八話 闘争
なにか大仰な雰囲気を醸しているが、俺のするべきところは変わらない。
「中史家は宿存派だ。それでいいよな。父さん、母さん」
「ああ。お前の好きにしろ。好きにやってみろ。ただ言葉通りに『ハイ僕は輝夜の追放に反対しマス』というだけじゃないんだろ?」
「分かってるなら最初からそういう流れを作っておいてほしかった」
「過保護のつもりはないもの。そこは自分でやりなさい、トキ」
「はいはい。……行方のとことか絶対対立するだろうなぁ」
「ボクは一緒じゃない方がいいよね?」
俺が何をしようとしているのか察したルリが確認してくる。
「そうだな……あくまで中史として、ってやつだから」
☽
そんなこんなで十数分後、『月の間』に分かりやすい対立軸が出来上がる。
「神島家は宿存派を宣言しまする」
「行方家は当然剪定派だぜ」
輝夜をこの世界から追放するか、それとも残すか……
家の割合は、ざっとこんなもんだ。
宿存:6 剪定:13
分かってはいたことだが、剪定派が多数を占めている。
俺の一存でそうなった中史家、三姉妹全会一致で決まった神島家、深雪が譲らなかった瀧椿家、姉さんがいる久慈家、輝夜とは友人であるヒカリが強く主張した西日川家、そしてなぜかまほろがこっち側についてくれて、桜狼家……宿存派はこの六家。清々しいまでに身内票だ。
「おいおいどーすんだよ。あっさり決まっちまったぜ。これで今回の会議は終いか?」
『月の間』に響く大声でそう宣うのは、行方往人。
初めから剪定派を主張していた男だけに、今の状況は喜ばしいものなのだろう。
しかし、国の重要会議がそんなあっさりと終わるはずもない。
俺たち中史に、そんなお利口なお話合いができるはずもない。
「忘れたか、行方往人」
「……あ?」
声を上げたのは俺。反応したのはもちろん往人。
「少数派が意見を押し通す方法なんて、中史にはいくらでもある」
やつは先の議論に俺が混ざらなかったのが不服だったか、どこか嬉しそうに口許を歪ませる。
「へぇ。本気か?」
それだけで往人は……中史は俺が何をしようとしているのか理解する。して、ちょっとみんな期待の眼を向けてくる。まあそうですよね。中史はみんなこういうの大好きだもんね。
「月詠会議の場で、この中史時が冗談を言うと思うか」
「思わねぇよ。が、お前への信頼は揺らいでるぜ。自分が何を言ってんのか、その力を何のために振るおうとしてるのか、よく見極めた上での発言か、それは?」
「当然だ」
すると往人は、ケッとつまらなそうに鼻を鳴らす。
「マジでよく考えろよ? お前がその姫様に惚れてようがなんだろうが知ったこっちゃないが、ひとまず月見里輝夜とは切り離して考えろよ」
思わぬところからの口撃に、俺は一瞬何を言われたのか分からなかった。
そして……あまりにもおかしくて、笑ってしまいそうになる。
そうか。そういう風に思われていたのか。
「お前は思い違いをしている」
「んだと? ああ、惚れてるってのはあくまで一例だぜ。別に色恋じゃなくても同じだ、友人としてだろうがなんだろうが、とにかくお前がそのお姫様を特別視していて、それで出た言葉だってんなら――」
「俺が宿存を標榜するのに、輝夜のことは一切関係がない。それどころか、俺は今回の騒動に輝夜は無関係だとすら思っている」
往人は眉目を寄せる。相手の言っていることへの無理解を示すサインだ。
「はぁ? 何言ってんだよ、次期当主様。世界滅亡なんて話聞いて、まともな思考ができなくなったか?」
脳がイカれたわけでも、精神が侵されてしまったわけでもない。
これはずっと昔から……この御魂がこの御魂であった時から、そうであったものだ。
「違うな。――そもそも俺は、月鏡の保持者が輝夜だから追放に反対してるんじゃない。……ああ、そうだな。例えばこれが、行方往人。お前だったとしても、俺は変わらず全力で宿存派を主張するぞ」
俺は軽く笑ってみせる。我ながらこれは分かりやすい例えだったろう。
「気色悪い例えはよせ。なんのつもりだ」
