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ルフナ 感謝 5/10 14:30頃~

 授業を終えた子供達が、飛び出すように帰っていく。皆、きちんと挨拶は欠かさないのが、とっても可愛いらしい。それでもまだ何人かは教室に残っていて、アレンさんと授業のおさらいをしている。熱心な子供達の質問には、アレンさんはいくらでも答えた。


わたしがそれを、教室の入り口辺りにあった小さな椅子に座って眺めていると、ベンさんが教室に現れた。アレンさんもそれに気付いて、子供達に挨拶を言ってからこちらへやって来た。

「ベンさん!ご無沙汰してしまい、申し訳ありませんでした。呼び立てる格好になってしまいましたが、どうしても会いたくなりましてね」

「いやぁ、こちらこそすまんね。俺と会うと、その、なんだ。。。あんたは気遣ってくれるだろう?」

アレンさんのにこやかな表情にも、ベンさんの顔は強張るばかりだった。しかし、そんなベンさんの手を、アレンさんは両の手でしっかりと握った。

「今まではそうだったかもしれません。私も正直、どんな顔をすれば良いのか分からなかったのです。。。ですが、私はルフナに気付かされたんですよ。私達は共に、カレンを誇りに思わなければならなかったんです」

アレンさんはそこまで言ってから、黙りこんでしまったベンさんを食堂に案内した。わたしはその二人の後ろ姿に、どうか上手くいきますように、と願いをこめて手を合わせた。


 わたし達が食堂に入ると、そこには甘い香りが漂っていた。

「あら、いらっしゃいましたね。どうぞお掛け下さいな」

姉さんがすぐに、調理場から顔を覗かせた。信じられないことに、ヴァレンは姉さんと一緒になって、執事さんみたいにお茶の準備をしている。こんな時でなければ、わたしはヴァレンを指さしして大笑いしてやっていただろう。

食堂にやって来たわたし達が、それぞれ椅子に腰掛けると、それを合図にしたみたいに、アレンさんが口を開いた。

「私達は、これまでお互いに悔いてきた、と思っています。あの悲しい出来事を、きちんと処理できなかったからです。ですが今日は、カレンの話を聞かせてあげてほしいのですよ。その結果ではなく、彼女の勇敢な行動を」

やっぱりアレンさんの眼差しに、悲しみは感じられなかった。ベンさんもまた、アレンさんの表情に変化を認めた様子だった。わたしは二人のその顔を見て、勝手に成功を確信していた。

「そうか。あんたも15年余り、散々苦しんだろうに。。。分かった。あの子がどれだけ立派な行動をしたか、嬢ちゃん方に聞かせよう」

ベンさんは組んでいた腕を解いて、伏せ気味だった顔を上げた。

私も初めて聞く話なので、どきどきを隠せずにいた。姉さん達には、少しだけでも明るい雰囲気でこの話を聞くようにお願いしていた。

勇敢だったというカレンさんの、武勇伝をこれから聞くのだ、と自分に言い聞かせる。わたしが意気込んでいると、ベンさんがこちらをちらっと見た。

「カレンの話に入る前に、まずはあの時の状況だな。嬢ちゃんは知らねぇんだろう?」

「はい。アルスダムについて聞いたぐらいで」

確かにわたしはその日について、全く知らない。知っているのは結果だけだった。ベンさんは、うんうん頷きながらわたしの方を見た。

「ルフナは、こっちの世界について知らないんだろう?転生者だってのは手紙で見たからな。心配しなさんな。気になったことは、その都度聞くといい」

ベンさんはぐるりと皆に視線を送ってから、再びこちらに朗らかな笑顔を向けた。わたしはぺこっと頭を下げて、お話を聞くための心の準備を整えた。

「あの日は7月の20日だ。忘れもしないぜ。俺はその時ゃあ、都市長だった。庁舎にある都市長室にはな、寝室までついてやがるんだ。その日、俺はそこに泊まりこんでいたわけだ」

そこでベンさんが、早速、悔しそうに顔をしかめる。ひやっとしたけれど、ベンさんは軽く首を振って続けた。

「でな、朝からあれこれと仕事をこなしてたんだが、どうも昼前になって、外が騒がしい気がしたんだ。それで副都市長だったエンダーと衛兵を呼んだ。その時に丁度、伝令が来てな。遠見櫓から森の中に巨大な魔獣が見えるってんだ。庁舎から櫓はそう遠かぁないが、あの高さがある。それでも確認しないわけにはいかねぇからな、エンダーを代理に都市長室に残してな、登ってみたんだ。頂上から見ると、確かに魔獣が見えた。10メートルはある木と変わらねぇ、でけぇやつがな」

