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ハゼット 片思い 5/2朝食~

 私がこの地へやってきて5年。ほぼ毎日、男ばかり四人で顔を揃えて朝食をとってきた。その光景は、それ以前の私からすれば、考えられない程に奇妙なものだった。

それが今朝は、礼拝堂に朝の祈りを捧げに来たかと思えば、その時既に、私の本懐は遂げられていた。私がこれまで毎朝、祈りを捧げてきたのは、第一に世の平穏のためだ。ただ、そこには小さなオマケとして、世の女性達と愉快で幸福で極めて正常な友好関係を築きたいという個人的な願いがあったことは否定しない。まぁ要するに、個人的な心の平穏を願ってのことだ。何も疚しいことなどない。しかし今日。彼女に出会ったこの日の祈りは、神への純然たる感謝で満たされていた。

その後の少し深刻かに思えた話も、司祭様の長講釈によって解決の光が見え、彼女の顔に美しい微笑みが取り戻された。

ルフナ、なんと美しい響きなのだろう。この名を与えたもうた神に、キスを贈りたいくらいだ。



 昨日、農園から喜捨きしゃされた、トマトやキュウリを使ったサラダに、春に収穫したジャガイモを茹でて、軽く潰したものにバターを添える。創世教の戒律は肉食を禁じていないが、この教会の朝食で出すことはない。このエレスの地において、肉類は中々の高級品でもあるからだ。

「フレップ、いつもありがとうございます。今日のパンも良い香りですねぇ」

司祭様が、表で青年に声をかけている。

この教会には、毎朝、日の出の30分きっかり後に焼きたてのパンが届く。というのも、司祭様がこの街に来てすぐに、パン屋と何者かの間で揉め事が起きたらしい。その仲裁をした際に、司祭様は大怪我を負ったというのだ。幸いにして、命に関わる様なものではなかったが、完全に回復するまでには時間がかかったと聞く。

今、パンを届けにきたのは、そのパン屋の息子だった。件の父親は既にこの世を去ってしまったが、彼は殊勝にも父親の遺志を継ぎ、今も教会にパンを届けてくれている。

たっぷりのサラダに焼きたてのパン、それに司祭様特製のスープ。いつもの朝食だが、今朝の私の目には、一際輝いて見えた。

「夏は、サラダに彩りが溢れていて良いですねぇ」

司祭様が食卓につくと、私達は姿勢を正した。ルフナも少し遅れて、それにならうように背中を伸ばした。

「日々の糧と、新しい出会いに感謝を」

私達は、皆で短い祈りを捧げて、幸せな朝食を口にし始めた。


「そういえば、日中はどうするんだい?」

食事中、サリムがあれこれと下らないことをルフナに尋ねていたが、私も意を決して、彼女に問いを投げかけた。そうですねぇ、と可愛らしく小首を傾げた後に、彼女はこちらに顔を向ける。

「正直ですね、この世界で、まず何を始めればいいか分からなくなってまして。。。」

ルフナが何かもう少し言いたそうにしているように思って、私は彼女の言葉の続きを待っていた。ところがそこで、悩むほどのことかい、とサリムが私達の話に横入りしてくるので、私は鼻の穴をぷっくりと広げて、ひっそりと抗議の意を示した。

「前の世界ではどんなことをしてたのさ?同じ仕事は嫌なのかい?」

「前の世界でのお仕事?」

何故かそこに思い至らなかったようで、ルフナはフォークを握りしめたまま、恥ずかしそうに俯いた。

「そっか、別にこっちの世界に来たからって特別な何かをする必要なんて、ないよね。盲点でした」

どうやら司祭様も気になるようで、手にしていた湯飲みを置いて、少し前のめりになっていた。無論、私も同じようなものだ。

「そういえば以前の生業なりわいについて、尋ねていませんでしたね」

「ええっと、向こうの世界では、農民だったはずです。色んな野菜やお米、小麦も少し作っていたと思います」

「随分、色々と作っていたんだなぁ!」

こちらの世界ではあり得ないことだった。信じ難い話だが、異世界とはそういうものなのかもしれない。そこで私は初めて、彼女が異世界の住人であったことを実感した。その可憐な姿を眺めていると、天上の住人なのではないかと疑わずにはいられなかった。とはいえ未だ、それは否定できない。

