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ルフナ 悪意 5/30 歩きだしてから~

 井の字通りには、高札がいくつも立てられて、そこに書かれている文字は読みやすいものだった。どの高札の前にも大変な人だかりができていて、その中には処刑を面白がるように、下卑た笑みを見せる人の姿もある。

わたしは、それをひとつひとつ叩き折りたい衝動に駆られながら、その傍らを通り過ぎた。そんなことをしている暇は、わたしには無かった。爪が食い込んで痛くても、握りこぶしを解くことはできなかった。

わたしは、ふと思い立って、フルンの腰に掛かっていた鞄を手に取った。その中からポンチョを取り出すと、頭からすっぽり被った。これからお尋ね者になることだって覚悟の上で、フードでしっかりと、この真っ赤な頭を覆い隠す。わたしの特徴の半分が隠れたと思うと、少しは大胆に行動できそうだ。

「これならあんまり目立たないよね?」

わたしが聞いても、ハゼットは小さく頷いただけで、何も言わない。ハゼットは先ほどから、フルン達の曳き手を持って、静かに後ろをついてきている。ハゼットはガルシアの予想外の行動に、どうやら、わたし以上に混乱しているみたいだった。

アレンさんもその後ろにいるはずだけれど、今は何となく目を合わせづらくて、わたしは前ばかりを見ていた。

わたしはもう、分からないことを考えるのは止めた。

ガルシアが、本当にヴァレンを助けるために何かするというのなら、それに全てを任せるという選択肢も、確かに存在する。しかし、神様に問い掛けるというのが、わたしには全く理解できないし、納得できるはずもない。神様に聞くまでもなく、ヴァレンに罪なんて1つもないのは、わたしからすれば明白なのだ。

だから、それをぼうっと見ている気なんて、これっぽっちもない。その場でヴァレンの無実を主張して、それが通らないのであれば、わたしは最後の手段を取る心積もりだった。

「ついてくるなら、ハゼットはフルン達を見ててあげて。わたしはできるだけ、前の方に行くから」

「あぁ、分かったよ。。。こいつらのことは任せてくれ」

通りを歩く人達は、皆がわたし達と同じ方角に向かっている。この調子だと、あの閑散としていた広場には、既に多くの人が詰め掛けているであろうことは予想できた。

更なる怒りがこみ上げてきて、いっそ、わたしの頭は冷たくなる。

ここが知らない町で、本当に良かった。ここがエレスで、もしも、ヴァレンの処刑を一目見てやろうと集まる、エレスの住民達を目の当たりにしてしまっていたら。わたしは、この世界での故郷を失っていただろう。

これまで、わたしはこの世界の優しさにばかり包まれていたおかげで、人間のどろどろとした部分に触れてこなかった。ところが今、そんな暗くておぞましい好奇心を隠そうともしない人達が、あの広場に沈殿していく。

だったらわたしは、その中に飛び込んで、ひとり沈んでいこうとするヴァレンを引っ張り出すだけだ。この道を歩いていると、それを邪魔する人達のことなんて、そんなモノには一切、気遣う必要はないと、暴力的な考えがわたしを支配しようとする。

倒木を跳ね飛ばした時のように、広場にあった街路樹でも跳ね飛ばせば、いとも簡単に道はできるんだろう。いや、できてしまうのだ。予感じゃない。その確信がある。

だけど、わたしは決して、そんなことはしない。そんな手段では、ヴァレンの命は救えても、絶対に救われない。わたしの取るべき手段は、そんな血みどろなものじゃないはずだ。こんな時の為に、わたしは攻撃魔法の威力調整を試みていたのではないか。

「ハゼットにお願いがあるんだけど、いいかな?わたしもできる限り、乱暴なことは控えるつもりだけど、それでももしも、わたしとヴァレンがエレスに帰れなくなったら、姉さん達や、シエラさんにも謝っておいてくれる?」

わたしは思いを前方に定めたまま、決意を込めて、ひとつの願いを口にした。姉さんとの約束を反故にするのは、心が痛んだ。姉さんや、サリムやサリードに会えなくなるとしたら、わたしの勇気は、たちまち灰になってしまいそうだ。

しかし、それでも、この想いは止まろうとはしない。

「できればそんなことは避けてほしいんだが。。。仕方あるまい。それじゃあ君も、ふたつ約束してくれ」

ひとつじゃないんだなと、可笑しく思った。ハゼットのその欲張り加減には、顔の力が抜けるのを感じる。

「なあに?」

わたしが振り向くと、そこにはフルンとケルンの鼻があった。

「ヴァレンを連れ去るつもりなら、ついでにフルン達も連れて行ってやってくれ。今なら君を追いかけて行きそうだ。役立つだろうし、こいつらもきっと、それを望んでる。借り物だなんてことは、気にしていられないだろう?」

これから処刑される者を連れ去ることに比べれば、それは些細な罪のはずだ。もちろんフルン達が一緒なら、心強いものがある。だけど、それはわたしにとって、ヴァレンを連れ去ることよりも、心苦しいことだった。

「シエラさん達に迷惑がかかるのは、もうこれ以上は避けたいんだけどなぁ。。。」

「放っておいても、フルン達はついていくさ。シエラさん達も、分かってくれるだろう。これが、1つ目の約束。。。願いだ」

わたしは返事をせずに、2つ目の約束を待った。

「2つ目は、いつか必ず、エレスに帰ってくることだ。これは必ず守ってほしい。君とヴァレン、二人一緒にだよ」

それは、わたしの願いでもあった。ついさっきまで、ヴァレンと一緒に旅することを願っていたはずが、このほんの短い間にそれを一番に願うようになっていた。エレスで過ごした日常の幸福に、その得難さに、わたしはようやく気がついたのだ。

「うん。わたし達は絶対に、エレスに帰るよ」

わたしがそれを伝えると、ハゼットは再び、静かに頷いたように思った。その時、ハゼットは小さく何かを言ったのかもしれない。けれどもそれは、地面の底を揺さぶるようなざわめきによって、わたしの耳には入らなかった。

ついに左側に見え始めた広場には、信じられない程の群衆が存在した。わたしの心は、再び大きな炎に閉ざされた。

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