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二十六話  真実?

 大型ショッピングモールの一角に店を構える、ランジェリーショップ『ARTEMIS(アルテミス)』。


 左右をジュエリーショップとコスメショップに挟まれた、()()()()店が揃えられたゾーンだ。通りにも女性客が多く、店内に入らずともすでにちょっと場違い感がある。


 だからさっさと二人をこの店に送り込んで、俺はどこかゲームコーナーにでもいって時間をつぶそう――


 ――そう思っていたのに。


「いらっしゃいませぇ! ……あれぇ、時津風ぇ?」


 ランジェリーショップの前で愛想のいい笑顔を振りまいていた店員は、あろうことか非常に目立つピンク髪をしていて。

 そいつの顔を見た瞬間、俺はこの場から離れることの不可能を悟った。



   ☽



 案の定俺の腕に抱き着いて離れないはこべに拘束されたまま、俺は入店を余儀なくされてしまった。店内に俺たち以外の客がいないのは不幸中の幸い。だがそもそもはこべが俺のことを引き止めていなければよかったことなので、プラスマイナスはギリギリマイナスといったところだ。


 店内に入ると、落ち着いた色合いの店員用エプロンをしたはこべが俺、ヒカリ、輝夜の三人を順に見る。


「デートですか? 二股ですかぁ?」


 そして、飛び出て来たのがこの発言。

 どういう思考回路してんだ。


「デートでも二股でもないし……第一、俺たちは客だ。客のプライベートに踏み込んでくる店員がどこにいる?」


「商品を買いに来たんですよねぇ。どちらがですか? それとも、二人ともですかぁ?」


「おい無視するなよ。……輝夜の方だ」


 俺の話は聞かなくても、店員として仕事する気はあるらしく……


「はいはぁいっ」


 威勢よく返事したはこべは、輝夜の手を取って試着室に連れ込もうとする。


「え、ちょっと……この子誰? トキの知り合い? なら私と友達に……きゃっ」


 ヒカリ同様、『トキの友達なら私も友達になる』という謎基準をもとに、はこべと仲良くなろうとした輝夜は……はこべに強引に手を引かれ、試着室に閉じ込められてしまった。


 シャッ。


 色々と手順をすっ飛ばして行動するはこべに呆然としていると、試着室のカーテンが閉められた。カーテン越しに、中から二人の声が聞こえてくる。


『えっと……あなた、名前はなんていうの?』


『はこべです。浜百合はこべ。よろしくお願いしますね、かぐや姫』


『……私のこと知ってるの?』


『もちろんですよ。時津風を求めてフィンランドからはるばるやってきたはこべとしては、日本のお姫様に負けるわけにはいきませんからねぇ。……それにしても、かぐや姫の、大きいですねぇ。はこべよりも。ムカつきます。えいっ』


『ふあぁっ』


 ……前言撤回。ちゃんと仕事する気ないみたいだ、あいつ。


 俺が頭を抱えていると、はこべが現れてから終始俯いて地面と見つめ合っていたヒカリが口を開いた。


「……今の、浜百合さんだよね。C組の」


「ああ。ちょっとした知り合いだ」


「そ、それって……魔術関係の、だよね……?」


「いや、それは関係ないな。はこべが一般人かどうかは知らないが、少なくとも『中史』に敵対するような素振りは見せてない。だから、多分ただの友達だ」


「……そう、なんだ」


 ちゃんと話したつもりだが、ヒカリはどこか納得がいっていない様子で俯いたままだった。なんというか……俺の説明が、欲しかった回答とは違ったような雰囲気だ。なにか間違えただろうか?


 そんなことを考えていると、ヒカリが再び口を開いた。


「……私、いらなかったかな」


 ヒカリの性格をよく知らないやつからしたら、少々唐突な自虐に聞こえるかもしれない。だが、付き合いの長い俺にはヒカリがこう言った理由がなんとなく分かった。


 今はこべが店員として請け負っている役目は、元はヒカリがやる予定だったものだ。はこべがいたならそもそも自分はいらなかったんじゃないか。そんなことを自信なさげに聞いているのだ。


「そんなことないだろ。輝夜と二人でこの店に来るとか、正直気まずいだろうしな。ヒカリがいてくれてよかったよ。……それに、よく考えれば採寸とかは店員がやってくれるものだって分かったはずだ。俺が考えなしだったんだよ」


 まあ……元はと言えば、男の俺に下着の買い物の付き添いを頼んだ母さんの考えなし、ではあるんだがな。今更それを言っても仕方ないし、母さんの思考回路は理解不能なものだ。


