ルフナ 神の愛 5/17 昼前のお腹がちょっぴり空いてくる頃~
右翼を警戒していたハゼットがこちらへと歩き出すと、ガルシアは交代するために右側へと歩を進めた。がさかざと草を踏み分けながら、ガルシアは顔だけをこちらへ向けた。
「順路上なら、地面が踏み固められているから歩きやすいだろ。ルフナはこのまま中央だ。タブレットの交換は任せたぜ。次の旗を目印にすれば、迷うことはないはずだ。頼んだぜ、大将!」
わたしは背伸びをしてから、親指をぴしっと立てて応えてみせた。
大将という言葉は、軽口に違いないだろう。それでもこれは、わたしが望んで受けた依頼だ。リーダーらしく、もっと自分にできる仕事を探さなきゃいけないと奮起した。
ガルシアは途中、ハゼットに何か伝えてから右翼の警戒へと移った。
「やれやれ。思いの外、大変だなこれは」
しばらくして、がちゃがちゃという音と共にハゼットがやって来る。金属でできた鎧は、見るからに大変そうだけれど、顔は兜でほとんど隠れてしまってハゼットの表情は全く分からない。
「お疲れ様!こっちは道みたいになってるから、ずいぶん楽だと思うよ」
わたしは両肩にタブレットをぶら下げながら、小さく手を振った。草むらから抜け出したハゼットが、ふらふらと歩きながら兜を外すと、汗まみれの頭が露になった。
「うわぁ!大丈夫?!すごい顔色だけど。。。」
すぐに背負い鞄から布を取り出して、ハゼットに駆け寄った。ハゼットは見ているこっちまでしんどくなるような、真っ赤な顔をしていた。
「あんなに丈夫そうな大男が一緒だと分かっていれば、着てこなかったんだがなぁ。。。私の鎧は薄い造りだから、重さはマシなんだが、この暑さだけはどうにもね。。。」
ハゼットは苦笑いしながら、水を一口飲んだ。 わたしに付き合ってくれたがために、ハゼットが無茶をしていると思うと申し訳なかった。
ならばせめて、大将として、ハゼットをなんとか元気にするのがわたしの仕事だ。わたしはハゼットに見えるように、力こぶを作ってみせた。
「兜だけでも、背中の鞄に引っかけてくれてていいよ?わたしは、とーっても元気だから」
「ありがとう。少し、甘えさせてもらうよ」
改めて周りを見ると、草の丈が先程までよりも低くなっている気がした。これならわたしの背丈でも、なんとか見渡すことができそうだった。
「わたしが左側を見るから、ハゼットは反対側をお願いね。歩けそう?」
ハゼットが大きく頷くのを見て、わたしは草原の中にいる二人に、先程までのガルシアを真似て、手で合図した。そのまましばらく、ハゼットの体調を伺いながら静かに歩くことにした。
5つ目のタブレットの交換を終える頃には、ハゼットの顔色は普段のものに戻っていた。
「だいぶ落ち着いたみたいでよかったー。ハゼットを担いで歩く、心の準備だってしてたんだから」
わたしが冗談めかして言うと、ハゼットは照れくさそうに笑ってくれた。笑い声にも元気が戻ったみたいで、こちらも気分が楽になる。
「兜を外したのが良かった。それに雲も出てきたようだね。日差しが無いだけで、十分に涼しいなぁ」
ハゼットが元気になったのを見て、私はいよいよ、魔法について尋ねてみることにした。
「えっとね、朝から聞きたかったんだけど、わたしってどうして急に魔法が使えたんだろ?ハゼットは何か、原因が分かったりするのかな?」
正直、あれを魔法だと認めるには、今でも釈然としないものがある。あんな不意打ちみたいな状況で、その上、成功したかもわからないようなものは、早急にもっと素敵な記憶で上塗りしてしまいたかった。
「それは第一に、君の認識によるものだろうね。君はつい最近、自分は魔法が使えるんだと、そう思いを改めるような機会があったんじゃないかい?」
「え?う~ん、使えるかもって少しだけ前向きに考えたことなら、あったかなぁ」
勇気の腕輪を見ながら、それを身に付けた時の思いを確認する。もちろん指輪も見えて、ふいに、ヴァレンの手の温かさまで思い出してしまった。すぐにそれは頭の外へと追いやる。
「それは、あのすけべ男がつけろと言ったのかい?」
と、余計なことを考えているうちに、ハゼットに覗きこむように手首を見られてしまって、わたしは両手を後ろに隠した。何も疚しいことなんかないけれど、指輪に気付かれていたとしたら、それはなんとも恥ずかしい気がした。
「こ、これは、わたしが考えて作ったものだから!つけたら可愛いかなぁと思って。。。」
「あぁ!もちろん似合ってるよ!君が作ったものだとは思わなかった」
指輪には気付いていないのか、それとも気にしていないだけなのか。とにかくハゼットが、指輪に言及することはなかった。よく考えれば、ヴァレンが指輪を身に付けていたことなんて、教会の誰も知らないのかもしれない。
思い直したわたしが、おずおずと腕輪を薄日に晒すと、ハゼットは何度も頷きながら、にこにこと笑顔を向けてくれた。
「やっぱり可愛いじゃないか。私が先程、ああ言ったのはね、君が魔法を使えるようにと、おまじないをかけた奴がいたのかと思ったからだよ」
