ロレア 不明 5/12 22時頃
何かの気配に、目を開いた。
窓から入る月明かりから察するに、寝始めてからそれほど時間は経っていないはずだった。
その場で耳を澄ませると、やはり微かな物音が刺さる。寝巻きの上から、さっと修道服を身に纏う。そして念のため、髪ざしを左手に忍ばせてから、私は静かに部屋を出た。庫裏の中に人の気配はない。しかし、外からは確かに物音がする。音は礼拝堂の方からだった。礼拝堂は施錠されているが、鍵は簡易なものだ。息を殺して、音の方へと忍び歩く。
礼拝堂の扉の前には、何者かの姿があった。月明かりはあるが、後ろ姿では顔の判別すらできない。
昼間には王家の馬車が、教会前に停まっていたことを思い出した。それを見ていた良からぬ輩が忍びこんできたのだろう。目を閉じて土撃魔法の集中に入る。そして再びまぶたを開くと、賊の影をはっきりと捉えることができた。右の手のひらに魔力が収束したのを確認してから、まずは慈悲を以て警告を放つ。
「動くと土撃魔法を放つ。一切動くな!」
そいつは僅かに身動きした後、動きを止めた。かに思えたが、その者の右手は足元を探るような動きをした。なおも抵抗する気配に、すぐさま土撃魔法が飛び出さなかったのは成長の証だろうか。
「動くなと言った!まずは、その右手から砕いてやろうか!」
神様の目前で言うべき言葉では無かったが、今は許して下さると信じる。賊ならば一人だけではないかもしれないと、左手にあるものを握り締めながら気配を探った。
「ま、待ってくれ!」
と、男が何か声を上げている。命乞いならば話は早いと、私は右手を月明かりに晒した。
「俺、いや、私。。。ええい!ルフナめ。俺だ、ヴァレンだっ」
声は確かにヴァレンのものだった。私は土撃魔法を解除し、手のひらに土塊を生み出した。
「。。。あんた、何やってるのよ?ここが何処だか分かってるの?!」
さすがに怒りで声が跳ねた。この男がこんな時間に、礼拝堂を探る理由が分からなかった。
「いや、これには事情が。。。むう」
尚もはっきりしない事を言うヴァレンに、できるだけ静かに怒鳴りつける。
「はっきり言いなさいよ。何ならもう一度、土撃魔法を準備してやってもいいのよ?」
私は持て余していた土塊を、ヴァレンの足元に放り投げた。彼は物音に反応し、咄嗟に右手の何かを庇うようにした。
「こら、よせ!割れてしまったらどうする!」
「いいから少し、こっちへ来なさいよ。ただでさえ夜なのに、そこは影になってて余計に暗いのよ」
さすがにこの状況で、物陰に潜む男になど近寄りたくなかった。左手の髪ざしを、少しだけ意識して握り直す。
「お、落ち着いてくれ。害意など毛頭ない」
この状況で落ち着けというのも無理な話だ。ヴァレンは立ち上がり、2歩、こちらへ近寄った。
「で、何よ?こんな時間に。言い訳はいいわ」
月明かりでは目線など見えないだろうが、私はヴァレンを睨みつけた。
「。。。コピチを、置きにきたのだ」
ヴァレンは簡潔に答えたものの、余計意味が分からなかった。だが、苦し紛れの言い訳でないことだけは、なんとはなしに察することができた。
「なんであんたが、そんなものを礼拝堂に置くのよ?」
これが王命ならば、私は今度こそ、それを命じた主をぶん殴らねば気が済まない。
「詫び。。。いや、俺の勝手だ。ただ、飾ってやりたかったんだ」
詫び、という言葉が気にかかった。この男がただの我が儘で、ここまで馬鹿なことをするとも思えない。いやいや、果たしてそうとも言い切れないかもしれない。
「。。。なに?ルフナと喧嘩でもしたのかしら?」
まさかそんな詰まらないことの詫びで、夜中に忍び込むなど有り得ないとは思ったが、とりあえず適当に言ってみせた。
「む。。。そうだ。そんな所だ。昼間に迷惑をかけてしまった」
思わず私は、ため息をついた。このどうしようもない男を、弟と思うようにしてきたけれど、まさかここまで子供だとは思わなかった。
「それでどうして、コピチを礼拝堂に置くことになるのよ?」
この男の思考が全く理解できないために、1つ1つ聞くしかないのだ。内心、私は蹴りつけるのを必死で我慢していた。
「あいつがコピチを、興味深そうに見ていたんだ。それなら詫びに丁度良いだろうと。。。いや、詫びる気は無かった。ただ、置いておくだけのつもりだった」
「。。。つまり、あなたはコピチをただ、置きに来た?」
「そうだ」
「詫びる気持ちみたいなものは、あった?」
「。。。そうだ」
「ルフナには気付かれたくなかった?」
「その通りだ」
「それで夜中に礼拝堂へ忍び込もうとした?」
「傍目に見れば、そうだ」
「どう見ても忍び込んでるわよ」
これは首都の孤児院で子供を叱りつける前にしていた、そのままのやり方だった。眉間がきりきりと音を立てる。本当に馬鹿らしい。
「馬鹿なの?」
「。。。近頃否定できない」
