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幻月のセレナ -世界と記憶と転生のお話-  作者: 佐倉しもうさ
第三章 而して浮生は夢のごとし
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九話    馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!(なろう無双)

 『月の間』を出て、俺たち中史は中庭へ移動する。

 サッカーコートほどの広さのそこは、魔術の鍛練場。今お前自分で中庭っつっただろと思われるかもしれないが、みんなそういう用途でしか使ってないのだ。


 周囲には強力な防御魔術式が常時展開されている。この不可視のバリアは春日大社の式年造替みたいなノリで10年に一度、中史一族総出で張り替えがなされる。とはいえ俺たちは本職の宮大工ではないので、その仕事はどころどころ穴が開いてたりする杜撰なものだ。今はその修復中。


「……中史くん」


 体内の魔力の巡りを調整していると、俺に話しかけてきたのはヒカリだった。

 どことなく浮かない顔……はいつものことだが、なにか引け目を感じているような素振りがある。


「どうした?」


「あ、い、今……ダメだったかな。戦闘前だし、やっぱりあとに」


 ここまで来てからする配慮でもないと思うが、この優しさが空回りしてる感じがいかにもヒカリらしい。いや、バカにしてるわけじゃないぞ。


「いいよ。むしろ今はヒカリと話して、緊張をほぐしたいくらいだ」


「そ、そっか……なら、よかった……」


 実際緊張してるかと聞かれたら心拍数は至って正常値なのだが、臆病な小動物はこういう風に優しく接してやらないとショック死してしまうのだ。

 

「それで、どうしたんだ? 夜見の代わりにお前が戦うか?」


「そ、そんなわけないって、分かってて言ってる……中史くんのいじわる……!」


 ぷくーっ。

 オオグンカンドリみたいに頬を膨らませて、拗ねてしまう。

 それほんとやめた方がいいよ。特に同性から嫌われるぞ、そういうの。


「……私も、何か言わなきゃ、いけなかったよね」


「輝夜についてか」


「……うん」


 ヒカリはいつも言葉が足りない。気が小さいし軽度の吃音症だから何言ってるかよく分からない。だからちゃんと言葉を聞いてやらなきゃいけない。


 ……《月鏡》に関する議論の場で、何人かの中史が意見を口にしていた。

 しかしその間ヒカリは黙っていた。輝夜の友人である自分は、もしかするとあの場で一番、何か言わなければいけなかったのに……


 ……みたいなことを考えてるんだろう。


「まほろも、椛ちゃんも、往人さんも……堂々としてた。なのに……」


「言っただろ。俺が宿存を主張したのは、輝夜とは無関係だって。だから同じ理由で、お前が気にする必要はないんだよ。対象が友人かどうかは、度外視するんだ」


 しかしヒカリはふるふると首を振って、


「――行動自体じゃなく、その行動によって起きる影響に目を向けろ、って……」


「……懐かしいな」


「そ、そう教えてくれたの、中史くんだよ。だから……中史くんの行動は、間違いなく、輝夜のためになるもの、だから……私も、そうすべきだった、のに」


 分かっていても、まだあの場で自分の意見を主張できるほどの胆力はついていないのだろう。別に引っ込み思案でなくとも、大人数の前で話すのは経験がないと緊張する。ああいうのは慣れだ。悔やんでも仕方がない。失敗を糧に次頑張っていこう。

 

 ……というのが正論なのだが、正論で人の感情が動けば今頃世界は幸福で満ち溢れている。


「……ごめん、ね……」


 ……まあ、でも。

 ヒカリはようやく、他者を頼れるようになったんだな。

 ただ口を噤んで、そのまま壊れてしまう寸前まで自分を追い込んでいたあの頃のヒカリはもういないんだな。

 今の彼女は、大切なものを手にすることができたようだ。生きていく上で最も難しい、人を頼るということができるようになっていたのだ。そこらの大人より、よほどしっかりしている。

 

