ルフナ 急所 5/10 焚き火が消えた頃~
お話の最中に、わたしが見たこともない夏至祭りについて思い描いていると、またまたヴァレンがゆっくりと口を開いた。
「やはり、私が共に行こう。アルスダムが、司祭殿と前都市長殿との軋轢の原因であるならば」
正直に言うと、その提案は全然嬉しくなかった。未だに彼という存在を、どこまで信用して良いのかわからない。でも昨日のあの様子は、特別に異常なことだったんだろう。今はとりあえず、そう思ってあげることにする。
「ベンさんの前では、コワイことしないでね?」
それでもこうやって念押ししなくては、わたしは怖くて、彼を連れて行けない。すると、彼はまた嫌そうに、目も口も細く歪ませた。それを見たわたしも、きっと同じようになったはずだ。
「。。。する理由がない。むしろ父に代わり、謝罪する心積もりなのだ」
「謝るっていうなら、その顔は駄目だからね!」
わたしは、できるだけはっきりと言い切った。姉さんも、わたしの隣で、うんうん頷いている。わたしはヴァレンのことが苦手だ。少しは愛想を身に付けてほしい。
「そうよ!あんたは旅の間から、可愛げが足りないのよ、まったくもう」
姉さんの支援が心強かった。なのに、ヴァレンときたら愛想を見せるどころか、しかめっ面をより一層深くしただけだった。
「旅の間のことについては、謝罪したじゃないか。。。」
ところが今度の彼は、怒声を上げるどころか、ぼそぼそと小さく不満を溢しただけだった。エレスまで来る間に何かあったのか、ヴァレンは姉さんに弱いように感じた。
「あれが謝罪とはね!ベンさんにどんな謝罪をしてみせるのか、楽しみにしているわ」
姉さんが挑発するように言うと、ヴァレンは脇を向いて、黙りを決め込んだ。わたしに対する態度とは、やっぱり全然違って見える。彼の弱点のような部分を見つけると、さっきまでよりは恐くなくなって、ちょっぴりだけ余裕が生まれた。
「思いの外、面白い組合せになりましたね。どうするかは、あなた方にお任せしますよ」
アレンさんはわたし達を眺めながら、にこにこしていた。皆もずいぶん気持ちを落ち着けて、小さくなりだした焚き火の周りには穏やかな気配が漂っていた。
でも、わたしには今、もうひとつ気になっていることがあった。
「あ、その前に。お仕事がたくさん、ですね」
私がぽつりと呟くと、皆は教会のお仕事をすっかり忘れていたのか、大慌てで焚き火を消し始めた。
それからが少し大変だった。教会を閉鎖していたわけじゃないけれど、近隣の人達はただならぬ気配を敏感に察知していた。アレンさんと姉さんが一緒に近所を歩いて回って、何でもなかったのだ、と伝えて回る羽目になった。
残ったわたし達は礼拝堂の扉や窓を全開にして、中の淀んだような空気を入れ替えた。その後はハゼットと、お庭の掃き清めを任された。さっきまでは何とも思ってなかったけれど、今日は素晴らしい晴れの日だった。日差しが優しくて、ぽかんと浮かぶ雲が、のんびりと形を変えるのを眺めていたくなる。
わたしは雲を見ながら、どうすればベンさんとアレンさんが気遣いなく会えるのだろうかと、ずっとそればかり考えていた。何かすぐそこまで出てきてるような、そんなこともないような。
箒を動かす手は、知らず知らずゆっくりになる。
「そういえば、あと10日もすれば、エレスは水上都市に戻るんだよね?」
頭がぐるぐるしてきたから、礼拝堂の前を清めていたハゼットに声をかけた。するとハゼットは、ぱっとこちらに笑顔を向けた。
「そうだ。ふむ、君はまだ、見たことがないんだったな。私も初めてエレスに来た時は、その秀麗さに感動したものだ」
ハゼットは落ち葉を綺麗な丸の形に集めると、大きなちり取りにそれらを押し込んだ。
「外側からの眺めはもちろん、中からの景色も素晴らしい。農園の端まで行くと、いつも流れが穏やかな所がある。そこから眺める水面はとても美しいから、案内しよう。風の無い日など、川面に雲が浮かんでいるように見えて、とても幻想的なんだ。晴れでも、例え雨でも、見飽きることはないだろう」
それはきっと、絵画みたいに綺麗なんだろうと思った。ハゼットのこういう話を聞くのは、とっても楽しい。たまによく分からない言葉も言うけれど、今はそうでもなかった。
「あれ?そう言えば、こっちに来た日に遠見櫓から眺めたんだけど。。。エレスの周りの、あの五角形のお堀のところは水でいっぱいだったような?」
あの日に見た景色を思い出す。わたしの見た感じでは、エレスの街はぐるっと城壁で囲われていて、そこからだいぶ離れた所に堀があったはずたった。
「あの堀は、実は排水路のようなものらしい。水抜きのために、周りより低くしてあるんだな。東の水門を閉じると、堀から溢れるように広がるんだ」
ハゼットは、のんびりと箒を動かしながら、空想するみたいに空を見上げた。
「あの堀周りの木は不思議でね。水に半分以上浸かっても枯れないのさ。そいつが水面から顔を出すと、丁度良い遊び場になるんだ。大人も子供も、美女達も!船で乗り付けては遊泳したりしてな。そこで戯れる女神達は、それはもう」
