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幻月のセレナ -世界と記憶と転生のお話-  作者: 佐倉しもうさ
第三章 而して浮生は夢のごとし
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十七話   親父はもっと上手くやる


 昨日は中史の仕事をこなしつつも平穏無事に一日を終えられた。そうして迎えた日曜日。

 

 俺はヒカリにLINEを送る。


『来週あたり、一緒に食事したい』


 既読はすぐについた。……が、返信がなかなか来ない。

 西日川として動くこともあるだろう、安易に誘ったのはまずかったか。


 【西日川光】

 『する』


 『あ違う』


 『いいの』


 『私で』


 ヒカリの微妙なニュアンスの迷いは気にするだけ無駄なので、俺は適当に答えていく。


『月科に住んでる西日川って、お前以外にいたっけ』


 【西日川光】

 『あ』


 『そうだよね』


 『誰との食事?』


 なんか勘違いしてたみたいだが、ようやく事情を正しく把握したらしい。


 水曜の夜に考えていた、方々への根回し。《月鏡》の情報が洩れる事によって予想される混乱を抑えるための口添え。


 その話をするのに、人と会おうというのだ。


大義(たいぎ)さんだよ』


 【西日川光】

 『そっか』


 『じゃあ行こうかな』


 あの人なら、ヒカリとも顔見知りだしな。一対一ならともかく、知り合い()が隣にいる状態で食事するだけなら、あいつのコミュ力でも問題ないだろう。


『どこがいい?』


 【西日川光】

 『決まってないの?』


 『私はなんでもいいよ』


『いいから決めろ』


 しばらくしてから返信があった。


 【西日川光】

 『じゃあ』


 『お寿司』


 困ったら寿司。ヒカリは生粋の日本人だなと思った。



   ☽



 そこは銀座の一角にある、柔らかい明かりで照らされた江戸前寿司の店だった。

 かつては紹介でしか入店が許されなかったらしいが、今は予約でもいいようになっている。そういうわけでこの店は初めてなのだが……いかにも気難しそうな板前がいい味出してるね。それっぽい。ぱっと見でまた来てみてもいいだろうと思える雰囲気だ。よく軽い会食に使う店よりいいんじゃないかな。


 俺は、既にカウンター席に着いていたその人の横に座る。俺たち以外に他の客はいなかった。


「お待たせしました、大義さん」

 

「……ああ。久しいな、中史時」 


 俺の声に反応したのは、身長190cmほどの大男。肩幅も広く、体格に優れ、巌のように筋肉質なその肉体は、背広では隠し通せない厳めしさがあった。

 きゅっと締められたネクタイや皺やヨレのないスーツ、そのきっちりとした仕事着からも、本人の生真面目な性格が窺える。

 それでも――体に染み付いた硝煙の匂いまでは、誤魔化すことができない。


 彫りの深いダンディな顔で微笑むこの男は――俗にいう、公安警察。


 正式な肩書は、警視庁公安部・公安()()()長。通称、特課の長だ。


 一般的な公安警察は、様々な政治的仮想敵を捜査対象とする公安第一課から第四課、国外のトラブルに対処する外事四課、という構成で組織されているが――


 この男は、その外側――魔術師対策を本分とする、公安特課の課長。特課を取りまとめるリーダーだ。


「西日川の子女は一緒ではないのか?」


「ええ。一人で来るように言いました」


「渋谷や新宿ほどではないが、近年はこの町も安全とは言い難い。付いてやらなくてよかったのか」


「これも社会経験ですよ。夜の銀座くらい一人で歩けるようにならないと、将来困るのはあいつですから」


「……クラスメイトにする心配ではないな。お前はつくづく、不思議な男だ」


 フッと笑う公安警察。


 この男の名は、一宮(いちのみや)大義(たいぎ)