「おまじない?!」
わたしは腕輪についた指輪が気になりつつも、ちらちらとでも、辺りを警戒することを忘れなかった。指輪がちらつくと、ヴァレンにかけてもらった別のおまじないや、優しい感じのする笑顔を、つい思い出してしまうのだ。ついでに、その時の状況までも。せっかく気持ちが落ち着いたのに、またもや顔から火が出そうになる。
「魔法が出せなくて困っている人にやるものでね、腕輪なんかもよく使うんだよ。"これを身に付けると、あなたは魔法を使えますよ"、と言ってやるんだ」
単純だけど、確かに効果はあるかもしれない。わたしも、その手の暗示には弱い気がしている。
「普通は子供が小さいうちに、魔法の使い方を教えてやるものなんだが、君みたいな事例は聞いたことがないからね。君にも明日、スキルがはっきりしてから、教えようとは思っていたんだ」
ハゼットが腕輪から、右前方に視線を戻した。それでやっと、結局、疎かになってしまっていた左側の警戒を再開した。すると、さっきからちらちらと頭の中を横切る影が、今度は視界に入るものだから、いい加減にしてとヴァレンに念を送った。
「君は恐らく、もう問題なく魔法を使えるさ。魔力の収束が、普通は一番手こずる所なんだ」
頭の中からヴァレンを追い出すことに成功すると、今朝のビリビリするような感覚を思い出す。今はそれに、ほんの少しだけワクワクする。
「君はあの時、手を前に差し出していたね?無自覚なんだろうが、魔力の収束条件も、そうやって決定できている。あとはきちんと自覚するんだ。それだけで上手くいくさ」
また、何も見えないぐらいの、ほんのちょっぴりしか出ないという悲しい結末もあり得るし、暗い想像をしてしまえば切りがない。どうにか明るい予想も立てられないかと、うんうん唸りながら頭に血を送った。
「わたしにも、できるかなぁ。。。」
今朝はよく分からなかったから、収束した魔力が霧散してしまった、だから何も出なかった。そういう流れは十分ありそうに思えた。楽観的な考えでも、本当にそうだったんじゃないかと自信が湧いてくる。
「できるとも。魔力の収束の後に、しっかりともう一度念じるんだ。その時、攻撃的な魔法を望んだのなら、余計に迷ってはいけない。迷うと、例えばわたしの雷撃魔法なら、ただの雷魔法に還元されてしまうんだ。一度収束した魔力が、元に戻ったりはしないからね」
ところが、わたしが都合の良いように考えていると、それは即座に否定されてしまって、膨らみ始めたばかりの自信はしおしおと小さくなった。
「。。。もう一度念じるっていうのが不思議だよね。待機状態って考えれば便利だけど、ずっとそうしてると腕が大変なことになるんだよね?」
「そうだよ。強い力を制御するのだから、代償はあるんだろうな。だが、神官の中には、それを神の愛だと言う者もいるよ。私も、これには同意してるんだ」
突然、なんだか壮大な言葉が出てきて、意外に思った。ハゼットは一応、神官さんなはずなんだけれど、彼が創世教の言葉を素直に受け入れるなんて、ハゼットらしくないというか、珍しいような気がした。
「神の愛って、どうして?魔法とは関係なさそうだけど」
わたしの知らない、ハゼットの一面を見たような気がして、素直に聞き返していた。もしも、とんでもなく崇高な答えが返ってきたとしたら、どんな反応をするのが正解なのか分からない。軽率だったかもしれないと、どきどきしていると、ハゼットは至って真面目な顔でこちらを振り向いた。
「衝動的に魔力を収束させてしまった時のために、最後にもう一度、神に問われるんだ。本当に撃ってしまって良いのか、とね」
なるほど、と思った。今朝、あの状況で、もしも強力な魔法を放っていたとしたら、それは恐ろしい結果を招いてしまっただろう。
改めて言われると、確かに神様の愛みたいに感じた。わたしにも理解できる答えでほっとした。わたしは右手を上げて、本当に神様の愛を感じられるか、なんとなく試してみた。
「今、魔法を試してしまっても構わないが、もしも火魔法だったら、すけべ男が丸焼けになってしまうぞ?」
ハゼットは、わたしの右手の先の草むらにいるヴァレンを指差した。はっとして、すぐに右手を下ろす。
「違う違う!今のは神様の愛ってどんなのかなぁと思っただけだから!」
必死に声を上げても、ハゼットは聞こえないふりをしているのか、返事もせずにくすくす笑っている。それにムッとして、わたしは話のついでにひとつ、注意しておくことにした。
「ハゼットは、そろそろちゃんとヴァレンって名前で呼ばないと、駄目だからね!?そうじゃないと、わたしがハゼットを、すけべ男~って呼んじゃうから」
「げ!そいつは止めてくれ!私は女性に、破廉恥だと思われるのだけは嫌なんだ。私は、その、極めて紳士的なんだ!」
ハゼットのその言い分は、やっぱり冗談なのか本気なのか分からない。それでもハゼットの様子が可笑しかったから、にんまり笑って誤魔化しておいた。