水面にマシュマロのように雲が浮かび、その間からブロッコリーのように生える、たくさんの木を思い浮かべる。それは、なんともかわいい。そして、美味しそうだ。
「なるほどー。それは幻想的だねぇ」
昨日はずっと寝込んで、そして今朝は、スープとパンを少し食べただけだったから、お腹がぺこぺこだった。ならば当然、頭も空っぽになる。
肩の力を抜いて考えたら、私の中で1つ、閃きが生まれた。難しく考える必要など無かったのかもしれない。
わたしはカレンさんを失って苦しんでいた二人が、明るい気持ちで付き合っていけるようになってほしかった。アレンさんは昨日と今日の出来事で、カレンさんのことを思い出しても、悲しむことはなくなった様子だった。今のアレンさんの雰囲気ならば、ベンさんと会って話しても、きちんと恨みなどないことが伝わるんじゃないだろうか。
ベンさんの贖罪の気持ちを軽くするなら、今が一番の好機だと思った。
「ベンさんに、アレンさんが会いたがってる、と伝えてもいいでしょうか?」
掃除の後、覚悟を決めたわたしは、アレンさんに確認をとった。
「ええ、構いませんよ」
アレンさんは少し考えた後、にっこりと笑ってそう言ってくれた。その後、アレンさんにいくつかお願いをして、お昼ご飯の準備を始めた。
調理の間、わたしは一緒に行く二人を何とか説得した。二人にも、わたしの考えは伝わったみたいに感じた。
お昼過ぎに、アレンさんは先生になる。
ジュラの国にも学校はあるものの、それは高等教育のためのものらしい。小学校のようなものはない。商家や工房では、子供達に知識や技術を伝えていくのが一般的なようだけれど、エレスの農園で働く人達に、そういった考えはないらしい。
そこで、エレスの教会では前年に9歳になった子供達には『読み、書き』を、10歳になった子供達には『計算、歴史』を教えていた。主に、農園で働く大人達のためにできた制度でも、アレンさんは子供が希望するなら、親の職種は気にしないみたいだった。
2日に1度、1日あたりに、大体だけど1時間ぐらいの授業で、9歳組と10歳組が毎日交互にやって来る。子供達がわらわらと講堂に集まって、始まりの挨拶もなくアレンさんの授業は始まる。今日は10才組の日だった。
少し静かになった子供達を見てから、わたしは姉さん達の所へ向かった。二人も準備は完了していた。
前都市長様と聞いて、突然行くのは失礼な気もしたけれど、ベンさんはいつも、昼間は暇をもて余しているらしい。朝夕の人通りの多い時以外は、門の前に設けてある番屋で過ごしていると、アレンさんが教えてくれた。
私達が早速、通用門まで来ると、ベンさんはすぐにわたしに気付いたみたいだった。ベンさんは、ヴァレンと姉さんを見て、おやっと口を開いた。
「珍しい時間に来るじゃねえか。後ろの二人は?」
応えようとしたわたしを、姉さんが遮って話を始めた。
「すみません、エレスの外に用があるわけではないんです。私、今日よりエレスの教会に仕えることになりました、ロレアと申します。今日は挨拶に加えて、少しお話がありまして」
「あぁ、そいつは良い。アレンさんを手伝ってくれるんだろう?ずいぶん忙しくしてたみたいだからな。わざわざ俺に話しに来たってことは、孤児院のことかい?」
ベンさんは、すぐに挨拶のわけを察してくれたみたいで、姉さんはそれを受けて、わたしにちらっと視線を投げ掛けた。
「そうなんです。私が、孤児院を教会で運営する形に戻したい、と申し出まして」
姉さんの言った言葉が、少しだけ事実と違っていて、わたしの肩はぴくっとだけ跳ねた。でも、その意図は、わたしにもなんとなく分かるような気がした。きっとそれは、姉さんなりの決意に違いないんだろう。ベンさんは何度も頷きながら、ふにゃりと頬を緩めていた。
「子供達にとっても、それが良いだろう。俺の家に住まわせてるんだが、南の兵舎や訓練場ばかりの区画でなぁ。安全ではあるんだが、まぁ殺風景でね。この機会に教会の方への移転も考えてるんだ。住民達とも明るく暮らせるなら、なによりだからな」
「ありがとうございます。ですが、その前に1つ、教えて頂きたいことがあるんです。。。カレンさんのことです」
わたしがそう言うと、ベンさんの表情に深い影が落ちた。内心ひやっとしながらも、何とかなる、と自分の決断を信じた。
「アレンさんがそのことを。。。?どうしてまた。。。いや。まぁ、それは流石にここでする話じゃねぇな。ちょっと待っててくれるかい?」
ベンさんは番屋の中に声をかけると、わたし達の方へと振り返った。
「少ししたら行くから、教会で待ってておくれ。。。あんたたちは本当に、アレンさんからカレンの話を聞いたんだね?」
「もちろんです。アレン司祭も、是非会いたい、と」
ベンさんの確認するような言葉に、わたしがそう返すと、ベンさんは目を白黒させた。それでも少し、嬉しそうな顔をしているように、わたしには見えた。
きっと、大丈夫だ。二人とも、仲良くなりたいはずなのだから。
わたし達は、教会で待っていますと告げて、一旦その場を立ち去った。