「実は私達三人は、昼間は農園にいるんだ。その、君さえ良ければ、ぃ一緒に行ってみないかい?」

女性に初めてデートのお誘いをした時のような、びくびくした物言いになってしまったことが、我ながら不思議だった。よくよく考えれば、これほど胸を焦がすような恋心を抱いたのは久々かもしれない。

「彼はこう見えて聖騎士、戦闘職だ。安心するといい」

サリードがそこで、私の意見を支援するように声を上げた。思わぬ援護に、彼を抱き締めたくなるような衝動に駆られた。しかし、私は内気なので、決してそういった情熱的な表現はしない。

サリードはそれだけ言い残すと、食べ終わった食器を片付け出した。ルフナは、少しばかり不思議そうな表情を浮かべてサリードを見ていた。

「そうだね。初めて行く所だし、知ってる人が一緒の職場なら心強いかな」

ルフナも乗り気になってくれたようで、私は心の中でだけ、最大限の歓喜の声を上げながら席を立った。

「よし、そうと決まれば準備しなきゃな!」

私が意気揚々と声を上げると、ルフナは、慌ててパンとスープを平らげた。私は既に洗い場にいたサリードに小声で感謝を伝えたが、彼は何のことだかピンときていない様子だった。



 司祭様に出掛けの挨拶をして、私達四人は、揃って教会を出発した。教会前の通りを北へ進んで、程なく右に曲がる。そうすると途端に、朝の市場の喧騒が塊となって、目と、耳を満たした。まだ早朝と言っていい時間のはずだが、そこは活気に満ち溢れていた。それは昨日までと同じで、単なる日常の風景に過ぎない。

しかし今は、その市場に群がる人々が、いちいちこちらに視線を向けてくるものだから、私は気が気でなかった。彼等の視線の先にいるのはルフナであり、無礼な男共に至っては、振り返ってその赤髪が揺れるのを物珍しそうに眺めていくのだ。その視線を断ち切るために、私は多方向に睨みを利かせた。


 農園は北にある大門の外側にある。通常、エレスの住民が農作業や周辺警戒などで、一時的に門の外へと出る際には、大門ではなく、隣にある小さめの通用門を通る。通用門を使う者は大抵、毎日同じ顔触れであり、必然的に門番と顔見知りになる。よって、通用門における審査の類いは簡易的なものだが、ルフナは緊張しているようだった。

「私って身分証みたいな物もないし、そもそもこの街の住民ですらないんだけど、ほんとに大丈夫なの?」

「安心してくれ。門番のベンさんは話がわかるやつだ。我々が身分を保証する。それに万一、問題があっても今日だけだ」

私は振り返って笑顔で答えた。なんとしてもルフナを農園へと案内しなければならない。その使命が、私達にはあるはずだった。

「教会の信頼は、そりゃもう厚いからね。心配ないさ」

サリムも後ろから、のんびりと声をかけた。

私達と同じく通用門へと行く者達は、門番と会話をひとつふたつ交わすと、流れるように去って行く。そうして私達の番がくると、門番のベンさんは、ぱちぱちと目をしばたたかせた。

「どうしたんだい?今日は見ない顔がいるね。サリムの娘っこは、まだこんなにデカくなっちゃいないはずだが」

「うちのはまだ6歳さ。美人なのは負けちゃいないけどね」

後ろからひょっこり現れたサリムが、軽口を叩きつつ懐から封書を取り出した。

「まずこれね。アレン司祭からだよ。彼女の身元保証と、ながーい説明もあると思うから、適当に見てやって~。なんなら僕達も一筆書こうかい?」

途中、何度かルフナの方を見ながら、一通り手紙に目を通すと、ベンさんは頭をかきながら不躾な視線をルフナに送った。あまりにじろじろと見るものだから、私は苛立ちを込めて何度も咳払いをした。

