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幻月のセレナ -世界と記憶と転生のお話-  作者: 佐倉しもうさ
第三章 而して浮生は夢のごとし
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十八話   ――あなたもその手を、伸ばしてくれて、

 話は順調に進んでいた。

 緋花里さんはしっかりとツクヨミに話を通してくれたようで、今日の朝起きたらベッドの中につるぺたイカ腹幼女が添い寝しててビビった。どうやら準備が整ったことを報告しに来てそのまま寝ちゃったらしい。


 そういうわけで、『月詠会議』開催から約二か月経った、七月上旬。

 明日は二回目の異世界転移だ。


 普段は夕食後、割とリビングでのんびりしている俺だが……

 明日以降忙しくなるだろうし、今日は早めに寝ておこう。


 と、つけっぱなしにしていたテレビが『〇曜から夜更かし』を放送し始めた辺りで、俺は自室に戻ろうと立ち上がったんだが……


「トキ、もう寝るの?」


 ソファに寝転がってパラダ〇ムノベルスから出版されていた『加〇 ~いも〇と~』のノベライズを読んでいた輝夜が、俺を引き留める。


「ああ。前から言ってたと思うが、また異世界に行くから。明日に決まった」


 寝巻姿の輝夜はワンピースタイプの白キャミソールという薄着で、はっきり言ってとてもエロい。はこべの証言でFだと判明した、そのやわらかそうな豊穣のふくらみの谷間がはっきり見えちゃってる。健全な男子高校生の目にはとても不健全なのだが、エロゲのノベライズに夢中な本人は当然気づいてない。


「ねえトキ、何回も言ってるけど、私も――」


「何回も言ってるが、ダメだ」


「…………」


 俺がにべもなく断ると、輝夜はしゅんとして俯いてしまう。本人的にはシリアスな問題なんだろうが、自分の胸の谷間に視線を向けてるみたいになって妙にエロティックだ。


 ……それはもう何回も繰り返した問答だった。

 

 世界を留守にする関係で言わないわけにもいかないということで、前もって輝夜には異世界に行くことを告げていた。


 それを聞いた輝夜は一も二もなく条件反射で自分も行きたがった。

 俺はその度に断っていた。


「メフィに会いにいくんでしょ? それなら、私も……」


 輝夜にはそう説明していた。


「これも何回も言ってるだろ。異世界は並行世界で、いつ往復ができなくなるか分からない。そんな場所にお前は連れていけないんだよ」


「そんなこと言ってたら、いつまで経っても行けないじゃない! メフィにも会えないわ!」


 輝夜はわりに真剣だった。

 こっちの世界に来てからしばらく見せなかった、強い意志の籠った黒曜石の瞳。

 異世界の話をする時、決まって輝夜はこの目をしていた。

 

「輝夜。お前は、自分で言ったんだぞ。こっちの世界に来たいって。この世界で、輝夜として生きたいって。……それができなくなるかもしれないんだぞ」


 それは建前だ。

 宿存派として動くことを決めた手前、輝夜を安易に異世界には連れていけないというのが本音だ。

 だが輝夜に《月鏡》のことを告げることはできない。《月夢(ルナ)》の時と同様に、輝夜に要らぬ心配をかけることは避けたい。


 こう言えば、輝夜は毎回引き下がっていた。

 しかし今日に限ってはそうもいかなかった。

 

「それでも行くわ!」


 輝夜は笑顔で言った。



「トキのいる世界だって、私の世界だわ!」



 風呂上りでほんのり頬の紅い輝夜は、桜色の唇を歪めて微笑んだ。


「…………そうか」

 

