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幻月のセレナ -世界と記憶と転生のお話-  作者: 佐倉しもうさ
第三章 而して浮生は夢のごとし
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十話    借りざる、効かざる、食まざる

「《呪々屈折鏡(やたのかがみ)八重(やつがさね)》」


 万一攻撃の余波なんかでこれ以上長柄が死なないように、多重に防御魔術を掛けておく。うっかり核でも落ちてこなければ平気だろう。


「――ああ、そうか」


 そして俺は、今思いついたように呟く。


「あぁ? なにがだよ」


 往人が、俺の呟きに反応して突っかかってくる。


「分かったんだよ。お前らが剪定派を主張する理由」


 背後に倒れている長柄を指差して、俺は笑って見せる。


「弱いからだろ?」


「「――ッ!?」」


 往人と夜見、二人の御魂が激しく動揺した。


「志を同じくする仲間一人守れず、敵の攻撃に苦戦する程度の実力しか持たないから――《月鏡》の被害から人民を、日本国を、世界を守り通せる自信がないから――お前らは保身のために、一人の人間に不幸を押し付けようとする。そうするしかない。そうなんだろ? 違うか?」


 などと、言いながら……俺は制服のブレザーについた土埃を払いつつ、右眼に魔力を集め――某漫画風に言えば“(ぎょう)”した魔眼にて、往人と夜見の体内を巡る魔力の流れを観察する。


「中史の矜持が聞いて呆れるな」


「てめぇ……こっちが防戦一方だからって、いい気になりやがって……! その安い挑発、乗ってやろうじゃねぇかよ――!!」


 魔眼()を凝らせば――


 行方の御魂から溢れ出す蘇芳(すおう)色の魔力濃度は、いつになく濃い。強く震動する御魂から発される高濃度の魔力が体内を駆け巡り、奴の纏う雰囲気が一段階、パワーアップしているのが分かる。


「夜見のこと舐めないでほしいな。トキちゃんと遊ぶために、夜見は頑張ってるのに。怒るよ」


 燃えるような深い赤の往人と違い、夜見の魔力はまるで底の見えない闇色をしている。魔眼で覗けば覗くほど、その深淵から湧き出る魔力の濃度が増していく。その放流は濁流、ほとんど暴力的なものであった。