 中学の頃のヒカリだったら、「こんな愚痴みたいなことは他人に聞かせるものじゃない」とか何とか言って、良くないものを内に溜め込むばかりだっただろうからな。


 そして。


 それでも足りない分は、せめて俺が埋めてやろう。そうじゃないと、ヒカリが報われない。


「ヒカリ」


「……うん」


「このままいけば今日中に月詠会議は終わる」


「……うん」


「だから明日、俺とデートしてくれないか」


「……うん」


「伝えたいことがあるんだ。けどまだ考えが固まってないから、その時になったら言うことにするよ」


「……………………うん?」


「じゃあ、そういうことで」


 ちょうど中史のみんなが防御壁を張り終わったらしいので、俺は中庭の中央へ歩いていく。


「…………???? ………………!!!! ………………っっ!?!?」


 なぜかヒカリは目をぐるぐる回していた。



   ☽



 鍛錬場の中央で、対峙する四の中史。


「目の前でイチャつきやがって、余程早く死にたいみてぇだな」


 往人は一歩踏み出して、そう煽る。


「いいだろ。ちょうどいい具合に、負けるわけにはいかない理由が一つ増えた」


「……な、なんで……私なんかでいいのー……もっとかわいい子いっぱいいるよ……」


 割と適当に喋ってる自覚はある。まあ誰も本気にはしてないだろうし、放っておこう。


「悲しいな、寂しいな。嫉妬しちゃう。トキちゃん、人のものになっちゃうの?」


「泣くな泣くな、違うから」


 張り付いたような変わらぬ笑顔で、間の抜けた声を上げる夜見だが……

 夜見がこう言う時は本気で悲しんでる時なので、俺は放っておく宣言を三秒で撤回し、必死に否定する。


「夜見のこと普通の女の子として見てくれるトキちゃんが、夜見は好きだな」


 俺の言葉を受けても、夜見は表情一つ変えない。彼女は最初から最後まで同じ笑みを浮かべ続けていた。多分今は本当に笑顔。


「…………もう始めようよ」


 長柄さんちの凪さんに催促されてしまったので、俺たちは所定の位置につく。戦いの前だからって、ちょっとはしゃぎすぎたな。


 三対一。向かい合う俺たちは互いに魔力をみなぎらせ、眼前の家族を倒すべき敵と見定める。


「俺が審判な」


 父さんが軽く手を振る。俺たちは小さく頷いた。


「この試合の勝者が中史の総意だ。トキが勝てば宿存派、往人・凪・夜見が勝てば剪定派として中史は動くこととなる。……両者、準備はいいな」


 不敵な笑みを浮かべる父さんに、俺たちはやはり頷く。


「んじゃ――……試合開始だ」


「《煉獄(れんごく)》」


 開始と同時に魔術を放ったのは往人だ。

 行方家に伝わる地獄の業火が、とぐろを巻いて襲い来る。


頭椎(かぶつち)大刀(たち)


 と同時に、長柄も武器を手に急接近してくる。


「《鬼遣(おにやらい)》」


 そして最後、石鶹夜見が術式を発動させる。

 相手の荒魂を強制的に鎮めることで、戦意を失わせるものだ。


 戦闘開始と同時に攻撃を仕掛けた三人を前に、俺は――


「…………ふぅ」


 ――――沈む。


 深く深く、自らの根源に近づいていく。

 魔力の溢れる御魂の中心部へと、意識を鎮めていく。


 肉体と精神、四魂と直霊、外体魂(カドル)精神魂(ガイスト)のズレを限りなくゼロに近づける。

 明鏡止水。

 すべてがしずまった世界の中で、取るべき数多の行動が羅列される。

 一本の糸のように、三人をつなぐ魔法線。


 ……あれを辿ろうか。


「《呪々反射鏡(まそみかがみ)八重(やつがさね)》」


 ひとつずつでは間に合わない。

 カウンター術式を多重展開しつつ、右手には月の光を受けて輝く利剣を顕現させる。


十束(とつかの)(つるぎ)――《月降(つきおろし)》」


 金色に輝く魔剣に魔力を纏わせ振るい、三日月形の斬撃を飛ばす。


「……っ、行方(おれ)の炎を跳ね返すたあ、舐めやがって……!」


 往人は《呪々反射鏡(まそみかがみ)》で跳ね返された《煉獄(れんごく)》を避けるのに必死だ。俺は長柄に目をやる。


「はぁっ」


 ――ガギィィッ――!!


