ルフナ コピチ事件 5/13 早朝~
わたしが起きた時、部屋はいつも通りに薄暗かった。昨日遊び過ぎたせいで、今日はまだ、少しだけ眠い。日記をパラパラとめくりながら、少しその場でぼーっとしてから、身支度を整えて礼拝堂へ向かおうとした。
しかし、ふと窓の方が気にかかって目を凝らすと、強烈な違和感を放つ大きな物体が目に入る。目の奥から背中へ、ぞわりと震えが走った。
「な、なにこれ?」
何も置いていないはずの窓辺には、その小さな窓が半分隠れる程の大きな何かが存在していて、思わず後ずさりする。眠気は完全に吹き飛んでしまった。
「寝る前にはなかった。。。よね?」
もしこんなものがあったなら、さすがのわたしも気付いたはずだった。
とにかく、それが何なのか確かめないわけにもいかなくて、ドアを開けてから、ゆっくりと近付いていく。この物体が突然動きでもしたら、わたしは即座に逃げ出すつもりだった。
しかし、有り難いことにそれが動くことは無かった。更に近付くと、それが水槽で、中でゆらゆら動くものがいるのが分かった。
「あれ?コピチ?」
朝食が始まってしばらくしてから、わたしはコピチについて皆に尋ねてみることとした。
「今朝起きたら、窓辺にコピチがいたんですよ。突然。いつの間にか。びっくりですよ」
わたしはサリムとハゼットを見ながら言った。この中でそんな奇妙なイタズラをするとしたら、この二人しかいないと考えていた。でもその予想に反して、二人はなんら動揺を見せることはなく、サラダやスープを食べている。
「コピチって、夏至祭りの露店でよく見る魚だよね?あの、ガラスに入った」
サリムがサラダを飲み下してから、すまし顔で尋ねてきた。というよりは、いつもと違って、にやにやしていないだけかもしれない。
「そうそう、わたしも昨日見たんだよ。向こうの世界の金魚に似てるなって、そう思ってたんだけど」
「君が買ったものではないのかい?」
ハゼットはスープをかき混ぜながら、こちらを訝しむみたいに尋ねてきた。
「えー。自分で買ってたんなら、わたしだってこんな風に言わないよ」
少し口を尖らせて抗議する。犯人は、この二人ではないのかもしれない。でもそうなると、残る容疑者はヴァレンぐらいしかいない。
「誰かがやったんだろうけど、ちょっと気味が悪いでしょ。。。?」
昨日の夜、寝る前には多分、無かったのだ。となると、夜中に誰かが窓辺に置いたということになる。
「あ、それで今、僕たちのことを見てたんだね?僕は疑われちゃったわけだ。ひどいなぁ」
サリムが今度は、にやにやと笑いながらわたしを責め立てた。わたしはスプーンに視線を逃がしてから、心の中でだけ二人に謝った。
「なかなか面白いイタズラだね。僕も今度やってみようかな?」
「や、やめてよ。それに今、わたしの部屋の窓辺は、コピチの入った水槽で既にいっぱいだから!」
これ以上の怪奇現象は、わたしの望む所じゃない。わたしはサリムに疑いの目を向けたことを早速後悔した。
「なんだ。それでは私も、サリムと一緒に疑われていたのか。。。」
続けてハゼットが目に見えてしょんぼりしてしまって、わたしは慌てて頭を下げた。
「ごめんごめん!だって、この中でそんな変なことするの、二人しかいないじゃない。。。?」
全く弁解になっていないわたしの言葉に、ハゼットは、ついには項垂れた。
「俺もそう思うが、この二人もそこまで馬鹿なことはしないんじゃないか?夜中に、女性の部屋に忍び込むとは、さすがにな」
サリードの弁護は、全くその通りだった。この二人のイタズラにしても、度が過ぎているように思える。
「そうなんだよねぇ。ごめんね?。。。じゃあやっぱりヴァレンなのかなー」
わざわざコピチを選んで置いたことを考慮すれば、ヴァレンが重要参考人であることは間違いなかった。彼とは昨日、一緒にコピチを見ていた。しかし、ヴァレンならば普通に手渡すはずだと思った。せっかく仲直りできたはずで。お祭りの帰りにでも、もう一度立ち寄って買ってくれたなら、わたしも素直にお礼が言える。
