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アレン司祭 新しい日常 5/2 4:00~

 早朝、日の出より前に目が覚めるのは、もはや習性と呼べるかもしれない。夜空が色を変え始めるこの時に目覚め、いつものように体調を確かめる。そして、身支度を整えた後、すぐに部屋を出た。


 昨日、まさしく奇跡を目の当たりにし、私自身も非日常に踏み出したかに思えた。しかし、今朝もまた、朝日に照らされ始めた礼拝堂で、一日の始まりに感謝する祈りを捧げている。これを行う心身には微塵の変化も感じられなかった。

「さて、ルフナが起きてくるまでに、いくらか仕事を済ませましょうか」

この教会で寝食全てを行う神官は、私一人きりである。人口の割りには小さな作りで、掃除に手間取る程でもなかった。しかし、教会の仕事全てを一人で行うのは至難であった。なにせ、私は治癒の奇跡を授かっていない。これは司祭としては、ひどく珍しい事例である。

だが、そんな不出来な私には三人の弟子達がいた。彼等は私を慕って、この教会の手伝いを買って出てくれている。通常、彼等は毎朝礼拝堂に訪れて、日々の祈りを捧げる。そして共に朝食を食べた後、弟子達は北端の農園へと赴く。それが彼等の日々の仕事であるからだ。

そうして日々の糧を得る傍ら、怪我人があれば貧富を問わずに治癒を行っている。その上、治癒で得られた大小の金銭は、残らず教会への浄財として当てられるものだから、私は彼等こそがまことの神官であり、この教会を支えているものと考えていた。


 まずは彼等を迎えるために、礼拝堂を清めようと立ち上がり振り返ると、ルフナがすぐ後ろに佇んでいた。

「驚かせてごめんなさい。声をかけるべきか迷ったんですけど、お祈りの邪魔をしたくなくて」

まだ教会の中は薄暗く、人の気配を全く感じていなかった私には、これはなかなかの不意打ちと言えた。

「えっと、目が覚めてしまったから、何か手伝えることはないかなぁと思って」

「謝ることではないですよ。晴れた明るい朝の、祈りの後の清掃は私の喜びでして。手伝って頂けますか?」

「もちろんです!」

曇りのない笑顔を浮かべるルフナは、水桶の中にあった雑巾を絞り始めた。彼女は、昨日程の苦しみを抱えていないように見えた。そのまま彼女には、祭壇の前に並ぶ椅子と床の掃除を任せることとした。私は祭壇を磨きあげながら、元気に働く彼女をちらちらと眺めた。そうしてしばらくする内に、私の中でひとつの衝動が抑えきれなくなった。

私は昨日から、彼女の知識が気になって仕様がなかった。異世界とは一体どんなものなのか。私の知る限り、そういった物事を扱ったまともな書物は、一点たりとも無かったのだ。

この2日目の朝、私個人としてはようやく、新たな書を紐解く覚悟を決めた。

「そういえば元の世界の。。。そうですね、教会や宗教については覚えているのですか?」

知りたいことなど山程ある。とはいえ、そのような興奮に飲まれる訳にはいかない。私は努めて、司祭として振る舞うよう心掛けた。好奇心に押されて理性の手綱を緩めれば、きっと私は尋ねるべきでないことまで口にしてしまうだろう。それでまずは、この場に相応しいものを、と捻り出した質問だった。

「いくらかは覚えています。元々信仰に厚い方では無かったと思うんで、詳しく聞かれちゃうと困っちゃいますけど」

「非常に興味があります。なんでも良いので教えてもらえませんか?」

そうですね、とルフナは少し作業を止めて、思案するように上を向いた。私は彼女に知られぬように、静かに生唾を飲んだ。

「難しい単語は全然覚えてないので、適当になっちゃいますよ?。。。ざっくり言うと、わたしの住んでいた国では、宗教の大きな違いからお寺と呼ばれる、その国に古くから根付いたものと、教会と呼ばれる少し新しめのものがあったはずなんですけど」

私も少し手を休めて、異世界の宗教に思いを馳せた。これは、新たな知識に飢えていた私には、恍惚の時と言えた。

「こちらの世界の、この教会の外観は、どちらかというとお寺に近い雰囲気を感じます。アレンさんの服装も、()()()()の人に近い感じがしますし。でも、この礼拝堂の、腰掛けられる椅子が並んでて、祭壇があるけど()()()()とかがないっていうのは、向こうの教会に近い感じがして面白いですね。あとは()()()()といって、長ーいお祈り?をひたすらお坊様が唱えて、御先祖様をとむらったりとか。あれ?()()()()?お寺?あぁすみません、記憶が」

所々、全く分からない言葉があることは気になりつつも、私は黙って、彼女の記憶を噛み締めていた。その後も、ルフナは異世界の宗教についての私の問いかけに、いくらか答えをくれた。誠にもって、至福と言える一時だった。

