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幻月のセレナ -世界と記憶と転生のお話-  作者: 佐倉しもうさ
第三章 而して浮生は夢のごとし
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十一話   中史嫡流

「トキちゃんと一緒に庚申堂、お参りしたかったな……」


「死ぬのか?」


 無駄口を叩きながら長柄の許まで避難する夜見。


 残るは行方往人、一対一だ。


「よし、いいな。男相手なら手加減せずに済むからな」


「おめぇ言うほど手加減してたか?」


「どうせ死なないからってすごく雑に扱われた上に、頭かち割られて……すごく痛かったんだけど」


「夜見はお腹に穴開けられたよ。トキちゃんの子供産めなくなっちゃったな、悲しいな」


 無視無視。


「ま、やりやすくなったってのはオレも同意だ。本気になった行方の炎は――味方をも巻き込んじまうからなぁ!」


 威勢のいいことを言って、往人が蘇芳色の魔力を放出する。


「《伍煉獄(ごれんごく)》!!」


 五本の激しい火炎放射が俺を襲う。俺に《三尸(さんし)》で魔力を吸われたこともあり、短期決戦を望んでいるようだな。


「《五月降(さつきおろし)》」


 俺はそれを、同じ数の斬撃で相殺した。


 互いの魔術がぶつかり合い、中心で大きな爆発が起こる。

 煙と粉塵が舞い、相手の姿を見失う。


「「十束剣」」


 しかし、選択した行動は同じ。

 右手(めて)に握る黄金の剣で土煙を切り開くと、正面から炎の剣を構えた往人が獣のような速度で迫ってきている。


「ふっ」


「しっ!」


 勢いをそのままに往人が狙うのは首筋だ。俺は弧を描くその一撃を弾き――受け流す動作を利用して半身になり、突きの動作へと移行する。

 紺碧の魔力を纏い、往人の心臓部めがけて一突きする。


「遅え」

 

 果たして俺の突きは、往人の剣の樋に受け止められていた。目にも止まらぬ速度で、剣による突きの防御という神業を間に合わせたのだ。

 しかしその微妙な均衡はすぐに崩れる。


「甘い」


 剣身に魔力を送り、俺は強引に突きを通す。が――その際に狙いを横にずらされた剣先は、往人の肋骨を数本粉砕するだけで終わる。


 俺に押されて体勢の崩れた往人。突きに失敗して前のめりになった俺。


 剣に頼るより、ここは――


「《月降(つきおろし)》」


「《煉獄(れんごく)》」


 放たれた二つの魔術が、互いの剣を破壊する。

 

 自然にステゴロへと移行した俺たちは、すぐさま態勢を整える。

 この場合は俺からの衝撃を上手く利用して側面に回っていた往人の方が速かった。


「オラッ!」


 往人がジャブを放ち、俺の注意を引く。そうして作った隙で、やつは本命のストレートの構えを取る――


「バレてるぞ」


 しかしそれはフェイント。拳に意識を集中させた上での左足による足払いが往人の狙いだ。燕返(カウンター)で倒してやってもいいが、ここは――


「《(かんながら)》」


 格闘技のセオリー通りに進むのも味気ないので、魔術師の戦いをしてやる。

 《(かんながら)》は、体の一部に魔力を集中的に送り込むことによって、その部位を一時的に神と同等の強度にまで引き上げる術だ。アリストテレスの魔力を握りつぶし、長柄の胸部に指で穴を開けても損傷しない、神の身体を手にすることができる。


