ルフナ 孤児院 5/10 火がついた頃~
わたしは、自分の口から出た言葉達にびっくりしていた。さっきまで冷たく、塞ぐようだった感情が、突然、ざわざわと胸を撫でるから、なんだか無性にむず痒い気持ちでいた。でもそれは、悪い気分じゃなかった。
「丁度良い。あなたに任せたい仕事があるのですよ」
アレンさんが、焚き火越しに姉さんに目を向けた。
「実は前都市長様から、何度か、教会で孤児院を運営してくれないかと依頼されていましてね。こうして人も増えたことですから、お受けしようかと思うのですが」
気付けば焚き火は勢いを増して、炎が踊るようになっていた。ただそれだけの光景ですら、自分の心のワクワクを表しているみたいで、今のわたしには面白くて仕方がなかった。
「それは良いですね!やっぱり、その方が楽しいですもの」
姉さんが歓声を上げながら両手を合わせると、アレンさんはにっこり微笑んだ。
それはわたしの知っている、優しい笑顔だ。きちんと覚えている、安心する笑顔だった。
「話が進むようなら、あなたには、そこの院長をお願いしますね」
格好いい姉さんが院長先生なら、子供達もきっと安心するだろう。わたしは、のほほんとした心のままに、そんな勝手な想像を膨らませた。
「院長は、先生がなられるものだと。。。私に出来るでしょうか?」
「今のあなたになら、心配はないだろうと思いますよ。そして、」
ちょっぴり表情を固くした姉さんの問いかけに、アレンさんはしっかりと頷いた。姉さんならば心配ないと、わたしも同じようにしていたところで、くるんとアレンさんがこちらを振り向いた。わたしはよく分からなくて、どきっとしたまま目を泳がせた。
「ルフナには、できればそれを手伝ってほしいのですよ。いえ、これは決して、指示や命令ではありません。教会司祭としての依頼です」
アレンさんはにっこり笑うと、確かめるようにこちらを待っている。わたしは弱くなりそうな心を叱咤した。こんなきっかけは、今度いつ訪れるか分からない。わたしだって、そろそろ前を向かなきゃいけないはずだ。
「やらせて下さい!上手くできるかは分かりませんが、一生懸命やります!」
そう言葉にしてみて、新しい何かを始める不安は、自分の中にほんの少ししか無いことが分かった。わたしの中に今あるのは、たくさんの喜びだ。
「あなたがその気なら。。。私も負けてられないわね!」
「えへへ。頑張ろうね!それと、あの。。。え~っと」
これからのことが決まると、気掛かりはベンさんのことだった。
「以前、孤児院の運営をしていたのって、あの門番のベンさんなんですか?」
「そうです。ベンさんはアルスダム発動で、行方不明者が出たことに責任を感じて、自ら都市長を辞任したんですよ。私がこの街に来た時には、既に門番をされていました」
アレンさんの顔からは、恋人の命を奪われたという悲しみは感じられなかった。わたしがそれをどう尋ねるべきか迷っていると、アレンさんは、困り顔を恥ずかしそうに歪めた。
「私は、あの方を恨んでなどいませんよ。ベンさんにはカレンの勇敢な行動を、褒めてあげてほしいのです。ですが、あちらは未だに、私に対して罪の意識があるようなのですよ。それで私もどう伝えたものかと悩んでいるのですが」
アレンさんの気持ちも、ベンさんの気持ちも、よぉく分かった。お互いが思いやり、そのどちらもが苦しんでいると思うと、やりきれない感じがするのだ。
姉さんも眉を落として、ゆっくりと口を開いた。
「現在の孤児院の運営は、今の都市長様が行われているのですよね?」
「ええ、今の都市長である、エンダー様が執り行われておいでです。ですが、ベンさんの私邸を、孤児院として無償で使っている形ですから、声をかけないのは不躾になるかと」
わたしと姉さんは顔を見合わせて、二人して唸り声を上げた。アレンさんも良案が思い浮かばずにいるようだった。
わたしはこの孤児院運営をきっかけに、二人の蟠りを何とかしたくなってきていた。でも、きっかけすら思いつかない。そんな都合の良い方法なんて、無いのかもしれないけれど。