 輝夜のその言葉を聞いて、俺は争う気を失くしてしまう。


 ……違うんだよ、輝夜。


「それなら、そうだな……」


 それは間違っている。


 言葉だけは、鴨川のヒカリと同じようだけど。

 あれとお前のそれは、似て非なるものなんだよ。


「分かった。お前も一緒に来い、輝夜」


 これもまた、何度も言ってることだけれど。


「本当!?」


「ああ。ヒカリと三人で行くって、ツクヨミに言っておく」


 お前のそれは、依存なんだよ。月見里輝夜。


「…………」


 ――月見里輝夜について。――《月鏡》について。――それを狙う者について。――異世界について。――ヒカリについて。


 最近の動向に関連する様々のことを羅列しては、色々の概算をしていく。

 無限に伸びる樹形図、あるいはマンダラのごときが、俺が歩む無数の未来を示す。


「……いつも通りにやればいいだけだな」


 結局、それ以上のことではなかった。



   ☽



 それで俺は翌日の夜、なんとなく輝夜と一緒に家を出る気になれなくて、一足先に目的地に向かった。


 月科の中心部――芦原高校の裏山にある月読神社。輝夜を連れていくと告げたら、転移場所を急遽ここに変更することにしたツクヨミ。これにはちょっとした理由がある。


 以前、輝夜を連れた俺を異世界からこっちの世界に転移させた時、ツクヨミは京都の松尾大社摂社に俺たちを送るつもりだったといった。しかし転移場所は微妙にズレて、俺たちは渡月橋の目の前に放り出されてしまった。


 これは《月鏡》の影響だと、後にツクヨミから教えてもらった。輝夜の《月鏡》とツクヨミの神術は基本的には同一の力だ。それで対消滅的な噛み合い方をしてしまい、《月渡(つきわたり)》が上手く行かなかったんだとか。


 だから今回、ツクヨミは転移場所を慎重に選択した。


 松尾大社摂社の月読神社。その祭神は確かに月読命とある。しかし厳密には、その「月読命」とは()()ツクヨミではない。別の月神を指すものだ。

 これはちょっと込み入った話になるので詳しいことは省くが、この国の月神信仰にはいくつかの流れがあり、そのうち壱岐の月讀神社(それもちょっと違うんだが)から勧請された西京区の月読神社は元「月の神」を祀る神社だった。それが中央の政権に統合される中で今のツクヨミを祀る神社となったわけだ。


 じゃああのツクヨミを祀る神社の元社はどこなんじゃいと言うと一般的には明らかになっていないが、実は当時の中史が本邸に創建したあの月読神社がそれ。今俺がいる芦校の月読神社は、そこから分祀したものだ。


 要するに何が言いたいのかというと、ツクヨミは自身と縁で繋がれた由緒ある神域で魔術を行使することで、転移を確実なものにしようということである。


「……中史くん?」


 日も暮れて辺りは暗くなっている。遠くからやってくる足音を聞いて、声を掛けたというところだろう。現地集合しようと言ってあるからな。


「早かったな、ヒカリ」


 顔が見える距離まで近づくと、ヒカリは俺の顔を見て、どこか安心したような笑みを浮かべた。

 親戚の美少女が俺にだけ見せる笑顔がかわいすぎるんだが? (ラノベのタイトル)


「あれ……輝夜は? 一緒に来たんじゃ、ないの……?」


 神社の境内、拝殿の石段にちょこんと座るヒカリは、そのことを不思議に思ってか訊ねてくる。


「あいつは遅れてくるよ」


「なにか、あったの……?」


 不自然な素振りは見せなかったはずだが。

 やっぱり、鋭いな。


 幻想だなんだといって、いつまでも認めないわけにもいかないようだ。


 輝夜と、なにかあったのか。そう訊くヒカリだが……そうだな。


「あいつと、というよりは……むしろお前が特別なんだよ、ヒカリ」


 俺は少し話をすることにした。


「ど、どういうこと……?」


 こころなしか顔が赤いヒカリの横に座って、俺は言う。


「これは、俺の問題だ」


「……中史くんの?」


 ヒカリが首を傾げるので、俺は一つの覚悟を決めた。

 それは一度踏み出したら戻れない片道切符の旅だった。


「ああ。ちょっと唐突な話になるが――昔、ある人にさ。言われたんだよ。お前は根本的に人を信用してない、って」


 ヒカリは確信を持って言った気がした。


「……それ言ったの、十重?」


 ドキリとした。すべて見透かされてるようなこの感覚は、どこか久しいものだ。

 ……なおさら、この話をしてよかった。


「わかるのか。バレないように口調変えてやったのに」


「十重は……そういう子だよ。人じゃないからこそ、人のこと、よく見てる」


 まったくそうだ。そしてそれを理解しているヒカリも、すごい奴だと思った。


「人のことを全然信用してないからこそ、中史として危ない行動も躊躇なくできるんだって……そう言われたんだ。それで自分のことを客観視してみて……たしかにそうだなと思ったよ」