 猛スピードで飛来する《月降(つきおろし)》を、長柄はその大刀にてなんとか受け止める。


 ――だが、それに意識を取られ過ぎだ。


「《月降(つきおろし)》」


 間髪入れず、俺は光の斬撃をおみまいする。


「――ぅっ」

 

 激しい音と共に長柄の大刀は消滅し、なおも止まらなかった《月降(つきおろし)》が長柄の右腕を吹き飛ばす。切断面から絶え間なく血が溢れ出す。またその衝撃で、彼女はバランスを崩してその場に横転した。


「…………」


 が――

 腕一本飛ばされたというのに、長柄は碌な反応一つ見せず立ち上がり……


頭椎(かぶつち)大刀(たち)


 再び大刀を構え、急速に接近してきた。


 ……なるほど。自分の腕を躊躇なくもぎ取ってくる相手にも一切臆することなく、突撃してくるか。普通の人間は、いかに熟達した武人であろうと、本能から来る恐怖心を隠し通すことはできない。上手く隠し通しているつもりでも、行動の随所にその影響は出るものだ。


 しかし長柄にはそれがない。


 痛みも恐怖も忘れた人間にのみ許される、最強の神風特攻だな。


「だが果たして本当にそうか?」


 ――ガキィンッ!


 長柄の大刀と俺の剣がクロスする。金碧の粒子と浅葱色の粒子、激しく魔力を散らしながら斬り結ぶ。


「恐怖を抱かない人間なんて、存在しない」


 しかし剣術では、俺に大きく分がある。


「《月降(つきおろし)》」


 剣戟の中で隙を見て、俺は光の刃にて長柄の攻撃を大刀ごと断ち斬った。


「……意味ないよ」


「《月降(つきおろし)》」


 すかさず俺は追撃する。しかし今度は致命傷は与えない。腋窩や鳩尾など急所を攻撃しても意味はない。

 下腿、上膊部、前額、腹側部――浅い傷なら問題にならない部位に狙いをつけて、かまいたちのような切り傷をつけていく。


「手加減してると負けるけどいいの?」


 最後に、五本の指を丁寧に切断してやる。


 だがこれでも、長柄は無表情を貫いた。感情の覗かぬ瞳に中史時を映すばかり。

 どうやら噂は本当のようだな。


 ならば、取る対応は一つだ。


「不死身なら、何回か死んでも平気だろ」


 全身を負傷した彼女の顔面へ向けて、俺は魔力で強化した身体で十束の剣を突き刺す。


 ――ズドンッッ――パァン!!!


 砲撃のごとき音を伴って、超音速の剣は精確に長柄の頭を破裂させた。

 脳漿が飛び散る確かな絶命。しかし相手は長柄、御魂は死んでいないため、あれでは意味がない。


「よそ見してんじゃ――――なっ!?」


 蘇生までは数十秒かかると踏んで、俺は彼女から目を離す。そしてただちに往人へと接近する。


「いつの間に――」


 数メートルの距離を縮地にて一瞬で詰めた俺は、未だ対応の間に合わない往人へ至近距離から魔術を放つ。


「《(かげ)》」


 現世の闇を凝縮した球体を、そっと往人へ差し出す。


「ぐぅっ――!」


 強力な引力で御魂を引き付ける《(かげ)》。これに抗うことは不可能だ。


「《月降(つきおろし)》」


 俺は手早く魔術式を構築し、光の斬撃を往人めがけて放つ。


「《参煉獄(さんれんごく)》――!!」


 致命傷となりかねない月の刃を、すべてを焼き尽くす業火が瞬く間に灰燼に帰す。

 咄嗟に御魂で直接魔術を行使することで、瞬間的な反撃を間に合わせたようだ。


「やるな」


「抜かせ……っ」


 言いながら、俺は牽制で《月降(つきおろし)》を放ちつつ往人と一度距離を取り、もう一人の中史へと歩み寄る。


「おかしいな、トキちゃん、夜見の《鬼遣(おにやらい)》効いてない?」


「どうだろうな」


 相手の戦意を喪失させ、状況を有利に運ぶのに最適な夜見の《鬼遣(おにやらい)》――

 この場ではそれが、全くといっていいほど機能していなかった。


「不思議だな、なんでだろ」

 

