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アレン司祭 日常 5/1 5:00~

 ~ジュラの国、人魔辺境拠点エレス~

 この世界の教会は、稀に転生者を授かる。転生者はなんらかの使命を帯びて召喚されるとも言われているが、それが何なのか。正確なことを知る者はいない。しかして、この何でもないはずの月始めの日。一人の転生者が、日の出とともに召喚されたのだった。

 ――――――



 朝の祈りを捧げようとしたその時、我が身は直感に打ち震えた。それは天啓というべきものだった。これは奇跡そのものだ。話には聞きつつも今や半信半疑どころか、今や疑いの方が勝っていた。しかし、真実だったのだ。

これから何が起こるのか、不思議とすぐに理解できた。まぶたをしっかりと閉じているのに、あまりの眩しさに頭を垂れた。

「神よ。。。」

その言葉が、これ以上ないほど自然に滑り出る。私がその場にひざまずくと同時に、朝日が真っ黒に見える程の閃光が視界を支配する。エレスの教会に(つか)えること14年。初めて目にする奇跡に、そして神という存在に、最大限の感謝を込めて頭を沈めた。

温もりで満たされた胸中に、しかし、ひやりと触れるものがあった。今、この場で転生者へ対応できる者など、私一人しか存在しない。となれば転生者は、私の発するただの言葉の一粒で、こちらの世界に対して失望どころか、それこそ害意を抱くことさえ有り得るのだ。

司祭として常に戒めてきたこの身であったが、この時ばかりはその覚悟を新たにした。

「私は、この教会の司祭のアレンと申します。あなた様はこの状況を理解されておいででしょうか?」

私は跪いたまま、ただただ慎重に問いかけた。ほんの少し視線を上げると、これは靴だろうか。そうだとすれば、そこそこに大きな爪先が視界に入る。真っ白な紐で靴の甲の辺りを幾重にも縛り付けてある。なかなか面白い造りの靴だと、少々気を取られてしまった。ところがだ。私がそのまま、いくら待てども返事はない。微動だにしない転生者を前に、もう一度声をかけるべきか逡巡していると、咳払いのような音が小さく耳に届いた。

「。。。ええ。なんとなくは理解してますとも。俺の使命はなんでしょうか?」

予想よりも、高い声音だった。小さな違和感はさておき、その転生者の柔和な気配に、私は少しばかり胸を撫で下ろした。とはいえ、まだまだ油断することは許されない。使命という言葉には内心驚きつつも、その質問には、遥か以前に教会で教わったとおりに答えようと、私は再び目を閉じた。

「使命については、こちらの世界の者にも示されておりません。過去の転生者様におかれましても、明確な使命を与えられて召喚された方はいらっしゃらないと、教会では口伝されておりますが」

教会に熱心に通うようになった、大切なあの日の記憶が脳裏に蘇りかけて、慌てて思いを振り払った。今は、そんな悠長なことを考えている時ではない。

そうしてひざまずいたままでいる私に、転生者は一歩二歩と近づいてきたようだった。私はその微かな足音に、まぶたを開いた。

「え?そうなの?てっきりさー、まおう討伐を!なんて請われるものだとばっかり」

転生者が促すように手を差し伸べてきたので、私は、その小さな右手を取って立ち上がった。その時初めて、私は転生者の姿をこの瞳に映した。

だが、その姿を見て、私の偽りの平静は、跡形もなく吹き飛んでしまった。これでもかと開かれた私の目は、その動揺を映すのに十分だったのだろう。がっしりと握っていたはずの手の中から、その柔らかな感触が抜け落ちた。しまった、と目を伏せたものの、最早、時は戻らない。相手の容姿に驚きを見せるなど、非礼にも程があった。

