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ルフナ 失せ物 5/16 6:00~

「昨日はどうだったのさ?シジミはとれたのかい?」

朝食が始まるや否や、サリムが食卓に乗り掛かるように声を上げる。わたしも本当は皆に聞いてほしかったから、渡りに船とばかりに飛び乗った。

「うん!ちゃんと行ってきたよ。シジミだってね、カゴいっぱいに採れたんだから」

胸を張って話していると、昨日のカゴの重さを思い出して肩が少し痛むような気がした。

「そりゃすごい。場所によって、あんまり採れないこともあるって聞いたからね。少し心配してたのさ」

「え、そうなの?昨日はもう、探す必要もないぐらいザクザク出てきたよ」

そう言われると、確かに簡単に採れ過ぎたかもしれない。昨日、わたしが稼いだお金は全部で1500リンだった。紹介所のおじさん(いわ)く、シジミとりなら十分な稼ぎだとか。今日も同じくらい採れるとは思わない方がいいのかもしれないと、少しばかり気持ちを修正した。

「疲れは残っていないようだな。今日も行くのか?」

今朝はこれまで幾度となく、サリードと目が合った。今と違って何も言わずにじーっと、だ。そんなことは今まであまりなかったからドキドキしていたけれど、どうやら体調の心配をしてくれていただけらしい。

「うん!元気いっぱいだよ。昨日は初めてで、ちょっぴり緊張したけど、今日はそれも大丈夫そうだし」

皆に聞こえるように、なるべく大きな声で返事をする。笑顔は作らなくても間に合っている。

今日と明日頑張れば、夕食会に相応しい、素敵な食材を買えるぐらいにはなるはずだった。まずは昨日より早く出られるように、朝御飯とお掃除を急いで済ませよう。



 しかし、朝食を終えて、調子よく教会の前を掃き清めていると、右手首に()()()()()()ことに気付いた。

昨日の朝あれこれと悩んだ末に、ヴァレンからもらった指輪は身につけていた。お手製の飾り紐の両端を指輪に結べば、ちょうど輪っかになる。手首でしっかり結べば落ちないし、なにより可愛いらしい気がした。そんなものを身につけるのは初めてだったから、物凄く違和感があったのだ。

でも今は、右手にその違和感がない。

頭から一気に血の気が引いた。いや。まだ慣れていないから、朝起きてから付けるのを忘れただけに違いない。きっとそうだ。無理矢理に自分を納得させて、目の前のことに意識を戻す。せっかく任された朝の仕事を自ら放り出すわけにはいかない。

雑にならないように必死になって掃除を終わらせると、自分の部屋へと急いで向かった。赤とピンク、白の三色で作った飾り紐は、それなりに目立つはずだった。なのに部屋の中では見つからない。食堂や礼拝堂をいくら探してもどこにもない。あとは昨日通った道や、街の外を探すしかなかった。

姉さんにシジミとりに行くとだけ告げて教会を飛び出した。

一番怪しいのはシジミとりの最中だ。夢中になって作業をしていたし、水の中に手を入れていたから、当然、落としやすい状況だろう。そうとは思いながら、紹介所に行く道をキョロキョロしながら歩いた。


「ここで落とし物があったとは、聞いてないな」

紹介状を申請してから、何か落とし物がなかったか聞いてみたものの、敢えなくこう言われてしまった。

「多分、シジミとりをした時に落としちゃったんです。それで、今日のお仕事の前に、昨日の場所を探してみたいんです。。。駄目でしょうか?」

紹介状を持って南門から出る以上、勝手な行動は咎められるかもしれない。それを承知で、それでも両手を組んだ。

「これを門番の人に見せてみなさい。くれぐれも、こっそり北門から行こうだなんて思うんじゃないよ」

受け取った紹介状には、わたしが落とし物をしたことについて書き足されていた。

「ありがとうございます!」

しっかり頭を下げてから、紹介所から駆け足で出発した。


 南門では昨日の門番さんと、甲冑姿の男性が談笑していた。わたしが駆け寄ると、門番さんは挨拶代わりに小さく手を上げた。

「今日は早いんだな。一人で来たのかい?」

「はい。それと昨日、落とし物をしてしまったので、探しに行きたいんです!どうかお願いします」

わたしは紹介状を押し付けるように手渡すと、そのまま何度も頭を下げる。

「きっと、砂を掻いてる時に落としたんです。早く見つけなきゃ、明後日には、あそこは水に沈んじゃうから。どうか、どうかお願いします」

ここまで走って、考える内に気付いたことだった。もしも、昨日あそこで落としたなら、残されている時間は、もうほんの少ししかなかった。

「探しに行くのは構わないが、あまり長い時間は許可できない。。。今、8時を過ぎた所か。見つからなくても、10時の鐘が聞こえたら、諦めて戻ってきなさい」

門番さんが時計を確認している間に、わたしは切れ切れに返事をして走り出した。今は1秒でも時間が惜しい。

「おーい!そういうことなら、私も手を貸そう!」

背中に浴びせられた大声に、走り出した勢いをそのままに振り返ると、その人は大きく手を振りながら駆け出した。大きな体なのに俊敏で、誰かが手伝ってくれるとも思っていなくて。その人の行動がどちらも意外だった。