「確かめてみろ」


「はいなー。――月頸玉(つきのくびたま)

 

 魔力を込めた脚で地面を蹴り上げ、俺へ接近する夜見は一つの魔道具を装着した。三日月形の勾玉のついた首飾りだ。


 彼女はそれを契機として魔術を行使する。

 夜見の頸玉が闇色に強く輝く。


「《持禁(じきん)》」


 瞬間――中史時の御魂にかかる負担が、急激に倍増した。


 腕が重い。脚が重い。息苦しい、感覚が鈍い。


 一瞬でも気を抜いたら倒れてしまいそうな脱力感、三徹明けのような倦怠感、切り石でも積まれたのかと錯覚する、ズシンとした重量感に襲われる――が。


「十束剣」


 そんなことは構わず、俺は夜見に切りかかる。


「えっ――ま、《白銅鏡(ますみかがみ)》ッ!!」

 

 まさかこの状態で攻撃されるとは思っていなかったらしい夜見は、慌てて防御魔術を行使する。

 

 なんとか俺の攻撃を防ぎ切った夜見が、声も表情もそのままに言う。


「そっか、そっか、夜見の魔術、ちゃんと効いてたんだね、トキちゃん」


「ああ。結構辛いぞ、これ」


 別に、何か策を練って夜見の魔術を無効化していた……なんてことはない。

 夜見のサポートは、ちゃんと効いていた。ただ気力で耐えているだけ。《鬼遣(おにやらい)》で戦う気を削がれ、《持禁(じきん)》で十分な調子が出せない状態で戦っているだけ。


