているような気がしてならなかった。

「夏眠といってな。この時期の魔獣は、地中に潜っていることも多いんだ。眠りといっても、刺激にはむしろ敏感だがな。ただ、小型の中には、夏至と関係なく動き回る厄介なやつもいる。小さいもの程、そういうやつが多いらしい」

自分で聞いておいて、大いに後悔した。きっとヴァレンは、わたしが油断しないようにと話してくれているんだろうけれど、その効果はバツグンだった。効果的過ぎて、怖気づいて話を逸らしたくなった。

「あんまり魔獣の話してると、本当に出てきちゃうよ?。。。そういえば今朝はさ、本当は巡回依頼なんて、わたしじゃ受けれないって、分かってたんでしょ?」

紹介所に着くまでヴァレンが強く引き止めなかったのは、わたしが怒ったふりをしていたからではなかったのだと、今は思っていた。

ヴァレンは小さく笑って、こちらをちらっと見た。

「当然だ。逆に何故、受けれると思うのか分からなかったぐらいだ。まんまとしてやられてしまった。。。おまえにしては上出来だ」

紹介所での顛末は、ヴァレンの目には、わたしの策略のように映ったみたいだった。ヴァレンは呆れるみたいな、けれども明るい顔をしていた。ヴァレンは今までずっと、こんな優しげな顔で、わたしに軽口を言っていたんだろうか。ついつい、横目で伺ってしまう。

「わたしの切り札にはびっくりしたでしょ?」

ガルシアに会えたのは全くの偶然だったけれど、ヴァレンには嘘をついてしまった。つまらない嘘だけど、もうちょっとだけ褒めてほしかった。

「あの大男を出されてはな。あの受付の男も、度肝を抜かれていたじゃないか。俺も同じだ」

ヴァレンは苦笑いを浮かべながら、降参するみたいに両手を上げた。

「えへへ!今度は魔法とかも頑張ってみるから、期待しててね」

今朝の誤発はあったけれど、ハゼットのおかげで準備はバッチリだった。あとは明日、ステータスでスキルを確認してから練習あるのみだ。今度こそはきちんと魔法を出して、本当に褒めてもらおうと考えていた。

右手を上げて、腕輪を眺める。腕輪を見るのは、今日だけで何度目だろうか。自作ながら、よくできているような気がしてきた。

「面白い付け方をしているんだな。それとも、向こうの世界ではそんな付け方をするのか?」

ヴァレンの目も、勇気の腕輪に向いていた。今度は腕輪を隠さないで、少しばかり右手を上げてみせる。恥ずかしくても、今は見てほしい気持ちの方が強かった。

「うーん。。。多分、前世の記憶は関係ないかな。こうしたら、わたしが身に付けてても、おかしくないかなって」

本当は指輪を指につける勇気がなかっただけだ。それを見たヴァレンに、何か言われるのが怖い気がした。どうしてそれが怖いのかは、よく分からないけれど、強いて言えば嫌われるのはイヤだった。

「いや、良い出来だと思う。少し、近くで見てもいいか?」

「いいよ。丁寧には作ったつもりなんだけど」

わたしはそこで一度、腕輪を外そうとした。


 ところがヴァレンは、そうする前に、わたしの右腕を軽く掴んで、そのまましげしげと腕輪を眺めだした。

「なるほど!紅白の2色かと思えば、間に桃色が挟んであったんだな。色合いがどこか優しく見えるのは、そのせいか」

ヴァレンが感心するように何度も頷いた。

わたしはといえば、驚きと緊張で、手から汗が噴き出すのが分かった。

もはや、身動きもとれない。


 ヴァレンは満足いったのか、ぱっと手を離した。そうして、何事も無かったみたいに、左側の警戒に戻った。

「そういうものには詳しくないが、よく似合ってる。色の組み合わせが良いんだろうな」

わたしが呆けている間に、ヴァレンはなんにも気付かずに、ひとり前へと行ってしまった。吹き付ける風に体がびくっとして、すぐに小走りで駆け寄ると、ヴァレンの少し後ろへとついた。