 それは――想いの力だ。


「いいぞ、それでこそ中史だ。日本を守る武士(もののふ)だ」


 期待通りの反応に、俺は満足して笑みを浮かべる。

 二人の中史としての強い想いに反応し、周囲の魔力が凄まじい引力で以て集められていく。大気中の魔力がほとんど二人に流れていき、中庭の温度は底冷えしていく。


 ああ、これなら――


「『少しは本気が出せそうだ』」


「じわぁぁぁ」


「夜見なら本当に漏らしててもあんまり違和感ないな」


「わ、わ。とてつもないセクハラされちゃった、はずかしいな、責任取って夜見をお嫁さんにしてほしいな」


「後でな」


 今の俺はノリで会話している。


「夜見は嬉しいな。絶対に夜見の妹さんを孕ませてね」


「中史くん……」


 ヒカリが何か信じられないものを見るような眼でドン引きしていたが、気にしない。


「あれ、あなたのやり方よね?」


「どれのことだ?」


 遠くから父さんと母さんの会話が聞こえてくる。


「まさか自覚ないとか言ったら、怒るわよ? 相手を煽り倒して、キレさせて、怒りで無理やり想いの力を使わせるあの修行法よ! トキが二歳の頃からやってたでしょ、刻!」


「ああ、あれな。――修行にかこつけて相手煽れるから気持ちいいんだよなぁ」


「二人とも、悪いところばっかり似てるわ……」


 たしかにこれはセッ〇スなんかよりよほど気持ちいいからな。父さんの言っていることが分かる気がした。


「じゃあ、こっちから行かせてもらうぜ」


 精神統一を終えた二人が、攻撃の構えを取る。


「いつでも来い」


 俺の声に応えるように、往人の魔力が増幅した。


 蘇芳色の魔力で長い魔術式を構築し、強力な魔術を行使する。


「《奈落迦(ならか)》」


 ゴオオォォォォォォォ――と、その場に灼熱が荒れ狂い。

 往人の両腕に、炎の渦が巻かれる。熱きとぐろが術者の意の如く空中を蠢き、三人を囲んだ小さな円形状のフィールドが形成される。


「《月降(つきおろし)》」


「無駄だぜ」


 試しに攻撃してみるが、往人が腕を振るわせるとそれに合わせて炎の渦が動き、俺の《月降(つきおろし)》を瞬時に焼き焦がす。


 あの炎は厄介だが、往人ばかり気にしてもいられない。


「――!」


 俺はもう一人の中史が背後に回っていることに気づき、急いで振り向くが――


「もう遅いよ、トキちゃん」


 しかし、すでに夜見は姿を消していた。場に残った闇色の粒子は、更に俺の後ろ……俺が元々向いていた方向を示している。


「すばしっこいミミズクだな」


 肉眼では追いきれないので、俺は気配と魔力で二人の位置を特定する。


 今、夜見が俺の後ろに回ったことで――

 現在炎の円形状のフィールド内で、往人・夜見・俺の三人が、一直線に並んだ状態になっていた。


 さらに――

 俺と往人の間に位置する夜見の魔力が、途方もない速度で膨れ上がっていることに気づく。

 

 大きな術を使おうとしているな。


「《青海波(せいがいは)》」


 御魂から零れ落ちた魔力で術式を編纂し、行使した。

 紺碧色に輝く放流が夜見を襲う。


「させねぇよ!」


 世を喰らう濁流は、さらに獰猛な赤き炎に焼き尽くされてしまう。どころか、蒸発した水流の魔力を養分として、往人の炎が一層激しさを増していく。


 肌が爛れるような熱を発しながら、地獄の業火は八の字を結ぶ。


 退路が断たれ、視界が塞がれ、抵抗の余地が限りなくゼロへと近づいた、その時。


 夜見の魔力が、深い闇色が、空へと広がっていく――――


「――《三尸(さんし)》」


「――っ!!」


 呟きと同時、迫る危機。夜見の御魂より伸びる明確な殺意の(かたまり)


「知らない術だな」


 咄嗟に防御魔法を展開するも、すさまじい速度で進むそれを止めることはできなかった。

 それは《呪々反射鏡(まそみかがみ)》を突き破り、俺の肉体を喰らい、心臓に噛みつく。

  

 心臓部にあるのは、言うまでもなく御魂。俺の全てを構成する魔力に――夜見の《三尸(さんし)》は牙を剥いた。


「――」


 全身に激痛が走る。御魂を傷つけられるのは、あらゆる神経繊維に一度に触れられることと同義だ。

 久々の激痛に、意識が遠のく。


 未だ正体不明の()()。夜見の御魂から伸び、俺の御魂を喰らう()()


 それは御魂にヒビを入れ、蛇がそうするように、牙の先端から毒のようなどす黒い――闇色の魔力を流し込んでくる。


「トキちゃん、捕まえたよ。嬉しいな」


 俺は自身の胸に刺さるそれを注視する。夜見の御魂から伸びる、それの正体は――虫だ。


 とても長いミミズのような、直径2cmほどの、ワームのごとき見た目の害虫。それが夜見の御魂から伸びて、俺の御魂を――そして恐らくは、夜見を挟んだ向こうに立つ往人の御魂をも繋げている。


「これは夜見の、三尸(さんし)の虫だよ。とても食いしん坊だから、人の御魂も食べちゃうんだ。その時に魔力を流し込むよ」


已術式(オリジナル)か。すごいな」


 知らない術だと思ったら、まさかの已術式(いじゅつしき)か。それは、先祖伝来の既存の術式ではない、オリジナルの魔術。

 中史の魔術は基本的に光時の代で完成していて、そこから数十代かけていくつかの術が四家の流れごとに足されていった感じだから……まだ中学生だというのに已術式を創ったというのは、かなり優秀なことだ。


 問題は、それが実戦に耐えうるか否かだが、さて……


「夜見のこと、トキちゃんが褒めてくれて嬉しいな」


 いつも笑顔を絶やさない彼女だが、今の夜見は心なしか本心から笑っているような気がした。こっちは気を抜いたらぶっ倒れそうな激痛で、それどころじゃないがな。


「三尸は例えばこんな風に食べるよ。痛いから我慢してほしいな、トキちゃん」


 痛いならやめてほしいなあ夜見ちゃん。


「《三尸(さんし)――上尸彭踞(じょうしほうきょ)》」


 夜見の言葉が言霊となって、術式に働きかける。闇色の魔力が増幅する。

 

「――!」


 ドクドクと、三尸の牙から魔力が流れ込む。


 自分以外の魔力が体内を巡る異物感に吐き気を催す間もなく――その猛毒は、脳へと回り出す。

 

