ルフナ 冒険者 5/17 8時半頃~
「30メートルも離れれば十分だ!このままの距離を保って、あんたたちは外側に異常がないか見て行ってくれ!ルフナに合わせて、ゆっくり歩くからな!交代しながら行こうぜ!」
わたしの前に立つガルシアさんは、その大きな声と身振り手振りで、左側を歩くヴァレンと右側を歩くハゼットに指示を飛ばしている。二人の歩く所は背の高い草に覆われていた。わたしから見ると、どちらも丁度、肩から上だけがようやく見えるぐらいだった。
町を出てから、既に30分程は歩いている。順路の目印なんてどこにあるのかと思っていると、てっぺんに旗が立てられた大きな木が見えた。その木に近づいてみると、旗には大きく25と書かれているのが目についた。さらに、下枝には見覚えのある輪っかが掛けられている。
「ルフナの仕事は、タブレットの交換だな。順路上に10個ある。こいつを忘れると、報酬がもらえないからな」
この輪っかは、どうやらタブレットというらしい。タブレットは丈夫な蔓で出来ていて、蔓草みたいな模様の描かれた石板が吊り下げられている。前回のパーティーが掛けたタブレットと交換して持ち帰ることで、巡回した証とするみたいだった。それはわたしの背でもぎりぎり届く高さの枝に掛けられていて、何でもない仕事だけれど、何かを任されるというのは凄く嬉しかった。
「わかりました!任せて下さい、ガルシアさん」
元気良く返事をすると、ガルシアさんの大きな手が降ってきた。
「いい加減、畏まった態度はやめたらどうだ。こっちはもう、仲間だと思ってるんだぜ?」
ガルシアは怒鳴り付けるように言いながら、わたしの頭を乱暴に撫でた。撫でたというよりも、ただ滅茶苦茶に揺らしただけかもしれない。
「分かったからやめて!目が回りそう。。。」
目が回るどころか、頭が取れちゃうんじゃないかと思った。
ガルシアはそんなわたしを見て、とっても満足そうに、にかっと笑っている。実はわたしも体をふらふらさせながら、胸の底から込み上げてくる笑いに口元をぴくぴくさせていた。
「こら、大男!ルフナを虐めるんじゃない!」
ハゼットが遠く、草の中から叫ぶのが聞こえる。
「心配するな!色男!あんたは右側をしっかり見ておけ!」
ガルシアが右を指差して、大声で返した。きちんと生きていることを示すために、ハゼットと、振り向いてヴァレンにもぶんぶん手を振った。わたしはもう、胸が爆発しそうなぐらいにワクワクしていた。
「初めからあまり騒ぐな!帰りまで持たんぞ!」
今のわたしには、ヴァレンが大声で小言を言うのまで面白い。ヴァレンの声がする方に、もう一度右手をぴしっと上げてみせて、元気一杯なのを主張しておいた。
「大男!そいつは限界になるまで黙って、何も言わないだろうから、注意してやってくれ!」
けれどもヴァレンは、護衛としての気遣いも忘れなかった。これだって、いつものわたしなら口うるさいと感じていたかもしれない。
「任せておけ!すけべな優男!」
ガルシアの軽口に、ヴァレンが顔をしかめるのがちらっと見えたけど、きっと悪態をつくなんてことは無かったはずだ。わたしはもう、奥歯を噛み締めて、下を向いて、必死に笑いを堪えていた。
しばらくしてから、こちらをじぃっと見ているガルシアと目が合った。
「にやにやしてるが大丈夫か?!ちょっと頭を揺らし過ぎたかもなあ」
そう言うガルシアだって、にやにやを隠せずにいる。わたしは堪えていた笑い声を、ちょっぴりだけ漏らした。
「えへへっ!大男さん達のやりとりが面白くって!それに、冒険にも全然、物怖じしないのとか。どっちもとっても羨ましいんだ~」
「はっはっは!こんなものに憧れるなんてな!なかなか勇ましいじゃないか」
わたしに勇ましさなんてあるのかわからない。それでもわたしは確かに、冒険の始まりに大興奮していた。
「仕事の最中にごめんね。ちゃんと、真面目にやるから」
そう言った後、深呼吸してお腹と足に力を込めた。前を歩くガルシアは親指を立てて、ちらっとだけこちらに笑いかけた。
「楽にしてろ。いざとなったら、担いで逃げる約束だからな」
そう言いつつ、ガルシアは前方の警戒を始めた。さっきまでより少しだけ、ガルシアの背中が大きくみえる。冒険者としての仕事が今、始まったのかもしれなかった。
これはわたしが異世界にやってきてから、初めての冒険と呼べるものだった。これまでの日々は、長かったのだろうか。よく分からない。
