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ルフナ 蔓 5/34 6:50~

 一日の行程を組み終わると、時計の蓋をぱちんと閉じる。

「お昼御飯までに、二回ぐらいは休憩を取るね。おじさんに聞いたら、パランまではそんなに遠くないって。馬を急がせれば昼過ぎには着くみたい」

とはいえ、フルン達を速歩(はやあし)で進ませるつもりはない。速歩の制御は、乗り手の神経と体力をも消耗させてしまう。今のヴァレンにそれを求めることは、あまりに残酷だった。

「あぁ。。。半日ぐらい、なんてことはないな」

ヴァレンの返事には、いつも程の力を感じない。それでもわたしは、止めようとは思わなかった。ヴァレンに微笑みを送ってから、フルンの横腹に合図を送る。

「それじゃあ、行こう」

フルンは元気に蹄を鳴らす。決断してすぐに動いたおかげで、他の旅人達に遅れることなく出発ができた。しかし、どの馬車も荷物を満載していて、ヴァレンを寝かせてあげられそうな空間はなかった。

「まだしばらくは、雨の心配はしねぇで良さそうだな」

馬車の隣を通り過ぎる時、旅人の一人がそう言っているのが聞こえた。風はぬるく穏やかで、空を覆う雲からは、まだまだ青みが透けて見える。

「日差しが緩いのを喜ぼう。これならかなり楽だ」

少し後ろにいるヴァレンが、今度は、はっきりした声を投げた。会話は疲労になるのか、それとも気力となるのか。慎重に見極めなくてはならない。

「うん。フルンとケルンも、あんまり汗をかかないで済みそうだね」

今日は絶対に、ヴァレンから離れない。フルンの長い首筋に、それをしっかりと伝えた。


 ヴァレンの体調は、やはり楽観できる状態ではなかった。

「ほら。少しだけでも横になって、目を瞑ってて?」

一度目の休憩場所にたどり着くと、うっすらと見える木影に布を敷いて、即席の寝床を作った。青ざめた表情のヴァレンは、言われるがままに寝転ぶと、苦しそうに息を吐いた。

「お疲れ様。ふたりは大丈夫?」

フルン達は健康的な汗にまみれて、水を飲んで良いかと鼻を寄せてきた。山に近い清流は恵みに溢れていて、ころころと流れる水音が耳に心地よかった。

「うん、どうぞ。たくさん飲んでね」

布巾を2つ、川で湿らせると、その清潔な方をヴァレンのおでこに乗せる。そして残るもう片方で、フルン達の身体を拭った。

「一昨日に比べたら、全然暑くないね。でも今日はこのまま、ゆっくり歩こうねぇ」

ふたりには明るく声をかけるよう、いつも以上に心掛けた。川のせせらぎと、わたし達の穏やかなやり取りが、少しでもヴァレンの気力になれば良かった。

雲は厚みを増して、その色に嘆きを含み始めている。大して暑くもないのに、額に汗の粒が流れて目に入った。袖で顔をぐいっと拭うと、そのまま拳を突き立てて、攻撃魔法で雲が払えないかと夢想した。

少しの間そうやって、空しくなってきたところで手を下ろした。呼吸は苦しくないし、喉も痛くない。食欲も問題なければ、疲れも特に感じない。

自分の体調を確かめ終わると、フルン達におやつの黒糖をあげてから、ケルンのお尻の方にある革鞄を探った。その底の方にあった雨具を一番上に配置し直すと、そっと鞄を閉じる。ふたりの前に戻ると、ふわりと頬に手を当てた。

「もうちょっと休んだら、出発しようね」

ふたつの頬に挟まれながら、わたしは苦しい決断を口にした。


 この世界の街道警備隊の任務を考えれば、彼らが盗賊等の不届き者に目を光らせることは、二次的な役割でしかない。

アレンさんからその話を聞いた時、全く何を言っているのか分からなかった。その時、わたしは少しばかり頭を働かせて、魔獣という脅威を排除することが、彼らの一番の仕事なのだと推理してみせた。しかし、それは正解ではなかった。

