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ルフナ 攻撃 5/34 右手をかざした時~

 わたしが触れた辺りは、細かな木片となって砕け散る。残るは長い丸太と、枝をたっぷり繁らせた先端部分だけだった。

「拳闘士か?!てめえ、妙な動きはするなと言っただろうが!」

頭目の男の声が響いた。そんなものには構わず、姿勢を低くしてもう一度小さな魔力を右手に込める。丸太の前を素早く右に移動すると、呼吸と気持ちを整えるために小さく深呼吸をした。身体に芯が通ったら、右手を丸太に張り付けて一息に砕く。さらに続けて、今度は渾身の魔力を注ぎ込む。

「ルフナ!」

ヴァレンの声と共に、わたしの左足に硬い何かがぶつかった。

「頭を守れ!俺が近くにいるうちは、前だけに集中しろ!」

それはヴァレンの盾だった。ヴァレンにこそ必要なはずだと思ったけれど、その判断を信じることにした。ことのほか軽い盾を左手で頭上にかざすと、そのまま道のど真ん中で、倒木越しに前方を見やる。頭目の男は、わなわなと震えながらわたしを注視していた。痛くも痒くもない視線は無視して、手を伸ばせば届く距離にいるヴァレンを想った。

「面倒くせぇ!やっちまえ!チビは。。。」

頭目の男の声が、わたしの迷いを断ち切った。ちょうど両端が道からはみ出る大きさの丸太に、触れないように握りこぶしをかざす。そのまま、時を待った。

「放っとけ!」

先手は先手でも、狙うは()(せん)だ。男の声に少し遅れて、耳鳴りのような高い音がいくつも響く。それを合図に、右手の激しい痺れを解き放った。それで短い丸太は、坂を駆け上るはずだった。その結果が出る前に、次に備えなければと、わたしは間髪入れずに右手に意識を集中させる。

短い丸太は、くの字にぐんと曲がると、しかし思った通りにはならずに真ん中でポッキリと折れた。そしてその2本に分かれた巨大な木片は、嘘のような速さで前方の空間を切り裂いた。逆巻く風どころか、身体を持っていかれるぐらいの、猛烈な空気の流れが起こった。思わず地面に手をつくと、ヴァレンの大きく引いた左足が視界の端に映った。

それと同時に、木を飛ばしただけとは思えない程の音と衝撃が、身体の表面をびりびりと揺らす。木片はそのまま前方の賊にぶつかる、ことはなく、その両側に生えていた木にぶつかって、派手に破片を撒き散らした。

「もう少しだけ守ってて!」

わたしが用意していただけの言葉を叫ぶのと同時に、前方の五人は、ぱったりと地に倒れ伏した。乗り手を失った馬達はふらふらになりながら、坂の向こう側へと逃げて行った。

それを見てしまったことを、少なからず後悔した。いくら覚悟と決意はしていても、人を傷付ける一撃というものは自らの心を抉る一撃でもあった。自分の行動の結果が、ただただ恐ろしい。わたしの手足は、視線と共に凍りついてしまった。

「なんだ今のは!?」

後方の賊達が口々に驚嘆の声を上げる中、呆然とするわたしの手を、ヴァレンが引いた。手を引かれるまま右手の林に駆け込むと、ようやく我に返って、さっと盾を頭上に掲げる。何が大事か、もう一度自分に問い掛ける。

そうして改めて、前後の賊の様子を確認した。前方の賊は昏倒したままだ。後方の五人の内、騎兵の一人だけはこちらに馬を走らせていた。弓兵の二人は左右の倒木や立ち木に姿を隠すのが見えた。

キーンと小さな音が、盾のさらに上側から響く。すぐにヴァレンが、左前方にあった木を細剣で指し示した。

「この木の上だ!折れるか?」

わたしは返事より先に、右手を立ち木に当てて幹を粉砕した。

「こっちに来てる一騎をお願い!フルン達を呼んでみるから」

ばさばさと音を立てて木が倒れ始めると、樹上にいた男が一人、悲鳴を上げながら転落した。

「木に身を隠せ!」

ヴァレンはその男を蹴りつけると、騎兵に向かって細剣を構えた。そちらはヴァレンに任せてしまって、わたしは逃走の準備に入った。道を挟んだ反対側の斜面には、フルンとケルンの姿があった。ふたりに狙いが向くのは良くない。わたしは右手に全力を集中させると、息を思い切り吸い込んで、怒った時のロレア姉さんを頭に思い描いた。

「手加減はこれで最後だ!!これ以上、私達に害をなすなら!」

この怒りは本物だ。あえてゆっくりと、地を這う声を轟かせた。身を隠していた立ち木から飛び出すと、倒木の陰で右手を構える。

「もはや一切!容赦はしない!!」

さっき倒した木を、そのまま後方の一団がいる方向に放つ。狙いは、やや上にした。こちらに近い谷の底で、騎兵を翻弄するヴァレンに、間違っても当たらないようにするためだった。

「フルン!ケルン!行こう!」

再びの衝撃が身体を舐める中、フルン達に声をかけた。左側から破裂音が響くと同時に、わたしが走り出すと、フルン達も同じように駆けてきてくれた。それに安心して、左手の盾をしっかりと前に構えた。瞬間、盾に何かが当たって、カチンと軽い音を立てる。背筋が冷えて、考えるより先に右手に熱が集まりだした。

もう一人の伏兵は、フルン達がいた所よりも奥の木々に身を潜めていたようだった。その男は、こちらに向けていた筒のようなものを放り捨てて、右手をフルン達に向ける。わたしの中で、憤怒が牙を剥いた。

「卑怯者!撃つなら私を狙え!」

わたしは盾を手放すと、ヴァレンを乗せていたソリの前で一喝した。男の右手がビクッと動いて、それを一度、こちらに向けたかと思うと、ふるふると狙いをさ迷せた。わたしは右手を横に真っ直ぐ伸ばしてフルンを見た。フルンは敏感に反応して、走りの向きを変える。わたしはすぐにソリを立てて、その裏で右手を構えた。耳鳴りと賊達の困惑混じりの怒号がいくつも聞こえる。

「飛んでけ!」

ソリが吹き飛ぶと、すぐに盾を拾い上げてフルン達の方へと駆けた。前を見れば、ヴァレンがケルンに跨がるところだった。無防備に見えたヴァレンの左側で、石の欠片が宙を舞う。耳鳴りと一緒に、左奥の林から破砕音が響いた。

「前を行け!全速で駆けろ!」

「うん!」

フルンに飛び乗ると、すぐに横腹に合図を送る。前屈みになれば、耳が風を切った。坂を登りきる手前には、先ほどまでは昏倒していた五人の姿がある。まだ立つことはできないのか、それぞれ四つん這いになって、わたし達から逃れようと必死に足掻いていた。その五人が生きていることに、わたしは安堵していた。

「付け狙うようなら、命は無いと思え!」

わたしとフルンがその間を駆け抜けると、後ろにいたヴァレンが、賊達に警告を発した。それ以降、ヴァレンの守りから耳鳴りが響くことはなかった。

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