 ズキン、ズキンと頭がかち割れるほどの頭痛に襲われる。脳味噌を内側から喰われているような錯覚に、気を失いそうになる。視界はぼんやりと霞み、立っているのも億劫になってくる。

 これは……


「夜見の、魔力か……」


「恥ずかしいな、恥ずかしいな、夜見の一部が、トキちゃんの頭の中に入っちゃった。恥ずかしいから、夜見、トキちゃん以外にこの魔術使えないな。大問題だな、どうしよっかな」


 勝手に赤面している夜見は放っておくとして――

 俺は自らの御魂の状態へと、目を向ける。


 俺と夜見を結ぶ三尸がパイプ役となり、彼女の御魂から涌き出る高濃度の魔力が、俺の体内へと流されているのだ。無理やりな手法で行われるそれは、俺の御魂を廻る魔力の流れを逆流させ、様々な支障を来す。


「《月降(つきおろし)》」


 だから俺は、悪さをしているパイプを切断するため、光の刃を振るう。


「夜見の虫は特別製だから、カチコチだよ」

 

 しかし、三尸には傷一つ付かなかった。


 このパイプはいわば、夜見の御魂で変換されたばかりの、夜見純度100%の魔力。産地直送の魔力で象られたものだ。そういう産地直送型の魔力を固形化された場合、破壊するにはちょっとばかり骨が折れる。


「《五月降(さつきおろし)》」


 ならば術者の夜見を斬ってやれば話が早いと判断し、即座に攻撃するが――


「《奈落迦(ならか)》の獄炎に死角はねぇぜ」


 夜見の背後から回り込んできた獄炎に、阻まれてしまう。


「そしてその間、夜見は好き放題に攻撃するよ」


 夜見は闇色の魔力で魔術式を編纂する。


「――オン・デイバ・ヤキシャ・バンダ・バンダ・カカカカ・ソワカ――」


 夜見が真言を唱えれば、黒き光が術式に呼応し、魔術が放たれた。


「《夜叉(やしゃ)》」


 それは矛だ。


 辺りに闇をまき散らしながら、三叉の矛が顕現する。

 一つ、二つ、三つと増えていくそれは、あっという間に十を超える数となった。


青面(しょうめん)金剛明王の矛、トキちゃんは全部避けられる?」


 夜見は矛を魔力で操り、一斉に俺へ向けて放った。 


 ――ビュンッ!


 飛来する十数の闇の矛。心臓を貫かれている俺は避けることができない。


「《呪々反射鏡(まそみかがみ)》」


 真正面から襲ってくるいくつかの矛は鏡で反射するが、夜見へ到達するよりも早く、往人の炎で焼き焦がされてしまう。

 また当初の狙いが外れ、俺を通りすぎていった数本の矛は――夜見が指をくいと折ってみせると、それに操られるように空中で急な方向転換をし、俺の体を四方から串刺しする。


「……っ」


 俺の体から噴き出る鮮血と矛からこぼれた闇色の魔力が混ざり合い、辺り一帯に禍々しい色の絨毯が敷かれていく。


「それ、結構な大魔術だろ。魔力量は平気か?」


 口元の血を拭いながら、俺は夜見に言う。


「心配してくれてありがとう、ありがとう、トキちゃんが優しくて、夜見泣いちゃうな」

 

 けど――と繋げて、夜見は笑みの張り付いた顔を傾ける。


「足りない分は、トキちゃんに貰うから平気だよ」


 この自信は――またなにか、大きな魔術を使おうとしているらしい。

 俺はそれを阻止するため、術式を編纂する。


「――」


 だが、御魂が思ったように動かない。指先が震え、言うことを聞かない。


 ここに来て、夜見の魔力が邪魔をしているのだ。《鬼遣(おにやらい)》に《持禁(じきん)》、《三尸(さんし)》という強力なデバフ魔術を三つも重ね掛けされたことにより、術式を上手く構築できなくなっている。