 もはやそのことについてとやかく言うつもりはないが、当時は八重や蒼にかなり迷惑をかけた。もうあんな醜態は晒したくない。


「……そ、そう、なのかな……」


 ヒカリはおずおずと言った。


「迂闊なこと、言えないけど……私はそんなこと、ないと思うよ……中史くん」


 お世辞などではないだろう。気を遣ってるわけでもないだろう。

 ヒカリは俺の目を真っ直ぐ見て言っていたのだ。


「……お前は本当によく見てるな」


「……そ、そうなの、かな……」


 リフレインする言葉はやっぱりおずおずとしたものだったけれど、今度は少しだけ嬉しそうだった。


「お前の言う通りだ。八重に人間不信認定された俺にも、信頼できる人間がいた」


 それは両親であり、八重であり、今はミズとアズマもそうであり……ずっと忘れていた幼馴染の少女だった。


 そして……


「…………」


 ……わりと、緊張していた。


 心臓の鼓動は、いつになくうるさい。

 俺の頭は、ぼんやりと、昔々の恋心を思い出していた。


 それを口にする時、なんだかひどく喉が渇いていた気がする。


「俺はお前も信じたいよ、ヒカリ」


「……っ!」


 そっと、ヒカリの手を握る。ヒカリの目を見つめる。

 ウェーブがかった金色の長髪に、日本人らしい黒の瞳、透き通るような白い肌。

 俺が信じられる西日川光という女の子は、そういう姿をしている。

相手を見るということは、弱い自分をさらけ出すことなのだ、と思った。


「異世界に来てほしいと言ったのも、本当はお前のためなんかじゃない。俺がお前を、信じたかったからだよ」


 俺は信用しない人間を、危険に晒すことは絶対にない。

 だからきっと、俺はヒカリを危険に晒してやりたかった。そうすることで、ヒカリは信用できるのだと自分に言い聞かせてやりたかった。


「悪かったな」


 口で言うだけなら軽かった。けれど、音ではなく心、言霊に、その重みは確かに感じられた。


「異世界に行く理由だって、本当は……」


「……ううん。分かるよ」


「……そうか」


 まるで先日のようだと思った。互いの想いを披瀝して、隔てるものが何もない。 

 我らが始祖の見守る暗い境内の中で、俺たちは安心していた。


「……やっぱり、ショックか」


「…………え……?」


 彼女の頬を伝う一条の光。

 無意識にだろう、ヒカリは泣いていたのだ。


「え、あっ……違うの、これは……っ!」


 俺の言葉でそれに気づいたヒカリは、慌てて否定する。


「あ、あのね、私……鴨川で、中史くんが誘ってくれた、あの日が、すごく、幸せで……」


 潤った目をぱちぱちと瞬かせて、こぼれた涙をごしごしと拭う。


「もう、あんなこと、二度とないんだろうなって、思ってたのに……」


 俺の手を握るヒカリの力がぎゅっと強くなる。


「またこうして、あなたとお話できた……それもあなたから、歩み寄ってくれて……」


 けれどあの時よりも俺たちは近くて、肩がぴとりと、静かにくっついた。


「私は気持ちを伝えるのが、苦手で……言葉を紡ぐのが、下手っぴだから……遠くで頑張るあなたを、いつも見てるだけ……それどころか、迷惑をかけることもあって……」


 上目遣いのヒカリの確固たる意志を感じる。

 意識と肉体が同じ目的の下に一つになって、ヒカリがここにいるんだと実感した。


「こんな私に、変わらず手を差し伸べてくれるあなたに……何も返せてあげられないことが、ずっとずっと、心苦しかったから……」


 全身が強張っていた。

 知らず知らずのうちに、手には力が込められていた。

 