「……優しいね、中史くんは」


「お世辞はいらないぞ?」


「ううん。この間だって、私が助けてって言ったら、ホントに来てくれた」


「それは、そういう()()だろ」


 褒められて気恥ずかしいのもあって、ついそうやってあしらおうとしてしまう。


「そんなことないよ。中史くんは、いつだってそう。昔から、ずっと」


 ……昔、か。

 

 あまり一人で考えていても仕方がないし、ここらで聞いておくか。

 一か月前のデートの日からこっち、ずっとまとわりついていた違和感の解明をしよう。


「その昔っていうのは、俺がルリと一緒にいた頃のことを言ってるのか?」


「……っ」


 なんで、と顔に書いてある。分かりやすいやつだ。


「えっと……」


 ヒカリはしばらく、目を泳がせてどう返答すべきか思案していたが……

 最後はやっぱり下を向いて、こく、と小さく頷いた。


「この間、A組にルリが転校してきたことは知ってるよな」


「……うん。ルリからは、事前に聞いてたから」


 下の名前、しかも呼び捨てで呼ぶ仲か。人見知りのヒカリが名前呼びなところを見ると、かなり昔からの、それも気を許せるくらいの深い付き合いなんだろうな。それこそ、俺と同じくらい。


「そこで、俺があいつにお前の名前を出したんだが……あっちは、俺とヒカリが疎遠になっていると勘違いしてたみたいだぞ。あれは、お前がそう伝えたのか?」


 ヒカリは、ゆっくりと首を縦に振る。


「……なんとなく、悪い気がしたから」


「悪い気?」


「ルリは事情があって、中史くんと離れ離れになってるのに……私だけ、中史くんの傍にいるのは、ズルみたい、だったから」


 それは……分かりそうで分からない感覚だな。女子特有の感性なのかな。少なくとも俺には分からない。


「じゃあ、ルリと連絡を取ってたのはお前か、ヒカリ」


「うん。直接会えないルリの代わりに、月科の様子を、伝えてた」


 ルリと定期的にやり取りをして、こっちの情報をルリに教えてた、俺とルリ共通の友人というのは……ヒカリだったんだな。


「もう……思い出したの?」


 ルリが、心配そうな目つきで俺を見る。


「いや、全部思い出したわけじゃない。あくまでルリから聞いた話だ」


「……そっか」


 どこか安堵したように、ルリは小さく呟いた。


「それでも、この間ルリと出掛けて……あいつと一緒にいたことで、俺の中で何かが変わったことは確かだ。ヒカリはそれを恐れて、俺にルリのことを言わなかったんだな」


「……そうだよ。だって、あんなことがあって、会えなくなっちゃって……それで今中途半端に思い出すくらいなら、って……」


 ヒカリは、俺とルリ、二人の共通の友人だった。そしてヒカリはルリと違って、俺がルリと別れた後も月科に残り続け、小・中・高と同じ学校に通っていた。当然その間俺との付き合いも続いていたので。俺にルリのことを話す機会なんていくらでもあったはずだ。

 それでもヒカリが、俺の前でルリの名前すら出さなかったのは……俺のことを慮ってのことだったわけか。


「……ごめんね。やっぱり、それでも言った方が、よかったのかな」


「言い出しづらいのも分かる。謝る必要はない」


 一番ヒカリと共にすごす時間の多かった中学時代も、ヒカリはずっとそのことを気にして俺と接していたのかもしれない。思い返してみれば、たまにヒカリが不自然な態度を取っていたような気がする。それは、これについて悩んでいたからと考えても、無理筋な紐づけではないだろう。


「戦闘中に俺が事故に遭って記憶喪失……そんなこと本人に言えなくても、当然だ」


 俺は本心からそう言った。いくらかはヒカリを気遣う気持ちもあっただろうが、それ含めてもこれが本心だった。


「……え」


 だが、それを聞いたヒカリは大きく目を見開いた。

 まるで、大きな間違いを目の当たりにしたように驚いて……


「中史くん……それ、ルリから聞いたの? ルリ、本人から?」


 引っ込み思案なはずのヒカリが、俺と目を合わせて問うてくる。

 臆病な小動物みたいな普段と一変して、どこか焦燥感の滲んでいる今のヒカリは、威圧感すら覚えさせる。


「……あ、ああ……昔のことは、全部あいつから……」


「……そ、それは……違うよ。だって、九年前――」


 ヒカリが何かを言いかけたとき、店内の試着室のカーテンが勢いよく開かれた。


「さあ時津風! どうですかこのかぐや姫!」


 はこべのやかましい声に意識を持っていかれて、思考が中断される。

 そうしてしぶしぶ視線を向けた、先には――


「なっ……!?」


 直前まで考え事をしていたせいで、そこまで気づかなかったが……はこべがいるのは試着室なんだから、当然そこにいるのは商品を試着している客に他ならない。


 俺の目に映ってしまったのは……下着姿の……輝夜……っ! 

