ルフナ 協力者 5/22 握手を交わした時~
「そうとなれば、まずは準備だな!」
握手を終えると、ハゼットは拳を握りしめて、大声で宣言した。
「準備。。。えーっと、何から始めたらいいんだろ??食べ物?首都までの食べ物の買い出しとか?全然、分かんないや」
まだまだ動揺中のわたしは、少しだけ後ろを向いて、目元を拭った。
「まずは馬の手配。。。あっ!でも君は、馬には乗れないのか?となると、歩きは無茶だし、乗り合い馬車に乗るしかないか。。。」
「うーん、そうだね。多分、馬には乗れないと思う」
自分が馬に乗る姿を想像してみても、役に立ちそうな記憶が浮かぶことはなかった。
「乗り合いの馬車だと、首都まで1週間ぐらいかかるんだよね?」
それぐらいなら、ヴァレンの誕生日には間に合いそうだった。ただし、それをわたしが祝えるかどうかは、ヴァレンのお返事次第だと言えるけれど、今は、暗い未来を想像するのはやめた。
「馬が元気で、なんの問題もなければそのぐらいだね。それよりも、定員にどれだけ空きがあるかだなぁ」
そこでハゼットは腕を組んで、急速に表情を曇らせる。
「そんなに空きが無いものなの?」
「明日や明後日の便となると、一人も空きがなくてもおかしくない。君と私、それに護衛を引き継いだというガルシアも一緒にとなると、三人分か。。。明日は、間違いなく無理だろうな。出発は急ぐのかい?」
馬が元気に歩いてくれるという保証はどこにもない。わたしとしては、明日にでも発ちたい程だった。
「うん。。。どうせなら、ヴァレンの誕生日に間に合う方がいいから」
「ふーむ。。。そうなると、むしろ私を数に入れない方がいいのかもしれないな。。。」
「えっ?!あぁ、でもそうなのかな。。。」
本当に急ぐのなら、わたしは一人ででも、首都に行くべきなのは分かっていた。ハゼットは既に、わたしを奮い立たせてくれたのだから、これ以上お世話になるのは頼り過ぎな気もする。これは、わたしの想いを貫き通すための旅だ。頑張らなきゃいけないのは、わたしだ。
ハゼットには感謝をしっかりと伝えて、明日、一人ででも首都に向けて出発しようかと、わたしは、そう思い始めていた。
「力になると言ったのも、馬での旅になると思っていたからでね。。。乗り合い馬車なら、私がいなくとも、無事に首都までたどり着けるだろう。。。」
ところがその時、ハゼットがしょんぼりとしているように見えて、こちらの決心が鈍りそうになる。
そうやって、わたしが気持ちをぐらつかせていると、食堂の戸を叩く小さな音が、沈黙の中に降ってきた。
「すみません。ルフナさんは、こちらにいらっしゃいませんか?」
続いて聞こえてきたのは、ヴァレンのお姉さんの、シエラさんの声だった。まさかの来客に、わたしはすぐさま戸を引いて、シエラさんを迎え入れた。
「シエラさん!ヴァ、ヴァレンのことはご存知なんですか?首都に、帰っちゃったって。。。」
わたしが挨拶もせずに話し始めると、シエラさんは食堂の中に入って、静かに戸を閉めた。
「ええ。さっき、フィオニス家の方が手紙をね。部屋を返すことと、部屋に置いてあった、これをあなたに渡してくれってだけ書いてあったのよ」
シエラさんは、茶色っぽい瓶でいっぱいの大きなカゴを、私に差し出した。ずっしりと重たいカゴをすぐにテーブルに置いて、わたしは、その中からひとつだけを手に取った。
「この細長いのは?。。。あ、これってもしかして腸詰めですか?」
「そうみたいね。約束の品だ、って書いてあるわ」
昨日のお別れの時に、ヴァレンが言っていたことを思い出して、思わず膝が抜けそうになった。最後の約束は、わたしを教会に帰すためについた嘘だったんだと思っていた。でも、ヴァレンはそれを、きちんと守ってくれたのだろう。
「昨日、何か美味しいものを買ってきてやるからって言ってたんです。。。それでヴァレンは、腸詰めを。。。というかきっと、お肉を、選んでくれたんだと思います」
その腸詰めの量には、他の約束を守れなくなったお詫びが込められているような気がして、わたしは胸が苦しくなった。
「凄い量だなぁ。しかし、腸詰めとはねえ。。。絶望的なまでに色気がない。こいつはヴァレンらしいと、私は笑ってやるべきなのかい?」
ハゼットも、苦笑いをしながら、腸詰め入りの瓶を持ち上げた。
「あ。この人は、わたしの頼りになるお友達のハゼットです」
わたしは、まずはシエラさんにきちんとハゼットを紹介した。
「もうなんとなく分かってるかもしれないけど、シエラさんは、ヴァレンのお姉さんだよ」
二人はお互いに頭を下げて、軽く微笑み合う。わたしは、ハゼットの口から、出会いの挨拶というものが飛び出さないのを、不思議な気持ちで見ていた。
シエラさんが指輪を身につけているからだろうかと、見当を付けたところで、わたしはひとつ、全く別のことが気にかかった。
「あれ?今日はディール君は、お留守番ですか?」
「ええ。今日は、ラガルが家にいるのよ」
ディール君が、お家で一人ぼっちじゃないと分かって、ほっと息をついたところで、シエラさんは突然、わたしの両手を握り締めた。
「今日はね、この腸詰めを届けに来たというよりは、あなたのことが気になってしまって押し掛けたのよ」
「わたしのこと?」
シエラさんの手と目と仕草に、わたしはドキドキしながら聞き返した。
「こんなことを私に頼むんだもの。あの子は、あなたにお別れも告げずに行っちゃったんでしょう?」
知っていることのように告げるシエラさんに、わたしはどこまでも素直な心持ちになった。それでも、自分の弱さをさらけ出すと、また笑われてしまうんじゃないかと、ぎりぎりで踏みとどまる。
「そうですね。。。だから今、わたしも首都に押し掛けちゃおうかなって、ハゼットとお話してたんです」
わたしが強がり混じりに言うと、シエラさんはその美しい顔を、更に、ぱっと輝かせた。
「あら!それはいいわね!あなたが落ち込んでいるんじゃないかって心配してたんだけれど、要らないお世話だったのね。本当に良かったわ」
さっきまで挫けてしまっていたことは、絶対に言わないでほしくて、少しだけハゼットに視線を送った。
そこでシエラさんは、わたしの手を離すと、わたしとハゼットを交互に見た。
「私から提案があるのだけれど、聞いてもらえるかしら?」