「長いことここで門番をしてるが、初めてのことだなこりゃぁ。まぁアレンさんが言うなら間違いないんだろ?通っていいさ。。。」

手紙を丁寧に折り畳むと、ベンさんはそれをサリムではなく、ルフナに手渡した。

「門番のベンだ!大体俺がここで突っ立ってるから、帰りも心配しなくていい。あんたの顔は、覚えやすそうだしな」

握手を求められたルフナが、それに笑顔で応じる。私は声にならない声を上げた。それは私が、彼女と出会ったあの瞬間に済ませておきたかったことだった。

「ルフナです。ありがとうございます。もしかして、ここを通る人、皆の顔を覚えていらっしゃるの?」

「あぁそうさ。そいつが仕事だからな。農園に行く連中のことなら、家族の顔まで知ってるぜ。あとのヤツらもまぁ、代わり映えしないもんだよ」

ベンさんは愛想よく答えた後、早くも次の審査に移った。私は、はるかに年上であろうベンさんを、つい一睨みしてから立ち去った。



 通用門を通り抜けると、頑丈な柵で囲われた農園がすぐに見えた。ルフナはといえば、きょろきょろと辺りを見渡している。

「農園ではあまり私から離れないでくれ。野菜職人がいないところは、今の君には危険かもしれない」

「。。。少し気になってたんですけど、わたしの知ってる農園と少し違うような気がしてて。。。何がそんなに危険なんですか?」

農園に来たというのに、ルフナがひどく間の抜けたことを言うので、私達、男三人は顔を見合わせた。少なくとも私は、ルフナの質問の意図がよく分からない。

「野菜職人じゃなきゃ、あいつら攻撃してくるじゃん?気をつけてれば大丈夫だろうけど」

サリムが当然のことを言うと、何故だか途端に、ルフナは顔を青ざめさせた。

「わ、わたしの知ってる植物は、攻撃なんてしてきません!」

「え、そうなの?すげー楽でいいね、それ」

サリムはそれでも、別段、気にしていないようだった。しかし私は、ここにきてようやく自らの使命を悟った。私は、ルフナを守るために、この世に生を受けたのだと。

「油断していれば、怪我は避けられないだろう。だが、農園で育てられているのは、比較的動きの鈍い植物だ。まずは観察してみてはどうだ?大丈夫だとは思うが、軽い怪我なら、すぐに俺達が治してやれる」

寡黙なはずのサリードが、今日はやけに饒舌だった。彼女にかける言葉を奪われてしまった私は、温かな視線を送ることに努めた。その視線の先で、ルフナはまだ何か言いたそうにしていたが、既に我々は、農園にたどり着いてしまっている。迷いを断ち切るように頷く彼女を目の前にして、私もまた、静かに決意し、ルフナの横顔を見つめ続けた。


 都市内部と同様に、農園もまた、街道で東西に大きく別れている。日中、東にはサリムが、西にはサリードが別れて配置されるのが常であった。彼等は農園での作業もこなすが、都市の内外で怪我人が出た場合に備えて、門に近い区画にいることになっている。

私のこの時期の仕事は、第一に農園周辺の見回りである。そこに魔獣の痕跡などの異常があれば、農園長に報告するのが決まりだ。小型であれば、討伐だってやってみせたこともある。それ以外にも力仕事はもちろん、兄弟のうちの1人が農園に来れない時などは、東西どちらかの農園に収まることも、度々あった。

今日は農園長に事情を話し、ルフナにもできそうな作業を探して回ることを許された。そこでまず、私達二人は一番手前にあったトマトの区画に立ち寄った。

「ここから見るだけでも、わたしの知ってる植物との違いがはっきり分かります」

ルフナに怯えた様子は見られないので、私は少し緊張を解いた。そもそも、この距離で何かが起こるはずはないのだ。私の方にも幾分、余裕があった。

「ほう。一体、どんな違いがあるんだい?」

「まず、植物自体の大きさですね。どれもすごく大きい?というか太いです。昨日見たトマトなんて、()は普通に思えたんですけど。あ、色は別で」

君の見ているそれは、トマトでもまだ小さな部類のものだとは、私はどうにも口にできなかった。異世界人の繊細な心を、私は決して傷付けたくはないのだ。そんな些細な違いはどうでも良いと、自分に言い聞かせた。