ただ、その中で、どうやら彼女の過去の記憶はずいぶん不安定で、虫食いだらけのようであることを、私は、そしてルフナ自身も悟ったようだった。


「この国の創世教は少しばかり独特で、偶像崇拝を廃止していますね。禁止というわけではありませんが、どこの教会にも、そういった類いのものはありません」

話の最後に、私はこの国の国教について、ルフナに説明しておくことにした。これは今できる精一杯の、密かな礼のようなものだった。私は祭壇から小さな教典を手に取り、彼女に手渡した。

「元々、創世教の教えはこの小さな教典に全てあると言われています。そこに、神はこの地を眺めはすれど、全てに手を差し伸べることはなし、と書かれていましてね。全知でも全能でもないとはっきり書いてあります」

「神様なのに明け透けだし、見てるだけだよーなんて。なんだか面白い神様ですね」

私の知識欲はさておき、ルフナがしっかりと会話をしてくれることが、率直に言って嬉しかった。昨日は、会話すら怪しかったのだ。あまりの環境の変化に、彼女の心身が耐えきれなかったのだろう。私は今、改めて彼女との出会いを、神に感謝した。

「他の国には、もっと凄い力をもった神を信じる方々がおられます。ですが我々の信じる神は、この地を作って、我々を作って下された。それだけで十分なのです。等しく生きよ、と言って下さいます」

「でもその放任主義の創世教の神様も、わたしには何か御用があるかもしれないんですよね。。。」

「気紛れな所が見え隠れする神なので。召喚されたあなたならば、会えることもあるかもしれませんね」

「別にもういいんですけどね。こっちに来るときに、こんにちは、を言ってもらってないので、さようなら、ぐらい言いに来てくれたら許してあげることにします」

私はそこで、思わず大声を上げて笑ってしまった。彼女の言い様が小気味良かったせいでもあったが、しかし何より、ルフナの心持ちに張り合いが出てきたという事実に、涙が出そうになったのだ。

「司祭様、どうされましたか?珍しく私より早いのがいますね。なにやら景気の良いことでもありましたか?」

と、ここで、いつも一番乗りのハゼットが、少し悔しそうに顔を覗かせた。私は大笑いの名残を、中指に擦り付けた。

彼は弟子達の中で最も年若い。肩まで伸びる明るい茶色の髪とその長身で、かつては女性に不自由しなかったという色男だ。聖騎士という、言わば戦闘職であり、農園に侵入した小型魔獣の駆除を任されることさえある。常に胴だけは鎧を着こみ、日常においての心得としているようだった。

「おはよう、ハゼット。今日もあなたが一番乗りですよ、安心なさい」

私の挨拶が聞こえているのかいないのか、ルフナに気付いたハゼットは、ぴたりと動きと表情を固めている。そして、ようやく動き出したと思うと、なにやら目を大きく見開いてから再び私の方を見た。

「おはようございます!ルフナと申します」

ハゼットが口を開いたその時、ルフナの大きすぎる挨拶が礼拝堂に木霊する。彼女の大きな声に、私はしばし、呆気にとられてしまった。

「おはよう、私はハゼットと申します。美しい赤髪のお嬢さん。それとも天使なのかな?」

ハゼットは、くるりと身を翻すと、ルフナに向かってとびきりの笑顔を披露した。

「。。。ルフナ、彼はジュラ北部の生まれでしてね。ちょっと色男に過ぎるものですから。出会いの挨拶は、まともに受け取らないでいいですよ」

ハゼットがその歯の浮くような挨拶を、半ば本気で言っているであろうことは理解していた。いつものことだとは思いながらも、私は念のためにルフナに取りなした。しかし、既に彼女は、長椅子に隠れるようにしてハゼットから距離を取っている。

ハゼットは、そんな反応にさえも慣れているといった様子で、ゆっくりと祭壇に歩み寄った。

「司祭様のような独身の誓いは、とてもじゃありませんが私は。。。それに、さっきの言葉は本心から出たものですよ」

「分かっていますとも。それにしても、昨日は書き置きだけ残して行ってしまう形で、申し訳ありませんでした。なにぶん、やむを得ない事情がありましてねぇ」

「やっぱり!このお嬢さんと何かあったんですね?」

そう言って、ハゼットがぎらぎらとした目をこちらに向けた時、今度はサリムとサリードの兄弟が現れた。

「僕がまだなのに、朝から賑やかだね、おはよう」「おはよう」

「やあ、おはよう。サリム、サリード」

どちらも黒髪だが、多弁で小柄な弟がサリム、喋ることは弟に任せてあまり口を開かないのが、長身の兄のサリード。といってもサリードは無口なわけではない。ただ、言いたいことを大体サリムが言ってしまうので、兄弟でいると結果的にサリムばかりが喋ってしまうのだ。彼等は妻帯しており、それぞれに家族がいるが隣家に住んでいる。そのため大抵、朝は並んでやってくる。