「その、前都市長殿が気に病むことなど。。。そもそも道理ではないのだ」
突如、どんよりとした声を背中に浴びせられて、思わず背中が跳ねた。もはやその存在すら忘れかけていたヴァレンの声だ。
「この南の地は、アルスダム家が守護すべき土地だ。水上都市としての機能を解除した時点で、せめて、エレスより南方に防衛拠点を築くべきだったのだ。。。」
こんな話なんて興味がないだろうと思っていたのに、ヴァレンは意外にも、誰よりも苦しげに声を絞り出していた。
「。。。ちょっと色々聞きたいんだけれど、アルスダム家って貴族さまなの?」
ところが、わたしが疑問を口にすると、何故かヴァレンは嫌悪感たっぷりに私を睨み付けた。まるで意味が分からなかったし、心臓がぎゅぅっと縮んで、息が苦しくなった。
わたしはこの人の目が、やっぱり苦手かもしれない。
「貴族?この国に貴族などおらん。初代国王様が廃されたのだ」
そんなことも知らないのか、と聞こえてくるみたいな顔つきだった。
わたしはこの人の表情が、どこまでも苦手かもしれない。
「ルフナはまだ、この国のことを勉強中ですから。そう睨まないであげて下さい」
アレンさんはそう言って、仕切り直すようにひとつ、咳払いをする。それは、アレンさんの講義の合図だった。
"先生"の気配に、途端にわたしは嬉しくなった。
「今、聞いたように、この国に貴族は存在しません。ですが貴族めいた仕組みならあります。"名門"とよばれる四大名家です。彼はその内の1つ、アルスダム家の姓を名乗る方です。四大名家の方々は、建国時の功績から四方の守備を慣例的に任され、それに応えてきました。四方とは言いますが、東西は海なので厳密には北、北東、北西、そして南方の脅威からの守護になります。北方には建国時、五つの国がありましたが、現在は三国になりました。つまりは、この北方三国からの守備は他の三家が、南の魔獣からの守備はアルスダム家が司る、というのが現在の四大名家の矜持であり、事実上の責務なのです。しかし、実際のところ、建国以後の魔獣の脅威は限定的です。ですから特に近年において、アルスダム家は国境守備のための予備役や、首都の防衛にも尽力してきたのです」
どこで息継ぎをしてるのか、不思議なくらいだった。わたしが聞き惚れていると、アレンさんはここで大きく一度、息を吸った。わたしも、なんだか一緒になって大きく息を吸い込む。
「そして、彼が言いたいのは、16年前にエレスが水上都市としての機能を長期停止した時のことでしょう。理由は大きなもので2つあります。魔獣の脅威が大幅に減ったこと。そして、湖からの水路と、堤防全体の大規模な修繕が必要だったことです。前者は長年の努力の成果と言えます。後者は長年の酷使の結果、でしょうか。計画では3年間、水を抜いたままにして、徹底した修繕が行われるはずでした。その間も、緊急時には水上都市としての機能が損なわれないようにされていた訳ですが。。。不幸は起きるものです。それ以来、夏至の2週間程前から水を抜き始め、20日間余りの定期修復が行われるようになりました。これには根拠がありまして、夏至の前後は何故か、魔獣が非常に大人しくなるのです」
そこまで言ったところで、アレンさんの口はぱたりと閉じた。アレンさんの目は、苦笑いを浮かべた姉さんの方を向いたまま固まっていた。
「先生は相変わらずですね。。。」
「。。。要は、修復のために水上都市としての機能停止する間だけでも、エレスより南に拠点を築いて、見張りを強化しておけば、15年前の被害は無かったと。そう、悔いておられるのですよ、アルスダム家の方々は。通常手順で間に合うと、国家には捉えられていたんですね。あれだけの櫓があれば、そういう考えにもなります」
「ちなみに今年の夏至は明後日、5月の12日だ」
ハゼットが横から、少しだけ付け加えた。
前世より1ヶ月程早いのかと、うっすらと残る記憶が告げた。
夏至のお祭りという言葉がほんのり浮かんで、なんだか不思議と頬が熱くなった。