今の気持ちはなんだったんだろうかと、ぼーっとする頭で考えた。

「。。。なんだ?」

「なんだろうね?」

よく分からないまま、ヴァレンに返事をした。

「何か異常があるようだ」

確かに異常だと思った。

「わ!」

と、ヴァレンが急に立ち止まっていて、背中にぶつかってしまった。わたしは、とぼとぼ、ゆっくりと歩いていたから、ヴァレンも痛くはないはずだと、伏し目がちにヴァレンを見上げた。とにかくぶつかったことを謝ろうとしたら、ヴァレンは先ほどまでとは打って変わって、目付きを鋭くさせていた。


 わたしはそれで、はっと我に返る。左を見れば、ガルシアが大きな槍のようなものを手にして、こちらへ駆けてくる所だった。

いつの間にか吹き始めた風が、ざわざわと草を揺らして騒がしい。

「魔獣がいる。恐らく隣のパーティーの所だ、かなり近いぜ。狼煙が見えた。狼煙を出すってことは、せいぜい2メートル程の魔獣ってことになる。巡回依頼を受けた冒険者の、討伐対象だ」

十分に近づいてから、ガルシアが静かな声で言った。確かに左側にある林の奥から、うっすら煙が上がっているのが見えた。

「色男の方は、雷撃魔法が使えるんだって、さっきそう聞いたな」

「お、応援に行くってこと?」

事態の急変に、なかなか頭が追いつかない。そんな中、ガルシアがわたしの目をまっすぐに見据える。

「小型魔獣を発見したパーティーの義務は、応援を呼ぶことだ。そして、その狼煙を見た近隣のパーティーは、最低二人、駆けつける義務がある」

ガルシアがそう説明したところで、林の方から火撃魔法であろう、炎の塊が小さく噴き出した。でも、わたしが気になったのはその方向で、こちらに向かって射出されたように思えた。

「おい!まずいぞ!こちらに向かって来ているんじゃないか?!」

ハゼットが草むらの中から飛び出して声を上げた。それと同時にガルシアが、林の方に向かって槍で草を薙ぎ始める。

「ルフナはとにかく下がって、その男と一緒にいろ!おい色男!!俺の後ろで、雷撃魔法の準備をしておけ!」

ガルシアは物凄い速さで槍を振るう。まるでそれは、戦いの舞台を作るみたいだった。


 わたしはやっぱり、とんでもなく甘かった。目と耳で状況を把握するのが精一杯だ。だけど、混乱はしていない。自分のできる最善を探った結果、視界を広く、右手を上げて、草むらに向けて構えた。

と、そこで、ヴァレンの左手が再びわたしの腕を引く。引き寄せられたわたしの目の前にあるのは、ヴァレンの背中、外套だった。その外套の下から、もう一方の手が引き出される。わたしはただ、ヴァレンが胴程の大きさの盾を構えるのを見た。ただ、見ていた。

「心配するな。俺は、守りには自信があるんだ」

その声に激しさは無い。ヴァレンが盾を構えた右腕に、左手を逆手(さかて)で掴むように重ねると、前方の景色が一瞬、歪んだように見えた。

「攻撃はお前達に任せる!!魔獣に隙ができたら、ぶちかませ!ルフナの心配はいらん!」

ヴァレンが前の二人に大声を上げた時、林の方から二度目の炎が吹き上がる。草むらに体を向けながらも、皆は火撃魔法に目を奪われていたのかもしれない。そんな中で、わたしは一人、ヴァレンの背中に釘付けになっていた。目線を動かすことができなかった。だからこそ、いち早く目の前の景色の異変を察知できたんだろう。