「だからね……これは、嬉しいんだよ……嬉しいんだよ、中史くん……」


 ヒカリはさらに、ぎゅっと強く、握り返す。

 俺がまた、さらにさらに強く、彼女の手を握る。

 共鳴する波動のように、繋がりが強まっていく。


「ショックだなんて、思ってないよ……悲しいなんて、そんなことないよ……」


 お互いの距離が、またぐんと縮まった。


「あなたがようやく、その手を伸ばしてくれた……あなたが、ほんとうの言葉で話してくれた……」


 ――ああ。

 俺は、とんだ馬鹿だったのだ。


「――やっとほんとうの、あなたに会えた、ね……中史くん……!」


 手と手を繋いで、指と指が絡まって、肩と肩が合わさった。

  

 ヒカリの吐息がかかる距離。その瞳に吸い込まれるように、俺たちは顔を近づけていく。


「……ぁっ」


 小さな小さな声がヒカリから漏れる。


 肩に手を添えても抵抗せず、わずかな身じろぎはむしろ覚悟のしるしだった。


 やがて二人は目を閉じる。


 そうして長い長い時の末、その心を、二つの心を、重ね合わせて――


「おまたせー!」


 ……元気な声が境内に響いた。


「「――!!」」


 シュタッ――!


 急にその場に同じ極の磁力でも生まれたのかってくらい強く反発し、距離をとる。物凄い勢いで立ち上がる。そして決して顔を合わせなかった。声を聞いてからここまで0,2秒。


「…………あぁ……」


 俺は再びその場に座り込んで、頭を抱え……


「……っ! ~~!」


 ヒカリはその場でたんたん足踏みしているのが、音で分かる。本人的には地団駄のつもりなんだろう。


 ちらりと盗み見るように視線だけヒカリにやれば、彼女は、ぷくーっ。

 こちらに手を振ってやってくる少女を、頬を膨らませた涙目で、どこか忌々し気に見ている。


 その少女――輝夜は俺たちの傍までやってくると、明らかに挙動のおかしい二人のことなど全く気にすることなく、いつものナチュラルハイテンションを振りまき始めた。


「二人とも、早いのね! 私、時間通りでいいのかと思ってたから、二人を待たせ――」


「輝夜っ! もう、輝夜っ! もうっ!」


 否、それは遮られた。まさかの、ヒカリの怒号という、超々レアな妨害行為によって。


 ……ヒカリがこんな大声で叫んだのなんて……俺、初めて聞いたぞ…… 


「え、な、なにヒカリ? 怒ってるの?」


「怒ってない! 友達の名前を呼んでみただけ!」


「そ、そうなの……?」


 あの輝夜がちょっと引いていた。世にも珍しい反応を二つ同時に拝めるとは。UFOに乗ったツチノコを見つけた気分だ。


『集まった?』


 虚空からツクヨミが現れる。

 ずっとスタンバってたのは分かってた。出るタイミングを伺ってたのも。悪いことしたな。


 月の神たるツクヨミは、いつものように無表情で……


 無表情で……?


 あれ?


「なんか、お前まで怒ってない……?」


 普段は何も映さず、すべてを映すその瞳の光が、今はわずかに険しい気がした。


『あらぬかなあらぬかな、あらぬことぞかし』


 怒ってんじゃん。


『いいから。早く出発』


 怒ってんじゃん?


「もう準備できてるのね?」


 辺りに魔力が集っていることに気づいてか、輝夜が言う。


 普段なら返答があっただろう。

 もうちょっとやりとりしてからの、出発だったろう。


 でもなぜかこの時のツクヨミは俺とヒカリを見てむすっとしていたので、そんな段取りは無視で、


『《月渡(つきわたり)》』


「えっ……!?」「もう行くのっ!?」


 強引に神術を発動し、俺たちを異世界に強制転移。

 ……まさか二度目の転移が、こんな形になるとは思わなかったよ。

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