 《(かんながら)》状態の俺の右脚は、往人の足払いではビクともしなかった。


「この距離でその技は、いい的だぜ」


 しかし往人は、すかさず左フックで俺の顎を狙う。


 この術は本来全身に満遍なく行き渡るはずの魔力を一部に集める技なので、その間は体の他の部位が脆くなる。


「普通ならな」


 にもかかわず、俺は往人のフックを左の手の平でなんなく受け止めていた。


「なっ――」


 俺は人より魔力量が多いので、わざわざ他の部位へ送る魔力を遮断する必要がないのだ。


「――っ、《(れんご)――」


 これは往人も予想していなかったことだろう。大きな隙ができた。

 空いている右の拳で、俺は往人の右ボディにブローを放つ。


「かはぁっ――!?」


 (ストマック)に強い衝撃を受けた往人は魔術式の編纂に失敗し、小さくよろめく。


「これがやりたかったんだろ」


 先程不発に終わった往人の悔しい想いを乗せた、強烈な左フックをおみまいする。


「だっ――、こん、や、ろ……!」


 側面から顎を大きく揺さぶられ、軽い脳震盪を起したらしい。


「だらしないぞ」


 往人は頭を守っているので、がら空きの鳩尾(みぞおち)にボディアッパーを入れてやる。


「ゴォっ……!?」


 横隔膜の動きが止まり、息が詰まった往人の意識が乱れる。多数の箇所を殴られた痛みの中で、やつはとうとう一歩後退した。


「そろそろ打撃も飽きてきたな」


 俺は魔術式を構築する。


「忘れちゃいけないよな。俺たちは魔術師だ」


 紺碧色の魔力がこぼれ、本邸の中庭を明るく照らす。


「《月降(つきおろし)》」


「ぐうううううぅぅぅっっっ!!」


 放たれた光の斬撃が、往人の右肩に直撃する。

 長柄のように切断とまではいかなかった。さすがに頑丈だな。


「くっ……はぁ……!!」


 肩で息をしながら、それでも往人は俺から視線を外さない。


 とはいえ、今の一撃が決定打となったようだ。

 もはや奴は、まともに立っていることすらキツい状態だろう。


 俺は次なる魔術式を構築しながら、往人に問う。


「これ以上闘っても無駄だと思うが」


 満身創痍の往人は、呼吸を整え、治癒魔術で身体の傷を治していく。


「バカヤロウ……まだだ……!!」


 自棄になっているわけではないだろう。

 往人の目には、熱く煮え滾る強い意志が宿っている。


 外傷の回復した肉体を気合いで叩き起こし、まっすぐ俺を見る行方の(ゆう)

 全身から燃えるような魔力を発しながら、往人は言う。


「これで最後――残りの魔力全部使って、一発で決めてやるよ!!」


 声を張り上げ、自身を激励する。その気持ちに呼応した魔力が激しく輝き、想いの力が膨れ上がる。今日一番の魔力が、往人の下に集う。


「数あるツクヨミの神格のうち――西日川が『夜の神』、長柄が『農耕神』としての神格を。そして中史はすべての神格をその御魂に受け継いだ――」


 なにやら突然、往人が語り出したのは……

 四家とそこから流れる分家が得意とする、魔術の傾向についての話だろう。

 中史は始祖の力をそのまま。西日川は月が生み出す光と闇の力を。長柄は五穀豊穣から始まる生命の力を。


「その中で行方は、行方本家は、最も遠い――神格ではなく、歴史の中で習合された本地仏・阿弥陀如来の呼称、十二光(じゅうにこう)(ひとつ)焔王光(えんのうこう)を冠する力――!」


 行方家は焔王光仏の力を継いで、一切を焼き尽くす熱を操る。 


 往人の御魂に集う魔力が、蘇芳色の粒子が、魔術式を構築する。


「これで終わりだ、中史時――!!」


 まばゆい高熱の光を発しながら、炎熱が往人の身体を覆う。 

 往人は術式を行使した。


「《西方極(さいほうごく)楽往生(らくおうじょう)――」

 

 神術と見紛う魔力の爆発。

 地面が、大気が、体が、熱を持つ。


「――第三天・火焔(ほむら)》……!!」


 往人から発される炎は、その輻射熱だけで中史の防御障壁を揺るがすほど。

 ほとんど火災現場の様相を呈する中庭は、呼吸一つで喉が焼かれてしまいそうだ。


 蛇のように蠢く炎に囲まれた往人が、笑う。


「勝負だぜ、中史時――!」


 脚から、胸部から、肩から、右眼から、炎を揺らす往人。

 

