ルフナ 魅惑 5/16 夕暮れ~
夕方、教会へと帰る足取りは重かった。
今日のシジミとりは昨日と違って、砂を掻いてもなかなか獲物が出てこなかった。人も多くて、時間が経つほどに、見つかるシジミの数は減っていった。おかげで今日は、500リンしかもらえなかった。
「俺の分の稼ぎも使えばいいじゃないか」
少し大市に寄り道して、食材の下見をしていると、ヴァレンがわたしの落胆を気遣うように言った。
「駄目だよ!ヴァレンのは宿代なんだから」
わたしは自分の稼いだ分だけで、お肉を買ってみたかった。それに、ヴァレンにはこれ以上、お金のことで甘えたくなかった。
「宿代は、今日からいらなくなった。知り合いがこの街に家を構えていてな。少しの間、一室借りることにしたんだ」
「。。。それでも、やっぱり駄目」
そういえば今朝は、いつもの掃除の時間になってもヴァレンは来なかった。
「そんな人がいるなら、最初からそこを借りれば良かったのに」
お肉屋さんの前で、ちらちらと値札を拝見する。普段買うような野菜とは違って、お肉はどれも、絶望的なまでに高価だった。こっそりと想い描いていたような、食卓の真ん中にドカンとお肉を配置することは諦めるしかなさそうだった。
7人分ともなると、主役となる料理に、ちょこんとお肉を添えるのが限界というところだろうか。そうするにしたって、他の食材と合わせれば6000リンぐらいは必要なように思った。
「こっちに来た頃は、会わす顔もなかったんだ。それに、恐らく留守だったはずだ」
「へぇ。どういう人なの?」
上手に値切れば、どれぐらい安くなるのだろうと考えながら、わたしは上の空でヴァレンに返事をした。
「。。。あに、ということになる」
「兄?え、お兄さんはいないんじゃなかったっけ?」
ヴァレンは、何故かそのまま黙り込んでしまった。仏頂面を張り付けるヴァレンの顔を見ながら、あに、兄、ともう一度考えて、ようやく私はピンときた。
「義理のお兄さんってこと?お姉さん、結婚してエレスにいたの!?」
光を失っていた自分の瞳が、きらきらと輝くのが分かった。ヴァレンはといえば、じっとりした目でわたしを見返している。
「そうだ。今朝、一年ぶりにシエラ姉さんに会ってきたんだ」
初めからお姉さんの家と言えばいいのに、という言葉が思わず口から出そうになって、すんでの所で止められた。
それにしてもヴァレンのお姉さんが、こんなに近くにいたとは思いも寄らなかった。ヴァレンの大好きであろう、お姉さんがこんなに近くにいるなら、なにがなんでもお会いしてみたい。きっとヴァレンは、露骨に嫌がるだろうから、お家に帰るヴァレンの後をこっそり尾行してみるのも面白いかもしれないと、わたしはほくそ笑みながら考えた。
「へえ~。会ってみたいなぁ。今日は、お義兄さんには会えなかったの?」
「あぁ。残念ながら、いなかった」
ヴァレンと話しながら、お店のおじさんに、明後日必ず買いにきますと目で訴えたものの、嫌な顔をされてしまった。いい加減、お肉屋さんを冷やかすのも悪いので、わたし達は露店から離れることにした。
「義兄さんもそろそろ家に帰っていると思ったんだ。姉さんは、夏至の後すぐに里帰りから戻るからな」
歩き出すと、ヴァレンはどこか言い訳するように、ぼそぼそと呟いた。
「お義兄さんは、普段は家にいないんだ?」
お姉さんはとっても気になるものの、わたしは少しソワソワしながら尋ねた。
「あぁ、街の外にいることの方が多いな」
街の外と聞いて連想するのは、これまでは農園ぐらいだった。しかし今、わたしの頭に浮かぶのは冒険者だけだった。とりわけ、今朝助けてもらった、親切で声も体も大きな冒険者さんを思い出した。
「お義兄さんって、冒険者だったりしない?」
偶然なら、出来過ぎだと思いながら、聞かずにはいられなかった。
「ん?何でそう思うんだ?」
わたしが口ごもってあわあわ言っていると、ヴァレンはこちらをじろじろと見た。
「義兄さんは水軍将校だ。一体なぜ、そんなことを聞くんだ?」
「。。。ただ気になっただけだよ~」
そんな偶然は、あるわけがなかった。
わたしは指輪をなくして大慌てしていたことを、ヴァレンにまだ話せていない。ガルシアがヴァレンのお義兄さんなら、それは素敵な偶然だと思って、つい口を滑らせてしまった。
「やはり何か隠しているな?朝の様子といい、今度は一体何を考えている?」
わたしは少し早足になって、逃げ出そうと試みた。この流れはまずい。この調子で会話が続くと、きっとまた怒られてしまう。
「おまえはもっと、楽しいことだけ考えておけ。悩むと、ろくなことにならん」
けれどもヴァレンは、詮索することなく、不思議と優しい声を投げ掛けてくれた。なんだか、頬っぺたがむずむずする。怒られるどころか、むしろ心配されていたらしい。速まった歩調は、元通りになった。
「。。。うん。だからね、お肉。。。夕食会のご馳走、どうしようかなぁって、そればっかり考えてるの」