 結果、俺は夜見の行動を易々と許してしまった。


「《三尸(さんし)――中尸彭躓(ちゅうしほうしつ)下尸彭蹻(げしほうきょう)――守庚申(しゅこうしん)》」


 俺と夜見を繋ぐ三尸のパイプが、濃い闇色を纏う。


「これは――」


 次の瞬間、俺の体内に流れていた魔力が、激しく蠢き出した。


 それはまるで体内の寄生虫に体の臓器を食い荒らされているかのような不快感。そして、それがどうでもよくなるような激痛に襲われ、体の制御を奪われてしまう。


 さらに俺は、魔力を、吸われていた。

 御魂から脳へと流れるはずだった、俺の魔力が――夜見の三尸の虫に、吸収されているのだ。


「往人は足。夜見はお腹。トキちゃんは頭に虫がいる。トキちゃんは今、頭を三尸に食べられてるんだ」


 御魂がもがけばもがくほど三尸の吸収力が増し、首から先の魔力がぐんぐんと減っていく。


 このまま吸われ続ければ、いずれ俺の魔力は底を尽き、御魂は原型を留められなくなるだろう。


 その先は無。現象としての形態を失った魔力はただそこにあることすら許されない。意志なき死を迎えるのみだ。


「すごいよ、トキちゃん。こんなに高密度な魔力、夜見知らないな」


 そして吸われた俺の魔力は管の中で夜見の波長に合った魔力に変換され、術者に還元される。


「余ったトキちゃんの魔力は往人にいくよ」


「……だから往人にも管を通してたのか」


 俺から夜見へ。余剰分は夜見から往人へ。半自動的に魔力が供給されていくわけだ。


「――《月降(つきおろし)》」


「《奈落迦(ならか)》ッ!」


 激痛の中でようやく完成した魔術はしかし、往人の炎が二重のバリアとなって消滅する。


「てめぇの魔力で構築された魔術に焼かれる気分はどうだッ!?」


 増大した火力の《奈落迦(ならか)》――地獄の業火が、俺を焼き焦がす。


「――――」


 三尸に心臓を食い破られ。

 矛で全身を貫かれ。

 行方の炎で焼かれ。

 魔力は吸われ続けている。


 いくら俺でも、意識を保つのが困難になってきた。


「ははっ――もう終わりってこたぁねえだろうが、流石にちったぁ効いてるだろ中史時!」


 死に体の俺と、五体満足な二人――


 状況から見ても、その結末は明らかだった。


「――ここまでか」


「最後に脳味噌破裂させて終わりだよ、トキちゃん」


 自分たちの優勢を感じ取った二人が勢いづき、夜見が再び魔術を行使する。


 夜見の指先から、闇色の魔力が零れ落ちる。


「《三尸(さんし)――」


 ニコニコ笑顔の夜見が、嬉しそうに呟く。


「――上尸彭踞(じょうしほうきょ)》」


 ドクドクと凄まじい勢いで、夜見の魔力が俺の御魂に注がれた。


「――ここまでか、夜見」


 しかし、俺の体に変化はない。


「あ、あれ? なんで?」


 いつまで経っても術の効果が表れないのを、夜見が訝しむ。

 笑顔のまま、フクロウみたいに首を斜めに傾げて不思議がっている。


「こういうことだ」


 俺は魔力を操作する。


「……え?」


 異変はすぐに起こった。


「な、なにこれ……夜見の御魂、勝手に動いて――?」


「術式が、上手く動かねえぞ……」


 二人の行動が、二人の意志が、捻じ曲げられる。


「あ、あれ、あれ――夜見の魔力、変な風に動いて――!」


「せ、制御できな――ぐ、ぐううううぅぅぅぅぅ――ッ!?」


 俺は更に魔眼を光らせ、魔力を完全に支配下に置いた。


「あ、ぐ……っ! 夜見の中で、魔力が暴れてる――!?」


 ようやく魔力制御に努め出した夜見だが――手遅れだ。


「や、やめてっ、夜見のお腹破らな――きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!?!?」


「ごッ――がああああああああぁぁぁぁっ――!!」


 夜見の腹部を、往人の脚部を――グロデスクなミミズ型の寄生虫が勢いよく食い破り、姿を現す。


 それは三尸。夜見が使役していた三尸の虫である。


 宿主の体から這い出た三尸はしかし、その悪食はもはや止まらぬとばかりに二人の身体を食いちぎっていく。


「だめ、止まって――」


 ボロボロの身体で、夜見が《三尸(さんし)》を消そうとするが――


「…………なんで…………術が、解除できない…………」


 夜見は魔力を上手く操ることができず、自らを蝕む害虫になすがままだ。


