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幻月のセレナ -世界と記憶と転生のお話-  作者: 佐倉しもうさ
第三章 而して浮生は夢のごとし
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十二話   【Page.7】

   ☾月見里輝夜☽


 ゴク、ゴク。


「…………」


 ゴク、ゴク。


「……うぅ~、ひたいはい……」


 ギブアップ。そこで私は、耐えきれなくなって缶から口を離す。


 この世界に来て初めて飲んだ、レモンスカッシュの缶ジュース。あれからも私は、すっかり好きになったこの黒い缶ジュースと何度も格闘していた。


 でも、勝てない。

 

 何回チャレンジしても、途中で舌がひりひりして、ぱちぱちして、口を離しちゃう。


 え? 何がって……


 一気飲み。

 

 炭酸のジュースを一気飲みする、それが今の私の目標。

 でも、できない。


 どうしよう。


 ……トキに相談する?


 一瞬頭を過ったその考えを、私は一蹴する。

 だめ。こういう考えは良くないって、この間自分に言い聞かせたばっかりだから。


 ……だったら、別の人に。例えば、今、私の横に座る女の子に、訊いてみる。


「空波さん。あなたは、炭酸一気飲みできる?」


「は? 頭おかしいの?」


「ごめんなさい」


 なぜか怒っているようだから、謝る。でも、よく分からないのにとりあえず謝るというのは良くない気がする。だから、考える。私が何か悪かった、きっと。


 ……分からない。


 きっと、今までサボってきたから。

 この世界に来てから、自分で考えること、自分で決めること、大事なこと、全部、いつもすぐ隣にいた頼りになる人に、任せちゃってたから。


 ズルかった時間の分、とりかえさなきゃ。


 ――そうじゃなきゃ、私は月見里輝夜として、トキの傍にいられない。


「…………はぁぁぁぁぁぁぁ~」


 でも、どれだけ一生懸命考えても、空波さんが大きな大きなため息を吐く理由が、私には分からない。


 空波るり。


 事情はよく分からないけど……一か月前に、私が芦原高校に転入した次の日に転入してきた、転入生。

 それで、トキの幼馴染で、昔彼女だった子みたい。でもトキはそれを忘れてる。……忘れてた? 多分もう思い出してると思う。昨日のトキ、ちょっと変だったから。


 二人のことはよく分からないけど、とっても仲がいいのは、見てて分かる。

 最近、この世界の言葉を勉強してるから、分かる。サンスクリット語が由来となった仏教用語の慣用句で、二人みたいなのを、阿吽の呼吸。もしくは五経の一つからとって、琴瑟相和す仲? これはちょっと違う、かも。

 

 でも、それ以上は分からない。

 本人たちに聞いてみたいけど、それはなんとなくダメだと思う。


 そもそも私は、なんでか分からないけど、これまでずっと空波さんに無視されてた。

 

 彼女が転入してきた日、話かけた。でも、無視されちゃった。目も合わせてくれなかった。


 悲しかったから、次の日も、話しかけてみた。けど、やっぱり何も言ってくれなかった。そして私から逃げるみたいに、トキをどこかに連れ出して、いなくなっちゃう。


 ここ最近、一か月くらい、ずっとそうだった。

 隙を見て話しかけても、私のことを見てくれない。

 トキ以外にはみんなにそうなのかとも思ったけど、違うみたい。幽霊研究部のみんなとは、仲良くしてる。私だけなぜか、無視される。


 なんでだろう? 私が異世界人だから? 転入生だから?


