ルフナ 喧嘩 5/10 夕方近く~
カレンさんの話が終わると、ベンさんはすぐに立ち上がった。
「本当はこのまま、孤児院移転についても話してぇとこなんだが、夕方には門に戻らねぇと、びっくりする奴が多いからな。エンダーの手前、あんまり勝手はいえねぇんだが、建設にあたっての費用は、都市に持たせるからな!アレンさんよ」
その声に、姉さんが慌てて調理場に飛んで行った。
「ちょっと待って下さいね!もう焼けてますから、子供達と食べて下さいな」
そう言いつつ、姉さんは布にくるんだ何かを手に、すぐに食堂へと戻ってきた。
「首都から持ってきたリンゴで作ったタルトです。冷めてもちゃんと美味しいんですよ」
「さっきから香ばしい匂いがしてるんで、実は気になってたんだ。リンゴはこの辺りじゃ採れねぇもんな。ありがとうよ」
ベンさんは、姉さんにぺこっと頭を下げた後、アレンさんの方を見た。
「また近々、来させてもらうよ」
ベンさんが出て行くとすぐに、アレンさんも講堂の後片付けをすると言って、いそいそと食堂の外へと行ってしまった。
わたしはなんとかいったことに、ほっとして力が抜けてしまった。でも、さっきからヴァレンが、何やらこちらを睨んでくるのが気にかかっていた。さっきまでの優しい顔は、どこにいったんだろうかと、わたしはその顔をぼんやり眺めていた。
「お前はまったく。。。どうするつもりだったのだ。あのまま話が続けば、危うかったかもしれんぞ」
わたしには怒られる理由が全く分からなかった。わたしがそれでも、ぽかんとしていると、彼は大きなため息をついた。なんだか彼はまた、わたしが知っている怖い男に戻ってしまったみたいだった。
「あそこで私が口を挟まねば、カレン殿の話も暗いまま進み、司祭殿とベン殿の修復は叶わず、再び謝罪の押収になっていただろう、と言っているのだ」
本当にそうなんだろうか。いまいちピンとこない。わたしとしては、あの大人な二人なら、お互いの本心さえ見えればなんとかなるんじゃないかと思っていた。
「アレンさんもすごく元気になったから、大丈夫じゃないかなぁって思ったんだけど。。。」
わたしの言葉を受けて、ヴァレンは、これ見よがしに口をひん曲げたままに首を振る。その仕草から、やれやれ、と本当に聞こえてきそうだった。わたしは思わずムッとして身構えた。
「お前が名案があると言うから黙って見ていたものを。。。ベン殿の様子は、子供のお遊戯に付き合って下さってるようにしか見えんかったぞ」
今度は吐き捨てるように言われて、カーっとなったわたしはヴァレンに向かって身を乗り出した。やっぱりわたしは、この男が嫌いだ。
「そんなことないわ!アレンさんもベンさんも大人だもん。きっかけさえあれば、あの優しい二人は、友達にだってなれたはずだよ」
「愚か者め。そのきっかけとやらを崩す所だったというのに。。。普通はあんなもの、事前に誰かから聞いておくものだ。アルスダム緊急発動について、お前があの場で聞けば聞く程、必然的に話は重たくなるだろう。だからアレン司祭も止めたではないか。そんなことも分かっていなかったとは。。。」
ヴァレンの余りの言い様に、キーッとなって立ち眩みがするほどだった。嫌いどころか、大嫌いになりそうだ。
「ちょっと待ちなさいよ!愚か者なんて、そんなこと言われる筋合いないわ。わたし、あなたに自己紹介だって受けてないんだからね!?なんだか今日は、普通ぅぅにいるから気にしないでてあげたけど、あなたはどちら様?」
ふんっとヴァレンが鼻を鳴らす。わたしも対抗して、噛みつくみたいに睨みつけてやる。こんなことで負けていられなかった。
「一昨日、名乗ったではないか。お前が聞いていなかっただけではないのか?」
わたしは、思わず鼻で笑ってしまった。もちろん、わたしはちゃんと聞いていた。この男の、しかめっ面を真似してみる。
「ヴァレンという。ルフナ嬢のゴエイニキタッ。。。ていうやつ?あれは挨拶にもなってなかったと思うわ。大体あれって、アレンさんに向けて言ってたじゃない」
わたしがそう言うと、ヴァレンが動揺するのが分かった。彼の眉毛がピクピクと、燃え上がる前兆みたいに動いている。