とにかく彼女はそう言うと、じりじりとミニトマトに近づいていく。そして興味深そうに眺めながら、その違いをしっかりと語り聞かせてくれた。

彼女が言うには、背丈はそれほど変わらないが、ルフナのいた世界のものに比べて、横への広がりがとても大きいそうだった。茎の太さはもちろん、葉も大きいらしい。目の前のミニトマトを例に上げるとすれば、こちらのものは一株で直径にして5メートル程、畑を占有している。

とはいえ、我々にとってはこれが普通なのだから、こちらとしてはむしろ、異世界の野菜の小ささに驚いたぐらいだった。ルフナのいた世界のトマトを、私は見たこともないのだが、何やら繊細で弱々しく感じられた。

「今は野菜職人がいるからね。触れたりしなければ問題ないだろう。葉っぱで見辛いと思うがね、その葉で隠れた内側に、トマトの実と触腕があるはずだよ」

「触腕?触手とは違うの?」

耳慣れない言葉だったらしく、ルフナはこちらに目を向けて尋ねてきた。ところが、実は私も、それほど植物に詳しいわけではなかった。それでもだ、知っている知識を総動員して、私はなんとか彼女に教えてあげたいと頭を捻った。

「まぁ似たようなものだよ。確か、触腕には花がついてるはずだ。触腕は未熟な実や花を守るために動くんだ。つぼみや花だけの触腕ほど攻撃的だから、注意しなさい」

農園にある作物は、野生のものと違って触手が退化している。触手は外敵を排除するために、極めて鋭敏に動くはずだった。しかし、本来生殖のために備わっている触腕は、触手に比べて動きは鈍いと聞く。だから、実のついてるものに至っては、逃げる様な動きはしても攻撃してくることはないのだ。

野菜職人はスキルによって、その触腕の動きを抑制できるものの、スキルを持たないものが触腕に触れたりすると、反射的に激しく動いてしまう。だからこそ私は、それらからルフナを守る義務があるのだ。

「刺激に対する反射なのかな。それともショクチュウ植物みたいなものと思えば、確かに不思議じゃないかも」

ルフナが何やら難しい言葉を口にしたが、私は気にしなかった。理解できなかったわけではない。

「それでも、常に野菜職人がいる区画ばかりじゃないからね。いないものとして、警戒しておくことが肝心だ」

私はそれでも、一応彼女に見せておこうと思い、花のついた触腕をわざと小突いた。瞬間、痛みより先に、むちを打つような鋭い音が響いた。私の腕に、みるみるミミズ腫れが広がる。が、それを見て、ルフナが突然、大きな悲鳴をあげた。

「大変!なんてことするの!とにかく早く冷やさなきゃ」

彼女は私の手をとり、井戸へと急かした。私は痛みではなく、その手の温もりに仰天した。これは私がしたかった握手ではないが、そんな些細な違いはどうでも良いかもしれない。

「そ、そんなに驚く程のことでもない!大した怪我じゃないし、なんなら自分で治癒だってできるんだ」

「危険を知らせるためだからって止めて下さい!頑丈なのかもしれませんが、痛いのは同じでしょう?」

私はルフナが手を握ってきたという事実で、正直なところ、痛みなどほとんど感じていなかった。ただ私は、顔の火照りと、腕に感じる井戸水の冷たさが、心をかき乱すのを感じていた。



 夕方、私達は教会までルフナを送り届けた。そこから帰る道すがら、サリムが肩をすくめて、冷たい視線を寄越してきた。いつも軽快なサリムが、ここまではっきりとした非難の目を向けてくるのは珍しいことだった。

「あんまり女の子をからかうのは感心しないよ。彼女、本気で心配してたじゃないか」

あの恥ずべき姿をサリムにまで見られていたのかと、思わず私は狼狽してしまった。北部生まれの男として、あれは中々に無様であった。

「そうなんだ。自分でも反省している」

あまりにも素直な私の返事に、サリムはむしろ、困惑したようだった。

「まったく、君がそんな調子だと気味が悪いね。いっそいつもの調子の方が、ルフナだって面白いんじゃないかい?」

それができれば苦労はしなかった。

自分の右腕に巻かれた布切れが胸を締め付けて、私は、ただ曖昧に首をふることしかできなかった。

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