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ルフナ 記憶 5/13 授業中

 息は整い、頭もさっきまでよりは冷静なはずなのに、思考はどこまでも乱雑になっていく。打ち明ける前に、時間も必要だった。ヴァレンに頼んで、子供達の授業が終わるようならすぐに、姉さんに声をかけてもらえるようにお願いした。


 ヴァレンを待つ間、時計の音だけがわたしを責めるようだった。

あれだけ愛しかった時計の音が、今日は頭の中で鳴っているように大きく、耳鳴りのように響いた。苦しくって、目を閉じて耳もふさいだ。

ヴァレンの、さっきの顔を思い出せる。

ヴァレンの、さっきの声を思い出せる。



「ロレアに言ってきた。安心するといい」

ヴァレンが戻ってくる頃には、涙はしっかり止まっていた。考えも、少しだけ整理できた。それでも、躊躇してしまえば話せなくなる気がした。

「転生してきてからのね、わたしの記憶が変なの」

ヴァレンが隣の椅子に座ると、小さい方の恐怖を、すぐに話し始めた。胸の下辺りに穴が開いているような感じがして、そこに心臓も心も、吸い込まれてしまうような感覚に襲われた。

「少し前の記憶も変なの」

わたしが妙なことを口にしても、ヴァレンは、その言葉を疑うような顔はしなかった。

「前世の記憶が曖昧なことは知ってる。しかし、それだけじゃなかったんだな」

ヴァレンはただ、理解してくれた。

「うん、ちゃんと話すね。分かりにくいのは、わたしにはどうしようもないんだ。記憶がないから、多分、になるの」

それでも、こうやって前置きをしないと、ヴァレンがこれから理解してくれるのか分からなかった。

「わたしの、今のルフナの記憶なんだけど、最初の3日間ぐらいはほとんど残ってないんだ」

ヴァレンを見るのが怖くて目を閉じた。

「朝起きると、そうなるみたいなんだぁ。平和だった前世の記憶と同じ、細切れになっちゃって、完全に忘れちゃったことも多分、たくさんあるの。生まれ変わってすぐは、皆そういうものなんだって。。。普通のことだと思ってたの、多分」

そうやって話しながら、始まりの日を思い出そうとして、やはり今、鮮明に出てくるのは、櫓の上からの眺めだけだった。他は、細切れにしか思い出せなかった。

「わたしの日記はね、2日目から、殴り書きの"日記"と、忘れないための"記録"のページに分かれてるんだ」

わたしは内ポケットにしまってある日記を取り出した。

「いっぱい忘れちゃってることに気付いたのも、2日目に忘れちゃ駄目なことの、"記録"を書いてたから。内容は絶対に、見てほしくないんだけど、色々書いてあるの」

わたしは日記を小さく開いて、めくり見ながら話す。ヴァレンの方を見るのが恐ろしい。

「2日目に起きた時は、細切れの記憶を辿るみたいに、部屋の中の日記を見つけられたの。昨日あったことを、ただの日記から少しだけ知ってから、部屋を出たの。そのことだって2日目の"記録"に書いてた。そういうものだって、思ってたから、その時はまだ全然怖くなかったんだ、多分」

わたしは、2日目の"記録"を見て、手をぎゅっと握り締めた。

「2日目から、もちろん1ページじゃ収まらなくなった。3日目も、多分同じ。この日から、1日にあった大事なことを、出来るだけ細かく書いておくようになったはずなんだ。それで、4日目にちょっと覚えてることが増えてるのに気付いたの、多分。このぐらいから、やっと、自分だけが変なんだって、ちゃんと気付いたはずなの。すごく、怖くなった。。。」

5日目の嫌な記憶は、日記を見ずとも()()()()()

「5日目のすっごく気持ち悪い虫は、しっかり覚えちゃってるなぁ。"記録"にはわざと、ぼかして書いたのに。それぐらいから、記憶も細切れじゃなくなったの。ちゃんと前後が繋がってる感じがしたんだ、多分。まぁそんな感じで、ちょっとずつ覚えられることが増えて、8日目か、9日目じゃないかな、ほとんど忘れなくなったのは。正確には、絶対分からないからね」

ヴァレンは辛抱強く聞いてくれていた。わたしは速くなりそうな息を整えるために、日記を少し眺めた。

「これが、わたしの1つ目の怖いこと。今は、昨日の出来事は全部覚えてるって、そう信じているだけ。そう言い切れないのがまた、怖いんだよねぇ。。。ヴァレンと姉さんに会ってからは、多分だけど全部覚えてるのかな?分からないよねぇ」

もしもわたしが、何度も同じことを言ったり、聞いたりしていたらと思うだけで背筋が冷えた。

「少なくとも、俺がそういった食い違いを感じたことは、ない」

ヴァレンの言葉に少しだけ、笑い返せた、はずだ。

わたしは大きく息を吸って、胸を膨らませる。きゅっと締まってしまいそうな喉の奥が、少しだけでも広がればいいと思った。

「うん、ありがとう。さっきのステータスの話もね、二回もしちゃったら変でしょ?だからわたしからは、怖くて言い出せなかったの。姉さんとはよく喋ってたから、もしかしたらって。初めて会った、8日目かな?その頃が一番、忘れちゃった記憶のことでビクビクしてたから、姉さんが勘違いして、アレンさん達に怒っちゃって。でもわたしが言い返すことなんて、不可能だったから!それまでの本当が、全然分からないから!」

言い始めれば、きりがなかった。恐怖で、また荒くなりそうな呼吸を必死で鎮める。

「こういう怖さまでが、1つ目だね。だから自分で決めたことを、日記からじゃなく、ちゃんと記憶から思い出せた時は嬉しかったんだ。今朝起きて、今日は大市に行くんだって思い出せたのも、やっぱり嬉しかったの」