「。。。あぁ!いえ、これはその、すみま、せん。。。」

そしてその上、それを詫びる声は脆く崩れるようで、到底、伝わったとは思えない。しかし、転生者は、私の醜態など気にしていないと言わんばかりに、微笑みを復活させた。

「いえいえ。アレン司祭様?の配慮というか、責務みたいなものも分かりますよ。でもお互い楽にしましょうよ。幸いなことに椅子も、ほら。こんなに沢山あるし」

この教会の礼拝堂には、訪れた人々がゆっくりと祈りを捧げられるように、たくさんの長椅子が並べられている。転生者は、手前にあるひとつを指し示していた。

私の動揺を、ただの緊張として捉えてくれたのか、はたまた、()()()()()()にしようとしてくれているのか、本当の所は分からない。それでも、おかげで幾分、肩の軽くなった私は、口調を改めることで応えようと思い至った。

「失礼しました。あまりかしこまり過ぎるのも良くないものですね。少し堅苦しいのは性分なもので、あまり気にしないで頂けると助かります。私のことは、アレンで結構ですよ」

私は頭を下げつつ、一足先に椅子に腰を下ろす。実をいうと、まだ油断すると腰が抜けそうだったからだ。私が隣を促すと、転生者も静かに腰掛けた。

「ありがとう。あ、そうだこちらの自己紹介がまだだったね。俺の名前は。。。ん、あれ?なんだ?思い出せないぞ?」

と、今度は転生者が動揺する番だった。そう言って頭を抱える転生者は、いくらかおどけて見えるものの、その顔は段々と青くなり、悲壮感が漂いだした。

「ははは。落ち着けというのも無理な話でしょうが、そういうものだと聞いていますよ。前の世界の知識や経験は、ある程度覚えていることが多いそうですが。。。それに、容姿も以前と変わっているのでは、と予想されています」

私は口伝でいくらか聞かされていたが、目の前の転生者は、召喚について知らないようだった。そして、転生者と接する短い間に、あるいくつかの予想は、私の中で確信に変わっていた。

「そ、そうなの?まぁそれが当たり前なら。。。考えても仕方ないか。でもさ、名前がないなんて落ち着かないよね?名前を自分で決めるってのも、むず痒い感じがするし。なにか良い案ていうか、呼び名はないかな?」

それならば、と私は、()()の赤い髪の毛を、もう一度しっかりと眺めた。

「あなたの赤い髪色にちなんで、ルフナというのはどうでしょうか?古語で『赤』という意味です。自分の娘が、これほど美しい赤髪で産まれたのなら、きっとそう名付けたでしょう」

彼女の大きな目にかかる、印象的な赤い髪は、ふんわりと腰近くまで伸びている。私はまじまじと彼女を、その赤髪を眺めながら、本心からその名を提案した。

私は一般的な大人の男として、残念ながら長身だとは言えない。ところが、隣で座っている彼女の頭頂部を、私ははっきりと見ることができる。これは滅多にあることではなかった。つまり私からすれば、彼女はとても小さな少女のように見えたのだ。彼女の年齢をどう扱うべきだろうかと、束の間、そんなどうでもよいことが頭を掠めた。

「ルフナ。。。うんうん。気に入ったよ?」

そんな私をよそに、彼女は今、娘と言われたことに、やはり困惑している様子だった。

「んー?でもさ、自分が女ってのにも、ちょっと違和感があるんだけど?前世でさー、も、もしかして、男の人、だったのかな?」

「先程から、俺とおっしゃるので不思議ではありましたが。。。案外そうなのかもしれませんね」

と、その会話の最中、ルフナは自分の長い赤髪に気付いて目を丸くした。不思議そうにそれを手の中で滑らせてから、今度は座ったまま手足をぴんと伸ばして首を傾げる。

そうして次に、襟元を引っ張って細部を確認しようとしたところで、ルフナは何かを思い出したように口を開いた。

「そうだ!わたしは職業?で()()()()を選んだ気がする!こっちに来る前に」

「ゆうしゃ?あまり聞かない職業ですね」

「そうなの?人気があると思ったんだけど。ほんとに()()()は倒さなくていいの?」

ゆうしゃ、まおう。どちらも私の耳馴染みのない代物だった。

しばらく思案する私の隣で、ルフナが『ステータス』と呟いたかと思うと、彼女は突如、動きを止めた。その異変には気付いたものの、個人のステータスについて、直接聞くことははばかられた。