「右!紫の、変なのがいる!」

それは草むらに隠れながら、這うように素早く移動していた。ガルシアが気付いて移動するも、とても間に合わない距離だった。

四肢を伸ばせば2メートル以上の体高がありそうなその魔獣は、蛙のような体型で、真っ直ぐに、わたしとヴァレンに向かって飛びかかった。

瞬間、横合いからハゼットの雷撃魔法が、轟音とともに射出される。しかし、魔獣のはるか手前で、それは空しく拡散した。

「くそ!遠い!!」

ハゼットが、怒声のごとく叫んだ。

「もう一度だ!焦るな!隙を作るから、見逃すな!」

ヴァレンの声が、この硬直しかけた身体を刺激した。

魔獣は、ずしんと地に降りると、狙いをそのままに猛進を見せた。このままじゃ、わたし達が、ヴァレンが。わたしが反射的に両手を前にしても、すでに魔獣は目前に迫っている。

魔獣を見据えて、あっちへ行けと強く、強く念じる。念じるものの、魔力の収束は始まったばかりで、最早、手遅れだった。思わず、わたしは目を瞑った。


「離れるなよ!」

暗闇に、ヴァレンの声が聞こえた。

わたしが薄目を開けると、何もないはずなのに、魔獣はヴァレンの目の前でぶつかるように止まっていた。

「だ!!!!!」

その不思議な光景に目が離せないでいると、咆哮とともにガルシアが、魔獣の真横から一閃を放つ。槍の穂先が赤く輝いて、魔獣の喉元を縦に切り裂いた。切り裂いたはずだった。わたしには確かに、そう見えた。

しかし、魔獣は大きく後ろに跳ねて、その一撃を回避していた。

わたしの前に立って、仕切り直すように先程の構えを取るヴァレンの首筋に、大粒の汗が一筋流れている。頼りないわたしを守るために、ヴァレンも思うように動けないのか。

守られるだけでは駄目だ。勇気の腕輪が、視界に入った。わたしの魔法が通用するかは分からない。そもそも、この手から飛び出すものが何なのか。もしも癒しの魔法なら、この行動にはなんの意味もない。

それでもわたしは、確認するように念じた。祈り続ける。それが正しいのかも、分からない。ただ、なんとなく、制御できているという実感だけがあった。今や自分の右腕に、はっきりと熱を感じる程、朝の時よりもその違和感は格段に大きかった。

静かに覚悟を決めたその時、遠くに飛び退いた魔獣の体が、一回りも大きく見えるように、震えた。次に魔獣は、これまでよりも高く、大きく跳ねた。

それは、わたし達を押し潰そうとするような動きだった。それに少し遅れて、わたし達の退路を断つように、周りの地面が何度となく弾ける。

土煙の立つ中、ヴァレンの目の前には、槍を地面に突き立てて、険しい表情を浮かべるガルシアの姿があった。

「どいてろ!」

魔獣を見上げながら、ガルシアが叫ぶ。それは、捨て身の構えのように、わたしの目に映った。

「おい!!まだ防げるぞ!俺を信じろ!!」

ヴァレンもまた、怒鳴り返した。

わたしは迷わなかった。

右手を、真上に迫った魔獣に差し向けた。

ふいに、朝の生ぬるい風を思い出した。


「吹き飛べ!!」


右手に、反動みたいなものはなかった。

手の平に、何かが生み出される感じもなかった。

ただ、ビリビリと焼けるようだった右腕から、苦痛が去っただけだ。

わたしは見開いた目で、自分の手の平から、何も生まれないのを、失望と共にただ見ていた。


 しかし、魔獣は空中でもう一度跳ねるように、不自然に、再び上空へと飛び上がった。それに少し遅れて、巻き込むような激しい風がわたし達を撫でる。

「いける!とにかく後ろへ走れ!!」

知らぬ間に、身体をしっかりと支えていた両足は、ハゼットの声に驚いて大地を蹴る。わたし達は、揃って真後ろへ駆け出した。

魔獣が姿勢を戻して、さっきまで、わたし達がいた場所へと着地しようとした。

その好機を逃さず、ハゼットは右腕を構えていた。

今一度の雷撃魔法が、魔獣を貫くように閃く。

閃光が、わたしの目を襲った。

かと思えば、魔獣の頭部は焼け焦げたようになっていた。断末魔があったかは分からない。雷鳴が両耳を塞いでいた。

数瞬の間を置いて、崩れるみたいに倒れ伏したその巨体は、もう動くことはなかった。

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