 それだけデバフがかけられていれば、いい勝負くらいできそうなものだが……


「――足りないな」


 俺は三人を見る。


 ちょうど蘇生の完了した長柄。

 俺の《月降(つきおろし)》を防ぎきった往人。

 ニコニコ笑顔の夜見。


 この状態で戦っても、まず間違いなく俺が勝つ。


「……こんなものか? 剪定派は、平和のために月見里輝夜をこの世界から追放するんだろ。そう言ったよな?」


俺は剣を大きく横に一閃する。


「《水無月降(みなづきおろし)》」


 水平方向に広範囲な《月降(つきおろし)》。


「ぐぉっ――!?」


「《五月降(さつきおろし)》」


 次に魔剣による《月降(つきおろし)》の五連撃。


「っ――!!」


 こうして人数不利はいくらでもカバーできる。数で優っていることなどなんのアドバンテージにもならない。


「お前らの意志は、中史としての意志は、こんなものなのか?」


 俺が喋っている間にも、三人は《月降(つきおろし)》の連撃を防ぐので精いっぱいという様子だ。


「くっ……この野郎――!」


「《白銅鏡(ますみかがみ)》――《白銅鏡(ますみかがみ)》――凄いな、夜見の防御間に合わないな」


「――ぁっ――」


 中でも、特に魔術が不得手なのだろう――長柄凪が、首筋へ向けられた《月降(つきおろし)》を防げなかった。首から上が宙を舞い、彼女は二度目の死を迎える。


 このまま他の二人からダウンを取るまで、リスキルを続けてもいいが……


「俺に嗜虐趣味はないからな。殺しても死なないお前は、少し面倒だ」


 言って、一足で長柄の許に飛び、蘇生した彼女に手を伸ばす。


「《(かんながら)》」


 硬質化した五本の指先で、彼女の胸部を制服の上から鉤爪のように抉る。


「ぅっ――な、に……を……っ」


 五つの穴から血が流れ、俺の指も鮮血に染まる。


「放せ」


 長柄が拳を振り上げ俺を殴るが、今の俺相手ではびくともしない。


 俺の腹を殴り、脛を蹴り、抵抗するので――


「――ぅっ!」


 足を引っかけ、長柄の身体を地面に強く叩きつけてやると、仰向けになった長柄は小さく呻き声をあげた。衝撃で瞬間的に臓器に圧がかかり、呼吸が苦しくなったんだろう。


 それでも長柄は怯まなかった。

 俺に打撃は効かないと分かったらしく、長柄は口を大きく開けて俺の首筋を狙う。


 ので、俺は空いていた左手を長柄の口に突っ込み、その舌を引っ張ってやる。


「ぁぇっ!?」


 いきなり他人に舌を掴まれたら、恐怖はせずとも、嫌がるものだ。


 俺の予期せぬ行動に、一瞬、長柄に隙ができた。


 ――この距離なら、いけるだろう。


「安心しろ、ちょっと寝ころんでてもらうだけだ」


 俺は長柄の胸部を抉っていた右手の指先に、神経を集中させる。

 それがあるのは、人体で最も重要な臓器。心臓部だ。


「は()、し……て……!」


 長柄の要望は無視し、それを探る――

 

 ――あった。


「――ぁっ、ぁぁ……ぁっ」


 俺がそれに触れると、長柄は神経反射のようにうめき声を上げて、体を震わせる。


「――っ、――っ」


 彼女の様子を窺いつつ、更に深く、指を入れていく。


「……ぁ、な、こ()……――」


 ……ここだ。俺は狙った箇所を、中指の腹で強く押し込んだ。


「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


 絶叫と共に、体の衝撃を逃がすように身体をのけ反らせる長柄。

 その叫びは痛みから出たものではない。生物が本来想定していなかった干渉を受けたために起きた、反射的な拒絶反応のようなものだ。


「あ……えっ……」


 俺が指を抜くと、彼女は脱力した様子で動かない。


「なに……なんで、私……っ!」


 今の彼女はもう頭も動かせないのだろう、地面に視線を向けたまま混乱している。


「はは、これくらいで取り乱すなよ。中史だろ」


「……やだ……やめて……っ」


 俺は彼女の頭を掴み、俺と視線が合うようにしてやる。


「ひっ――!?」


 先程とは打って変わって、取り乱した様子の長柄に俺は話しかける。


「随分と、いい顔をするようになったじゃないか」


「……な、なにしたの……ねぇっ、私になにをしたのっ!?」


 今にも泣きだしそうな顔で、しかし自身の異変を追及しようとする長柄に、俺は答えてやった。


「お前の御魂を、少々弄らせてもらった」


「え…………」


 焦点の合わない目で、俺を捉えようとする長柄に言う。


「体に力が入らないだろ。神経系を一時的にシャットアウトしてあるからな。今は指一本動かせないはずだ」

 

 御魂は、生物そのものだ。生物としてのあらゆる情報が御魂に詰まっている。

 その御魂に干渉し、狙った反応を引き出すのは当然困難を極める。

 俺でさえ、直接肌に触れるだけでは不可能。今のように指を体に突き刺し、体内の御魂に直接触れる必要がある。


 今回は、無限回復力を持つ人間にウロチョロされては面倒だったので、体性運動神経と感覚神経の一部を閉ざし、戦闘が終わるまで大地と仲良くしててもらうことにした。


「違う――違うっ! そんなのどうでもいい! そうじゃなくて、私は……っ!」


 が、俺の説明を聞いた長柄は不満そうだった。

 自身に起きたもう一つの変化の方を聞いているらしかった。


「なんで、こんな……」


 長柄は言う。


「こっ、怖いの! 今、あなたが目の前にいて! なにされるか分からなくて、泣いちゃいそうで! 私、すごくすごく怖いの!! ――そんなのおかしい!!」


 ああ、おかしい。だからこそ、変えてやった。


「私は……私は恐怖なんて、とっくに感じなくなってたはずなのに!!」


 御魂を弄られた前と後で起きた変化。それは、恐怖心の有無。

 