悩んだ挙げ句、私はこの世界について、街を歩きながら話すことを提案した。それが彼女の気分転換になれば良いと思ったのだ。元気を無くしたルフナだったが、彼女はそれでも頷いてくれたので、弟子達に手早く書き置きを残して、私達は教会の外へと歩き出した。



 歩きながら講釈を垂れていると、目の前に見えた遠見櫓(とおみやぐら)から街を眺めれば、良い気晴らしにもなるだろうと気付いた。櫓を警備していた兵士たちに願い出てみると、無事に許可が下りた。ルフナが飛び上がって喜ぶのを尻目に、私はこっそりと膝を曲げ伸ばしして、身体に檄を飛ばした。

頂上へと続く階段は、そのまま私一人だけを天へと導こうとした。だが。幸いにして私達二人は、壮健なままに町を見下ろすことができた。

 ―――――

 ルフナの言う"まおう"という存在は確認されていない。しかし、魔獣と呼ばれる破滅的な脅威は、確かに存在していた。


 この世界の唯一の大陸とされる、巨大な大地ディアス。外海は大型魔獣の生息地であるため、積極的な航海は行われていない。その大陸の、観測上は最南端にある、このジュラの国は比較的新興の国である。創世神そのものより、その教えに重きを置いて暮らす人々の国だった。

ジュラの国の首都はタハルマであり、そこから南に、近年ようやく整備された街道を馬車で1週間程進むと、ようやくここ、エレスという街に辿り着く。かつてこの地の丘には、人類が魔獣に脅かされぬようにと設けられた砦があった。その砦を中心として栄えた町がエレスである。拡充された巨大な五角形の堀にぐるりと囲まれ、防衛の要となる南端には、高さ50メートルを超える遠見櫓を備えている。

その櫓から街を一望すると、北にある街道から、街を東西に割るように一直線に伸びるのが中央大通りである。そこでは市が開かれ、たくさんの人で溢れている。街のさらに北端には、街道に沿う形で、小さいながらも豊かな農地があった。貴重なその農地は、エレスの人々の食を支えている。街の東には工房群がひしめいており、大通りの西側の住居が建ち並んでいる区画には、ひとつだけ錆色の屋根をした建物がある。それが、ルフナの召喚された教会だった。

そして、櫓の頂上から見て遥か北には木々が鬱蒼と繁り、首都へと続く街道がその中へと消えて行くのが確認できる。東の彼方には海が見える。西には巨大な湖が果ても見えぬ程に広がり、南の奥地には豊かで、恵みに満ちた森がある。ようにも見えるだろう。しかし、そこにあるのは恵みなどではなく、滅びであると言われている。

エレスの町の南側は、手前部分こそ樹が完全に刈り取られ、見晴らしがある程度きくものの、その奥は獣道さえ怪しかった。このエレスの地より南は魔獣の巣窟であり、何十年かに一度、大型の魔獣が攻めてくることもあった。小型のものは日々現れるが、兵士や冒険者(命知らず)達がその相手をしていた。

 ―――――



 私はこの街の成り立ちなどを、ルフナに長々と聞かせていた。しかし、彼女が何か話すことはほとんどなかった。

「今日はありがとう、アレンさん。お陰様でこの世界について、少し理解できたよ」

櫓からの帰り道、ルフナが少し元気を取り戻したように見えたので、私は多分に疲れの混じった吐息を、ほっと漏らした。

「あなたもまだこちらに来て一日目なのです。何事も落ち着いてから考えれば良いと私は思いますよ。今はこの街も豊かで、教会での暮らしも幾ばくか余裕があります。外客用の部屋もありますから、どうぞ気兼ねなくご使用下さい」