苦虫を噛み潰したような顔で、往人が問う。
「《月鏡》保持者が誰であろうと、関係ないということだ。――俺が守ろうとしているのは『月見里輝夜』じゃない。『月鏡保持者』だ。今回はたまたま、保護対象が俺の関係者だった。それだけだ。……お前こそ、月見里輝夜と《月鏡》を切り離して考えたらどうだ」
口にするのは紛れもない本心。まほろと口論していた時とは違う、言いたいことを言えているという確かな感触。これは場をスムーズに進行させるためのおべんちゃらでもなんでもない。もっと深いところに定められている、中史時の行動原理だ。
「……ああったよ。お前が当主の息子なんだってのはよく理解した。じゃあその上で訊くぜ。お前がそこまでして地球を滅ぼしたい理由はなんだ? そもそも俺たちは『中史』だ。中史は日本だ。俺たちが守るのは日本人であって、異世界人は適応外じゃねえか?」
「人種の上ではともかく、日本国籍だから一応日本人だぞ、あいつは。俺たちが守るのは日本。日本国の秩序と安寧を保ち、日本国民の幸福を追求するのが『中史』の責務だ。月見里輝夜には、日本人には、この国で幸せになる権利がある」
その言葉が分水嶺だったのだろう。
俺とやつが、明確に対立する。
「俺は月見里輝夜の幸福追求のため、《月鏡》保持者を保護する――あいつは日本人だ」
「平和維持のため、月見里輝夜を日本国より追放する――異世界人は自分の世界にお帰りだぜ」
結局この一点だった。ここで判断が分かれているのだ。
「やっぱ俺は、納得できねぇな。次期当主様」
「ならばやはり、已むを得ないことだろう」
俺は立ち上がり、剪定派13家一人一人を見つめて言う。
「――中史じゃ、強い方が正義だ」
皆が父さんに従っているのも、色々な理屈で説明できるが……突き詰めれば畢竟、中史刻が一族で最強の存在だから、以外にない。
殴り合いで勝ち負けを決める。勝てば官軍、負ければ賊軍……そんな鎌倉武士みたいな理屈がまかり通っちゃうんですよね、中史一族。つくづく俺たちは文明社会にそぐわない。
「――剪定派は、分流含む四家からそれぞれ一人ずつ出せ。四人まとめてかかってこい、俺が相手になる」
『月の間』の中央まで歩き、闘争の宣言をする。
『…………』
頭上のツクヨミがいつもの無表情で俺を見ている。祖神は肯定も否定もしない。ただ子孫たちの行く末を見守るかわいい神様として、そこにいる。
――見守る。見ることで、守る。
そのことの難しさを俺たち中史はよく知っているから、俺たちはツクヨミの子孫で、ツクヨミは俺たちの始祖なのだろう。どちらにせよ、心強い存在であることに変わりない。彼女がいるからこそ、俺たちは安心して言葉を紡ぐことができた。
「いや、中史時。中史流から出す必要はない」
そう言ったのは、中史分家三善家の義恒さん。人のいいサラリーマンといった三十路の男だ。今回は唯一、中史流のうちで剪定派だったはずだが……
「俺は元より、お前と戦ってまで剪定を主張する気はない。どちらかといえば剪定派、というだけだ。だからお前が戦うのは三人でいい」
「それは……助かるが。いいのか」
「ああ。気になるなら、借り1とでも思っておけばいい」
その言葉に、俺は人知れず感動する。
義恒さんは、俺の周りで数少ないまともな大人枠だ。頼れるしっかりした大人という雰囲気があり、それが中史では少数派という事実がまた悲しくもある。
そういうわけで、俺が戦うのは行方流、長柄流、西日川流から一人ずつの計三人ということになった。
「んじゃ、まどろっこしい口喧嘩なんかやめて殴り合いといこうじゃねえか。やっぱ口より手を動かすのが性に合ってんだ。――行方流からは俺が出るが、親父、異論ねえよな?」
「お前が言わないなら俺から推薦してたところだぜ。出ろ、往人」
行方勇に言われ立ち上がったのは、身長180cm近い高身長の男。
行方流からは……流れ的に当然、本流行方家から、往人が出た。
――行方往人。あいつは一つ前の世代で最強と呼ばれた、行方の雄。手ごわい相手だ。