「。。。今のはなんだ。。。もしやとは思うが、私の真似ではあるまいな?」
彼にきちんと伝わったようで嬉しかった。とっても。
「喋り方がヘンなのよ。わたし、ただでさえこの世界に来たばかりなのに、ムツカシーく喋るから、何言ってるのか分からないし」
自分の口から、すらすらと言葉が出てきてくるので面白かった。この10日間で、こんなに自分のキモチを喋れたことは無かったかもしれない。それは、まだまだ止まりそうになかった。
「だいたいあなた、この教会に現れてからずーっと失礼なのよ。人の心を踏みにじってばかりじゃない!そんなあなたに、人のキモチについて、あれこれ言われる筋合い、わたしにはないの!」
一通り言いたいことが言えて、スッキリした。
すると、ヴァレンは足音を大きくたてながら、床を踏みつけるみたいにして歩み寄ってきた。怒りで言葉も出ないという感じで、こちらを覗きこむようにして睨まれると、さすがに怯んでしまった。勢いに任せて好き放題に言い過ぎたことを、ちょっぴり後悔した。
「そろそろいいかしら?」
と、そこで、調理場を片付けていた姉さんが顔を覗かせた。
「。。。いたのか」
勢いを削がれたのか、ヴァレンはただの、しかめっ面に戻った。
「盗み聞きしたみたいに言わないでよ。私は後片付けをしてただけだわ。あんまり教会で騒がないでほしいわね」
わたしは、姉さんの登場により、ほっと息をついた。あのままではきっと、ヴァレンがムツカシー言葉を炸裂させていたに違いなかったからだ。
「そこにいたのなら、途中で止めればいいじゃないか」
やっぱり普通に喋れるんじゃないか、と言いそうになったけれど、今は姉さんに任せた方が良いという予感がした。
「あなたがお説教してるから、黙って聞いててあげたんじゃないの。まったく!偉そうに」
悔しいことにヴァレンのお説教には、わたしにも少ーしだけ理解できる部分もあった。予習ぐらいはしておけば良かった。余計な話で、ベンさんの顔つきが暗くなったのには気づいていた。
「聞いてたなら、私が間違っていないことも分かるだろう?」
それでも、どこか確認するみたいに、姉さんの顔色を伺うヴァレンが面白かった。
「理解はできるわ。結果としては、悪くなかったし。でも余計なお節介だとも思ったわ」
「お節介?なんでそう思うんだ?」
淡々とした姉さんに、感情をゆらゆらさせるヴァレン。確かに姉弟を見ているみたいだった。
「あなたがあれこれと世話を焼かなくっても、あの二人なら勝手にやるわ。万一上手くいかなくても仕方ないじゃない、お互い大人だもの。好きにすればいいじゃない」
姉さんにそう言われると、やっぱり自分の行動は正しかったように思えてくるから不思議だ。でも正直、わたしはそんなに深く考えてはいなかった。
「。。。あなた達に、男の関係の難しさは分からない。拗れてしまえば、孤児院の話だって、どうなっていたかわからないんだ」
「あら。子供には、まだこんな話は難しかったわね」
口喧嘩では姉さんには敵わなさそうだと思ったのか、ヴァレンはそっぽを向いてしまった。ヴァレンの降参は、ひとつも嬉しいものではなかった。言い負かしたのは姉さんで、決して自分の手柄ではないという自覚ぐらいはあった。むしろ、わたしは何をしているのかと、空しさを感じたぐらいだ。
「そろそろいいですか?」
と、今度は食堂の入り口から、アレンさんの声がした。
「アレンさん?!」
「すみません、私の方は盗み聞きですね」
アレンさんが、少しだけ意地悪な感じの笑いをしながら入ってきた。
「ルフナの、言い争うような声は初めてだったもので。。。思わず走ってきてしまいました。出て来なかったのは、まぁ私達にはなかなか耳に痛い話でしたからね」
わたしは恥ずかしくて、俯いてしまった。姉さんも何も言えないでいるみたいだった。
沈黙が広がるなかで、アレンさんがパンッと手を打ったのが気になって、そろりと音のした方を見た。
「丁度いいですね。ルフナ、明日はお勉強にしましょう」
いつも通りにこにこと笑いながら、アレンさんは宣言した。でもその顔は、司祭様というより、やっぱり先生のように見えた。




