表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/210

アレックス 初恋 4日目

 先週、私達は約束通りの時に会い、素晴らしい午後を過ごした。少なくとも、私にとってはそうであった。彼女もそうであったら、私はこの上なく満足だ。

彼女との間にできた、可愛らしい秘密もまた嬉しかった。

そして別れの時、私は毎週同じ頃に教会に通っていることを、彼女に伝えた。

彼女は頷き、にっこりと微笑んだ。

これを約束といえるかは分からないが、確かに、約束の日は今日である。



 私はこの日の午前、何度時計を見たことだろう。私の部屋には一基の時計がある。国王陛下である伯父から、一昨年の誕生記念日に頂いたものだった。その時計というものは、ぜんまいを巻くだけで、時を知らせてくれる非常に便利なものだった。歯車や振り子の組み合わせだけで動いているというこの機械は、恐ろしい程に精巧な作りだった。

これがこの部屋に現れた時は、1日中どころか、1週間ほどはこの時計の前に釘付けになっていた。私は確かに学者肌と言えたが、こういった機械に魅力を感じたことはなかった。ただし、この時計は別である。なにやら行ったり来たりと忙しく動くものもあるが、部品の全てが細々と、正確な動きをして、私を虜にするのだ。私はこの、不思議で正確な動きをする時計を、その部品達を眺めていると、時計を見ているはずが、時間を忘れられた。



 だが、時が近づいた。私は父が居なくなる時刻を見計らい、こそこそと部屋から出た。が、しかし、そこに父はいた。まるで私が今から、城を抜け出すのが分かっていたかのように立っていた。

「アレックス」

その声に、もはや私は顔をしかめることさえしない。

「なんでしょうか、父上?」

私達親子の会話が1往復より長く続くことは稀だった。ところが今日はそうではない、と父の顔が告げていた。

「お前はどこへ行くつもりだ?。。いや、止めよう。教会へ通うのは、もうよせ」

やはり父に知られていたようだった。私は暴れそうになる感情を必死に押さえつけた。

「やはり、後をつけさせていたのですね。妙にすんなりと城を出られるので、不思議ではありました」

「きちんと返事をしないか!止めよ、と言っている」

有無を言わせぬ、と言った口調で私を怒鳴りつける。しかし、父のこれにも慣れていた。

「いえ、止めません。私は行きます。つけたければご自由に」

できるだけ言葉に感情をこめないのも、いつものことだった。

「失礼いたします」

そう言って通り過ぎようとする私の肩を、父が掴んだ。これはあまり経験に無いことだった。

「いや、許さん。あの娘は、止めておけ」

父は声を低く、小さく、しかしやけにはっきりと言った。

「何故ですか?彼女が孤児であったから良くないと?」

「違う!」

父がその厳めしい顔を、さらに歪めながら言うので、私はそれを見たくもなかった。

「その程度ならば、なんとでもなる。問題はあの傷だ。あれでは城を歩かせることもできん!」

「なんという。。。なんということを。。。!!!」

私はあまりの怒りに、初めて父に掴みかかった。

視界が燃えるようだった。憤怒に言葉すら出てこない。私と父のいさかいは常であったが、今度こそは違う。私はこれまで、暴力に訴えることだけは避けてきた。それは父を肯定するようで、絶対に避けるべきものだったのだ。しかし今、我が腕は、弓を引き絞るがごとく振り上げられていた。

「アレックス!!」

それが父の声であったなら、そのまま拳は矢のごとく、真っ直ぐに飛んで行っただろう。しかし、その声の主は、敬愛する伯父上であった。

「どうした。お前らしくもないぞ」

王ではない、伯父としての言葉に、私はほんの少し気持ちを落ち着けた。

「なんでもありません。ただの親子喧嘩です」

私は伯父上に、このような姿を見られたのが悲しくて、衝動のままに走り出した。

『アレックス』

背後から二つの声が混ざるように私を呼ぶので、私は耳をふさいだ。



 午前中の、輝くような気持ちはどこかへ、手の届かない所へ消え失せてしまっていた。だが私は彼女に会いたかった。こんなに暗澹たる気持ちで、彼女に会わせる顔もないほど消耗しているのに会いたいのだ。彼女の前で笑う、そのための火種は、もはや心の中にないような気がした。しかし、しかし会いたいのだ。この気持ちは一体なんなのだ。


 ようやく教会の前に立つと、茫然とした。礼拝堂に足を踏み入れる、その気力が残っていなかった。

涙が溢れた。

教会の前で声もあげずに涙を流す私は、往来の人々の目に、さぞかし気の毒に映ったのだろう。声をかけるものこそいないが、私を見て奇妙な顔をするどころか、皆、物悲しいような、優しい顔をしていた。

歪み、揺れる私の視界にそのように映った。

しかし、その内の一人が赤い髪を揺らし、私の前までやってきた。そして私に、しっかりと、布を手渡してきた。私はそれでも動けなかった。その者は、彼女は、布を手にしたままの私の手をそっと包み、私の手ごと涙を拭った。

彼女は何も口にしない私を、何も言わずにただただ、見つめた。

私も、ただ、彼女の目元を見つめた。


 教会では布で巻きつけているはずの髪が、今日はあらわになっていて。

うっすらと吹く風に、子供をあやす様にひらひらと踊る髪を。

風に揺れる前髪から、ちらちらと覗く傷痕を。

優しく触れる、温かな両の手のひらを。

左の瞳から、輝くように流れ落ちる涙を。


 私は、恋とは美しいものだと知った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