少し嘘が混ざったけれど、変な悩みは抱えていないから、痛くも苦しくもなかった。ただ、少しどきどきするだけだ。
「巡回依頼って、わたしじゃ無理だよね?」
聞く所によると、巡回依頼はすごくお給料が良いらしい。今の時期は、魔獣に遭遇することはほとんどないとも聞いていた。
「無茶を言うな。そもそもあの依頼は、三人以上で組んでやるのが条件になっている。しかも全てが、自己責任でな」
ヴァレンはわたしの隣まで追い付くと、最後は少し横目で睨むようにして忠告してきた。
「やっぱりそっか。わたしも何かできればいいんだけどなぁ」
せめてロレア姉さんみたいに、魔獣をやっつけられるような力があれば、わたしも少しは認めてもらえるんだろうか。
そう考えて、でもやっぱり無理だと思った。魔法には不発もあるらしい。わたしが魔法を使えたとしても、大きな魔獣を目の前にして、ぷるぷる震えるばっかりで、そんな勇気を保てるとは微塵も思えなかった。
「明日もシジミとりじゃ駄目なのか?おまえに無茶をさせてまで、肉を食いたいと思う者はいないだろう」
ヴァレンの言うことは、もちろん分かっていた。わたしだって役に立てるんだというのを、ただ皆に見せたいだけだった。
「そうなんだけどねぇ。うーん。。。」
あとはそこに飛び乗る形で加わった、皆とお肉を食べたい、という自分勝手で強力な、ただの願望だ。
見栄とわがまま。こうやって並べると、やっぱり誰もお肉は望んでいない気がしてくる。
「。。。もしかして、おまえが肉を食べたいというだけじゃないのか?」
突然、ヴァレンにズバリと言われて、どきっとした。その願望も、あるかと言われれば、もちろんある。でも今は、皆で食べたいのであって、ただお肉を食べたいという欲望などとは、大きな隔たりがあるはずだった。
「そういう訳じゃないよ!。。。でも、だめかな?」
「駄目とは言わないが。。。いや!危険を代償とするのは、やっぱり駄目だ」
ヴァレンは首を振って、きっぱりと言い直した。
教会に戻る頃には、空は暗くなっていた。ヴァレンを見送って食堂に入ってから、ヴァレンの尾行を考えていたことを思い出した。明日以降の楽しみができたと思うことにした。
調理場を覗くと、晩御飯の支度は既に終わっていた。指輪をなくすという、自分の不手際が招いた結果だけに、少し申し訳なかった。
「姉さんとハゼットは、魔法を使う時ってどんな感じなの?」
今日は、ハゼットも一緒に晩御飯を食べる日だった。
自分を守れるぐらいの何かがあればと思って、口をついた質問だった。というのも、わたしの中では、ヴァレンの忠告の後も巡回依頼への期待は消えていなかったからだ。
「手に力をこめるのと、感覚的にはそこまで変わらないんじゃあないかな。発動のための条件という意味なら、意志の力が必要だ」
「意志の力?」
ハゼットが聞き覚えのない言葉を口にした。それは、わたしの魔法使いへの第一歩となりそうな予感がして、思わず前のめりになる。
「私達のスキルは、ある"結果"を求めるという、強い意志によるものだ。願いや、祈りと言い換えてもいい」
ハゼットは、こちらに向かって手のひらを、ぱっと広げてみせた。雷撃魔法が飛び出すのかと思って、びくっとなった。
「魔法は5種類だと思ってよろしい。あとは複合魔法と特殊な強化魔法の類いもあるが、かなり希少だ。火、水、土、雷、生命。基本的に魔法といえば、何かを生み出す、この五種類の奇跡だけを指す。生命というと、生き物そのものを生み出すように聞こえるかもしれないが、要は、癒しの奇跡だ」
私にも、そのどれかに適性のようなものがあるのだろうか。そういえば、この前の授業中に念じた時には、姉さんを真似て、石の塊が出るように願っていたような気がする。
「それらを生み出して、何をしたいのか。それが発動のカギになってくる。。。何をしたいのか、だ」
ハゼットが話しながら、じっと、わたしを見つめる。
わたしは何をしたいんだっけ。
「何をしたいのかしら?」
すると、何故か姉さんまで、こっちを見つめてくる。気付けばアレンさんも食事の手を止めて、わたしを、じぃっと見ていた。
他愛のないお話のはずが、いつの間にか、尋問を受ける形になっていることに、わたしはようやく気付いた。巡回依頼に行ってみたいなんて言えば、とんでもないことになりそうだった。
「えーと、簡単に言えば。。。お肉が食べたい。。。とか」
取り繕うように言うと、ハゼットが顔をぐいっと近付けてくる。その顔は、至って真面目で、冗談や嘘を見透かすみたいだった。
「何か企んでいるね?恐らく、危険を伴うものだ。君は何かを隠している!」
ハゼットが名探偵のように確信を持って呟くから、背筋がどんどん寒くなった。だんだんと増す三人の圧力に、わたしは、ついに観念した。お肉を諦めて、全てを白状しようとした。その時だった。
「そこに危険があるなら、私が協力しよう!君の力になりたかったんだ」
ハゼットが笑顔で、助け船を出してくれた。
姉さんは、すぐにハゼットの頭を叩いた。




