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アレン 悩みの種 5/3 4:30~

 私が朝の祈りを済ませて礼拝堂の掃除を始めると、感心するほどに早起きなルフナがやって来た。

「おはようございます。今日も早いですね」

私が挨拶をすると、彼女はどこか戸惑うような表情を見せた。

「おはようございます!。。。アレンさん?」

ルフナが何故か、こちらに尋ねるかのような声で言うのが不思議だった。彼女は昨日、たくさんの人に会ったようなので、少し混乱してしまったのだろうと、少々強引に捉えることにした。

「えぇ。合ってますよ。他の3人の名前は問題ないですか?」

私が尋ねると、彼女は口元に手をやって少し考えるようにしてから、子供のような満面の笑みを見せた。

「ハゼットさんとサリムとサリードですね!ちゃんと知ってます。昨日は、たくさんの人に会ったから、混乱しちゃいました」

私は彼女の言葉の違和感は気になりつつも、それを指摘する気にはならなかった。

「えぇ、覚えているならいいのです。兄弟の名前は似てますからね」

私がそう言うと、彼女は微笑みながらも祭壇の前で目を瞑り、祈り始めた。

私はその顔を、まじまじと眺める。彼女の様子は気にかかった。しかし私はそれ以上に、ルフナの顔が気になって仕様がなかった。

何故そこまで気になるのかと言えば、彼女の肉体がカレンと関わりのあるものではないかと疑っているからだ。



 王族には、密かに口伝されている建国記がある。正伝となるものは、国王にのみ口伝されるものの、その一部分は、かつての私も聞かされていた。

そして、私が聞いた伝承の中には、転生者の肉体は、この世界でかつて生きていた者の姿形を模してある可能性が高い、というものがあった。

それが事実であり、もしもルフナの肉体がカレンに模したものであるならば、カレンはもう、この世界にいないという証明になるだろう。私はそれを確かめたかった。私の中の患うような気持ちをきっちりと整理するためには、カレンの生死をはっきりさせることは、極めて重要であると言えた。

それがはっきりした時、自分がどういった行動に出てしまうのか。それは今の私にはわからない。今、考えても仕方のないことだ。

しかし、私はカレンの顔を、もうはっきりとは覚えていなかった。カレンに対する外見的な印象は、第一に右目の上にあった傷痕である。私にとって、カレンのあの傷痕は、愛する彼女の明るい性格を象徴するものであった。あとは赤い髪と、素敵な微笑みだけが、私の脳裏に焼き付いていた。

それでも私は、ルフナを初めて見た瞬間、カレンを頭に思い描いたのだ。すぐに思い直したが、その印象は今でも心につかえている。

そうして、カレンの肉体を模したものではないかと疑いながらも、私はルフナに対して、カレンの代わりを求めるようなことは、絶対にしないと断言できた。

私はルフナと接する中で、仮にルフナの肉体がそうであったとしても、ルフナには彼女自身の個性や意志があるのだと、はっきり分かっていた。


 私はカレンをこそ、愛しているのだ。


 かつて、初代国王様と、この国の創世教は、転生者を弄ぶことを固く禁じた。転生者の自由意志は、なにより尊重されなければならない。それは今日も同じである。そして、王族の口伝の中には、転生者が何故この世界に召喚されるのか、その仮説のようなものがあった。

私はそれが気になっていた。

もしもルフナの肉体がカレン由来のものであるなら、彼女には1つ、"使命"があると、そう言っても良かった。



 私がルフナを見ながら考えていると、やがて彼女は、目を開いた。すぐに、私は目を逸らす。

「お祈りって不思議ですね。なんだかずっと、こうやってきたような気がして落ち着きます」

ルフナは静かに語りながら、優しく微笑んだ。私はその顔に、少しだけ動揺を覚えた。

「ええ、私も同じ心地になりますよ。朝夕と、必ずすることに決めていますが、おかげで苦痛に思ったことはありません」

私達が話していると、弟子達が三人揃って礼拝堂に現れた。ルフナがそれに気付き、ぱっと顔を輝かせる。

「おはよう!ハゼットさん、サリム、サリード!」

「お!縮めてきたねぇ。嬉しいよ。やっぱり、"さん"付けだと、距離があるみたいで嫌だよね」

サリムがにやにやと嬉しそうに答えると、ルフナはあわあわと、声にならない声を上げてから、再び人懐っこい笑顔になった。

「えへ。そうだよね。よろしくね!」

「私だけ、なぜ。。。私も呼び捨ててくれないか!」

ハゼットが悲痛な表情でルフナの前で跪くと、ルフナは驚いたのか、飛び上がって一歩、後退りをする。

「あまりそうしていると、またルフナがびっくりするので、止めてあげて下さいね」

私は昨日に続き、ハゼットに釘を刺した。

その後、三人は揃って朝の祈りを始めた。私が椅子に座ってそれを今日も眺めていると、ルフナは私の隣に腰掛けて、服の内側から紙束をとりだした。それはルフナと2日前に街を歩いた時に、唯一彼女が欲しがったものだった。ルフナは難しい顔をしながら、確認するようにその内容を小さく呟いては、そこに何事か書き加えたり、記述に棒を引いたりしている。

私が行儀悪くも盗み見た、その紙の一番上には、日付と天気が記されていた。

「それは、もしかして日記ですか?」

私が尋ねると、ルフナは嬉しそうな顔をこちらに向けた。

「そうなんです。ここに、きちっと書いておけば、忘れちゃっても大丈夫だから!昨日から?そうしています」

「。。。そうですか」

彼女の答えに、私はただ曖昧に微笑むことしかできなかった。彼女が再び、熱心に日記を読んでいるのを見ながら、私はここで初めて、ルフナの記憶に深刻な気掛かりを覚えた。

ルフナの転生前の記憶が曖昧なことは、初日に彼女と話す中で、彼女自身が告白した事実であり、私達四人もそれは承知している。

しかし、私の抱いたいくつかの違和感から察するに、ルフナは現在の記憶もまた、不安定らしいのだ。今のところ、彼女自身にその自覚もあるようなので、私が勝手に騒ぎ立てるのは憚られた。

困ったことに、私の聞かされていた口伝の中では、転生者の記憶の有り様については、詳しく触れられていなかった。

転生者の"使命"と記憶。

この2つには密接な関係があるはずなのだ。

この記憶の不具合が、いずれ治るものなのかは注視していかなければならない。だが、彼女が元気になりかけた今は、そっとしておくべきだと思った。

忘れてしまった記憶について、彼女が今後、私達に相談してくるようなことがあるとして、私はその時、それにきっちりと答えられるように備えておくのが最善だろう、と判断した。


 ルフナの使命と記憶、この2つが、私の当分の悩みの種となるだろう。



 朝食を終えて、農園へついて行くという彼女に、今日はサリードについて行くように声をかけた。昨日、一緒にいたというハゼットと、再び行動を共にすれば、ルフナの記憶について気付いてしまう可能性があったからだ。

ハゼットは残念がったが、サリードは同意した。そうしてルフナ達は、元気に仕事へと出掛けた。


 日暮れ時、教会へと帰ってきたルフナとサリードを迎えると、彼女には火起こしなどの夕飯の下準備を任せた。

私は帰ろうとするサリードを呼び止めて、ルフナが今日1日、どうしていたかを尋ねた。しかし、私があまりに詳しく聞くものだから、話の終わりには、私は過保護だとサリードに叱られてしまった。今後は少し、気をつけなければならない。

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