「重ね重ね、どうも。。。」

ところが、そう言って深く頭を下げるルフナの様子が、やはり彼女の晴れない苦しみを現しているようであった。私の気休めは、余計な言葉だったのかもしれない。彼女を思いやるつもりが、むしろ彼女を一人ぼっちにして、悩みへと押し戻してしまったように思えてならなかった。

その後も、どこか上の空のままの彼女を連れて、教会内を簡単に案内した。そして、夕食もそこそこに、部屋へと入っていく彼女の姿は、空元気そのものだった。心配ではあったが、今はなにより休息が必要だろうと思われた。

「しっかりと休んで、また笑顔を見せて下さいね」

既に閉じられた扉に小さく、神にのみ聞こえるように声を残す。

「今宵ばかりは小さな騒ぎもなく、静かな夜を彼女に与え給う」

私は扉の前で跪き、祈りを捧げた。




 ↓プロローグ↓

 オヤジ 死 39才と364日


 ―結婚して婿入りと同時に脱サラして10年間、厳しい義父に米作りと野菜作りを仕込まれてきた。出来上がった作物達はようやく自信と満足をもって出荷できるものとなっていた。子供も手がかからなくなってきて順風満帆。なんていう頃だ。俺は死んだ、らしい―


 気づけば神様や天使が現れるわけでもなく、 刑事ドラマで見たような取調室に、俺は一人で佇んでいた。

「。。。酔っぱらって何やらかしたぁ俺???」

身体を反らせて、痛みに目をしかめる。パイプ椅子の背もたれにはクッションがついていない。骨組みだけの、嫌味なまでに細い作りになっている。

「犯罪者は、背中をもたれちゃイカンのですか。。。」

ため息を出したその時、目の前の机に前触れも、音すらもなく、パソコンが現れた。

『転生を望まれる方は職業を選んで番号を入力して下さい』

「あ。これ、死んじまったやつか」

なんとなく孫の顔は見れない予感はしていた。しかし、こんなに早く死んでしまうとは。家族にも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。老後の保証も何もない自営業だったから、生命保険だけはたっぷりとかけていた。今頃、愛する家族は小金持ちになっているはずだ。そう思うと気持ちが楽になってくる。

「神様が現れたりはしないんだなぁ。まぁ気楽でいいけどさ」

前世のことは名残惜しいものの、うって変わって、既にワクワクし始めている自分に嫌になる。我ながらなんと薄情な。でもさぁ。だって、転生だぜ!?

とりあえず目の前の画面に目を通してみる。

『0―転生しない ―1―穀物職人(イネ科)― 2―穀物職人(マメ科)― 3―野菜職人(ナス科)― 4―野菜職人(ウリ科)― 5―野菜職人(ヒルガオ科)―。。。』

「農業の推しがスゴい!!めっちゃ細分化されてるし。。。これは前世の職業とか、経験が影響してんのかなぁ」

農業は大変なことばかりだったが、反面、楽しかった。性に合っていたのであろう。しかしわざわざ異世界転生してまでやることかと言われると、違う。

「ここはやっぱり勇者でしょ!あるかなー」

『252-賢者 253-守護者 254-魔王 255―勇者― 0―転生しない―』

「キター!やっぱり選べるじゃん!」

他に入力する項目は、無い。親切のような投げやりのような。事務作業は大嫌いだったから、無駄に項目の多いお役所の書類よりは親切に思えた。

「よっしゃ!やってみっか!」

渾身の気迫を込めて、エンターキーを叩く。瞬間、目の前が白く弾けた。


『転生を望まれる方は職業を選んで番号を入力して下さい(半角数字)転生を望まれない方は番号0のままエンターキーを押して下さい』

「255」

『error、error、error、error、error、error、error、error、error、error、error。。。』

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