「そうか」

ヴァレンは、少し苦しそうに笑った。

わたしは2つ目の秘密を話すかどうか、まだ迷っていた。

子供達が授業を終えて、大騒ぎしながら駆けてきてくれないかと願っていた。

「まだ、あるんだろう?大丈夫だ。俺だけが聞いてやる」

ヴァレンは、またさっきの優しい顔をする。こんな訳の分からない話を聞いて、どうしてまだ、そんな顔を見せてくれるのか不思議だった。

「うん。こっちはね。前の記憶、なのかな。。。」

こちらの秘密は、頭が考えるのを拒否するほど、恐ろしかった。知らず、震えていた手を、ヴァレンが再び握った。わたしも、ぎゅうっと握り返す。

「わたしね、向こうの世界から転生したはずなのに、そうじゃないかもしれないの」

初めてその"夢"を見たのはいつだろうか。わたしにはやっぱり分からない。分からないことだらけだった。

「赤い髪の。。。女の人の夢を見るの。毎日見てるのかは分からないけど。ずっと、自分が忘れちゃった記憶か何かだと思ってた」

思い出すのは怖い。

「最近見たものは、多分、忘れてない。うっすら気付いたのは10日目。確信みたいなものは、昨日」

思い出せないのは、やっぱり怖い。

「昨日は初めて、殴り書きの方の"日記"を読み返したの。殴り書きの方には夢のことも、書いてあったりしたんだよ。。。"記録"をね、書いた後に読み返してたら、やっぱり、そうだよなぁって」

怖くてすぐに考えないようにしたけれど、それはもう忘れられない記憶になってしまった。

「でね。。。その女の人っていうのが、もしかしたら。。。カ。。。」

それ以上は言えなかった。確信していても、信じられなかったからだ。わたしはヴァレンを見つめるだけだった。

「カレンさんなのか?」

返事は、しなかった。頷かなかった。ただ、うつむいただけだ。

答えの代わりに、涙を流した。

わたしの殴り書きの"日記"の三日目には、恋をしたことを日記に書く、女の人の夢を見たことが書いてあった。好きな人に傷痕を見られたくないと、泣きながら記す女性の夢だ。

「殴り書きの"日記"にね、か、顔に、傷痕がある、女の子の夢が、たくさん書いてあるの」

"日記"の4日目には、夏至祭りで好きな人の手を握る、とても幸せな女性の夢を見たことが。

「始めの頃の、殴り書きの"日記"は、書いた内容も、忘れてたから」

"日記"の5日目には、泣いてる男の人の、涙を拭う女性の夢が。

「夢でわたしはその人だから、顔は見れないの。髪の色は、分かってた。赤色だったの。毎晩、日記を書いてる女の人」

わたしが記憶している夢だけでは信じられなかった。

「夢でね、女の人がね、日記に書いてたんだって。好きな人に、傷痕を見られるのが嫌だって!」

殴り書きの"日記"も読んで、それで初めて同じ人の記憶だったと認められた。認めるしかなかった。

「わたしは、誰なんだろう?。。。これが、2つ目の、怖いこと!」

息を切らして、それでも言い切った。涙は出ているのか、枯れてしまって出ていないのか、そんなことすら自分で分からなかった。

「大丈夫だ。おまえは、ルフナだ。カレンさんじゃない」

ヴァレンがそう言うのがはっきりと聞こえた。その言葉は信じたくても信じられなくて、わたしは俯きながら首を振った。

「蘇るみたいな奇跡があるなら、わたしはその体を奪っちゃったのかなあ!?殴り書きの"日記"はね、書くとすごく落ち着くの!わたしが日記を書き始めたのは、きっとその人の記憶のせいなんだ」

ヴァレンが信じられないのではない。

「そうじゃなきゃ、1日目だって、たまたま日記なんて、つけてるはずないでしょ?」

自分の記憶が信じられなかった。

「ルフナ」

ヴァレンが呼ぶ。そしてもう一度、わたしの手を優しく包んだ。わたしは少しだけ顔をあげて、ヴァレンの瞳を覗き見た。

「おまえはどこから見てもルフナだ。少女だ。カレンさんじゃない。俺の、たった、6日間だ。だがこの6日間で保証しよう。おまえはずっとルフナだった。これからもそうだ」

「わたしの代わりに、ちゃんと覚えててくれる?ルフナだって。わたしがもう何か忘れないかなんて、ほんとは分からないの」

生まれ変わって、2日目の朝、わたしは自分の名前すら忘れていた。この日記を開くまでは。

「俺が見ててやる。安心しろ。何でも話せ」

わたしはもう、忘れたくない。それでもこの恐怖を忘れられたなら、どんなに楽だろう。

「でも、じゃあ、アレンさんには、なんて言えばいい?どんな顔すればいいの?」

わたしの中にはきっと、カレンさんの欠片がある。その理由なんて分からない。

「何も言わなくていい。おまえはルフナだ。おまえの夢に、カレンさんが宿ろうと、おまえの心にも、顔にも、カレンさんの傷痕は必要ない」


 今日見た夢の中で、女性は、男の人との再会を約束していた。見られるのを嫌がっていたはずの、傷痕を見せて。

『大丈夫よ。例え、おばあちゃんになってても、この傷痕を見れば私だって、分かるでしょ?』

そう明るく言って、誓いの握手をするのだ。


 これは、利己的な考えだ。

わたしがカレンさんならば、蘇るような奇跡を賜るならば、傷痕を残してくれと、神様にお願いするんじゃないだろうか。

「わたしはルフナなのかな?そう思ってていいのかな?」

ヴァレンな真剣な目でしっかりと頷いてくれた。その胸に、少しだけ頭を預ける。ヴァレンの言葉にすがりついた。

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