「森の巡回依頼のパーティーに誘われたんだが、早く来すぎたんだ。暇潰しに手伝ってやる」

「すみません。お願いします」

何度か滑って転びながらも、道に迷うことはなかった。あの特徴的な木の股の形のおかげで、昨日いた辺りにもすぐに目星がついた。

「あの木の辺りでシジミを採ってたんです。もしかしたら、砂の中に入ってしまってるかもしれません。赤っぽい紐がついた指輪なんです」

ところが大体の場所はわかったものの、焦りでどこから手をつければいいのか分からない。頭が全く働かなかった。とにかく自分が今、立っていた場所の砂を乱暴に掻き始める。

「あんまり踏み荒らさない方がいいぜ。落ち着いて。。。そうだな、この木の周りから徐々に外側へ行け。反対側は、私が見てやる」

「はい!」

そう言うや否や、彼はその大柄な体を這わせて、大振りながら丹念に指輪を探し始めた。わたしもそれを真似て、見落としがないように砂に手を入れる。

私達は無言で、全身びしょ濡れになりながら指輪を探した。何か指に硬いものが当たる度に、はっとしては落胆する。それだけを、ただひたすら繰り返した。


 どれぐらい時間が経ったかは分からない。ふと周りをみると、昨日、シジミを採っていた辺りより遠くにいるような気がした。もう一度、木の近くから探すべきなんだろうか。

とにかく一旦、息を整えようと木に寄りかかる。と、木の股の深い部分に、きらりと光るものが見えた。

「あ、ありました!!」

わたしが半ば叫ぶように言うと、彼は、ばしゃっと大きな水音を立てて、こちらを振り向いた。

「そいつは良かった。なんなら俺が見つけてやりたかったが、見つからないよりは良かったぜ」

そう言いながら、彼は仰向けに水へと倒れ込んだ。大きな波紋がこちらまで届いて、水面に映った青空を揺らす。

「疲れた!」

そして、彼は続けて大声でそう言うと、こちらに大きく手を振った。


 指輪を見つけると、不思議とすぐに思い出した。シジミとりをする前に、落としてしまわないようにと、確かにそこに指輪を置いていた。お弁当や水筒が入った鞄も、一緒に置いたはずだった。

正直に打ち明けるのは恥ずかしかったけれど、名前も知らないままの彼にそのままを伝えて平謝りした。彼は呆れることもなく、気持ち良く大笑いを披露する。

「最初に確かめりゃぁ良かったな!おかげでびしょ濡れだ」

「本当にごめんなさい。。。申し遅れましたが、ルフナと申します。お名前を伺ってもよろしいですか?」

途中から、名前さえ知らないことが気になりつつも、指輪を探すので精一杯だった。

「ガルシアだ。エレスには5日前に来たんだ。今は冒険者を楽しんでる」

ところが、ガルシアはそう言った途端、水の中から跳ね起きた。

「やばい!!巡回依頼を忘れてたぜ!じゃあな」

そう言い残して、ガルシアはもの凄い早さで南門の方へと駆けて行った。

「え?あ!ありがとう!!」

とてもじゃないけれど、疲れきったわたしの足では追い付けるとも思えなかった。きちんとお礼ができていないことが心残りだった。


 途中、10時の鐘の音を聞きながら、ひとまず南門へ戻っても、やはりそこにガルシアの姿はなかった。門番さんにお詫びとお礼を言って、シジミとりへ向かおうとしたけれど、背負いカゴを忘れたことに気が付いた。一度、教会へ戻ろうと走り出した所で、ヴァレンがカゴを2つ持って歩いてくるのが目に入った。

「。。。カゴもないのに、おまえはどうして、そこまでびしょ濡れなんだ?」

ヴァレンは訝しみつつも、わたしの頭に布を被せてくれた。全てを正直に話すには、自分が余りにもお馬鹿過ぎたし、いたたまれない。

「ちょ、ちょっと落とし物を探してたら、こんな風になっちゃったの。。。」

わたしの小さな返事に、ヴァレンは少しだけ口を開いたかと思うと、やっぱりそのまま何も言わずに口を閉じた。わたしは右手を背中に、そっと隠した。

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