「待って!!(つる)が這ってる。。。!」

草原を突っ切るように作られた道を進んでいると、その右側から、茶色のひょろひょろとした蔓草が伸びているのが確認できた。よくよく見ると、それは今もゆっくりと動いて支配を広げている。

こういった蔓草の場合、小動物を絡めとって肥料にしてしまうというのが生態的特性のはずだった。日中における蔓の瞬発性は凄まじいらしく、人や馬の脚にも十分に脅威になる。大きさによっては骨折なども有り得るらしい。

街道警備隊の主たる任務とは、このような害となる植物の排除だった。先にここを通った旅人によるものか、保護色の蔓草のずいぶん手前には、注意を促すように線を引いてある。

「長いな。。。完全に、道を横切ってしまっている」

ヴァレンが言うように、問題はそこにあった。大きく迂回して茂みに足を踏み入れるにしても、そこにも蔓が這っている恐れがある。

「少しずつ、処理していく方が良さそうだね。わたしがやるから」

フルンから降りると、焚き火用に集めておいた小枝の中から長いものを1本選び取る。それを右手に持つと、一番手前に見える蔓を突いた。すると思いがけない速さで、それは左から右へと巻き取られていった。十分に警戒していたはずなのに、右手に持っていた小枝は奪われてしまった。

「植物なのに、なんでこんなに速く動くかなぁ。。。」

思わずそんなことをぼやいてから、長い枝を一本ずつ両手に持った。左手のものは予備として持っておいて、右手の枝を素早く突き動かすようにした。

細い蔓は反応が良くて、一度突けば巻き取られていく。しかし、太いものになると反応は鈍く、なかなか動くことはない。時間だけが、じりじりと削られていく。焦る心を抑えながら、一本また一本と、時には小枝を奪われながら進んでいった。

ひたすら地道に目の前にあった蔓を半分近く処理したところで、見るからに頑固そうな一本が立ち塞がった。

「気をつけろ。少し、下がっているんだ」

いつの間にか地面に降り立っていたヴァレンが、腰の細剣をすらりと抜き取った。ふらふら歩いていたかと思えば、剣を手にした瞬間、ヴァレンの歩みに力が宿ったのが分かった。

「ヴァレンも、気をつけてね?」

わたしが一歩下がると、ヴァレンはわたしの手を引いて、更に三歩ほど後ろに下がらせた。わたしがドキッとする間に、ヴァレンは腰を落として剣を構える。と、その時、わたしにはヴァレンが飛び退いたようにしかみえなかった。

「わ!!」

次の瞬間、太い蔓が土埃を巻き上げながら、猛烈な勢いで走った。

「これは、蔓が走った跡だったんだね。。。」

土埃が風に流されると、地面には太い筋が一本残された。

「そうだ。この2本の線が交わるあたりに、こいつの本体があるはずだ。警備隊のためにも、この線は綺麗に残しておくんだ」

「うん。残りは任せてね」

わたしが残りのものを処理する間、ヴァレンは安全になった左手前の草の上に身を投げ出して、じっと目を閉じていた。

その途中、蔓の下側を刺激すると小枝を奪われずに済むことに気が付いて、俄然、効率が上がった。ちょっぴり危ない方法ではあったけれど、なんとか怪我はせずに済んだ。道路の隅にチョロチョロしていた蔓まで撃退し終えると、ほっと息をついた。

「お待たせ!もう大丈夫そうだよ」

「あぁ。こちらもかなり楽になった」

わたしが声を掛けると、ヴァレンはゆっくりと身体を起こして、外套に引っ付いた草を払った。

「おまえには悪いが、休憩は十分取らせてもらった。フルン達には、休憩前に水を飲ませてある」

ヴァレンの言いたいことは、しっかりと伝わった。フルン達の水袋に目をやれば、確かにさっきまでよりも萎んで見える。

「ありがとう!わたしは全然平気だよ?そんなに大変な作業でもなかったし、このまま行こっか」

そうすれば、お昼休憩の場所まで予定通りに進めそうだった。赤みが戻ったヴァレンの顔色と、暗さを増す空色とを確認してから、わたしはフルンに跨がった。

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