「御魂ごと焼かれて消えやがれ――!!」


 一切衆生の煩悩を焼尽する炎が、四方八方から襲い掛かる。


 火炎地獄と見紛う火力は。

 その炎は、正に全力。


 一つ上の世代で最強と呼ばれた中史の、全身全霊だ。


 これが、往人が中史に懸ける思いなのだ。

 平和のため、世界の存続のため――危険の剪定を標榜する男の意地なのだ。


「いいだろう」


 ならば――俺も中史として、全力で応えなければならないだろう。


 俺は御魂から湧き上がる紺碧の魔力で、魔術式を構築する。


 幻想的な光を発する魔力が一際強く輝く。


「《月痕(つきあと)》」


 魔力発動時の爆風が、往人の炎をぐんと押し返す。


 俺の右眼から首筋にかけて、紺碧色の紋様が刻まれた。


 月痕(つきあと)の紋様から発される魔力が一所に凝集し、京都の空に小さな月を顕現させる。


 紺碧と黄金の混ざり合った、金碧の光を放つ中史の月。


「――<金碧(きんぺき)盈月(えいげつ)>」


 その名を呟く。言霊は魔力となって盈月の光を強くする。


 ――コオオォォォォォォォォォォッッ!!!!


 一切衆生を焼き尽くす焔と、世界をあまねく照らす月の光が衝突する。


 神の域へと踏み込む力の激突――


 ――――、


 その均衡は、一瞬だった。


「――――マジか」


 ……ぽつりと、往人が呟く。


 その場に座り込んで、空を見上げて吐き捨てる。


本気(ガチ)でやりあっても敵わねぇのかよ……」


 勝ったのは月。


 金碧の光を振りまく中史の盈月だった。

 月光に照らされた往人の焔は、瞬く間に灰となって消えた。


 あたたかな光に照らされる中庭を歩き、俺は言う。


「サシでの勝負になった時点で、消耗度に結構差があったし、もう一度やったら分からない――」

 

 往人の前で止まる。


「――などと、憐れんでやった方がいいか」


 俺が笑ってやると、往人は面白くなさそうな顔でそっぽを向いた。


「アホ。最後の勝負ん時、どれだけの差があったかはオレでも分かる」


「だろうな。お互い万全の状態で百度闘り合っても、百度俺が勝つ確信がある」


「オレとお前で、何が違うんだ? ……全国の魔術師とやりあって、負けたことなんて一度もなかったんだがな……」


「なら、お前の不幸は、俺とこれまで一度も戦わずに生きてきたことだろう。自分より強い存在を知らない事には、それ以上の成長は望めない」


 往人は立ち上がり、気持ちのいい笑みを浮かべて言った。


「とんだバケモンだ、おめぇは」


「――往人、戦闘不能! よって勝者、月科の中史時!」


「「…………」」


 今更すぎる父さんのバトル判定を、俺たちは黙って聞いていた。

 多分本人は「それはポ〇モンだろ」ってツッコんでほしいんだろうが、バトルモノの勝敗判定は大体そんな台詞だから分かりづらすぎるし、何より空気を読め。


 父さんの激寒ギャグは無視して、俺たちは術式を構築する。


「「《浄土(じょうど)》」」


 闘争が終わればノーサイドということで、互いの負傷した部分に治癒魔術をかけていく。


「……お前の選択でこの世界が滅んだら、許さねぇぞ」


「安心しろ。俺がいる限り、その未来はありえない」


 ……やっぱり、阿弥陀仏の力を受け継ぐ血筋だからなのかな。

 同じ魔術でも、《浄土(じょうど)》の完成度は往人の方がいくらか上だったよ。あっぱれだ。



   ☽



 そうして宣言通り、三対一での闘争で勝ち星を上げた俺は――

 戻ってきた本邸の一角『月の間』にて、中史当主の父さんが紡ぐ言葉を聞いていた。


「この度の中史時の勝利により、多数決による結果を無効とし――」


 そこで一度言葉を区切り、『月の間』をぐるりと見回した父さんが、言う。


「――我々中史が、月見里輝夜の身柄をこの世界に残したまま、御魂に眠る《月鏡》のみを異世界に送り返す『宿存(しゅくそん)』派を標榜することを――」


『――月読命の名に於いて、これよりの神宣とす』


 最後に父さんの言葉をツクヨミが引き継いで――

 