 治癒魔術を得意とし、自身も強固な御魂を持って生まれた、本流長柄家の嫡女。生まれながらにして不死を約束された彼女の世界には、およそ危険に値するものが存在しなかった。それはそうだろう。なにをしても死なないのだから、安全だと分かっているなら、なにかを怖がる必要もない。恐怖心など、生まれるはずもない。

 そんな彼女の噂は俺も聞いていた。長柄凪は、感情の起伏が希薄だ、と。彼女には、恐怖心というものが存在しないのだ、と。


 だからこそ、この手法が有効だと踏んだ。


「喜べ、長柄。そもそも恐怖心がない人間に、恐怖を植え付けることはできない。今の反応は、ほかならぬお前自身のものだ。お前にも、しっかりと何かを恐れる心はあることが証明された」


「いや、いやだ……! 今すぐ戻してよ! こんなの、私じゃない……っ!」


「それがお前だ、認めろ。お前はどこか、どうせ負けても死なないからと、高をくくったような顔で俺の前に立っていただろ? ――舐めるな。中史時は、その気になれば長柄凪を殺めることができる」


「やっ、やだっ! 殺さないで!」


「ならまずは、正面から己の恐怖心と向き合ってみろ。それくらい、そこらへんの幼稚園児でもやってることだぞ」


 言いながら――俺は右の掌を長柄の顔面に向け、魔力を集め出す。


「え……やめて、やめてっ……! もういいでしょっ、十分でしょ!? 今攻撃されたら、私死んじゃうよ!?」


 紺碧色の魔力が、掌に集う。


「さっきまでなんともなかったのに!! 今はもう痛いのもいやなの! あなたのせいで、今は死ぬのが怖いの! だからやめてよ!!」


 凝縮された魔力の粒子が渦を巻き、魔術式が行使される。


「《月降(つきおろし)》」


「やだぁッ――!!」


 必死に懇願する長柄は、せめて眼前の恐怖から逃れるためにギュッと目を瞑った。


「……、……?」


 それは軽い脅しだった。俺の攻撃は長柄に放たれることなく消滅した。今のブラフにも気づかないほど恐怖しているなら、もう十分だろう。


「最初に言ったはずだぞ、ちょっと寝ころんでてもらうだけだと。戦力にすらならないお前は、そこで仲間の応援でもしてろ」


「……う、…………ぅっ」


 それきり、長柄は黙ってしまった。まさかこれくらいで心が折れたわけではないだろう、こいつはここに放置しておいて問題ないはずだ。


「まずは、一人ダウンしたぞ」


 俺は残る二人に声を掛ける。

 二人はちょうど、俺が放った《月降(つきおろし)》の連撃を防ぎきって疲弊しているところだった。


「はぁ……くっ、なんつー威力だ、バカ……」


「夜見の制服、焦げちゃった。休み明けの学校、どうしようかな、困るな」


 それはすまん。


「おー! いいぞーお兄ちゃーん! 鬼畜外道ー! スポ〇ビッチー!」「倫理観トチ狂った方法で女の子泣かせてドヤ顔するトキおにーちゃん、かっこいい……!」


 観戦していたあおなつ姉妹が、歓喜の声を上げる。そっちはそっちで、人の首から血しぶきが上がったりするの見てテンション上がっちゃう女子小学生だろ。人のこと言えないよ。


「な、中史くん……頑張って……!」


 見ればヒカリも、絞り出すようなか細いで応援してくれてる。


「よっ、なろう主人公ー!」


「それ誉め言葉か?」


 ルリを筆頭に盛り上がっている連中とは対照的に……不平不満たらたらなのは、対戦相手の二人。


「へぇ……随分な余裕じゃねぇかよ、中史時……! キレちまいそうだぜ」


「今は夜見と遊んでるんだから、トキちゃんはよそ見しないでよ、悲しいよ、ずっと夜見を見ててよ」


 二人とも、いい感じにやる気が出てきたみたいだな。

 これなら、少しは持ちそうだ。

トキにあんまりなやられ方をした悲劇のヒロイン(笑)、長柄凪が主人公を務める短編『異界の小さな切り裂き人』も合わせてどうぞ!

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