ロレア 相棒 5/8朝~
国王陛下の元に、エレスの先生より緊急の報せが届いてから、修道女の私に命が下るまで、それは1日とかからなかったそうだ。私は首都の教会に併設された孤児院で育ち、11の頃から教会に仕えている。孤児院にいた頃から、私にとってアレン司祭様は、親であり兄であり、先生でもあった。
私が教会に仕え出してしばらくした頃、先生はエレスの教会へと旅立った。それ以来、先生と顔を合わせたことはない。いつか立派になったらエレスに行こうと、教会の仕事はなんだってやった。首都近隣の村へ馬を走らせて、葬儀や婚儀を執り行うことは私の日常だ。大工に混じって、教会の大屋根の修理を手伝ったことさえある。全て、自分の成長のためだった。
全ては、この時のため。だからこれから再び、先生に師事できることが、私はこの上なく嬉しかった。
転生者の存在は、おおっぴらにされることはない。この国でにおいて転生者の自由意志は、尊重されるべきものだ。だから、その行動を何者かに強制されないよう、悪意ある者から守る必要があったのだろう。
私もその必要性については理解している。だが私は、可能であれば彼女の友人となり、その生活を守るよう命令されていたのだ。命じた誰かさんは、これをふざけた命令だとは思わなかったのだろうか。
そして私には今、一人だけ同行者がいた。彼は背丈はそこそこで、茶色の髪をした真面目な青年といった風貌だ。立派な胸当てと外套がよく目立つ。歳は私の少し下といったところだろう。彼は名をヴァレンティオンというらしい。出自麗しく姓もあるようだ。
しかし、彼はそれを名乗ろうとはしない。彼は近衛騎士だったと聞いている。それがこの度解かれ、ルフナ嬢警護の任務を与えられたという話だった。彼の本心は私には分からないものの、使命に燃えるといった意志は見えず、落胆や挫折といったものが見え隠れしていた。
「貴女は本当に修道女なのか?馬に乗れるだけでも驚いたが、こう何日も駆けてきて、ここまで疲れを見せない者は兵でも珍しいぞ」
ヴァレンティオンがこの旅で初めて、褒め言葉を寄越した。これまで散々な扱いを受けてきた私としては、それは気味が悪いものでしかなかった。
「あら、嬉しいわ。実は男勝りといった褒め方は、度々されるし、私の自慢なのよ」
私が笑顔で応えると、蔑みを見せることなく、彼は殊勝な表情を覗かせた。ますますよく分からない。
私達は首都を出発する直前に引き合わされて、挨拶もそこそこに、ここまで馬を走らせてきた。道中、何度も休憩と野営を挟み、何とかここまでやってきた。馬には恵まれていたが、相棒には恵まれなかったとまで考えていたのだ。
「まさかエレスまで、4日でたどり着けるとは思っていなかった。貴女を見くびっていたことを謝罪する」
謝罪すると言われても、素直に受け取れという方が無理な話だった。この男はこれまで、進んで会話してきたことさえなかった。しかし。神の教えである寛容の精神を極限まで高めて察するとするならば、これはもしや、彼なりに深く反省したということなのだろうか。可愛らしいと言えなくもない。が、こちらとしては、文句のひとつやふたつでは気が済まない。それぐらいは寛容されて然るべきだろう。
「少しは認めてもらえて良かったわ。私の名前は覚えてもらってるのかしら?ヴァレンティオン様」
「覚えているとも、ロレア殿。それと、ヴァレンで構わない」
彼はまだ少し、ばつの悪い顔をしながら、珍しく応えを寄越した。私の皮肉が通じたのかは、よく分からない。
「ありがとうヴァレン様。私には殿、なんて結構よ」
私が掛け声と共に右足で軽く合図してやると、馬は街道の横の小川を、上手に飛び越えた。
馬はやはり、素直だった。誰かさんとは大違いだ。
太陽が少し傾きだした頃、私達はようやく森を抜けた。すると小高い丘に突き刺さるように建つ、細長い塔が見えた。
「あれがエレスの遠見櫓だ。相変わらず見事なものだ」
ヴァレンが喜びの嘆声とともに、そう語った。
これまで道や街道警備隊の詰所はあったものの、これほど巨大な建造物は久々だった。人の気配に触れると緊張が解けて、さすがに少し疲れを感じる。だけどそれをこの男に悟られるのは、なんとなく癪だった。
「馬も元気だし、少し駆けていきましょう!」
声を上げるや否や、私は手綱を操り、馬を走らせた。少しひんやりとした風が、疲れた身体に心地良い。後ろを見ると、ヴァレンも同じように馬を駆らせていた。
昨日まではこの無礼な旅の相棒を、本当にルフナ嬢に会わせて良いものかと悩んでいた。彼という存在が、ルフナ嬢にとっての脅威になるのではないかと、私は悪い予想ばかりを立てていた。それでも旅の終わりに気持ちを落ち着かせたのか、ほんの少しばかり素直になった彼を見ると、何とかなるような気もしてきた。きっとうまくいく。はずだ。
私達が走り出して少しした頃、いつの間にか雲が空を覆っていた。風が冷たくなっていることにも気付いた。しかし、最後に少し駆けたおかげで、雨に打たれずにすみそうだった。ほんの少しのきっかけで、物事が好転する気配に胸が沸き立つ。私の気持ちに押されるかのように、馬が足を速めた。