 名は体を表すというのはこのことだろうという人間だった。


 この人とは去年のとある一件で知り合い、それ以降何回かこうして一緒に食事をするような仲である。


「ヒカリのことは待たなくていいですよ。あいつは同席してくれればそれでいいので」


「体面か」


「というより、牽制です。どうせ今日のことも向こうの耳に入るでしょうから」


 その時、中史家と西日川家が行動を共にしていたとアピールすることで、無言の圧力をかけるということだ。ヒカリはなにか勘違いしてたみたいだが。


 ……と、そこで二人前握り終えたのか、板前が俺と大義さんの前にコトンと握りを出してくる。

 よく調べずに3万だか4万だかのコースを頼んだから、どんなネタがくるのかも楽しみの一つだよ。


「お、遅れてごめんなさい……」


 待つまでもなかったようだ。

 噂をすればというやつで、ウェイトレス風の男に案内されてきたらしいヒカリが姿を現した。中史が中史として動くときは礼服――つまり俺たちの場合は制服なので、ヒカリは今日も芦校の制服に身を包んでいた。

 ……でもこいつ、結局一人で辿り着けなかったんだな。それでこの店の場所を知ってる人に案内してもらってたってところか。


「ああ。久しぶりだな、西日川のお嬢さん」


「は、はい……一宮さんも……」


 腰が引けているヒカリは、おずおずと俺の隣の席に着き、チラチラと大義さんを見ている。うん、鴨川でのあいつは一時の幻想だったんだな。逆に安心するよ。


「まだ本題には入っていなかったから、慌てることはない」


「あ、そ、れなら……よかったです……」


 距離感を掴みかねているのがまるわかりな二人の会話を聞きながら……


 俺はヒカリを案内してきたスーツ姿の男が、店の端、ちょうど照明の陰となる場所に立っているのに意識を向ける。


 あの男……気配を消そうとしてるな。俺たちに気づかれないように。


「それで、中史時。今日は何の用だ、と聞いた方がいいか」


「逆に、どこまで把握してますか、って聞きたいところなんですけど――」


 俺は大義さんの言葉に相槌を打ちながら、なにやらスマホを取り出した男の方を向く。

 そして、


「そこの人、そんなところに立ってないで、貴方も話に参加しませんか」


 フレンドリーに声を掛ける。


 ギョッと俺を見て驚いた男は……自身の進退を決めかねているのか、考え込むように地面を見つめる。


「ほら、こっちへ来ませんか」


 手招きをして、男を呼び寄せる。……相手は迷った末に、俺の許へやってきた。

 

 俺はその男の腕を迷わず掴む。


「……っ!」


 相手が動揺するよりも早く俺はその腕を引っ張り、こちら側に引き寄せ……芦校制服の内ポケットに入っているそれを、一瞬だけ見せる。


「……なんの、つもりだ……!」


「大変だよな。家族食わせなきゃならない人間が上に命じられたら、そうするしかない」


「…………」


 男は険しい顔で俯いている。


「これは今どうぞ。仲良くしてくれるなら、こんなもんじゃない。約束します」


 そう言って俺が制服の内ポケットから取り出したのは、パンパンに膨らんだ封筒だ。


「……信じるぞ」


「そうしてください。あなたと、あなたの家族のためにもね」


 俺からずっしりと重たい封筒を受け取った男は、逃げるように小走りで店から退出した。


「……」


 ……さっそくああいうのと会ってしまった。本家の俺だけ注意してればいいと思ってたんだが……もうヒカリもマークされるか。この分だと、往人なんか大変そうだな。今度連絡いれてやるか。