今日だって、ここに来るまでは強がりや緊張だらけだったかもしれない。それでも、わたしがこの三人に挟まれながらでも、小さくても、力はなくても、ほんの少しだけでも、この冒険を共有できることが嬉しかった。
前世の記憶の片隅に残る、勇者という存在。
わたしは生まれ変わる前は、勇者というものになりたかったらしい。ところが転生してすぐに、勇者になんかなれっこないと日記に記していた。
こっちで生まれ変わってからは、勇者なんて意味も分からなくなって、恋をしてみたいだなんて夢見ていた。
少し前には、姉さん達と一緒に、孤児院の運営をしようと思った。
そして今は、冒険者というものに、少しだけ憧れを抱いている。
一体わたしは、この異世界で何をしたいんだろう。
歩きながら、心を落ち着けるためにそんなことを考えていた。だけど、悩んでいる暇はないはずだった。だから、わたしはしっかりと、今の気持ちを覚えておこうと思う。
ガルシアを真似て、わたしもキョロキョロしながら歩いてみても、これと言った異常は何も見つからなかった。任されたタブレットの交換もきっちりできている。強い日差しの中、ガルシアとぽつぽつと会話をしながら、わたし達は順調に依頼をこなしていた。
「ルフナはこの街に集まっていた、本当の冒険者と言われる者共が、今どこにいるか知らないだろ?」
3つ目のタブレットを交換した後、ガルシアが不可解な問いを投げ掛けてきた。
それはわたし達を含めて、さっき紹介所にいた冒険者の人達が、命知らずではないかのような物言いだった。
「わたし達は、本当の冒険者じゃないの?」
それとも紹介所以外にも、どこかに秘密の集会場があったりするんだろうか。
「少なくとも、命知らず共はそう思ってるだろうな。奴らは今、南の森の中にいるんだぜ?」
南の森と言えば、あの恐ろしい魔獣の住処だった。ガルシアは、すぐに南の方角を指差した。わたしもなんとなく、遥か南を眺めた。
「南の森って。。。それって、魔獣の監視のため?」
隣から尋ねると、ガルシアは歯を見せて、ふふんと鼻を鳴らした。
「ここは街から東にあたるだろ?ここから丁度、真っ直ぐ南へ行くと、軍の臨時の駐屯所がある。まぁ夏至の時期だけの、特別なもんだ。軍の連中はそこで、哨戒任務をこなしているわけだ」
確かに南には、もうひとつ小高い丘がひとつ見えて、そこからうっすらと煙が上がっているのが見えた。きっとその哨戒任務は、ほんの十数年前から行われるようになったんだろうと、ふわっと思い浮かんだ。
「なるほどね。じゃあ、本当の命知らずっていう人達も、それを手伝ってるんだね?」
「いいや、違う」
ガルシアは即座に否定した。ガルシアは目をきらきらさせて、なんだかちっちゃな男の子みたいな笑みを溢していた。
「奴らは魔獣と戦うためだけに、森にいるんだ。報酬なんて出ないんだぜ?なんでそんな馬鹿な真似をするんだろうなぁ!全くもって、凄い奴らだ」
魔獣と聞いて私の脳裏に浮かぶのは、あの気持ち悪い、巨大な芋虫みたいな姿だった。今の浮かれたわたしでも、そんなモノがたくさん現れる森になんて絶対に近寄りたくはない。そんな所へ好んで行くような人達は、正しく命知らずだろう。
けれどもガルシアは、そんな人達のことを羨むみたいに話していた。もしかすると、ガルシアは本当の命知らずになりたくて、エレスまでやってきたのかもしれない。
「ガルシアも、森に行ってみたいの?」
わたしが尋ねると、ガルシアはぷいっと後ろを向いて、頭をガシガシ掻きながら黙りこんでしまった。ガルシアのその仕草には、ヴァレンが重なるみたいに見えて、少しドキッとした。
「実は陸上の大型魔獣なんぞ、見たこともないんだ。"はぐれ"の小さいやつを数回見ただけでな。。。命知らずへの憧れは否定しないが、今はやることもあるしなぁ」
余計な考えに気を取られていたら、返事がすぐにできなくなってしまった。しかも、魔獣の話なんてしたせいか、少し心が落ち着かない。
「わたしも、幼体っていうのしか知らないなぁ。。。あれはもう、思い出すだけで。。。」
「よしよし!そろそろ色男と交代してやるか」
だからぶんぶん頭を振って、頭から嫌なものを追い出した。ガルシアはそんなわたしを見て、再びにかっと笑ってみせた。そうしてガルシアは、ハゼットに向けて大きな声で交代を告げた。