10メートルと聞いて、食堂の中なのに、わたしは思わず見上げてしまった。でも、そんなに大きな生き物は想像すらつかなかった。

「それぐらいの魔獣だと、人間では太刀打ちできないものなんですか?」

魔法がある世界なら、何とかなるんじゃないかと思った。しかし、わたしの質問には皆がそれぞれに首を振る。どうやらわたしが想像していたような魔法とは、ずいぶん様子が違うらしかった。

「無理だな。一体や二体なら、中隊規模の人数が連携を組めば倒せない相手ではない。だが群れになると、対魔獣用の防御陣地がなければ、ひたすら無意味な撤退戦だ。兵にだろうと、させて良い仕事ではない」

ヴァレンがお茶を入れる手を止めて、静かに語った。もちろんわたしだって、一体だろうとそんなに大きなものを倒すということが想像できなかった。

「魔獣については、この話が終わってからでも、私が教えましょう」

アレンさんは、ベンさんに話の続きを促すように目線を送った。確かにこれは、余計な話なのかもしれない。

「その魔獣を見て、すぐに外にいるやつらを門の中にいれるように、報せを出させた。庁舎の屋上や、都市長室には櫓から旗信号で連絡をとれるようにしてあってな。俺は櫓に、エンダーは都市長室にいることに決めた。アルスダムの通常発動も迷わなかった。こいつの発動の合図は派手だ。この国にいる連中なら、行商人でも皆知ってる。庁舎から、赤の狼煙のろしを上げた後、10人がかりの雷撃魔法を空に、二回ぶっ放つんだ」

ベンさんは天を打つように、手を突き出した。それは、おそらく号砲みたいなものなのだろう。

「水門の開閉の切り替えは、これで完了だ。アルスダム停止中は、水門に常駐する兵がいるからな。しかし、魔獣はどうやらとんでもない群れのようだった。地平線からあのでけぇやつが、続々と溢れるみてぇに湧いてきやがるんだ。一刻も早く、臨戦態勢を整える必要があると俺達は判断して、緊急手順の合図を出した。今度は雷撃に加えて炎の大魔法だ。水門を決壊させれば、2時間後には対大型魔獣用の水上部隊を展開できるぐらいには、水面が広がる。そうすりゃ、動きの速い個体にも十分対応できるわけだ。簡単に言うと、こんなもんだな」

ベンさんは出来るだけ淡々と語ってくれたみたいだった。そこで、ヴァレンがベンさんの前に、そっとお茶を置いた。そのヴァレンの仕草はすごく丁寧で、顔つきまで優しげで、わたしは信じられないものを見た気分になった。ヴァレンはお茶を置いた後も姿勢をきっちりとしたまま、ベンさんの傍らで静かに佇んでいる。

「最善の判断だったと、父上が言っていたのを覚えています。アルスダム家の失策の尻拭いをして頂き、誠にありがとうございました」

ヴァレンはそう言ってから、ぺこりと頭を下げた。意外の連続だった。ただ、彼が謝罪ではなくて、感謝の言葉を選んでくれたことをちょっぴり嬉しく思った。

「ほう。あなたはもしかして、当主様の実子かい?」

ヴァレンが頷くと、ベンさんは顔を綻ばせた。

「立派なもんだ。当主様からは、毎年手紙を頂くよ。今はただの門番なんだがなぁ」

「アルスダム家の者は皆、ベン様に感謝しています。そして、司祭殿からの話より推察するに、我が家の恩人は、どうやらもう一人いらっしゃるようです。私はその方の行動に、しっかりと敬意と感謝を捧げたいのです。どうか、私にもお教え願えませんか?」

ヴァレンの言葉にもそうだけれど、その優しい声音は、まるで別人みたいで変な感じがした。ベンさんの顔に残っていた緊張も、すっと薄れたように見えた。


 その後のベンさんの話によると、その日、孤児院の三人の先生達は、子供達を連れて川遊びをしていたそうだ。その最中、突然の雷鳴が響き、煙や豪炎が街から吹き上がるのを見たという。大人達はすぐに何が起きたのかを察したものの、驚いた子供が四人、森に逃げ込んでしまった。カレンさんを含む二人の大人は、それを追いかけた。その結果として、孤児院で行方不明になったのはカレンさんだけだったそうだ。

「森に逃げ込んだ子供の一人に、カレンに言われて木の上に避難してたってやつがいた。子供を木の上に登らせた後、カレンは木から降りていったそうだ。他にも事態の性急さが飲み込めてねぇ奴らがいたんだな。赤髪の女性に言われて木に登ったってやつらが、他にも何人かいた。カレンはどうやら避難が間に合わないと気付いて、木の上に登れ、と叫んで回っていたみたいだな」

「。。。カレンさんに感謝を。父上にも、必ず伝えます」

話の終わりに、ヴァレンは胸に手を当てて、ベンさんにもう一度頭を下げた。

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