 中史は正式に、宿存派として動くこととなる。


 これで、今回の月詠会議は一旦幕だな。

 正式な終わりの儀式はまた後でやるが、ひとまずは休憩も兼ねて解散となる。


「「「………………」」」


 中史一同、神妙な面持ちでその方針を飲み込んでいた。


 反発する者が出ないか、心配なところではあるが……

 行方流と長柄流は、本家の嫡子が負けており、西日川流に関しては本流が積極的な宿存派なのだ。軽はずみな行動はできないだろう。中史流は言わずもがな。


 ともあれ、これからは今まで以上に忙しくなりそうだな。これまでも学校に通いつつ中史氏としての責務を遂行するのはかなり辛かったんだが、それを上回りそうだよ。


「……はぁ……」


 この歳で過労死なんてしたくないぞ、俺は。


「お疲れ様、トキ」


 未来を憂い、重い溜息を吐く俺を、隣のルリが労ってくれる。


「はやく部屋に戻って休みたい……」


 言いながら、俺は実際に立ち上がって出口へと向かう。


「あはは……さっきまで中史三人を蹴散らしてた人とは思えない弱音だね」


「ああいうのは見得なんだよ。見得を切ってんの。普段の俺を知ってるやつからしたら、滑稽なもんだろ」


「そう? 当主モードのトキ、結構サドっ気があるというか、容赦なくてボクは好きなんだけどなあ」


 それ悪口じゃないの?


「わ、私も……あの中史くん、かっこいいと思う、よ……」


 『月の間』の西日川の場所を通りかかったところで、ついてきたヒカリがそう口にする。


「それっぽいこと言ってるだけのビッグマウスなんだぞ」


「……じゃあ、あ、明日のデートは、やっぱり、冗談……?」


 なんかめちゃくちゃ悲しそうな顔をしていた。


「そもそもデートっていうのはカップルがするものだろ。……けど、明日ヒカリと二人で出掛けたいのはホントだ。改めて、予定とか大丈夫か?」


 西日川家だけでの話し合いとか、もっと重要な用事とダブルブッキングするくらいなら……と思っていたのだが、


「だ、大丈夫……! お母さんに、なにか言われても、説得する、しとく、から……っ!」


「いや、緋花里さんの言う事は素直に聞いておけよ」


「……中史くんは、お母さんを特別視しすぎだよ……」


 そうでもないと思うけどな。


「トキちゃん、トキちゃん」


「ああ、夜見か。強くなってすごいな。またな」


「いつものトキちゃんは、夜見に素っ気なくて悲しいな、泣いちゃうな」


 そんなこんな話しているうちに『月の間』を出て、俺は『時の間』の前まで来ていた。


「……そういえば、ここには輝夜がいるんだったな」


「忘れてたの?」


「……はぁー……今回の会議について説明することとか、しないこととか、色々あって面倒臭いなぁ。あ、ルリ、お前ここに来るまでに輝夜と仲良くなったんだろ? お前から言っておいてくれよ」


「損な役回り押し付けないでよ」


 ガラリと襖を開け、室内へと入る。と――


「すぅ……すぅ……」


 当の輝夜姫は、部屋の隅に布団を敷いて眠りこけていた。暢気なことだと思うと同時に、ちゃんと会議が終わるまで輝夜がこの部屋にいてくれたことを確認できて、俺はようやくホッと一息つくことができたのだった。

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