二人は長椅子に隠れているルフナに気付かないまま、挨拶を済ませると朝の祈りを始めた。ハゼットもそれを見て、思い出したようにサリードの隣で跪いた。


 ハゼットとサリム、サリードの三人が朝の祈りを捧げる間に、ようやく朝の掃除を終えることができた。思いの外、ルフナとの話に熱中していたようだった。長椅子に腰を落とす。疲れたわけではない。少しの間だけでも、朝の祈りを捧げる三人を静かに眺めていたかっただけだ。父親のように彼等を見守るこの時間を、この日常を、私は愛していた。


「朝食を作りがてら、ルフナについて話しておきましょうか」

「はい。構いません。といってもわたし自身、まだ何が何やらといった所ですけれど」

突然現れたルフナを興味深そうに眺める兄弟と、熱のこもった視線を送るハゼットとを連れて、私達は庫裏(くり)へと向かった。そこには食堂と私の寝室と、現在は空き部屋となっているが、神官のための寝室も用意されている。

食堂の調理場は、男四人で立つと身動きが取れない程、こぢんまりとした作りだった。よって以前から、サリムとサリードの兄弟二人は、食材の下ごしらえだけを済ませると食卓周りの掃除と配膳を請け負っていた。

今朝はルフナも調理に加わりたがったが、しばらくは食材と、その調理法を見ていてもらうことに落ち着いた。

まずはどのような食材が並んでいるのか、彼女はおっかなびっくり野菜籠を覗き込んでいるようだった。それでも、どうやら見慣れた食材ばかりだったらしく、今度は興奮した面持ちで、愛でるようにミニトマトを鼻に近づけている。

「わたしが知ってる物と、大きさや色が違うだけで安心しました。香りもいいし。味はー。。。まだ分からないけど」

「あぁ、それはなによりです」

鍋に食材を全て入れると、食堂にも声が届くようにと、私は大きく息を吸い込んだ。

「さて、皆さん。気になってると思いますので簡潔に話してしまいますが、彼女はこの世界に召喚された転生者です。まだお互い、分からないことだらけなので、問題は少しずつ解決していきましょう」

私がそう言うと、ハゼットは目を輝かせてルフナに詰め寄った。

「やっぱり私の天使ちゃんだったんじゃないか!」

「少なくとも、君のではないよ」

私が窘める前に、食堂の方にいるサリムがいち早く声を上げ、ハゼットに釘を刺した。

「あの~。それと、まだ言わなきゃ駄目なことが。。。」

それからルフナが恐々と口にしたのは、ステータスの表記がおかしいということだった。


 前例もない彼女の話に、私はスープを混ぜる手を休めて、昨日からの彼女の行動を思い返していた。ルフナが語り終えると、食堂の入り口に立つサリードが、珍しく口火を切った。

「そんなに気にするものじゃない。大抵の人間にとって、ステータスや職業は飾りみたいなものだ」

「というより、気になるのが+ナントカってやつだな。およそ聞いたことがない。それに普通は、産まれたての赤ん坊でもなければ、1なんて数字は出ないんじゃないかい?」

ハゼットも言ったように、ステータスに+という記号が表示されるなど、私も聞いたことがなかった。ただ、その表示の異常については、ひとつの明るい仮説を用意できた。

「私もそう思いますよ。安心して下さい。それについてはひとつ、確信があります。昨日、ルフナと遠見櫓に登った時に、私が痛感したことでもあります」

私はここで一度、声の調子を整えた。せっかく輝き始めたルフナの瞳が曇るのは、なんとしても阻止したかった。

「あの櫓は大変に丈夫な造りのものであり、56メートルという恐るべき高さを誇ります。ですが困ったことに、その見晴らしの良い頂上までは、当然、300段余りの階段をひたすら登ることでしかたどり着けないわけですね。階段を目の前にした私は、ルフナの体力に合わせて、休み休み登ることを考えていました」

「また始まった!」

私が語り始めると、食堂から大きな茶々が入る。だが私は、そんなサリムの声には気付かぬふりをして話を続けた。

「ですが、100段も登らぬうちに足が重くなり、自分の息を整えるために、何度か足を止めていたことに気付きました。内心、情けないこと、この上なかった。今年で30代も最後になることを思いだして、憂鬱にもなりました。あぁ、歳を取るとはこういうことか、などと思っていました。そんな私の体力の数値は、20あります。極めて平凡な数値ですが、低すぎるということはない。昨日の出来事を鑑みるに、ルフナの体力の数値が20を下回っているとは考えにくいですね。以上のことから、あなたのステータスの表示に、何らかの異常はあっても、赤子同然であるとは考えられませんね」

少し楽観的な考えではあったが、理には適ってはいるだろうと思われた。周りを見渡すと、ルフナただ一人だけが調理場に残り、私が望んだ通りの明るい顔で頷いていた。

「先生みたいで凄いです」

サリードの姿は食堂に消え、ハゼットはサラダの乗ったお盆を手に、調理場にその姿を覗かせた。

「少し煮詰め過ぎましたね」

私は豆茶を淹れるために沸かしておいたお湯を、少しスープに足して、食べましょうか、と皆に告げた。

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