「それどころか、体も碌に動かねぇ……どうなってんだ……」


 往人もまた炎を操れず、好き勝手に蠢く自身の火で、ひどい火傷を負っていた。


「一つ聞きたいことがある、夜見、往人」


 そんな二人に、俺は問う。


「――お前らごときが俺の魔力を、そう簡単に変換できると思うか?」


「「……っ!?」」


 俺の言葉に、夜見と往人がまさかという顔を浮かべて、自身の御魂に視線を向ける。


「俺の御魂が生み出した魔力は、俺のものだ。お前ら程度が勝手に変換したり、魔術に使用することはできない」


「オレたちが吸い取った自分の魔力を、そっから操作してんのかよ――!」


「道理だろ? 俺の魔力は、俺のものだ。そして――お前らの魔力も、俺のものだ」


 そう言って、俺は二人の御魂と繋がった虫の管に魔力を纏わせる。


「え、嘘、嘘……これは夜見の術なのに……!」


 すると先程とは比べ物にならない速度で、俺の体内に魔力が満ちていく。


「てめぇ、オレたちの魔力を――」


 夜見がご丁寧にも、俺たちに管を通してくれたからな。

 そのパイプを利用して、二人から強引に魔力を吸い上げていく。

 

 それを片っ端から俺に合う波長に変換し、自らの魔力として御魂に蓄える。

 二人はそれに失敗していることに気づかず使用していたが、俺の場合は魔力変換はむしろ得意分野だ。手こずることはない。


「言う事、聞いて――三尸のご主人様は、夜見だよ……!」


 苦し気な表情を浮かべる夜見が、自身の御魂を喰らう虫を睨みつける。


「これ以上は、ダメ――!」


 夜見が力み、一瞬、魔力の流動が止まったが――


「無駄だ」


「――ッ、きゃぅっ!?」


 その抵抗を、上から無理やり、さらに強い力でねじ伏せてやる。

 

「ぅっ――くぁ――っ!」


 体中に、魔力が溢れていく。

 凄まじい速度で満ちていく魔力は、しかし、俺の御魂を満たすことはない。


 渇きだ。


 無限にも等しい渇望が、俺の御魂に渦巻いているのだ。


 夜見から魔力を吸い上げられ、飢餓状態に陥っていた俺の御魂――


 そこへ若い人間の、それも中史の魔力が与えられたのだ。


 今頃は二人の魔力を、よだれを垂らして貪り食っていることだろう。


「待って……それ以上は、本当に……!」


 夜見が焦りの滲む声で訴えるが、聞き入れるわけもない。


 ごくごくと、三尸の管は大量に魔力を吸い上げていき――


「あっ――」


 とうとう夜見が、その場にカクンと両膝をついてしまう。

 

 魔力切れだ。


 往人よりも手前側にいる夜見からは、より効率良く魔力を吸い取れていたからな。魔力量の差というよりは、そのせいだろう。彼女の魔力が、先に底をついたらしい。


「……あーあ……」


 彼女は全身から力が抜け、もはや四つん這いがやっとの状態だ。


「夜見の体、もうぜんぜん動かないな……トキちゃんに、魔力全部吸われちゃったから……お腹に穴も開いてて、スースーするし、痛い……。……負けちゃった」


 笑顔で苦痛を訴える夜見。

 彼女はこれ以上の戦闘は望めないだろう。

 

 中史二人目、ダウンだ。


「《稀月(きづき)》」


 敗北宣言を受けた俺は、即座に治癒魔術を掛けてやる。

 淡い光に包まれる夜見を見ながら、俺は言う。


「よくその歳でオリジナルなんて作ったな、夜見。それは素直に尊敬する」


 攻撃、状態異常、回復の三つをこなせる万能魔術《三尸(さんし)》。

 サポート系の術が多い西日川流に生まれながら、これほどの術を考案し、形にしたのは素晴らしいことだ。その努力は並大抵のものではないだろう。

 

 しかし、それはやはり中学生のオリジナル――故に未完成だった。

 凝ったつくりであった分、大きな欠陥もあったのだ。


 相手が自分より格上であった場合、三尸の管が意味を為さない。満足に魔力を吸うことができない、木偶の坊になってしまう。

 それどころか、今のように逆に相手に利用されてしまう可能性もある。自ら弱点を増やすようなものだった。


「お前の三尸の虫は、たしかに面白い。――だが、扱いには気を付けろ」


 俺は一歩を踏み出し、この魔眼に夜見をしかと捉えて言った。


「俺の眼前では、三尸は己が身を喰らう獰猛な害虫――獅子身中の虫へと姿を変える」

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