 あとは……嫉妬? 私はまだよく分からないけど、普通の女の人は、『嫉妬』するものだって知った。それはキリスト教圏においては七つの大罪の一つにも数えられ、日本でも後妻嫉妬(うわなりねたみ)なんて言われて神話の時代から受け継がれてきた、人間の根源的な感情。視座を転換してみれば、元はトキの彼女だった空波さんは、そう思うのかもしれない。私に嫉妬、するのかもしれない。


 私は、仲良くしたい。トキの友達と……っていうのが、前までの考え方だったけど。今はもっと違う、ちゃんと私が、仲良くなりたい。私はみんなと、そうでありたい。他者(ひと)の持つそれぞれの小さな世界に触れて、関係してみたい。だって、いつこの夢のような日々が終わるか分からない。今しかないのかもしれない。だから私はそうありたい。さよならだけが人生だ。 


「はああぁぁぁぁぁぁぁ~~」


 でもやっぱり、なんで溜息つくの? それも私を見て。


 あんまり大きな声は出せない。だってここ、新幹線の中だから。


 今は新幹線で、トキの実家がある京都に向かってる最中で、私と空波さんは隣同士だから。


 でも話さなきゃ。


「あの空波さん」


「はあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~」


 やっぱり怖い。


「クソデカ溜息」


 なんか言ってる……。


「…………」


 と、とりあえず……今は新幹線に乗ってるから! あんまりおしゃべりはしない方がいいと思うわ! また後で機会はあるわ!


 

   ☾空波るり☽



 ……気が重い。

 ボクと輝夜は新幹線を降りて、京都駅に着いた。


 隣の輝夜をちらと見て、ボクはこめかみを押す。痛い。


 トキを輝夜から離して《月鏡》の覚醒を遅らせることは失敗した。

 それは別にいい。どうせ時間の問題だったから。あれは元々そういう神器だし。


 ボクが輝夜と接点を持ってしまうと、自然とトキと輝夜の二人が一緒にいる時間も多くなってしまう。だからボクは輝夜を無視していた。まるでいない子のように、トキに気づかれないように、ずっと。

 

 でも今は《月鏡》が覚醒して、『中史』が動き出した。中史刻が重い腰を上げて、月詠会議を開いた。

 だからもはや、ボクが月見里輝夜を無視する理由はなくなった。


 でも、今更どう接すればいいか分からない。


 自分でも、結構ひどいことをしたと思ってる。


 トキとの関係とか《月鏡》のことは別として、輝夜自身はとてもいい子だ。何度も無視するボクに、めげずに話しかけてくれる。ボクが何度無視しても、怒ったり、恨んだりする気配が全くない。人擦れのしていない……というより、もうそういう性格なんだと思う。


 ……いや、そんなことはずっと昔から分かってた。月見里輝夜でなかった時から、彼女は彼女だった。それを分かってて無視してた。


「空波さ」


「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ~~~~~~~~」


「うぅっ……」


 まあ、それとは別にクソデカ溜息で威圧して遊んだりするけど。トキに色目使う女に優しくするわけないよね。


「…………」


 でも、それなら歩み寄るのはボクじゃないといけない。

 

「……うん」


 それに、こんなうじうじ悩むのはボクの性に合わない。

 思い立ったが吉日。トキに告白しようと決めた時も、そうだった。


「よし、輝夜」


 駅のホームで立ち止まって、声を掛ける。


「…………え?」


 俯いて気まずそうに歩いていた輝夜が、ぱっと顔を上げた。


「スタ〇行くよ」


 ボクは堂々と言い放った。



   ☾月見里輝夜☽



 何がどうなってるのか分からないけど、空波さんが話しかけてくれた。初めて。


「ス〇バ……陽キャだけが入れる神域……」


「その顔面偏差値で何に怯えてるの?」

 

 でも、今はそれどころじゃない。

 私、とんでもないところに来ちゃったわ。


 トキに「あそこは日本国憲法が通用しないから行くなよ」って言われて、気になってネットで調べてみた。だから、この場所についての知識は十分にある。


「ヒトヒトの実を食べた二ホンザルしかいないのよね……?」


「輝夜この一か月間この世界の何を勉強してたの?」


「モデルオオクニヌシ……」


 やっぱり、空波さんが反応してくれたわ! これまでは何言っても無視されてたのに!

