ルフナ 魔法 5/17 6:30~
やるべきこと、その一。ヴァレンを説得する。
やるべきこと、その二。ハゼットと二人になる時間を作る。
やるべきこと、その三。ハゼットから魔法について、詳しく聞く。
やるべきこと、その四。見事魔法を出してみせる。
朝御飯を食べながら考えた、以上4つを順序よくこなすのが、今から24時間の大事な目標だ。明日、ステータスが直れば、どうせなら、初めての魔法は皆に見ててほしい。別に凄くなくていい。わたしにとって、特別な出来事になるはずだから、皆にもちょっとだけ記憶に残してもらいたいだけだ。
ハゼットがいるおかげで、巡回依頼の人数だけは揃っている。それが、ヴァレンの説得を少し楽にしてくれているはずだった。あとはそのために、しっかり精神を落ち着けなくてはならない。
わたしとハゼットは、さっきから箒を振りかざして、落ち葉と戦っていた。それはもちろん、できる限り早く、紹介所に行くためだった。
「君はこの教会の落ち葉が多い理由は、知っているのかい?」
ハゼットは忙しく手を動かしながらも、決して会話を止めなかった。この教会の周りには、背の低い、同じ種類の木だけが生け垣のように生えていた。わたしは、木が葉っぱを落とすのは当たり前だと思っていたから、深く考えていなかった。
「え、別に、なぁんにも考えたことなかったなぁ」
日課としてこなしていたものの、そう言われると、不思議な気がしてきた。少しだけ手を止めて、拾い上げた丸い葉っぱをじーっと見る。もちろんそれだけじゃ、何も分からなかった。
「エレスは北部より暖かくてね。植生も少し異なるらしいんだ。なかでもこの教会にある木は、かつてこの地で生きていた部族の人々が、大変大事にしていたものなんだ。だが困ったことに、こいつは年中、木の葉を落とすんだよ」
その部族とはきっと、アルス様達のことだろう。こんな身近なところにアルス様との繋がりがあるなんて、全然知らなかった。
「へ~。あ!その人達についてなら、夏至祭りの時に歌劇で見たよ!」
「お、それは素晴らしいものを見たね。私も歌劇は大好きなんだ。つい女優ばかり見てしまいそうになるが、その時ばかりは我慢するんだ」
ハゼットのお話は、たまに冗談なのか本気なのか分からない時がある。それでも、わたしが笑うと、ハゼットはとっても嬉しそうな顔をするから、きっと冗談なんだと思っている。
少し気になって、近くに植わっていた"困った木"をよく見ると、上に行くほど鋭いトゲが伸びているのが分かった。
「この"困ったさん"は、教会ができた時からここにあるのかな?」
そのトゲを、つんつん突きながらハゼットに尋ねた。
「そう聞いたことがある。その人達は、この困りものの木のおかげで生き延びられたそうだ。こいつは落ち葉を年中落とす代わりに、冬でも緑の葉をたくさんつけたままなんだ。それが魔獣からの隠れ家になったんだろうなぁ。その上、少ないながらも、冬にも実をつける」
ハゼットは話しながら木に手をやると、その小さな実を2つ摘み取った。ハゼットの手のひらの上でみると、とっても小さく見えた。これではたくさん集めても、とてもお腹いっぱいというわけにはいかなそうだった。
「こんなに小さいと、集めるのも大変そうだねぇ」
「もちろんこれだけでは、とても生きられないだろうな。だが、かつてのこの地では、獲物も限られていただろう。それだからこそ、彼等には貴重な食糧だったんだ。どうだ?食べてみる勇気はあるかい?」
ハゼットは黄色い実と、真っ黒な実を手のひらの上に並べて、わたしを試すかのように言った。勇気と言われて、迷っていられなかった。わたしは黄色の実を摘まむと、目をつむって、すぐに口に放り込んだ。
「あっ!!!」
ハゼットが叫び声をあげたのと、わたしがその実を噛み砕いたのは、ほとんど同時だった。すぐにその叫び声の意味は分かった。口の中を、渋味と酸味が支配する。それはもう、ひどい味だった。ハゼットが食堂に逃げ込んだかと思うと、すぐにコップを手に飛び出してきた。
「口をゆすぐんだ!毒はないが、ひどい味だろう。。。」
わたしのこれは、まさに蛮勇だった。苦痛でしかなかったけど、自分の失敗の味を忘れまいと、吐き出すようなことはしなかった。舌がびっくりして、声も出せない。少しだけ水を口にして、小さく洗うようにして飲み下した。
「まったく。。。君は妙な所で大胆だな。。。まだ黒い実なら、酸っぱいだけで済んだんだよ。甘味も少しだけあるんだ」
それは先に言ってほしかった。ハゼットは黒い実を口に放り込むと、すぐに口をすぼめた。
「にゃ、なんで、それを秘密にしたの?また、わたしをからかって遊ぼうとしたでしょ?!」
「そ、それは誤解だ!まさか食べるとは思わなかったんだ!」
2日目の可哀想なわたしの分も含めて、復讐を決意した。
ハゼットの声は無視して、黄色の実を集めようと思った。しかしすぐに、ハゼットの後ろの方から、ヴァレンがやって来たのに気が付いた。
「ヴァレン!この人を捕まえてて!!」
ヴァレンが素早く動いて、ハゼットを羽交い締めにするのを見てから、わたしは黄色の実だけを集め始めた。
「なんだ。またこの男か。。。何かするなら早くしろ」