 肩やらお腹やらモデルみたいに長く色白な脚やらを露出させて……く、黒の大人っぽい下着で上下揃えた御姿が、露わになっているじゃないですか……!


「あ……ト、トキ……っ」


 はこべの奇行に巻き込まれたのは俺だけではなかった。

 

 急にカーテンを開かれ、男に下着姿を見せることになった輝夜は……


「み……見ないで……っ」


 羞恥に顔を赤くして、細い両腕で必死に自身の身体を隠そうとしている。


 その現象に、俺は……


(輝夜が……恥ずかしがった……!?)


 その下着姿に目を奪われるより先に、そのことについて驚いていた。


 流離世界にいた時は……俺がうっかり着替え中の輝夜を目撃してしまっても、平然と着替えを続行するような奴だった。

 それが今はどうだ。自分のあられもない姿を異性の俺に見られて、輝夜はたじたじになっている。


 いや……考えてみれば、兆候はあったのだ。

 一か月ほど前、俺がルリのLINEに気を取られて輝夜を押し倒してしまった時から……あの時から、輝夜は少しずつおかしな反応をするようになっていた。


 思えばあのトラブルが……純真無垢な子供だった輝夜に、羞恥心という高度な感情を芽生えさせてしまった、ということなのかもしれない。


 だが、今はそれよりも――


「は、はこべお前! 何して――」


 このとんでもない状況を生み出した諸悪の根源を問い詰めてやろうと、視線を投げるが――


「もっと近くで見てあげてくださいっ、時津風ぇ!」


 大悪魔の暴走は止まらなかった。俺の想像を超える奇行をとったはこべは――


「うおっ!」


「きゃあっ!?」


 俺の手をぐいと引いて、あろうことか輝夜の立っている試着室に押し込んでしまったのだ。


 勢い余って突っ込んできた俺を受け止めきれず……中にいた輝夜はどてぇっ、とその場に尻もちをついてしまった。


「くっ……」


 で……俺の方は、男の意地で『転んだ拍子に美少女の胸を揉んでしまう』などという使い古されたテンプレハプニングだけは回避することができたが……それでも、目の前に大きな……っ、黒のブラジャーに秘された、大きな胸が、でかでかと立ち塞がってしまっている……っ! 


 間近に薄布一枚すら介さない素肌が露出しているという状況から、なんとか目をそらそうと努力していたところに――


「因みに時津風ぇ。かぐや姫、採寸したところFカップでしたぁ」


 などという、はこべの追撃が迫る。

 え、えふ……!? 今目の前に聳え立つ双丘は、Fサイズだと言うのか……っ!


(うっ……来たぞ、御魂の拒否反応……!)


 御魂の意識が、つまり俺の意識だ。

 俺の御魂はなぜかルリ以外の女子に異常な拒否反応を示すが、俺がなにか別のことに意識を向けている間は別だ。例えば流離世界に召喚され、メフィにいきなり抱き着かれた時は、『異世界転移をした』という事実に興奮し、そっちに意識を引き付けられていたため、俺の御魂は反応を示さなかった。 


 だから今も、さっきまでヒカリと話していて、ルリのことについて考えていた余韻が、御魂の反応を鈍らせていたのだが……

 少しでも動いたら輝夜に触れてしまう至近距離のこの状況に加え――眼前の豊かな胸がFカップであるという、具体的な情報――それは男の下劣な妄想を促進させる非常に重要な機密情報だ――を吹き込まれたことで、俺の意識は完全に輝夜の身体へと向けられてしまった。


「な……なんで……」


 顔を真っ赤にして、混乱して目を回す輝夜は……眦に涙すら浮かばせ始めている。


「ふむ……なるほどなるほど。いい反応ですぅ、時津風!」


「なにがだ!」


 満面の笑みを浮かべる珍妙なはこべを怒鳴りつける。


 ていうかはこべ……自分で言うのもアレだが、お前、俺に好意があるんじゃなかったのかよ。だとしたらこの状況は、お前にとって喜ばしい状況じゃないはずだろ。なんでそんな嬉しそうなんだ、こいつ。


 結局この惨憺たる状況から抜け出すのに、この後2分ほど時間を要した。

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