 

「空波さん!」


「ルリでいいよ。ボクはずっと心の中で輝夜のこと呼び捨てしてたし」


「分かったわ、ルリ!」


 輝夜って呼んだ! 私のこと、輝夜って呼んでくれたわ、ルリ!


「私、ずっとルリと話したかったのよ! よろしく、ルリ!」


「うん、テンション高いね」


「高いわ! だって嬉しいもの!」


「…………」


 私はすごく嬉しくて、それをそのまま言葉にしたんだけど……

 どうしてか、ルリは少し悲しそうな顔をする。


「……ごめんね」


 そして、謝ってくる。


「輝夜がそういう子だって知ってたのに……ボクはずっと、輝夜のこと無視してた」


 それは、この一か月間のことについて。

 私も、気にしてたこと。


「許してほしいとかじゃなくて、ボクのけじめ。だから独りよがりだけど、謝るよ。ごめん」


 気になってたのは、どうして。

 なら私はまず、


「なんで、私のことを無視してたの? 理由、教えて?」


「……それは」


 ルリは少し、考えるような素振りを見せて。


「ボクの一存じゃ、教えられない。教えたいけど、『中史』の判断を仰がなきゃ。だから……無責任だけど、教えられないかな。ごめんね」


 ルリの言葉を、一つ一つ拾っていく。

 トキの家、『中史』はちょっと特別。

 飛鳥時代、冬時と一緒に藤原京を周った時に、それを一番強く感じた。


 多分、『中史』はこの日本という国にとってとても大切な存在。縁の下の力持ち、みたいな。セレスティアでいうところの、王家に対する勇者、みたいな。


 だから、それはきっと……ルリ個人の感情とかじゃない。もっと大きな意思。それで私を、無視してた。

 だったら――


「よかったわ!」


 私は立ち上がって、ルリに微笑む。微笑むというとわざとらしさが出るけど、これは自然なもの。


「……よかった?」


「私、ずっと不安だったのよ。なにか、私がいけないことしたんじゃないかって……でも、違ったのね! すごくすごく、安心したわ!」


 だってそれなら、この世界に意味付けされた月見里輝夜という<私>が嫌われてたわけじゃ、ないってことよ! 空波るりが、月見里輝夜を嫌ってたわけじゃないんだわ! この地平にある素朴な私は、なんでもないこの御魂は、まだルリと仲良くなれるわ! それってとっても嬉しいことよ!


「仲良くしましょう! 今日から、友達よ!」


「…………」


 ルリはしばらく、私を見てぽかんとしてたけど……


「――変わんないね」


 呟いて、立ち上がって……


「……長旅お疲れ様。そしていらっしゃい、月のお姫様」


「えっ――?」


 ――ぎゅっ。


 こっちまで来て、抱きしめられた。

 私はカウンター席に座ったままだったから、ちょうどルリの胸に、私の頭が抱き寄せられてる。


 トクン、トクン、トクン。

 

 ルリの心臓の鼓動が、優しく耳朶を撫でる。


 なんだかとっても、懐かしい音。


 そして、優しい匂いがする。故郷の風に包まれるような、胸が締め付けられるような、ぽかぽかした匂い。これは、プルースト効果。ルリの匂いに私は、郷愁(ノスタルジア)を想起してる。それは、そう。正に、失われた時を求めて。


「トキ達のことはちょっと待たせちゃうかもしれないけど、少しお話しようよ」


「……ええ」


 無意志のうちに、頷いていた。


「何頼む? さっきの反応からして、輝夜は〇タバ初めてなんだよね」

 

「うん」


 前をいくルリに手を引かれながら、カウンターへ向かう。


 そのあとは、ドリンクを飲みながらトキのこととか、この世界のこととか、ちょっとだけルリとお話した。だからちょっとだけルリと仲良くなれた気がした。

私の大切な親友からの寄稿

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