「うわ?!やめろ!いつかの変態め!」
二人が後ろで騒いでいる最中、黒と黄色の他にも、ちんまりとした実を見つけた。葉っぱと同じ緑色のそのコは、僕は未熟です、とわたしに語りかけてくる。可哀想だけど、それをひとつだけ摘み取って振り向いた。すると、ハゼットはわたしの手のひらを見て、仰天した。
「緑は駄目だ!そいつは腹を下すんだ!!巡回依頼に行けなくなってしまう!」
ハゼットが叫んだ途端、ヴァレンの顔が鋭いものに変わった。ハゼットの意地悪のせいで、わたしの心の準備は、まだ、できていなかった。
「どういうことだ?まさか、本気で周辺巡回に行くつもりなのか?」
ハゼットを乱暴に横へやると、ヴァレンはこちらに詰め寄ってきた。わたしは、頭を冷静にする時間が少しだけ欲しかった。手を前にして必死に、まだこっちに来ないで、と願った。
「ちょっと待って!」
と、わたしが大声を上げた時、右腕がなんだか痺れるような感じがした。わたしの声か、それとも妙な気配を感じとったのか、ヴァレンは少し離れた所で立ち止まった。
「待った!ルフナ!右手を地面に向けろ!」
しばらくの間、わたしが不思議に思って右手を見ていると、ハゼットが横から大声を上げた。わたしは言うとおりにするも、右手の痺れがだんだん辛くなってきた。
「えっと、もう普通にしていい?右手がじんじんするから」
「駄目だ!魔力の収束は済んでいるかもしれない。今は説明する時間もない!さっきその男に思ったことを、右手を地面に向けたまま、もう一度念じてみるんだ!」
右手が熱く感じて、苦しかった。目を閉じて、ハゼットに言われるままに、もう一度強く念じた。
「まだこっちに来ないで!」
声にも出して願うと、右手の違和感はゆっくりとなくなった。しかし、右手から何か出た気配は、ない。ただ、夏の朝の生ぬるい風が、わたしを嘲笑うかのように吹き抜けただけだった。でも、もう何も起きない感じではあった。とりあえず、ほっとしていると、ヴァレンがハゼットに向き直った。
「。。。何も起きないじゃないか。早とちりしおって」
ヴァレンがそう言っても、ハゼットは気にせずに、わたしの方をじっと見ていた。わたしは右手をぷらぷら振って、さっきの嫌な感覚を払おうとしていた。
「いや、恐らく魔力は収束していた。不発ではなかったはずだよ」
ハゼットに真剣な顔で言われても、わたしには違いがよくわからなかった。
「どうしてそう思うの?まだ、魔法のこと、全然分からないんだけど」
私が今日、ハゼットにもう一度聞くつもりだったことだ。それも、こっそりと。さっきから順番が滅茶苦茶だった。
「今の状況は、スキルを認識したての子供が稀に起こす、事故みたいなものだね。誤発だろう」
子供と言われて、胸にずきんと痛みが走る。それならまだ、不発の方が良かった。
「腕が痺れる感じがしただろう?それが魔力が収束した状態だよ。魔力の大きさにも左右されるが、放っておくと、細かい傷ができて内出血を起こすんだ。腕が。。。それはもう、パンパンに腫れるんだ。魔法もしばらくは使えない」
わたしは思わず、小さな悲鳴をあげてしまった。すぐに右手をもう一度、よく確かめた。やっぱり傷なんて、ひとつも無かった。
「傷なんてないよ。何も出なかったし、不発じゃないの?」
目を閉じていたわたしが言えたものじゃないけれど、少なくとも、何かが飛び出るような感覚はなかった。
「魔力の収束が失敗することを、不発と言うんだよ。君は確かに、魔力の収束を成功させた」
ハゼットはにっこり笑いながら教えてくれたけれど、全然喜べなかった。
「何も出なかったのに!?」
わたしが大きな声で言うと、ヴァレンとハゼットは少しだけ顔を見合わせた。ハゼットは、そのまま何も言おうとしなかった。
「それ程、小さなものだったんだろう。おまえの望んだ魔法が、極めて威力の低いものだったのか、それとも。。。魔力が小さ過ぎたんじゃないのか?」
ヴァレンはそう言って、顔を背けると、肩をぷるぷると震わせている。そう、それはまるで、笑いをこらえるみたいに。
「わたし、ちょっとだけ待って欲しかったんだもん。。。だから、何か、ほんのちょっとだけしか生み出せてないんだよ!」
そんなにちょびっとで、何ができるのだろうか。自分で言っておいて情けなかった。
「それが本当なら、君はもの凄い熟練魔法師といえるね。威力の調整はなかなか難しいんだ。魔力が小さいなら、収束に気付くのが遅れることは、よくある。。。ふふ。頑固な子は、意志が強いから、ふふっ。。。稀に自覚なく、成功させてしまうんだよ!」
そう言って、ハゼットは大笑いした。わたしはもう、言い返す気力もなかった。
「大丈夫だ。収束の気配さえ覚えておけば、すぐに解除はできる。練習すれば、誤発は起こさなくなる」
ヴァレンはやっぱりこっちを見ない。それどころか、手で口を押さえていた。
「魔力の収束条件を、自分で、決めるんだ。。。それだけで、誤発をね、防げる人もいる。大体の人は、利き手を、かざすんだ」
ひとしきり笑った後、ハゼットは息も切れ切れに、ご教授下さった。
「二人とも。。。大っ嫌い!!」
わたしはそう叫ぶしかなかった。
別に、本心じゃなかったけど。