あまりの馬鹿馬鹿しさに、ついには頭が痛くなってきた。夜中に起こされてこれでは、むしろ盗人の方がましだったと言える。罪人相手ならば、多少の乱暴は自分に許している。
「私はね、神様には感謝してるのよ。孤児だった私が、今をこれだけ自由に、幸せに生きてるの。だから神様の前でぐらいは、少しなりと淑やかにしていようと決めてるわけ」
何か変だと思えば、今朝、ルフナにも似たような事を言ってから、説教したことを思い出す。腹の底に沸き上がったものは、蓋をする間もなく飛び出した。
「それをあんた達二人は!揃いも揃って、わざわざ礼拝堂で騒ぎを起こすなんて!許せないわ!!」
しまった、と思った。しん、と静まった教会の庭に、戸を引く音と足音が響いた。
「ロレアですか?どうしたんです?」
先生の声は小さいが、私には恐ろしく響いた。
「すみません、先生。あまりの事態に。。。」
やはり、ヴァレンを蹴りあげるなりして終わらせておけば良かったのだ。
「あぁ、あなたが無事なら良いんです。少し驚いただけですよ。すみません、邪魔をしてしまって。。。」
そこで、先生がとんでもない勘違いをしているのに気付いて、私は再び大声を上げそうになった。私は声を抑えなければと思いながら、頭の中に散らばってしまった言い訳の言葉を、必死に拾い集めた。
「ち、ち、違います。全くの誤解です!この男がまた馬鹿なことをしていたので、お説教していただけです!」
「その通りです。ロレアは正しい」
ヴァレンが完全に観念していたのが、まだ幸いだと言えるのだろうか。私は先生に、事細かに状況を説明した。
それから私は、礼拝堂の中でヴァレンを叱りつけた。蝋燭の揺らめきが、私の怒りを表しているかのようだった。ところが先生はといえば、この大馬鹿者の何処に同情をしているのか、にこにこしながら擁護してばかりいた。
「まぁ、そのあたりで勘弁してあげなさい。謝罪というのは本人の心がけが大事だと思いますよ。確かに彼の行いには、褒められない部分もありますが。。。なんにせよ、礼拝堂は本来、出入り自由ですからね」
私の気持ちなど知らずに、コピチ達までもが悠々と泳いでいる。蓄積する鬱憤は、やはりヴァレンに向けるのが正解であるはずだ。そこでもう一度、下に向けて視線を突き刺すと、それは吐息となるばかりで行き場を失った。
「いや、ロレアの気の済むまで言ってくれ。俺もどうかしていた」
ヴァレンは正座をして、私の説教を聞いていた。正直、そろそろ寝たいというのが本音ではあった。
「もういいわ。コピチも置いていっていいわよ。ルフナにも、あんたが持ってきたと言わなきゃいいんでしょう?」
私が決めることではなかったが、持って帰れと言うのはさすがに気が引ける。それに、いい加減眠らなくては、明日に差し支える。蒸気を吹く頭を冷やすように、自分に言い聞かせた。
「置き場所については、少し考えますね。ルフナが起きてくるとまずいでしょうから、あなたは早く宿に帰ってしまいなさい」
「すみません。お願いします」
先生の言葉に、ヴァレンはそれだけ言うとすぐに立ち上がった。そうして足を痺れさせたまま、ふらふらと歩くヴァレンの後ろ姿に、私はどうにも一声かけたくなった。
「せっかく秘密にしてあげるんだから、明日に引きずるんじゃないわよ」
また、姉のように言ってしまってから、私はため息をついた。
礼拝堂に残った、私と先生と、コピチ。
さすがにこの可哀想な小魚達に当たり散らす程、私は馬鹿じゃなかった。しかし、コピチの入った水槽は、やけに大きくて、非常に置き場所に困るものだった。
「ずいぶん大きいですけど、何処に置きましょうか?」
礼拝堂に置くには、余りにも存在感がありすぎた。せめてもう半分程度なら、神様もお許し下さるだろうにと頭を抱える。再びヴァレンに対する怒りが、ふつふつと沸き起こりそうになるので、私は慌てて首を振った。先生も、うんうん唸って置き場所を考えているようだった。
「どうせなら、ルフナの目につき易い所が良いですねぇ」
「今日の所は私が考えて置いておきますから、先生はお休みになって下さい。私は少し、頭を冷やしたいので」
本当は、頭を冷やしたかっただけで、良い考えが浮かんでくるような気配もなかった。
そんな私の言葉に、先生は
「それじゃあ、お願いしましょうか」
とだけ言って、礼拝堂を出て行った。
私は一人残った礼拝堂で、名案が浮かぶはずもなく、コピチをただ眺めている。
私の目の前では、二匹の色違いのコピチが戯れるように泳いでいる。こっちの気も知らずに。
だんだんこの二匹が、どうしようもなく手のかかる、あの二人に見えてきて、冷えかかった頭は燃え上がった。
「もう、勝手にしなさい」
だからもう、深くは考えずに置き場所を決めた。
私はコピチの入った器を持って出て、礼拝堂の戸締まりをした。
「少しは驚くといいわ」




