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ルフナ 明日へ 5/14 日暮れ~

 今日は1日中、自分の部屋にいた。誰にも合わせる顔がなかった。



 昨日の夕方に、どうにかこうにか、アレンさん達に手紙を書いた。明日の朝までそっとしておいてほしい旨と、お詫びを書いただけの素っ気ないものでも、昨日はそれがやっとだった。部屋の外で待っていたヴァレンに手紙を預けると、すぐに行ってもらった。"記録"だけを少し書いて、そして気付いたら朝になっていた。

その間の記憶が無いのは、きっと眠っていたからだ。何故か、夢すら見なかった。


 起きたらまずは、ひたすら日記を読んだ。覚えてることと、忘れていること、薄れているもの。きちんと読んで確認した。

やっぱりここ数日の間で、その記憶が抜け落ちたと確認できる箇所は無かった。

少し、安心した。

それでもまだ考えることはあった。それからは、日暮れまで考えて、苦しんでを、ただ繰り返した。


 わたしの体は、カレンさんのものとは違うものだと、そう思いたかった。でも、わたしの夢の中の女性はカレンさんだと認めるしかなかった。

この矛盾は一生、今度死ぬまで、わたしにつきまとう影になるのかもしれなかった。

ヴァレンに、なんと伝えればいいだろうか。


 アレンさんには、これからどう接すればいいのかわからない。本当は会わせる顔もないのだけれど、しばらくの間だけでも、今まで通りにできるだろうか。

アレンさんはどうするだろう。アレンさんは、今まで通りにするのだろうか。

皆も、何事もなかったようにしてくれたら。もしかしたら。


 いや、そんな不自然な真似は、やっぱり出来ない。

そんなもの、誰も幸せじゃない。



 気づくと、部屋は茜色になっていた。

わたしのお腹は、どうしようもなく正直だった。今日は、何も口にしていない。食堂に行くか迷っていると、部屋に近づいてくる足音が耳に入る。

頭は少し冷えていても、心はまだまだズタズタだった。ベッドに逃げ込んで、布団で隠れるようにすると、ドアの前で足音が止んだ。

なんとなく、ヴァレンのような気がした。

どうかそのドアだけは開けないでと、布団の中で丸くなる。ノックの後、すぐに足音がして、それは遠ざかった。

ドアが開かれることは、なかった。それでも、しばらく布団の中で、じっと震えていた。


 少ししてから、外の様子が気になって布団から抜け出すと、少しだけドアを開く。たっぷり水の入った水さしが、まず見えた。次に見えたのは、何かよく分からない、ねずみ色の葉っぱみたいな何かで包まれたもの。

最後に見えたのは、湯気のたつ紅茶だった。

小さな棚の上に、水さしと、紅茶を置いたらいっぱいになってしまった。まずは、コップにたっぷりお水をいれる。

お水を一口だけ飲んで、やっぱりそのまま全部飲み干した。ベッドの縁に腰掛けて、包みを膝の上に置く。膝がほんのりと、温かくなる。

小さな子供の枕のような包みを開くと、入っていたのはお餅だった。

それは、露店で見たものと違って、こんがりと焼かれていた。

やけにたっぷりと、8つも入っている。

ひとつを口に運ぶと、なんだか無性に懐かしい、しょっぱい味がした。しっかり噛んで、ゆっくりと飲み込んだ。

2つ目もすぐに頬張る。こっちはすごく甘くて、びっくりした。

紅茶を一口飲んだ。お餅と紅茶の組合わせは、正直なところ、あまり良くなかった。

それでもその紅茶は、優しい味がした。お餅をたっぷり食べて、紅茶も全部頂いた。

食べてる間、涙が出そうになったけど、絶対泣いてなんかなかった。


 1日中、念のため、"記録"を書きながら考え事をしたせいで、腕も頭も、体全部がくたくただった。

ベッドに寝転ぶと、コピチ達が見えた。丸1日、お世話をしてなかったことを思い出して、慌てて飛び起きた。

棚に残ったカップや水差しと、窓辺の水槽を入れ替える。

コピチを窓辺に置くのは、良くないと知ったから。それは昨日行った本屋さんで、ヴァレンが調べてくれてたことだ。エサをひとつまみ落とすと、ふたりは勢いよくつつき出した。

「お待たせしちゃって、ごめんね」

大事に育てると決めたことを、ちゃんと思い出せた。ふわふわと優しく踊るコピチを、そのまましばらく眺めていようと思った。


 そうしてコピ君とピチちゃんを見ていたら、自分がどれだけ馬鹿なことをしていたか、やっと気付いた。

わたしは初めから、素直に記憶のことを打ち明ければ良かったのだ。あの人達が、それを受け入れてくれないはすがなかった。一人で勝手に悩んで、一人で勝手に決めて、一人で勝手に苦しんで、自分勝手に泣き叫んで、滅茶苦茶にしただけだった。

カレンさんの記憶も、そうなのかもしれない。わたしの不安定な記憶の悩みなんかより、これはずっと大事なことだ。


 わたしはルフナだ。

それは、ヴァレンが、そしてなにより自分自身が保証できる。

そして、このカレンさんの記憶は、きっとアレンさんに捧げるべきものなのだ。

この体がどのようなものでも、わたしが苦しむものではないのかもしれない。わたしが苦しむのは、むしろ、おこがましいのではないだろうか。

それを知った、アレンさんが苦しむかもしれないのであって、それは、わたしが勝手に想像したり、決めつけたりして良いものではないはずだった。


 この考えは、正しいだろうか。

今度は間違っていないだろうか。

もう少し、今度こそは、きちんと考えよう。


 きちんと考えたら、本当は怖いけど、日記には一切残さずに寝てやろう。

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