だが……結局俺は誰が相手でも勝つ必要があるのだ。あまりビビっていても仕方がない。
一方で、長柄流からは……
「僕が行こっか? 兄さん」
「やめておけ夜風。お前とは格が違う」
「ま、そりゃ勝てはしないだろうけどさ。せっかく面白そうなのになー」
後長尾家の兄弟は、今回は観戦に回るらしく……
「――…………私が行く。私にやらせて、お父さん」
代わりにそれまで一言も喋らなかった、ある少女が口を開く。
その父親はたいそう驚いた顔で、なにかの確認をする。
「……なんだと? しかし……お前、いいのか……?」
「いい。なんだっていい。どうだっていい。どうせ私は」
「…………そうか。なら行ってこい」
父親と二言三言交わした後、立ち上がったあいつは、本流長柄家の嫡女。
長柄凪。
俺やヒカリと同い年の高校二年生だが……芦校に通ってないこともあって、関わりがあまりない。幼少期にも接点がなかったため、どんな女だか噂程度で聞くくらいだ。
しかし、長柄流からは長柄家が出たか。
長柄は、中史でも治癒能力に長けた一族だ。
特に本流の長柄家は、才のある者なら死者の蘇生を可能にする魔術すらを扱ってみせる。
その力は、彼らの御魂の強度に由来する。一般的な人間に比べて自然治癒力が高く、寿命も長い。敵にするには面倒な家だ。
だから、聞いたことがある。
長柄凪は不死身。
故に、何ものも恐れない。
死なないのだから、傷つかないのだから……恐怖しない、と。
それが本当だとしたら、少々厄介だな。
「西日川は誰か行きたい人いる? 私自身は宿存派だし、特別、強制はしないわよ」
陽花里さんが西日川流五家のメンバーに優しく声を掛ける。
本流が宿存派ということもあって、表立って声を上げるのは憚られるとも思われたが……
「ねえねえ、誰もいかないなら夜見が行ってもいいかな? 夜見は久々にトキちゃんと遊びたいな」
……一人、いた。そんな空気知るかとばかりに、暢気なことを宣う阿呆が。
「じゃあ、西日川は石鶹家が出る……でいい? 誠也さん」
石鶹家の当主の名だ。
「夜見が出ていい? いいかな? ダメかな? 誠也?」
野球部男子みたいに、自分の親を名前で呼ぶ夜見に……
「こいつはもう何言っても聞かないんで……」
なんだか色々諦めた様子で、親から了承が下りた。
「決まったよ。トキちゃん、夜見が出るよ、よろしくね」
「あ、ああ……」
――石鶹夜見。
変なやつ。
「…………」
これで……揃ったな。
中史の家、全19の家は、四つの流れに分かれている。
中史家・西日川家・長柄家・行方家。室町時代の中史、中史時景の四人の息子がそれぞれ創始したこれらの家は総称して『中史四家』と呼ばれる。初代中史の嫡流が当主を務める中史家を総本家とする、四つの本流だ。
そこから更に時代が下り、各々の本流の子孫が分家を確立していった。
上記にある四家は、左から順に4・4・4・3の分家を持つ。
これらの家は数世代ごとに婚姻を結び、また互いに養子を迎えることで『中史一族』としての結びつきを強めていった。だから本流・分流と言っても、イメージほど力の差があるわけでもない。始祖月読命の血の濃さは似たようなものだろう。
まあそれでも、四家の当主たちはだいたい天才だしだいたい強い。やはり四家の当主という意識が実力以上の実力をつけさせるんだろうか。
今回俺が相手取るのは……
西日川流からは、分流石鶹家から、石鶹夜見。
長柄流からは、本流長柄家から、長柄凪。
行方流からは、本流行方家から、行方往人。
2/3が本流。四家の次期当主様たちだ。
だが、それはこちらも同じこと。
俺は総本家の嫡子、中史朝臣中史時。
この御魂、世界の果てから流れ来る御魂の本懐を遂げるためにも――……
この場は押し通らせてもらうぞ、中史一族。
「そういや、ずっと言いたいことがあったんだよな。こりゃいい機会だ」
戦いの場への移動が始まる直前、行方往人は悪辣な笑みを浮かべて言った。
「――年上には敬語使えよ、クソガキが」