「……あまり、俺の前でああいうことをするな。立場上叱らないわけにもいかない」


 中史と違って明確に正義側の大義さんが、俺の行動をたしなめる。

 それを俺は別に鬱陶しいとも思わない。彼が法の走狗であることを詰る気はない。


「学生の金の使い道なんて、あれくらいしかないんですよ」


「馬鹿を言え」


 半分は冗談だったのだろう、呆れたように大義さんが肩をすくませた。


「あ、ご、ごめんね、私、道に迷ってたら、案内するって言ってくれたから、一緒に……気づかなかった……。わ、私がやらなきゃだったのに……さっきのお金、払うよ……」


「起こりうることだと思って、予め用意してたものだ。必要ない」


「そ、そっか……すごいね、中史くん……」


 ヒカリはいつものように、なんでもないことで俺を賛美してご希望のお寿司を口に運んで……もぐもぐ……


「おいしい……」


 どうやらお気に召したようだった。

 今日の客は俺たちで最後のようで、周りに人もいないため、ヒカリは食事に集中していた。


 自然、会話をするのは俺と大義さんの役割になってくる。


 俺は脂の比較的少ない白甘鯛を口に運び、飲み込んだ。


「――信念のない人間は御しやすくていい。金と権力で簡単に鞍替えする」


「それが人間というものだろう、中史時。俺には彼を責める気はないぞ」


「もちろん、あの人は賢明な判断をしたと思いますよ。先のない上司(ボス)に尻尾振ったって、餌は貰えませんからね」


 俺と大義さんも食事を進めながら、ぼちぼち本題に入っていく。


「……もう掴んでいるのか」


「それっぽいのリストアップしてみました。こんな感じです」


 俺はリストがプリントされた紙の束を取り出し、大義さんに手渡した。

 中史に反発心を抱いている人間の中で、武力行使も厭わないタイプを纏めたものだ。


 それをパラパラとめくり……ざっと目を通した大義さんは、俺にリストを返してくる。


「概ねこちらの調べと一致している。問題ない」


「問題があるとすればそっちの捜査力ですか」


「一本釣りより網漁の方が性に合っているんだ」


「癌は全摘ですね。ヤブじゃないことを願いますよ」


 まあ、なんだかんだ言って大義さんなら文句が出るような仕事はしないだろう。特課はその特殊性から他の課ともまた違う雰囲気があるしな。


「お、お願いします、ね……私たち、しばらく月科を、留守にします、から……」


 食事に夢中だったヒカリも、一緒に頼み込んでくる。


「ああ、一宮家としても、中史には恩があるからな。手抜きをするつもりはない」


「じゃ、頼まれてくれますか」


「任せておけ。お前たちの手前、なるべく安全を心掛けるよう言っておく」


「特高の気風が抜けきってない特課は怖いですねえ」


「その特高を残すよう総司令部に口添えしたのはどこの誰だ」


「忘れましたよ、祖父がどこで何したかなんて」

 

 軽口を叩きながら、脂ののったトロに舌鼓を打つ。やっぱり寿司は王道の赤身が一番だな。


「……ともかく、大義さんが協力してくれるなら、行方と長柄の舎弟連中はなんとかなりそうですよ。ありがとうございます」


 あの会議の場での決闘により、行方流と長柄流は宿存派として動くことを認めただろう。それは信用していい。


 だが、『中史』ほどの一大勢力になると、それぞれの家にシンパがつく。特に武力闘争大好きな行方家には、危険思想の魔術師達が集まってるらしい。

 所詮は裏から金とコネで人を動かすしか能のない政治家と違って、魔術師が動くと実害が出るからな。特課にはそちらの対処をお願いしたわけだ。


「お前らは同じ魔術師だろう。なぜ協力できない」


 大義さんは湯飲みを傾けながら、溜息をつく。

 外からみたら、中史も行方もそのシンパも等しく魔術師に思えるのだろう。


「ならそっちも、大親友の刑事部と肩でも組んで見せてくださいよ。そしたら善処します」


「……嫌味な男だ」


「魔術師の内ゲバが絶えないのは知ってますよね。校内の治安維持ですら、部活動として組織的に行わないといけないくらいなんですから」


 幽霊研として芦校の巡回警備を行うのも楽じゃない。ミズやアズマがいなかったら冗談じゃなく過労死してただろうよ。


「で、でも偉いよ、中史くん……幽霊研が活動を始めてから、生徒の死者数、ずっと0だもん、ね……」


「ヒカリが入部してくれてもいいんだぞ」


「そ、それは……せ、生徒会に、止められてて……まほろとか、物部(もののべ)さんとかに、中史とは馴れ合うな、って……」


「ね、大義さん。魔術師って仲良しでしょう。共に手と手を取り合って、学校運営を円滑に進められてます」


「そのようだな」


 最後に大義さんが笑ってくれたから、こっちは平気だろう。

 お寿司が食べたいとのご要望だったヒカリも満足してくれたようだ。親方に追加で握ってもらってたくらいだし。


 中史の意見は統制済み。対魔術師としては特課が動いてくれる。

 ――そろそろ旅に出ても良い頃合いだろう。

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