表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
189/210

ルフナ スープ 5/35 15時ぐらい~

 お腹はお肉で満たされなくとも、それを噛み締めた幸福で満ちていて、濃厚な血の通った四肢にめきめきと力が入った。串焼きを食べた数はきっちり5本。遅めの昼食にはちょうど良かったねと、わたし達は二人で笑い合った。その余韻に浸りながら、わたし達は町の中央へと赴いた。

その後、ランプと蝋燭を問題なく入手すると、残る買い物は食糧のみとなった。旅仕度はそれで完了するけれど、教会へのお礼の品物を、わたしは未だ決められずにいた。

「こっちのミニトマトは、エレスのより小さいんだねぇ」

わたしは最近になって、自分がトマトだと思って食べていたものが、ミニトマトだったと知った。こちらの世界のトマトは、わたしの記憶にあるスイカと同じぐらいに、大きくて重たいものだった。わたしはそれを何度も視界に入れていたはずなのに、ハゼットに指摘されるまでトマトだと認識できなかった。

「そうだな。トマトは元々、首都より南に生えていた植物だと聞いたことがある」

「へー。栽培条件でいえば、南の方が合うんだろうね」

少し青めのミニトマトを買っておけば、旅先での栄養補給に良さそうだなと、顔色の良くないミニトマトを2つ選んだ。これは4日後ぐらいに食べ頃になりそうだ。そう考えると同時にサリードの顔が頭に浮かんで、その前をサリムが騒がしく横切っていく。国境を越えたらすぐに、無事を伝える手紙を書こう。

「やぁ。ルフナちゃん」

わたしがミニトマトを両手に持ってぼんやりしていると、知らない町なのに、わたしの名前を呼ぶ男の人の声がした。と一度思ってから、すぐにその声の主に気が付いた。

「あ!リコさん!?」

わたしが振り向くと、そこにはやはり、リコさんがカゴを片手に立っていた。朝早くに教会へ行くようなことを言った手前、地面の底が抜けたみたいな心持ちになる。

「朝に伺う予定だったのに、すみません」

望郷は目の縁に残りつつも、わたしは目の前の恩人に頭を下げた。

「いやいや、あの嵐だ。むしろ、来てなくて良かった。強風が治まるまで、礼拝堂も開けられなかったんでね」

「そうでしたか。この後、礼拝と、あ、あと!お礼に伺おうと思うんですが、えっと。。。」

とっ散らかった頭は、なかなか安定を見せない。舌も喉も、黄色の木の実を食べた時みたいに不自由だった。

「ん?お礼なら寄付金を、そちらのヴァレンから受け取っているんだがね」

「え!?そうだったの?」

あたふたと倒れ込むように右足を半歩引くと、ヴァレンが目に入る。暴れ馬のようだった心臓は、そっと手綱を引かれて鼓動を落ち着かせた。

「昨日の別れ際にな。気付いてなかったのか」

ヴァレンが握手をしていたのは覚えている。でもあの時は城壁が気になったり、へちょへちょに疲れていたりと、今とは違った感じに注意を欠いていた。

「うん、全然。。。」

胸が多少静かになると、思考も少しは落ち着いた。

「それでも、わたしも何か。。。お礼をさせて下さい」

「そうかい。それなら、教会の夕飯作りを手伝ってくれないか?昨日聞いた話だと、君は料理が得意なんだろう?」

それは一番初めに思い付いて、自分勝手だからと切り捨てた、ささやかな恩返しの方法だった。北の生まれの人は皆、こうも相手の考えに寄り添えるものかと、わたしは言葉を失った。

「今日の調理当番は私でね。君が助けてくれると言うなら、大変助かるんだ」

全然似ていないハゼットと姿が重なるようで、その後のわたしの返事は草笛みたいに間抜けに響いた。


 美味しいものを食べるのは幸せだ。だけど美味しいものを作るのも、同じぐらいの幸せを秘めている。

火の準備ができたら、まずはひよこ豆を茹でておく。井戸から水を汲んでくるのも、その後でいいぐらい。調理場の準備を済ませたら、夕食に使う野菜に、しっかりと水浴びさせる。水から上がったミニトマトをまな板にたくさん転がしたら、軽く刻んでフライパンに。それはとりあえず中火にかける。

「焦げないように混ぜてあげて。それと、ひよこ豆はそろそろいいかな」

「わかった」

ヴァレンにフライパンを任せたら、ナスとセロリと腸詰めと、それに玉ねぎを細かく刻む。止まったはずの涙の栓が取れてしまっても気にしない。少し柔らかくなったひよこ豆は、お湯と一緒にボウルに移す。空になったお鍋にオリーブ油を注いだら、刻んだばかりの4種の具材を仲良く炒めていく。

「しっかり混ぜて!あ、でも、ちょこっとだけ焦げ目がつくぐらいが美味しいから」

「。。。わかった」

所々に焦げ目が見えだしたら、煮込んだトマトもお鍋に合流させる。少なめの塩とコショウを入れたら、香草を入れてひと煮立ち。ひよこ豆の茹で汁を足したら、スープらしく具材を泳がせる。

「アレンさんは、ずーっと混ぜてたから。スープ皿に入れるまで、ヴァレンもお玉から手を離しちゃ駄目だよ?」

サラダが出来上がった頃、少しとろみが出てきたスープに、ひよこ豆を落としていく。

「優ぁしく混ぜてね?少しぐらいひよこ豆が崩れちゃっても、それはそれで美味しいんだけど」

ポルテ村からの激動の道のりにも関わらず、卵には僅かなヒビも無い。飼い葉袋の揺りかごで守られてきた卵達は、ここで一足早く旅を終える。

「わ!黄身が2つある!」

「俺はまだ、混ぜるだけか?」

11個あった大きな卵はオムレツに。それは6つに分けて焼き上げても、十分な見栄えのする大きさだった。最後に、スープにレモン汁を少し加える。味見をして、塩をひとつまみ足したら夕飯は出来上がりだ。ロレア姉さんがいたら、懐かしい味だと喜んでくれるだろう。

「ありがとう。これで終わりだよ」

「俺は、ただ混ぜて、パンを盛っただけだがな」

スープは首都風だけれど、エレスでよく口にしていた品揃えだ。目を瞑って、鼻を動かせば、そこはまるで故郷のようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