ルフナ スープ 5/35 15時ぐらい~
お腹はお肉で満たされなくとも、それを噛み締めた幸福で満ちていて、濃厚な血の通った四肢にめきめきと力が入った。串焼きを食べた数はきっちり5本。遅めの昼食にはちょうど良かったねと、わたし達は二人で笑い合った。その余韻に浸りながら、わたし達は町の中央へと赴いた。
その後、ランプと蝋燭を問題なく入手すると、残る買い物は食糧のみとなった。旅仕度はそれで完了するけれど、教会へのお礼の品物を、わたしは未だ決められずにいた。
「こっちのミニトマトは、エレスのより小さいんだねぇ」
わたしは最近になって、自分がトマトだと思って食べていたものが、ミニトマトだったと知った。こちらの世界のトマトは、わたしの記憶にあるスイカと同じぐらいに、大きくて重たいものだった。わたしはそれを何度も視界に入れていたはずなのに、ハゼットに指摘されるまでトマトだと認識できなかった。
「そうだな。トマトは元々、首都より南に生えていた植物だと聞いたことがある」
「へー。栽培条件でいえば、南の方が合うんだろうね」
少し青めのミニトマトを買っておけば、旅先での栄養補給に良さそうだなと、顔色の良くないミニトマトを2つ選んだ。これは4日後ぐらいに食べ頃になりそうだ。そう考えると同時にサリードの顔が頭に浮かんで、その前をサリムが騒がしく横切っていく。国境を越えたらすぐに、無事を伝える手紙を書こう。
「やぁ。ルフナちゃん」
わたしがミニトマトを両手に持ってぼんやりしていると、知らない町なのに、わたしの名前を呼ぶ男の人の声がした。と一度思ってから、すぐにその声の主に気が付いた。
「あ!リコさん!?」
わたしが振り向くと、そこにはやはり、リコさんがカゴを片手に立っていた。朝早くに教会へ行くようなことを言った手前、地面の底が抜けたみたいな心持ちになる。
「朝に伺う予定だったのに、すみません」
望郷は目の縁に残りつつも、わたしは目の前の恩人に頭を下げた。
「いやいや、あの嵐だ。むしろ、来てなくて良かった。強風が治まるまで、礼拝堂も開けられなかったんでね」
「そうでしたか。この後、礼拝と、あ、あと!お礼に伺おうと思うんですが、えっと。。。」
とっ散らかった頭は、なかなか安定を見せない。舌も喉も、黄色の木の実を食べた時みたいに不自由だった。
「ん?お礼なら寄付金を、そちらのヴァレンから受け取っているんだがね」
「え!?そうだったの?」
あたふたと倒れ込むように右足を半歩引くと、ヴァレンが目に入る。暴れ馬のようだった心臓は、そっと手綱を引かれて鼓動を落ち着かせた。
「昨日の別れ際にな。気付いてなかったのか」
ヴァレンが握手をしていたのは覚えている。でもあの時は城壁が気になったり、へちょへちょに疲れていたりと、今とは違った感じに注意を欠いていた。
「うん、全然。。。」
胸が多少静かになると、思考も少しは落ち着いた。
「それでも、わたしも何か。。。お礼をさせて下さい」
「そうかい。それなら、教会の夕飯作りを手伝ってくれないか?昨日聞いた話だと、君は料理が得意なんだろう?」
それは一番初めに思い付いて、自分勝手だからと切り捨てた、ささやかな恩返しの方法だった。北の生まれの人は皆、こうも相手の考えに寄り添えるものかと、わたしは言葉を失った。
「今日の調理当番は私でね。君が助けてくれると言うなら、大変助かるんだ」
全然似ていないハゼットと姿が重なるようで、その後のわたしの返事は草笛みたいに間抜けに響いた。
美味しいものを食べるのは幸せだ。だけど美味しいものを作るのも、同じぐらいの幸せを秘めている。
火の準備ができたら、まずはひよこ豆を茹でておく。井戸から水を汲んでくるのも、その後でいいぐらい。調理場の準備を済ませたら、夕食に使う野菜に、しっかりと水浴びさせる。水から上がったミニトマトをまな板にたくさん転がしたら、軽く刻んでフライパンに。それはとりあえず中火にかける。
「焦げないように混ぜてあげて。それと、ひよこ豆はそろそろいいかな」
「わかった」
ヴァレンにフライパンを任せたら、ナスとセロリと腸詰めと、それに玉ねぎを細かく刻む。止まったはずの涙の栓が取れてしまっても気にしない。少し柔らかくなったひよこ豆は、お湯と一緒にボウルに移す。空になったお鍋にオリーブ油を注いだら、刻んだばかりの4種の具材を仲良く炒めていく。
「しっかり混ぜて!あ、でも、ちょこっとだけ焦げ目がつくぐらいが美味しいから」
「。。。わかった」
所々に焦げ目が見えだしたら、煮込んだトマトもお鍋に合流させる。少なめの塩とコショウを入れたら、香草を入れてひと煮立ち。ひよこ豆の茹で汁を足したら、スープらしく具材を泳がせる。
「アレンさんは、ずーっと混ぜてたから。スープ皿に入れるまで、ヴァレンもお玉から手を離しちゃ駄目だよ?」
サラダが出来上がった頃、少しとろみが出てきたスープに、ひよこ豆を落としていく。
「優ぁしく混ぜてね?少しぐらいひよこ豆が崩れちゃっても、それはそれで美味しいんだけど」
ポルテ村からの激動の道のりにも関わらず、卵には僅かなヒビも無い。飼い葉袋の揺りかごで守られてきた卵達は、ここで一足早く旅を終える。
「わ!黄身が2つある!」
「俺はまだ、混ぜるだけか?」
11個あった大きな卵はオムレツに。それは6つに分けて焼き上げても、十分な見栄えのする大きさだった。最後に、スープにレモン汁を少し加える。味見をして、塩をひとつまみ足したら夕飯は出来上がりだ。ロレア姉さんがいたら、懐かしい味だと喜んでくれるだろう。
「ありがとう。これで終わりだよ」
「俺は、ただ混ぜて、パンを盛っただけだがな」
スープは首都風だけれど、エレスでよく口にしていた品揃えだ。目を瞑って、鼻を動かせば、そこはまるで故郷のようだった。