「あの男は、そんなに変態的なことをするやつなのか。。。?」
はっと顔を上げたハゼットは、何者かを突き刺すような眼差しをしていた。その右手が、傍らに置かれた剣に近づいたような気がして、わたしは激しく首を横にふった。
「そ、そそそんなことしない人だと思う!驚かせたかったにしても、もう少し別の方法を取るんじゃないかな」
よく知らないけれど、多分、そのはずだ。わたしはパンをかじって、ハゼットからも目を逸らした。あと疑われるのは、サリードとアレンさんと姉さんだった。でも、アレンさんとサリードは絶対にやってないはずだ。特にサリードは、わたしの中で優しいお兄さんで、こんな無意味なイタズラをするならば、まだアレンさんの方が、サリードより怪しいとさえ言えた。この二人は絶対に犯人じゃない。
となると、残るは姉さんただ一人だ。姉さんならば、わたしと同性であるし、誰かさんに頼まれるなんてことはあるかもしれない。
わたしは思考するまま、ちらっと目を向ける。すると、すぐに目が合った。
「なによ?」
姉さんの極めて冷静な声に、昨日叱られたことを思いだした。ぎゅんぎゅん動き出した心臓が、わたしの目玉をふるふるさせる。
「もしかしたら誰かにお願いされて、わたしの部屋に置いたのかなぁって。。。」
自分で言っておいて、有り得ないと思った。むしろこれは、姉さんならば部屋に忍び込んでても良い、というただの願望だった。
「そんなこと、頼まれたって私がやると思うの?」
「いえ、思いません!姉さんだったら怖くないなって思っただけだから!」
わたしが即答すると、姉さんはニッコリと笑って許してくれた。
「私も窓辺に置いてくれと、誰かに頼まれてもいませんし、やってもないですね」
「俺もだ」
アレンさんとサリードも、やっぱり正直に言っているように見える。
事件は迷宮入りしてしまった。
悶々とする頭の中で、わたしは前世の記憶に縋りついた。
「あ、そういえば向こうの世界では、特別な日にプレゼントをくれるおじいさんがいたような。。。」
「なにそれ、最高じゃん」
わたしの呟きに、サリムが興味を示した。おじいさんについてしっかりと思い出そうとするも、それはいつもの、ふわふわとした記憶だった。
「確か、夜に、子供の部屋に忍び込んで、欲しいものを枕元に?置いていく。。。だったような?」
驚くべきことに、子供の部屋という所を除けば、犯人像に非常に近いと言えた。
ここで、姉さんが声をたてて笑い出した。
「あはは!そりゃいいわ。そいつがやったに違いないわよ」
「じょ、冗談ですよ!向こうの世界の話だし」
わたしもまさか、そんなおじいさんが、こちらの世界に転生してきたとは思わない。
「この中じゃ、一番子供だしねぇ」
再びにやにやしながら、サリムが聞き捨てならないことを言った。
「え!!わたし、サリムよりはお姉さんの気でいたんだけど!」
「まさか!僕、2児の父だよ?子供なわけないじゃん」
サリムはひらひらと手を振って、けらけらと笑い声を上げる。
「納得いかないー。背だってわたしとそこまで変わらないのに。。。」
「ぷぷー、10センチは違うよね」
「はいはい、下らないことで喧嘩は止めなさい」
姉さんがようやく笑うのを止めて、わたし達の話を遮った。
ここまで犯人が分からないとなると、わたしにはもう、名探偵アレンさんに頼るしか術がなかった。
助けを求めてわたしがそちらを見ると、アレンさんは既に食事を終えて、豆茶をすすっていた。周りを見ると、皆はほとんど朝食を食べ終えていた。
わたしは急ぎ、サラダを頬張る。
「コピチをくれるんなら、もう少し怖くない方法でお願いします」
誰とも知れない犯人に、そう呟いた。
それでも無実のおじいさんを犯人にするわけにはいかないから、わたしはヴァレン容疑者が現れるのを、掃除しながら待つことにした。




